第34話 ブラド孤児院と魔王血統
「ブラド孤児院?」
ミリアが小首を傾げながら問う。
「ルクストリアにかつて存在していた孤児院よ。……まあ、孤児院とは名ばかりで、実態は魔王血統を有する人々――子供たちを集めて、被検体として非人道的な実験を繰り返すような悪辣な研究施設だったんだけど」
「ふむ……要するに『ロッジ』や『ファクトリー』とそっくりの代物か。ルクストリアにもあったんだな、そういうイカレた研究施設が」
シャルの説明に対し、顎に手を当てながら言葉を紡ぐ蓮司。
そういえば、前に蓮司と共にキメラファクトリーに乗り込んだ事があったな……
で、クーを見つけたのもあの時だったっけ。なんだか懐かしいぞ。
「イルシュバーンに、そういう非人道的な研究を行う施設があったのは意外」
というミリアに対し、
「あの頃はまだ、アーヴィングが元老院の議長になる前でしたからね。イルシュバーン共和国にもそういう闇の存在が多数ありました。無論、アーヴィングが議長になってからは、そういった類の研究施設は軒並み閉鎖……場合によっては、跡形もなく破壊されましたが」
と、そう説明するロイド支部長。
「その辺はさすがだねぇ」
「同感。そして一安心」
感心いた様子で言うジャックと、それに頷くミリア。
「まあ、ブラド孤児院を破壊したのはシャルロッテさんですが」
カリンカが言いながらシャルへと顔を向ける。
「シャルがナノアルケインを補充する目的でハイジのもとを訪れる度に、何かしらイルシュバーンでやらかしていたのは知っていたが……そんな事までしていたのか。――つまり、あの魔法探偵だか武装探偵だかいう名前の物語は、概ね真実だって事か」
そんな風に言って顎を撫でるヴァルガス。
「え、ええ……。まあ……そうなるわね……。あ、一応傭兵団に迷惑がかからないよう、討獣士として活動していたわよ」
シャルが頬を指でなぞりながら、視線を合わせずに答える。
なるほど……傭兵団と別行動をしていた時に、あれこれやっていたのか。
シャルの立ち位置というか、これまでの経歴がいまいち良く分からなかったが、色々と合点がいったぞ。
「……代わりにサギリナに迷惑が掛かっていたようだがな……」
「……そこは否定出来ないわね……」
肩をすくめるヴァルガスに対し、シャルの方は肩を落とす。
「――ですが、そのお陰で私を含め、あの非人道的としか言いようのない実験で命を落とす事なく、救われた者たちが多くいるのもたしかではあるので、私個人としてはシャルにはとても感謝しています」
カリンカがシャルを擁護するように言う。
「……ま、たしかにそうだな。……だが、そういう事をするなら一報くらい欲しかったぜ。そうすりゃ、俺も速攻で駆けつけたのによ」
そんな風に言って笑うヴァルガスに、
「団長が暴れまわったら収集がつかなくなりやがるので、ある意味、シャルのやり方は正しい気もしますねぇ」
と言って、腕を組みながら生暖かい目を向けるティア。
ヴァルガスはそれに対して、絶句気味に何とも言えない表情を見せる。
「……それにしても……面と向かって感謝とか言われると、なんだかこそばゆいわね……」
と、シャルがカリンカの方を見て、少し顔を赤らめながら呟くように言う。
そして、一呼吸置いてから、
「――でも、もう少し早く乗り込めたら……って、今でも思っているわ。そうすれば、カリンカが翼を片方失わずに済んだわけだし……」
そう言ってため息をつきながら首を横に振った。
そのシャルの様子を見ていたエミリエルが、何かを言いたそうにカリンカの方を見るも、結局何も言わずに黙っていた。
「その……不躾な質問で実に申し訳ないのですが……その失ったという片翼は、復元出来ないのですか? 今の治療技術であれば、割と大きな損傷でも復元可能なはずですが……。それこそ、以前アルミナでロゼさんが腕を復元した事もありましたし」
クライヴがすまなさそうな顔をしつつ、疑問の言葉を投げかける。そういえば、そんな事あったな……
「もちろん、復元出来るか試したわ。でも――」
「――実験として、翼に直接術式を刻み込まれたのですが、その術式が暴走しまして……吹き飛んだだけではなく、その術式の残滓のようなものが残存してしまっている影響で、復元を受け付けない状態になっているのです」
シャルの言葉を引き継ぐようにして、自ら説明するカリンカ。
「そうでしたか……。いや、こんなその当時を思い出させてしまうような、酷い事を聞いてしまい本当に申し訳ありません」
クライヴがそんな風に謝罪の言葉を口にして頭を下げる。
そのクライヴに対して、申し訳なさそうな顔をするエミリエル。
……なるほど、エミリエルの代わりに質問した、って感じか。
まあ……俺も気になっていたし、敢えてその役を買って出てくれたクライヴには感謝だな。
「いえ、気になさらないでください。たしかにあの頃の事は、嫌な思い出や悲しい思い出ばかりではありますが、全てが全てそうであったというわけでもありませんから。……なにしろ、あそこには幅広い年齢層の子供たちがいましたからね。楽しい思い出も少なからずあります」
と、カリンカがそう言って笑みを浮かべる。
そういえば以前、昔の仲間についてシャルと話していたっけな。
「んー、なるほどー、以前やってきた時にー、妙な魔法の雰囲気を感じたのですがー、そういう事でしたかー。たしかにー、暴走した術式によってー、魔煌波がグチャグチャになった状態でー、翼の残った部分にー、固定化してしまっていますねー。簡単に言えばー、以前のー、異常化状態で固定されていたー、絶霊紋みたいな感じですねー」
ずっとカリンカを見たまま黙っていたディアーナが、そんな事を口にする。
その声に皆が「ん?」と思い、ディアーナの方へと顔を向けた。
「……あの、それってもしかして、どうにか出来る……という事ですか?」
皆を代表するような感じで、ディアーナへと問いかける俺。
「絶霊紋と状況が似ているだけでー、まったく同じといわけではないのでー、すぐには無理ですがー、この術式の問題点を解析してー、正常化するのに必要な物とー、手段を割り出せばー、以前の絶霊紋の時のようにー、正常化させられると思いますよー」
さらっと当たり前のように言い放つディアーナ。
「さ、さすがは女神様……ですねぇ」
ティアがそんな事を言いながら、尊敬――いや、崇拝の眼差しを向けた。
「ただー、入手が困難な物がー、必要になる可能性もあるのでー、簡単に正常化させられるかというとー、ちょっとわかりませんがー。それでも良いでしょうかー?」
ディアーナがカリンカの方を見て問いの言葉を投げかける。
その言葉に、それまでポカーンとしていたカリンカが、ハッとした表情と共にディアーナに素早く駆け寄り、
「それでも十分です! 十分すぎます! 女神様、ありがとうございます! お願いしますっ!」
と、言いながら目の前で勢い良く平身低頭した。
そんなカリンカの姿に、珍しく若干引き気味の表情を見せるディアーナ。
「そ、そうですかー。わ、わかりましたー。解析しておきますー」
「ま、まさかこんな所であっさり解決するとは思いもしなかったわ……」
「そうですね……。さすがはディアーナ様、というべきでしょうか……」
シャルとエミリエルがカリンカの方を眺めながら、そんな風に話す。
そのふたりの言葉を聞き、俺は、これは想定外だったな……と思うのだった。
◆
――とまあ、そんな一騒動の後……しばらくして皆が落ち着いた所で、奴らの狙いがもしも『魔王血統』であったのなら、諦めた理由はなんなのだろうかという話になった。
とはいえ……これに関しては必要なくなったか、他に同じ血統を持つ者を確保したかのどちらかしかないのではないかという結論に早々に至った。
たしかに俺もそう思うので、異論はない。
「しっかし、どんな性質の魔王血統なのかが気になるぜ……」
「そうですね……。詳しく検査をすれば判明するとは思いますが、この場ではなんとも……」
蓮司の疑問の声に対し、頬に人さし指を当てながらカリンカが答える。
「ですが、エステルさんも同じ血を持っているとすると……あの連中がどこで気づいたか、というのである程度推測は出来ますね」
と、クライヴ。なにか推測――心当たりがあるのだろうか?
「というと……?」
クライヴに問うミリア。
「はい。――正直、連中とエステルさんとの接点……というか接触は、皆無であると言って良いと思います。ディンベルのブラックマーケットで少し接点を持ったようですが、その時点で既に襲撃は起きていましたので、それよりも前に接点を持っている事になります」
「それよりも前……。あ、まさか!」
思案していたエミリエルが何かに気づき、口元に右手をあてたまま口を開いた。
そして、クライヴの方へ顔を向けてから、続きの言葉を紡ぐ。
「エクスクリス学院の学院長――いえ、元学院長が起こしたあの事件ですか!?」
「エクスクリスの学院長の事件かぁ……。情報としては知っているけど、詳しい経緯とか何があったのかとか、詳細については知らないんだよねぇ……あれ」
「ああ、それは俺も同じだ。あの時は別の場所に居て、あの事件の解決には関わっていないからな」
「そうね。私も別の場所――ロンダームに居たから良く知らないわ」
ジャックの言葉に同意して頷く俺とシャル。
そして、シャルがそのまま言葉を続ける。
「ティアは、あの事件の解決に関わっていたのよね?」
そう問われたティアは「そうですねぇ」と言った後、
「まあ、丁度良い機会ですねぇ……。あの事件の事を、改めて話すとしましょうかねぇ」
と言って、その当時の事を皆に話し始めるのだった――
『あの事件の事』というのは『第2章38話外伝』の話ですね。
さて……次回の更新は、いつもどおり明後日木曜日の予定です!




