第32話 ディアーナとの会話、再びコルトゥカ鍾乳洞へ
「相変わらずというかなんというか……斜め上を行き過ぎだろう……」
蓮司がわざとらしく肩をすくめながら言ってくる。
「まあ……ある意味、色々納得というものです」
ロイド支部長が、そう言って首を縦に2回振る。
「女神様は本当にいたんですねぇ。いえ、いないなどと思った事はねぇですが、聖女などと呼ばれながら、話をした事がなかったのでねぇ」
というティアの呟くような言葉に、
「んー、私にはー、地上の人々が思っている事とか話している事とかをー、察知して認識出来るような力はないのでー、直接コンタクトを取って貰わないとー、会うのも話すのも難しいですよー」
なんて言って返す。
ティアは鳩が豆鉄砲を食ったかのような表情をした後、脱力し、
「……ごもっともですねぇ……」
と、ため息混じりに言った。
「というわけでー、ご用の時はこれで話しかけてくださいねー。まあ、反応するかどうかはわかりませんがー」
そんな事を言いながら、ティアに俺の持つオーブと同じ物を手渡す。
「ほわわわわわっ!?」
ティアがそんな素っ頓狂な声を上げながら大慌てでオーブを受け取ると、物凄い速度で平身低頭し、続きの言葉を紡ぐ。
「し、し、至極光栄でしゅ!」
……って、なんか噛んだぞ。
そんなティアの姿を見ながら、
「……あのティアが、あんな風に大慌てしているのを初めて見た気がするわ」
「ああ、そう言われるとたしかにそうだな……。ちょっとやそっとの事じゃ驚きもしないティアが、まさかあんな風になるとはなぁ……。ディアーナ様、おそるべし」
「まあ……なんだ? 根っこの部分は今でも聖女だって事なんだろうよ」
という感想を口にするのは、シャル、蓮司、そしてヴァルガスの3人だ。
たしかに俺も初めてみるな。
「貴方たち、何を言っていやがるんでございますですねぇ? 初代教皇様すら、女神様と直接話をする手段は手に入れていないのだから、当然に決まってやがりますでございますよねぇっ!」
なにやら顔を真っ赤にして、怒り口調でシャルたちに言葉を投げかけるティア。
う、うーん? 言葉の端々がなんだかおかしいな……。どうやら顔が赤いのは、怒りだけではなくて恥ずかしさも混ざっているみたいだな。
ティアの姿を見ながらそんな事を思っていると、
「あー、そういえばー、アレストーラ教国という名前ー、どこかで聞いた気がしたのですがー、随分前にー、地上に降りた時にー、出会った王様の名前ですねー。たしかー、グレアディウス・アルブス・アレストーラ……とかそんな感じの名前でしたねー」
ふと思い出したようにそんな事を口にするディアーナ。
「アレストーラ家――クシフォス帝の懐刀と呼ばれている、平民将軍ネメシウスが貴族の位を得た事から始まった武人の家系ですよね?」
エミリエルがクライヴの方へと顔を向けて尋た。
それに対してクライヴは頷き、詳しく説明する。
「ええ。その事もあって、統一国家であった帝国の崩壊後も、最大の勢力を誇っていましたからね。――グレアディウスは分家の人間でしたが、20の時に女神の託宣を受け、それを期に本家の横暴に対する征伐を決意。10年の歳月の後に本家を討滅し、アレストーラ教国を興して初代教皇となりました」
「託宣ー? あー、なんか問われて答えた記憶がありますねー」
小首を傾げながら言うディアーナを見ながら、
「……それが『託宣』の真実」
「事実はなんとやらだね」
なんて事を、呟くように言うミリアとジャック。
「ま、教国の興りはともかく……ハイジの推測が見事に当たっていたな……。やれやれ、相も変わらず末恐ろしいぜ」
「アーデルハイドさんの推測……ですか?」
ヴァルガスの呟きに問いの言葉を投げかける俺。
「ああ。あいつはお前が女神様に近い立ち位置の人間だと推測していたからな。以前、お前たちが訪れてきた時にな」
ヴァルガスのその返答に、横で聞いていたシャルが、
「さすがというかなんというか……まったくもって、とんでもない洞察力と推理力よねぇ……」
と、ため息混じりに言って、両手を左右に広げ首を横に振った。
「だが、そんなハイジでも『竜の御旗』の出現までは推測出来なかったようだがな」
「まあ、それまでバラバラに活動していた大小様々なテロ組織が、ひとりの人間――人間なのかどうか、正直不明ですが――のもとに集う……なんて事を、推測出来る方が難しい気がしますけどね。というより、出来たら恐ろしいとかいうレベルじゃない気がします」
ヴァルガスの言葉にそんな風に返すカリンカ。
「ま、たしかにそうだな」
そう言って肩をすくめてみせるヴァルガス。
顎に手を当てて会話を聞いていた蓮司が、
「竜の御旗といえば……連中は、何故このタイミングで仕掛けてきたんだろうな?」
と、そんな言葉を投げかけてくる。
「たしかに不自然ですねぇ……。エミリーを狙ったにしては、今の今までカルカッサにいる事に気づいていた様子はなかったですからねぇ」
頬を指で軽くを当てながら言うティアに続く形で、クライヴが推測を述べる。
「かといって、ソウヤさんたちを狙ったわけでもないでしょうしね……。もし、ソウヤさんたちを狙っていたのなら、カルカッサ到着前かカルカッサにいる時点で仕掛けてくるでしょうし」
「たしかに……鍾乳洞に入った後に仕掛けてくるというタイミングがイマイチ理解出来ないな……。鍾乳洞付近に潜伏して待ち構えていた……とかいう理由ならわからなくもないが……」
「あんな所で待ち伏せするとか非効率すぎやしないか? 来るかどうかもわからな――」
蓮司が俺の言葉にそんな風に返してきた所で、急に黙り込んで何かを考え始める。
「……どうかしたのか?」
「……いや、ふと思ったんだが、もしも奴らが『あの鍾乳洞で何かを探していた、もしくはあの鍾乳洞で何かをしていた』としたら?」
俺の問いかけにそう言葉を返してくる蓮司。
「その何かを狙ってやってきたと思った……?」
「……たしかにその理由は、私やソウヤさんたちを狙ってきたという理由よりもしっくり来ますね」
エミリエルが俺の言葉に続くようにして、こめかみに人さし指を当てながら言う。
「……これは、あの鍾乳洞を詳しく調べてみた方が良さそうだな……」
呟くような蓮司の言葉に、ロイド支部長が、
「ならば、早速行ってみるとしましょうか」
と、言った。
「アルミナの討獣士ギルドの方は空けておいてよろしいのですか?」
クライヴがロイド支部長の方を見て問いかける。
それに対し、ロイド支部長は、
「ええ、ギルドの支部長としても直に確認しておいた方が良いですからね」
そう頷き答える。
「そうですね……。各方面への伝達をスムーズにするためにも、その方が良いと私も考えます」
カリンカが考える仕草をしながら、そんな風に言った。
「――ディアーナ様」
俺がディアーナの方を向いて呼びかけると、
「はいー、コルトゥカ鍾乳洞へテレポータルを開けばいいんですねー?」
と、俺の言葉を先読みしたようにそう言ってテレポータルを開く。
「さあ、行きましょうかー」
そう言って、さも当然のようにテレポータルへと向かうディアーナ。
「あれ? ディアーナ様も行くんですか?」
「前回、大してお役に立てなかったですからねー。それにー、洞窟はー、崩落の危険性とかもあるのでー、いざという時にー、脱出手段があった方がいいですからねー」
俺の問いかけにそう答えるディアーナ。
前回……セルディスタ盆地での事、気にしていたのか……
別に気にする程の事でもないというか、十分役に立ったのだが……
まあ、連中に鍾乳洞ごと破壊される可能性もゼロじゃない事を考えると、テレポータルという脱出手段を持つディアーナがいるのは安心出来るな。
◆
――というわけで、ディアーナを伴って鍾乳洞へと舞い戻ってきた俺たち。
「――ああ、頼むぜ。……それと、ジャミングをされる可能性がある。その場合は鍾乳洞入口に集合して防衛に専念してくれ。――コルトゥカ鍾乳洞さえ守れればそれで十分だからな」
携帯通信機での通信を終えた蓮司がこちらを向き、
「とりあえず、今動ける団の者たちに、周囲に展開して鍾乳洞を防衛するよう指示しておいた。これで、鍾乳洞に連中が接近したら排除出来るし、もし仮に抜かれたとしても、その情報がこっちに伝わるはずだ。……まあ、情報伝達に関しては、ジャミングとかされると厳しいがな」
と、そんな風に言ってきた。
「その時はその時だな。……しかし、調べるにしてもどこから手をつけたものか……」
俺は蓮司にそう答えながら周囲を見回す。
「んー、なんだかー、妙な魔力というか霊力というかー、そういった雰囲気の物を下の方から感じますねー」
目を瞑りながら言うディアーナ。下……
もしかしたら何か視えるかもしれないと思い、クレアボヤンスを使って下を覗いてみる。
……が、岩盤以外に何も見えなかった。となると……結構下って事だな。
「下か……この先の分岐から行けるな。ついてきてくれ」
そう告げて歩き出すヴァルガスに続く俺たち。
分岐を曲がり、幾つもの緩やかな坂と急な坂を滑らないよう慎重下っていくと、千枚田のようになったリムストーンプールが形成されている開けた場所に出た。
ディアーナの照明代わりの光球によって浮かび上がるその光景は、実に神秘的だ。
「おおー! これもこれで凄い光景だねぇ!」
ジャックがそれを見ながら感嘆の声を上げる。
「やはりここは観光地に最適ですね。害獣の類も巣食っていませんし」
というカリンカの言葉に、
「そういえば、なんで害獣がまったくいないのかしら? というか、コウモリ一匹いないような……」
そんな疑問を口にするシャル。
そう言われてみると、自然の洞窟なのに生物がまったくいないな。
「害獣――というより、人間以外の生き物が苦手とする何かがある?」
ミリアがそう言って小首を傾げる。
「その答えになるかどうかはわかりませんがー、この鍾乳洞はー、どういうわけか魔煌波の濃度がー、普通よりも薄いですねー。まったくないわけじゃないのでー、一応、魔法や魔煌具は使えますがー、おそらくどちらも弱体化しますねー」
と、上を向きながら言うディアーナ。
試しにいつも使っている懐中電灯がわりのエステル製スティックを、次元かばんから取り出して使ってみる。
すると、いつもに比べて光が弱々しい。
なるほど、たしかに魔法の効果が弱体化しているようだ。
まてよ……それはつまり、スフィアの攻撃魔法も弱体化するって事か。厄介だな。
「害獣は魔煌波を利用する。つまり、魔煌波の薄い所には本能的に寄り付かない?」
ミリアがそんな推測を述べると、聞いていたジャックが、少し考えてから答える。
「そうだね、多分そういう事なんじゃないかな。まあ、害獣以外の生き物……それこそ、コウモリとかすらいないのは良くわからないけど」
「コウモリも、魔煌波の薄い所が苦手なんですかね?」
「……かもしれないわね。コウモリが出す超音波に何か悪影響があるのかもしれないし」
「もしくは、魔煌波の濃度が薄い事が理由なのではなく、この奥にある『なにか』が、コウモリに影響している……という可能性もありますね」
なんて事を話すエミリエル、シャル、クライヴの3人。
たしかにクライヴの推測もありえる話だな。
まあ……コウモリの事はさておき、魔煌波の濃度が薄く、魔法や魔煌具の性能が低下――弱体化するとなると、魔法や魔煌具の使用を起因として発生する魔獣は、出現する可能性が低いという事になるな。
安全に進めるのはいいけど、一体この奥に何があるっていうんだ……?
と、そんな事を考えながら、鍾乳洞の奥を目指して進んで行くのだった――
申し訳ありませんが、木曜日に出すには微妙に執筆時間が足らない状態の為、今週も次回は金曜日とさせていただきます…… orz
来週からは通常通りに戻る予定です! ……予定、です……




