第36話 大陸北部と北の大陸、そしてアカツキ皇国
アーヴィングに話をしてから一週間後――
サギリナ本部長、アーデルハイド、室長、エステルの4人が都合の良いタイミングを見計らって、俺は4人を集めると、ディアーナについての話をした。
その結果はというと……
「なんといいますか……シャルロッテ以上の規格外な存在だとは思っていましたけれど、こういう事でしたか……納得ですわ」
「そう言いつつ、そこまで驚いていない所を見るに、妾と同じく、ある程度は予測しておった……という事じゃろう?」
「……そうですわね、否定はしませんわ。ですが、私の予測などナーハフォルグ学士には遠くおよびませんわ」
「どう考えてもそんな事はないと思うんじゃがのぅ……。っと、そうじゃ、ナーハフォルグなどと呼ばれる事はほとんどないゆえ、そう呼ばれてもどうにもしっくり来んのじゃ。――妾の事はアーデルハイト、あるいはハイジと呼んでくれぬか?」
「あら、そうですの? では、ハイジとお呼びしますわね」
サギリナ本部長とアーデルハイドがそんな事を話す。
ディアーナと接触した人間で、ここまで驚かないのは初めてだな。
ある意味、さすがというべきなのだろうか……
「相変わらず、洞察力が桁違いですね、師匠は……」
「妾も少しそんなような事を考えておったが、さすがにこれは驚きじゃわい」
そんな事を言うのは、室長とエステル。
こちらも、サギリナ本部長やアーデルハイド程ではないものの、あまり驚きは感じていないようだ。口では驚いたと言っているが。
「それにしてもー、フェルト―ル大陸にあるー、主立った国や組織とのー、繋がりがー、これで出来た気がしますね―」
室長たちの様子を眺めながら、ディアーナがそんな事を言う。
「そういえばそうですね……。北東部から北端にかけては、訪れてもいないので、手つかずですが」
そうディアーナに返した所で、エステルが、
「いや、あの辺には国と呼べるような物は存在しておらんぞい。……まあ、都市同盟に近い辺りには、旧王国貴族の末裔などと勝手に名乗っておるバカどもが、領主まがいの事をやっておる地域が少しばかしあるがの」
と、そんな風に言ってくる。
「あ、そうなのか」
「うむ、一番弟子の言う通りじゃな。その貴族を標榜する愚か者どもの地域も、国として認められてはおらぬし、更にその北となると、もう雪と氷に覆われた大地が広がっておるばかりじゃからな。まあ、住んでいる者がおらんわけではないんじゃがのぅ」
アーデルハイドが頷き、そんな風に言ってきた。
そしてそれに続く形で、室長が北東部に関する詳しい説明を口にする。
「北東部に巨大な宮殿の遺跡があるのですが、この宮殿の中に作られた『不夜城都市グレムリック』と、希少な鉱石が採掘出来るドヴェルガ鉱山の入口部分にあたる『洞窟街ゴルターナ』くらいしか、大きな町はありませんね。その先から大陸北端にかけては、古くから彼の地に住まう方々の集落が点在している程度です」
「グレムリックはその複雑な構造故に、犯罪者や闇組織の巣窟となっている面もありますわね」
サギリナ本部長が、そう言いながらこちらへと近づいてくる。
そして、室長の方へと顔を向けてから言葉を続けた。
「もっとも、最近はそちらのアキハラさんが考案し、設立にも協力した『警察』という護民士のような警邏組織によって、そういった類は、ごく一部の根強い組織を除いて駆逐されつつあるそうですが」
「そんな事もやっていたんですね」
「ええまあ……。ドヴェルガ鉱山で採掘出来る鉱石を手に入れる為に訪れた際に、色々ありまして……その流れで市長に協力させていただきました」
俺の問いかけに頭を掻きながら、そんな風に答えてくる室長。
「ドヴェルガ鉱山……。鉱石……。実に懐かしいのぅ……」
アーデルハイドが、何故か盛大にため息をつき、そう呟くように言う。
懐かしいと言いつつ、盛大にため息をついているのは何故なのだろうか……?
と、そう思っていると、
「ふむ……。オーバーロードの実験の時に、霊幻鋼をどこから調達してきたのか不思議に思っておったが……なるほど、ドヴェルガ鉱山であったか」
なんて事を口にするエステル。
あ、そうか! そういえば、アルミナの討獣士ギルドを訪れた時に、オーバーロードについての話をしている時に、弟弟子……要するに室長が、どこからか霊幻鋼を調達してきて、無茶な実験をしたせいで、師匠――アーデルハイドが慌てふためいていたとかなんとか、そんな話もしていたな。
――なるほど、あのため息はそういう事か。納得した。
「ま、その事は思い出として横に置いておくとして……北の地ではないのじゃが、可能であればアカツキ皇国をこちら側に引き入れておきたい所ではあるのぅ」
腕を組み、そう言ってくるアーデルハイド。
「ふむ……アカツキ皇国、か」
たしかに彼の国にある隠れ里の出身という事にしているし、あの国には独特な技術があるようだから、引き入れるかどうかを差し引いても、一度訪れてみたい気はするな。
と、呟きながら思う俺。
「そうですね……。味方……とまでは言わずとも、敵対しないと確約して貰えるだけでも色々安心ですね。ただ、竜の御旗が所有している物の中に、霊具関連の技術が使われている物がある点が、少々気になりますが……」
室長が同意しつつも、懸念を口にする。
直後、エステルが頷きつつ言葉を紡ぐ。
「うむ、たしかにそうじゃな……。既に連中と裏で繋がっておる可能性は十分にありえる話じゃのぅ。……じゃが、霊具の技術に関しては、個人的にも詳しく知りたいとも思っておる。個人レベルで情報を得る所からやってみるのも手かも知れぬぞい」
「――霊具の技術はさておき、アカツキ皇国に関しての情報収集は必要だと私も考えておりますわ。ただ……アキハラさんの懸念は、私も同意する所ですので、ディンベルの時のように国の使節団として訪れるのではなく、少人数で入国し、それとなく情報収集をする形がよさそうですわね」
サギリナ本部長がそんな風に言う。
俺はしばし考えた後、
「――まあ、皆をここに集めて話をしてみましょうか」
と、そう言った。
「なんだかこの場所がー、会議室代わりになっていますねー」
……たしかにディアーナの言う通りだな。
というわけで、俺はとりあえず謝罪の言葉を口にする。
「すいません……ここが一番安全なもので……」
「あ、いえー、否定しているのではなくてー、使うのは構わないのですがー、こうも殺風景な場所でー、会議するのはどうなのかなーと、思ったのですよー。もうちょっと会議しやすそうな感じにー、作り変えましょうかねー」
「え? そんな事出来るんですか?」
「もちろん出来ますよー。まあー、少々時間がかかるのでー、すぐにとはいきませんしー、ベースとなる建物の写真やー、図面などがないと難しいですがー、私の頭でイチから全て構築するのはー、ちょーっと無理ですー」
「なるほど……。なにか良い建物の写真と図面がないか、ついでに聞いてみますね」
ディアーナの話を聞き、俺は各国の国家元首――要するに、アーヴィングとエメラダとガランドルク――に、集まれるか尋ねる際に、併せてその事も聞いてみた。
すると、3人揃ってすぐに用意すると言って返してきたので、任せる事にする。
……はてさて、どんな感じになるのやら、だな。
◆
「ふむ、情報収集には賛成だが……そうなると名の知れている者や、現在国政に関わっている者では駄目だろうな」
一通り説明が終わった所で、ガランドルクが意見を述べる。
一応、ディンベルはアカツキとの関係性が少しは残っている国なので、今回はガランドルクとグレンも来ている。
「たしかにその通りだな。――となると、私やアーヴィング、アーデルハイド女史、そして貴殿やメルクリード伯爵殿は、確実に駄目だろう」
エメラダが同意しつつ、そう告げる。たしかにその辺りは確実に駄目だな。
「私、カリンカ、ロイド支部長、エミリエルは、討獣士ギルドの職員という立場上、怪しまれる可能性が高いですわね」
サギリナ本部長がそんな風に言う。
「それで言うと、ジャックさんとミリアさん、そして私も国の組織に属する者なので、危険ですね……」
クライヴが続く形でそう言ってくる。
「そうだ! ディンベルの王子――つまり俺が、武者修行の為に訪れたって理由はどうだ!?」
グレンがそんな事を言ってくる。
「……ありかもしれないが、それでどうにかなるんだろうか……」
という俺の言葉に、ミリアが、
「――ディンベルという国では、昔から武に長けた王子や王女が他国に武者修行に行く、という風習があったと聞いている。だから、割と怪しまれない可能性はある」
なんて事を言ってきた。
「じゃあまあ、問題はなさそうだな……ガランドルク王さえ良ければだが」
そう言いながらガランドルクとグレンを交互に見る俺。
「どうよ?」
ガランドルクを見て問うグレンに対し、
「問題がないわけではないが……まあ、今回は良いだろう。許可する」
ため息まじりにそう告げるガランドルク。
「よし! んじゃまずは俺か。となると……同郷という事で、クーも行こうぜ!」
……おい、それはクーと一緒に居たいだけだろ、お前。
口には出さないが、そういう意図を込めてグレンに視線を向ける俺。
それに気づいたグレンが、一瞬俺の方を見た後、サッと顔を横にそむけた。
「え? あ、はいなのです。あ、でも、どうせなら、アルチェムも連れて行くと良いのです」
俺とグレンを交互に見て、そんな風に言ってくるクー。
……あー、そうか。アルチェム――というかあの面々にも、ディアーナについて話をしておいた方がいい気がするな……
「そうだな。そっちは後で話をしておくとしようか。ああ、もちろん俺も行くぞ」
「クーと蒼夜が行くなら、私も行くよ」
「なら、俺も同行させて貰うぜ。護衛の傭兵って事なら、そこまで怪しまれねぇだろうからな」
俺の言葉に続くようにして、朔耶と蓮司が同行を表明する。
「無論、私も行くわよ」
「ん、私も行く。円月輪があれば、不自然には思われない。うん」
さも当然と言わんばかりのシャルと、良くわからない理由を口にするロゼ。
「アカツキには良い薬の素材があるので行ってみたいですね」
「当然、妾もじゃ。霊具の技術が気になるからのぅ」
「では、私も行きましょう。名前的にも怪しまれにくいはずですし」
アリーセ、エステル、室長までそんな事を言ってきた。
「いやいやまてまて、俺を含めてもう11人もいるんだが……。ここにアルチェムを加えたら12人になるぞ。さすがにちょっと多すぎだろ……」
俺は呆れながら、皆に向かってそう口にするのだった――
というわけで4章後半は、今まで名前だけ上がり続けていたアカツキ皇国が舞台です!
……まあ、4章は『竜の座編』としている通り、アカツキ皇国国内の話だけでは終わらないのですが。




