第38話 世界の中心の海とアカツキ皇国
――5日後、俺たちはディーグラッツ空港へとやってきていた。
「まさか……『学校の制服』を、また着る事になるとは思わなかったな……」
「たしかにねー。しかもこの制服、結構かわいいというかなんというか、良いデザインだよね。ロゼが気に入るのもわかる気がするよ」
「まあ、それに関しては否定はしないな。ロゼがよく着ているから、女子用の制服がどういう物なのかは知っていたが、男子用の制服はこんな感じだったんだな。こう……凄く懐かしい感じがするぞ」
「うん、凄く見慣れているというか……なんかある意味落ち着く気がするよ、それ」
そう、俺たちはエクスクリス学院の制服を着ているのだ。
そして、俺の着ている物はというと……どっからどう見てもブレザータイプの――日本では――良くある代物だった。俺が通っていた高校もこれだ。もっとも、中学は学ランだったが。
まあそれはともかく……そんなこんなで制服について朔耶と話をしていると、飛行艇の搭乗手続きを終えたアリーセとロゼが俺たちの方へとやってくる。
「おふたりとも凄く似合いますね」
「うん、まるで昔から普通に着ていた感じがするくらい似合う。うん」
アリーセとロゼがそんな事を言ってくる。
俺と朔耶はロゼの言葉に顔を見合わせ、互いに小さく笑った。
「ま、たしかに似たような物を着ていた事はあるな」
「うん、そうだね」
「実は、私も昔は似たような物を着ていましたよ」
室長がそう言いながら、エステルと共にやってきた。
そりゃまあ、室長にも学生時代があっただろうし、そうだろうなぁ……なんて思っていると、なにやらエステルが唸りだす。……ん?
「むむむむむ……。そうするとこの手の衣装を着た事がないのは、妾だけという事になるぞい……。コウ! 妾の分も用意するのじゃ!」
「どこで着るんですか……。それより、引率の教員という『設定』を忘れないようにしてくださいね」
「わかっておるわい。必要に応じてちゃんと対応するから問題ないのじゃ。そんな事よりも制服じゃ。いずれどこかで着るゆえ、用意するのじゃ!」
「……まったく、仕方ありませんね……。今回の『実習』中は無理ですが、帰ってきたら一着用意しておきますよ」
そんな会話をする室長とエステル。そんなに制服が着たいのか……エステル。
と、呆れながらその様子を眺めていると、
『現在、飛行準備を行っておりますアカツキ皇国ミナモハラ経由、アレストーラ教国南北エレンディア行きですが、航路上に嵐の発生が確認された為、現在航路の変更対応を行っております。この為、ミナモハラへの到着は、予定よりも1時間程度の遅延が見込まれます――』
というアナウンスが流れ始めた。
……このタイミングで嵐ときたか……。なんとも嫌な予感のする流れだな。
アカツキ皇国で、騒動とか争乱とかいう名の嵐に巻き込まれなければいいが……
「どうやら、遅延が発生したみたいですね」
「この航路は、嵐が発生しやすい海域を通過するからのぅ。まあ、ある意味日常茶飯事じゃわい。というか……どうせ日常茶飯事で遅延するのじゃから、最初からもっと北よりの航路を設定しておけばよいものを……」
アリーセに対し、そんな風に説明しつつ、やれやれと肩をすくめるエステル。
どうやら良く発生するらしい。それなら騒動とか争乱とかいう名の嵐に巻き込まれる可能性はない……といいな。いや、本当に……
ま、まあ……それはともかく……嵐が発生しやすい海域なんてあるんだな。
もっとも、地球でも大気の流れだか潮の流れだかの関係で、そういう風な感じの場所っていうのはあるらしいけど……
なんて事を考えている間にも、アナウンスは更に続く。
『――なお、南北エレンディアへの到着は、更に遅延する可能性がございます――』
ふむ……エレンディア、か。この間、ロイド支部長が話していた町だな。
どの辺にあるのか、詳しくは知らないんだよなぁ……。地図でもあればいいんだが。
って……そういえばさっき、地図――というか、飛行艇の航路図が貼られているのを見かけたような気が……
そう思いながら周囲を見回すと、壁に貼られているそれが目に入った。
お、あれだあれだ。いい具合に各空港の所在地が記載されているな。
早速その航路図へと歩み寄り、エレンディアの場所を探す俺。
レヴィン=イクセリア双大陸は東側の大陸の事だから……この辺りのはずだが……
っと、あったあった、ここか。
ふーむ、レヴィン=イクセリア双大陸のど真ん中だな……。でも、この位置にあるなら、ここからまっすぐ東に飛んで行った方が近いんじゃないか? アカツキ経由って明らかに遠回りじゃないか? これ。
って、よく見ると、レヴィン=イクセリア双大陸方面行きのルートは、どれもこれもグラズベイル大陸かローディアス大陸を経由しているな……。なんでこんな面倒なルートになっているんだ……?
たしか……現行の飛行艇の航続距離は、フェルト―ル大陸の南端から北端までを3往復は余裕で出来るくらいあるとかこの間読んだ本に書いてあったし、どう考えても航続距離と大陸間の直線距離を考えたら、余裕で行けそうだが……
「……世界の中心にある海って、何かあるんですか? どの飛行艇ルートもここを回避しているんですが……」
室長の方を見て問いかけると、室長だけではなく皆が揃ってこちらへとやってくる。
「中央の海は、虚空岩塊群という物が広がっているのですよ」
と、室長が航路図を見ながら言ってくる。
「虚空岩塊群って?」
俺が問うよりも先に、朔耶が疑問を口にした。
「簡単に言うと、大小様々な岩が空中に浮いている感じですね。それが広範囲に渡って存在している為、飛行艇で近づくのは危険極まりないので、旅客飛行艇のルートは、このように世界の中央にある海域を避けるように設定されているんですよ」
アリーセが航路図の中央を、指で円を描くような仕草をしながら言ってくる。
「うん、しかも、さっきエステルが言った嵐の発生しやすい海域がその周囲を取り巻いている。うん」
「ま、簡単に言えば、事実上の侵入不可領域じゃな。もっとも、そこに陸地の類がない事は、特殊な魔煌具を用いた調査で判明しておるがのぅ」
ロゼとエステルがそう付け加えるようにして説明を口にする。
「なるほど、中央の海はそういう風になっているのか……」
「陸地はないって話だけど……陸地以外のなにかがあったりしてね。空中に浮いている城とか」
俺の頷きに対し、横からそんな風に言ってくる朔耶。
「まあ……可能性はゼロではありませんが……立ち入る手段が皆無に等しいので、真実の知りようがありませんね。それこそ特殊な力を秘めた石でもあれば別ですが」
室長がそう言って両手を左右に開き、首を横に振った。
城はともかく、竜の座がそこにあるんじゃないかと思ったが、立ち入る手段がない事を考えたら違うだろうなぁ……。シャルや蓮司たちがどうやって入ったんだって話になるし。
……なんて事を航路図を見ながら思っていると、飛行準備とやらが完了したというアナウンスが流れた。
「飛行艇への通路が開放されたようですね。そろそろ向かうとしましょうか」
という室長の言葉に頷き、その場を後にする。
それにしても、世界の中心の海――虚空岩塊群……か。気にはなるが、現状ではどうにもならないな……
◆
1時間遅れにはなったものの、それ以外には特に問題もなく、俺たちはアカツキ皇国領内――ミナモハラの町並みが眼下に広がる所まであっさりと辿り着いた。
既に飛行艇の速度はかなり落ちており、もうあと10分もしないうちに空港に到着するらしい。
「うーん、なんというか……江戸の街って感じだね。全体的に低い建物――しかも木造ばかりだし」
飛行艇から見えるミナモハラの町並みに、そんな感想を言ってくる朔耶。
朔耶の言う通り、ミナモハラは江戸時代っぽい低い建築物が立ち並んでおり、ビルのようなものは一切なかった。
「たしかにそうだな。ただ、江戸とは違って、入り組んだ形状の広い湖の畔に広がる街……と言った雰囲気ではあるがな」
そう俺が口にすると、
「あの入り組んだ形状の湖は、元々1つの湖ではなく、7つの湖――七星湖群と呼ばれていたものを水路で人工的につないだ物ですね」
と、室長が説明してきた。
ああなるほど……だから、極端に狭い所があるのか。納得だ。
「ちなみに……じゃが、アカツキは全体的にああいった古い木造の建物が多い町並みではあるのじゃが、建物の中は最新の魔煌具やら霊具やらが使われておるゆえに、見た目に反して生活そのものは、かなり現代的じゃったりするがの。……ま、おぬしらにとっては言うまでもない話じゃな。実際とんでもない代物ばかりある里の生まれなわけじゃしな」
補足するようにそんな風に言ってくるエステル。
そしてそれに頷き肯定するアリーセとロゼ。
……そういえば、そんな認識なんだっけな、エステルたちにとっては。
「ん? そういえば到着後の予定は? うん」
ロゼが室長に首を傾げながら問いかける。
たしかに予定については何も聞いていないな。一応、学院の国外実習という名目で来ているわけだし、もしかして何かあるんだろうか?
「今日と明日は、とりあえずミナモハラの『蒼陽閣』という宿に宿泊する以外の予定はありませんね。街中で情報を集めるのが目的ですし」
そう言ってくる室長。それに対しアリーセが、
「という事は……明後日は何か予定があるのですか?」
と、そんな風に問いかけた。
「はい、皇都カムツクナへと向かいます」
「カムツクナ……ですか?」
アリーセに代わり、室長へと問いかける俺。
「実は国外実習で入国したいという旨を伝えた所、アカツキ皇国のお偉い方から、是非とも顔合わせをしたいと言われまして……。国外実習という名目上、会うのを断ると不自然な事になるので、仕方なく……」
額に手を当てながら、ため息混じりに告げてくる室長。
「ま、とりあえず適当に受け答えして乗り切るしかあるまい。それに……あの時、聞いておった感じじゃと、霊具の製作について教えてくれそうな雰囲気じゃったし、上手くすれば良い情報が得られるやもしれぬからの」
エステルが、室長の言葉を引き継ぐようにそう言って肩をすくめる。
「……いやまあ……たしかにそうなのですが……。……はぁ……何はともあれ、無事に終わる事を願っておくしかありませんね、とりあえず今は」
という室長の不安げな声を聞きながら俺は、まったくもってその通りだな……と、そんな風に思いつつ、眼下に広がるミナモハラの町並みを眺めるのだった――
というわけで、遂にアカツキ皇国領内へとやってきました。
もっとも、世界の中央の海だの皇都行きだのと、いかにもな感じのする話も、一緒にちらほら出てきましたが……




