第28話 レンディカへの道・鍾乳洞
俺の問いかけに対し、クライヴ、エミリエル、ヴァルガス、ティアの4人が顔を見合わせる。
そして、ヴァルガスがまず口を開いた。
「ふむ、そこで落ち合う感じか? 俺は特に問題ないな」
「はい、私も問題ありませんね」
「同じく問題ありません」
「以下同文って奴ですねぇ」
と、そんな感じで他の面々も了承の意を示してきた。
「ついでに、レンジも呼んでいいですかねぇ?」
「ん? ああ、別にいいぞ。あー、ついでといっちゃなんだが……可能ならロイド支部長も連れてきてくれると助かる」
ロイド支部長にも伝えておいた方が良さそうだと思い、俺はティアの問いかけにそう言って返す。
「了解ですねぇ。レンジに伝えておきますねぇ。あ、通信は歩きながらするんで出発してくれちゃって問題ねぇですねぇ」
と、そんな風に告げてくるティア。
「んじゃ出発するとするか」
というヴァルガスの言葉に皆が頷き、俺たちはヴァルガスの家を後にした。
◆
そんなわけで、レンディカ遺跡群へ向かうべく、まずはガザナ峡橋方面へ歩く事20分。
赤茶けた岩壁にぽっかりと口を開けた暗闇――洞窟が姿を現す。
入口横にある石碑に『コルトゥカ鍾乳洞・ガザナ洞門』と刻まれているな……
クレアボヤンスで眺めながらそんな事を思っていると、ヴァルガスが、
「ここを抜けるとガザナ峡谷、そして峡橋だ」
と、告げてきた。
「ここまでも前時代的な道だったけど、更に前時代的な道」
「たしかにそうだね。イルシュバーンに、こういう道が残っているだなんて思ってもいなかったよ」
ミリアとジャックがそんな事を言う。
カルカッサからここまでは湿地帯の上に作られた木道だったからなぁ……。しかも、簡素な造りの。所々壊れていたけど、あれ、害獣が壊したんだろうか?
なんて事を考えていると、エミリエルが苦笑しながら、
「首都とその周辺は舗装された道路ばかりですが、少し離れるとこんなものですよ」
と、言った。
うーむ……。そう言われると、アルミナの南側は道こそあったけど、舗装はされていなかったな。
逆に首都は、ほぼアスファルトのようなもの――見た目はそれっぽいが別物らしい――で舗装されていたけど。
まあ、人口が少ない地域……というか、ほとんど人に使われないような道を舗装しても、費用がかさむだけで、利点はあまりないだろうからな。維持も大変だし。
なんて事を思いながら、鍾乳洞へと足を踏み入れる。
すると、鍾乳洞というだけあって、そこには見事な鍾乳石がそこかしこにあった。
果たしてどれだけの年月をかけて、これらが形成されたのだろうか……。鍾乳石とか初めてこの目で見たけど、自然の神秘ってのは凄いな……と、そんな事を思わずにはいられなかった。
「地下水が凄いですねぇ。注意しないと滑りそうですねぇ」
「ああ、防水と滑り止めの加工を施した金属板の上を歩いて行くのがいいぞ」
ティアの言葉にそう返しながら、洞窟の奥まで延々と続いている金属板を指さすヴァルガス。
「なるほど、これはレビバイクでは無理だな」
クレアボヤンスで先を見ながら、呟くように言う俺。
鍾乳洞内は所々狭くなっている場所があり、とてもレビバイクが通れるような場所ではなかった。
「ええ、そうね。私は前に通った事が一度だけあるから知っているけど……奥の方に行くと、人ひとりがギリギリ通れるような場所もあるわ」
隣を歩くシャルがそんな風に言ってくる。
「ま、そこは自然の洞窟を利用した道である以上、その辺はしょうがないな」
そうシャルに言葉を返すと、
「観光地に良さそうだけど、そうなっていないのは害獣が多いせい?」
と、ジャックが疑問を口にした。
たしかに、観光地には良さそうだよなぁ、ここ。
「そうですね。一時期議会でそういう話もあったようで、我々護民士の方で調査を行った事があるのですが、鍾乳洞はともかく、その周辺に害獣が多かったので断念しました」
そんな風に答えてきたのはクライヴだ。
なるほど、過去に一度観光地に出来ないかどうかの調査はしているのか。ま、そうだよな。
「けど、その後、ヴァルガスさんが害獣をかなり駆逐したようですし、少し討獣士を多めに投入して対応すればいけるかもしれませんね。カルカッサの住人は、そのほとんどが元傭兵とか元討獣士とかですし、そちらからの協力もしていただければ、より色々と手を打てる気がします」
「そうだな。カリンカ嬢ちゃんの言う通り……ってわけでもないが、カルカッサを観光の拠点にする感じに出来れば色々と都合がいいんだが、いかんせん人不足でなぁ……」
「移住希望者とかはいないんですか?」
「いなくはないが……少ないな。やっぱり、暴れ獣の湿地帯なんて呼ばれていたのがイメージとしちゃマイナスだな」
「まあたしかに、あまり安全な場所には見えないですよね。どうにかイメージアップを図る方法があればいいんですけどね……」
クライヴの話を聞いたカリンカとヴァルガスがそんな事を話し合い始めた。
イメージアップねぇ……
「なにか良い案とかあったりしないの?」
と、シャルが問いかけてくる。
俺は腕を組んで頭を捻ってみるが、そんな簡単にホイホイとアイディアが出て来るわけはなく……
「うーん……。ちょっと考えてみたが、これといって思いつかないな……」
「交通の便がいまいち良くないのをどうにかする事が出来れば、少しは変わるかもしれませんね」
エミリエルが後ろからそう言ってくる。
日本人的な感覚からすると、いまいちどころかかなり悪い方なのだが、この世界の人間にとっては、レビバイクが通れる街道が繋がっているだけ『良い』という事なのだろう。
なんて事を思っていたら、
「いや、いまいちどころか不便すぎると思うわよ」
なんて事をサラッと言うシャル。
「お前、相変わらずハッキリ言うな……」
ヴァルガスが後ろから呆れた声で言ってくる。
……ああ、エミリエルは単にヴァルガスに配慮して『いまいち』って言ったのか。
「レビバイクが通れる広い道がある分だけいいだろ。ハイジが住んでいるロンダームの周辺なんて、レビバイクの使えない道ばっかりだぞ」
「まあ、あそこは山岳地帯のど真ん中ですからね」
ヴァルガスの言葉に、シャルの代わりにそう返すカリンカ。
そして、こめかみに人さし指を当てながら、続きの言葉を紡ぐ。
「――しかし、交通の便ですか……。たしかにそこ――具体的には首都との行き来の部分を改善すれば、少しは人が来そうな気がします」
「鉄道でも引っ張ってくるとか?」
「線路を敷くとしたら、位置的に南部方面の支線という事になりますが、採算が取れない可能性が高いので、難しいでしょうね」
シャルの言葉に対し、顎に手を当てながらそう返すクライヴ。
まあ、そうだろうな。イルシュバーン南部方面の鉄道は赤字寸前らしいし。
「いっそ、空港を作るとか?」
「ジャック、バカなの? そんな物、簡単に造れるわけがない」
ジャックの提案を冷めた目で見ながら、速攻で切り捨てるミリア。
言っている事に間違いはないが、こちらもこちらで相変わらずな感じだな。
でも、あのナイフような鋭い返しってジャックにしかしないんだよなぁ……
ま、それだけ仲がいいって事なんだろう。言ったらミリアは否定してくるだろうけど。
「いくら湿地帯が広がっているとはいえ、さすがに飛行艇が着水出来るような深さはねぇなぁ……」
「我々の所有する飛行艇で爆撃でもして、水深を深くしちゃいますかねぇ?」
口に手を当て笑みを浮かべながらヴァルガスの言葉にそう返すティア。
「バーストフォトン弾あたりなら、地面も吹っ飛ばせるだろうが……それは却下だ」
「チッ、残念ですねぇ」
「おいまて! なんでそこで舌打ちすんだよ!?」
「気にしやがらねぇでくださいですねぇ。――っとと、通信……?」
ティアがそう言って、携帯通信機をポシェット型の次元鞄から取り出す。
次元鞄に入れてあっても、通信が来た事がわかるのか……。どういう仕組みなのかさっぱりわからないが、便利だな。
なんて事を考えていると、
「レンジ? 唐突に通信してくるだなんて、もしかしてヤバい事が発生しやがった感じですかねぇ? ――え? ……あー、それは少々厄介な状況ですねぇ。まあでも、こっちは戦力過多気味なので、多分大丈夫だと思いますねぇ」
そんな不穏な言葉の数々を口にするティア。
戦力過多、それに多分大丈夫……か。これ、どう考えても『敵』が近づいてきているって事だよなぁ……
――ティアが通信を終え、俺たちを見る。
そして、一呼吸置いてから、
「人形どもの集団がこちらへ向かってきているそうですねぇ」
と、告げてきた。
「人形……アルミナで私を襲ってきた?」
「そういう事ですねぇ」
エミリエルの問いかけに肯定を示すティア。
「どうやら、どこかから監視していたようですねぇ。周囲を警戒していた仲間が、その監視者を探している所ですけど、見つけられるかは五分五分といった感じですねぇ」
「■■■■■が後手に回った? 相手は竜の御旗よね?」
「そうですねぇ。ただ、エーデルファーネだの真王戦線だのと個々に名乗っていた頃と違い、今の連中は、■■■■■■■■から持ち込まれた技術や道具を使っていやがりますからねぇ」
「……たしかにそうね。納得したわ」
そんな会話をするシャルとティア。
相変わらず一部がノイズっていてわからないな。
もっとも、こればっかりはどうしようもないのだが。
「これがノイズ……」
「話には聞いていたけど、こんな風になるんだね」
なんて事を言うミリアとジャック。
ついでにエミリエルも、首を縦に振って肯定を示した。
ああ……そういえば、3人はこれを実際に聞いたのは初めてか。
クライヴも、ノイズを聞くのは初めてなんじゃないかと思ったんだが……特に何も反応していないので、どうやら過去に聞いた事があるようだ。
「まあ、ノイズの事はともかく……人形を迎撃する必要がありそうだな……」
「ええ、そうですね。単なる偵察であるのなら、集団で送り込んでくるなんて事はありえないですから、確実に仕掛けてくるつもりでしょう」
俺の言葉に同意し、そう言ってくるクライヴ。
「偵察は偵察でも威力偵察ならありえなくもないですけどね」
「どっちにしてもやる事は同じだな。――問題は……ここで相手をするか、峡橋で相手をするか、だな」
カリンカの言葉にそう返しながら、意見を聞くべくシャルの方へと視線を向ける俺。
「うーん……。峡橋というか……橋を渡った先の道は、つづら折りのスロープになっていて幅も広いから、戦闘するのなら、そこを上手く使った方が良いと思うわ」
「私も同じ意見ですねぇ。そこまで行けば、レンジが飛行艇で来る事も出来ますしねぇ」
シャルとティアが俺の方へと顔を向け、そんな風に言葉を返してくる。
「俺もそこでやりあう方が良いと思うぜ。……というか、いずれここが観光地化する可能性がある事を考えると、鍾乳石は無傷のままにしておきてぇしな」
と、ヴァルガスがふたりに続くようにしてそう言ってきた。
観光地化はさておき、たしかに自然の神秘が生み出したこの景観が、戦闘などという無粋な行為で失われるのはもったいない。
3人の言葉とその事を前提に考えると、取るべき道はひとつしかないな。
……俺は皆を見回すと、橋まで急ぐ事を告げたのだった――
観光地化とか拠点とか言っていますが、何故こんな話がここで出て来たのかは、いずれ……