第27話 銀の王と教国の闇、そして女神への道
「クライヴさんの聖騎士団とヴァルガスさんの傭兵団が衝突した、という事ですか?」
ミリアとジャックの言葉を聞いていたエミリエルが、そんな問いの言葉を投げかける。
「ま、そういう事だ」
ヴァルガスが答え、クライヴも無言で首を縦に振って肯定する。
「ちなみに、私はもうその頃は聖女じゃありませんでしたねぇ。まあ、レンジと共に別行動――別方面から得た情報をもとに、シャルの里の方に迂回して向かっていたので、その場にはいませんでしたけどねぇ。聖騎士団と殺り合えなかったのは、ちょっと残念ですねぇ」
ティアがそんな事を付け加えるように言い、ヴァルガスの方を見る。
その視線に気づいてため息混じりに首を横に振るヴァルガス。
「――聖騎士団が『本物』である可能性も少しあったからな。接触させない方が良いと判断したんだよ、お前は別働隊にしておいたんだよ」
「ま、そんな事だろうと思っていましたけどねぇ」
ヴァルガスの言葉にそう返し、肩をすくめてみせる。
「本物である可能性が少しあるって事は、不自然だと最初から少し思っていたって事ですか?」
エミリエルがそんな風に問いかける。
「ああ。依頼主の様子がどうも辺だったのと、別方面――ハイジの伝手からな。……だからこそってのもあるが、互いに不自然――仕組まれた物だとわかってからは早かったな」
ヴァルガスが頷いてそう言うと、クライヴもまた頷き、
「そうですね。一旦矛を収めて互いに話をした結果、私は『上』が仕組んだ事だと思いました。――先程も言いましたが、当時、教国の中枢は政治闘争に明け暮れる愚か者ばかりでしたし、私は各方面から疎まれていましたからね。同じ家の者にすら」
と、そんな風に言ってため息をつく。
「俺の方の依頼主は『手違い』だと言っていたがな。……まあ、それで納得出来るとでも思っているのかと脅して、手違いの詫びとして大金をふんだくってやったが、情報だけは引き出せなかった。しかも、その数日後に『酒を飲みすぎて酔った状態で崖っぷちを歩いていたら、足を踏み外して滑落死』しやがったからな」
「うわぁ……。それは明らかに口封じされた感じだね。アレストーラって前々から黒い国だとは思っていたけど……黒すぎじゃない?」
ヴァルガスの話に、若干引き気味に言うジャック。
「本当、真っ黒って感じ……」
エミリエルがジャックに同意するようにそう呟いた。
そして、何かに気づいたかのような表情を見せた後、クライヴの方へと顔を向け、言葉を投げかける。
「もしかして……クライヴさんは、その件が原因で教国を捨てた……のですか?」
「ええ、そうですね。理由は他にもいくつかありますが、決定的な理由となったのはその出来事だと言っても過言ではないでしょう。その数日後には、私は聖将の座を辞し、教国を去る事にしましたからね」
クライヴがエミリエルに対してそう答えた所で、
「その時、俺が傭兵団に来ないかって声をかけたんだが、討獣士になって民を直接助けて回る方が良いと言われてな。それなら代わりに……って事で、ちょうどこの大陸で討獣士ギルドの幹部になっていたロイドを紹介したんだ」
と、ヴァルガスが付け加えるように言った。
「あ、なるほど。そういう事だったんですね」
という納得の言葉を口にしたエミリエルは、一呼吸置いてからヴァルガスの方へと顔を向け、疑問の言葉を投げかける。
「ちなみに、ヴァルガスさんとロイド支部長はどこで知り合ったんですか?」
「ああ、共に活動していたアーヴィングが討獣士を辞めたのを期に、世界を旅していたロイドが、アレストーラ教国の状況を少しでも改善しようと、各地の自警団に戦い方を教えて回っていた時に偶然出会ってな。ちょっとばかし盗賊団相手に共闘して意気投合したって感じだ」
エミリエルの方を向き、そう答えるヴァルガス。
さっき、ティアの故郷の街の自警団に戦い方を教えていたと言っていたが……どうやら他の所でもやっていたみたいだな。
「ちなみにロイドさんが支部長になったのは、アーヴィングさんが元老院議長に就任した際に、お母さん――本部長が幹部……というか、支部長要員が不足している事を、アーヴィングさんに相談しに行ったのがキッカケですね」
そうカリンカが補足するように言うと、ヴァルガスが腕を組み、
「ああ、そうだな。ロイドの話をアーヴィングから聞かされたサギリナが、ロイドに興味を持ってな。アーヴィングに連絡をつけて貰ったんだとさ。俺とアーヴィングが面識を持ったのも、その辺の関係だな。まあ、ハイジの方はその前から顔見知りだったみたいだけどな」
と、そんな風に言ってきた。
ふーむ、なるほど……。なんだか色々と不思議な繋がりがあるんだな。
「さっきから気になっていたけど、ハイジって誰?」
疑問を口にして小首を傾げるミリアに、カリンカが答える。
「あ、それはアーデルハイドさんの愛称ですね」
「アーデルハイド……。あの遺失技法学士?」
「ああ、その通りだ。まあ……あいつはハイジって呼ぶと嫌な顔するがな。似合わない愛称だって言って」
ミリアに肯定の言葉を返し、笑うヴァルガス。
そのやりとりを聞いていたシャルが、
「まあ、その気持ちはわからなくもないわね。私もロッティという愛称で呼ばれる事がたまにあるけど、なんとなく違うというか……そんなかわいい感じで呼ばれるのは抵抗があるから、シャルと呼んで欲しいって返すし」
なんて事を言った。
「あー、そういえば、昔は良くロッティと呼ばれてましたねぇ。その度に力でねじ伏せてやがりましたけどねぇ」
ティアが頬を人さし指で軽く叩きながらそんな風に言うと、シャルはそれに対し、
「あれはあいつらが悪いのよ。どう考えても、私を弄る気満々だったじゃない」
と、そう言って肩をすくめてみせる。
「ふーむ……。俺は普通にロッティでも良いと思うけどな」
俺が真顔でそれを告げると、シャルは、
「え? そ、そう? なら特別に……。……あ、や、やっぱり駄目!」
なんて事を言って赤面した。それはもう、火を噴くんじゃないかと思うほどに。
……そ、そこまで恥ずかしいのか。
「ロッティと私も呼びましょうかねぇ?」
そんな事を言って、ニマニマと笑みを浮かべるティア。
「あ、愛称の話はどうでもいいわよ……っ! それより、話がそれすぎ! 元に戻すわよ!」
シャルが怒りの声でティアにそう返しつつ、全力で話題を変えようとする。
が、たしかに話がそれすぎなのは間違いないので、
「まあ、話を戻すとして……。――教国の上層部が、意図的にクライヴさんとヴァルガスさんを衝突させたというのはわかりましたが、それと銀の王や、シャルの故郷を襲った盗賊たちとの間には、どういった関係があるのですか?」
という問いの言葉を、クライヴとヴァルガスの方を見て投げかける俺。
「ここからは推測ですが……あの件は、『上』が私を排除しようとして行われたであろう事は間違いないと思います。しかしそれだけではなく、銀の王たちの何らかの意図――策謀もまた絡んでいたのではないか……と、そう考えています」
「銀の王が先行していたはずなのに、俺たちがシャルの里に辿り着くまで、銀の王が率いる傭兵団とは接触もしなかったし、居たのは盗賊団だけだったしな。――まあ、盗賊団という割には練度が高かったからな。単なる悪党じゃなくて、傭兵崩れだったと言った方がいいかもしれん」
クライヴとヴァルガスがそんな風に言う。
「つまり……銀の王は、傭兵崩れの盗賊を使って、シャルの里を襲わせた……?」
ミリアがこめかみを指で軽く揉みながらそんな疑問を呟く。
それに対してティアが、ティアが頬に手を当てて、ため息をつきながら答える。
「ま、あくまでも可能性のひとつですがねぇ。……正直な所、あの件については、いくら調査しても、得られる情報がほとんどないんですよねぇ。不自然過ぎるほどに」
「その様な調査をしているという事は……やはり、シャルロッテさんの里を襲ったのは、普通の盗賊ではないと皆さん考えているのですね」
カリンカが、クライヴ、ヴァルガス、ティアの3人を交互に見ながらそう言うと、肩をすくめてみせるヴァルガス。
「それはそうだ。というか、単なる盗賊団が、なんの情報もなしに隠れ里であるシャルの里の場所を知る事なんざ出来るはずもないし、知った所で、そんな金目の物のなさそうな場所をあえて襲撃する理由もない」
「私も襲ってきたのはただの盗賊団じゃないと思っているわよ? だからこそ、ヴェヌ=ニクスみたいな特殊な盗賊団と遭遇すると、殲滅したい気分になるし。――こいつらは、あの盗賊団と何か関係しているのではないか……と、そう思ってしまうのよね、どうしても」
と、自嘲めいた感じでそう言って目を伏せるシャル。
……アリーセとロゼから、列車でヴェヌ=ニクス――無論、朔耶たちが遭遇した魔物の方ではなく、列車盗賊団の方のヴェヌ=ニクスだ――の襲撃を受けた時に、ちょっとシャルの様子が変だったって話は聞いているが……なるほど、その辺りが原因か。
「ヴェヌ=ニクスも、傭兵くずれという点では一致しているんだよなぁ……」
「こうして、色々と情報が出揃ってくると、あの連中も何か怪しい部分があるのは間違いないですね。あれほどの技術や情報をどうして持っているのか、と」
ヴァルガスとクライヴが腕を組みながらそんな事を言った。
……たしかにな。俺は直接遭遇したわけじゃないからあれだけど、アリーセとロゼの話や、巷の噂を聞く限りでは、色々とわけがわからない連中であるのは間違いない。っていうか、傭兵くずれだったのか……ヴェヌ=ニクスって。
「その辺は、例のスパイ――ディラネスローヴァが関係しているっぽい……って所までは突き止めてるんだけど……」
「なかなかその先がわからない。まさにそこも、シャルの里を襲った盗賊と同じ」
ジャックとミリアが、ふたりの発言に続く形で告げてくる。
「これは、本格的に調べてみた方がいい気がしますね……。ソウヤさん、『あの方』に協力していただく事は出来ないでしょうか?」
カリンカがそう言って俺の方を見てくる。
あの方って……。まあ『女神ディアーナ』と言うわけにはいかないと思ったんだろうけど。
「あ、たしかに」
ジャックがポンッと手を打ちながら、同意する。
ミリアも無言だが同意を示すように首を縦に振った。
ふむ、言われてみるとティアの過去の情報を得てきたくらいだから、何か得られそうな気はするな。
「そうだなぁ……。とりあえず言うだけ言っておくとするか」
「ふむ……。ところで……なんですけどねぇ、その『あの方』っていうのは、一体全体何者なんですかねぇ?」
「ああ、それは俺も気になった。まあ……俺たちにも秘匿する必要があるというのであれば、深く追求するつもりはないけどな」
ティアとヴァルガスが、そんなもっとな事を口にしてくる。
それに対して俺はどう答えるか迷う。
うーむ……。いっそ、ここにいるディアーナの事をまだ知らない面々にも教えてしまった方がいいのだろうか?
この中に『敵』と繋がっているであろう人間なんざいないだろうし……
「……ここは説明するよりも直接顔を合わせ方が早そうだな」
そう呟くように言った後、ヴァルガスの方を見て問う。
「――ヴァルガスさん、この辺りに霊的な力――陽の霊力に満ちた場所とかってありませんか?」
「霊的な力に満ちた場所で、なおかつ陽となると……。そうだなぁ……ここから一番近いのは、レンディカ遺跡群くらいしか思いつかねぇな」
ヴァルガスが頭を掻きながら、そう答えてきた。
……レンディカ遺跡群? どこだそれ? なんて事を思った直後、
「そういえばソウヤと初めて出会う前に、そこに行ったわねぇ……」
と、シャルがそんな事を言った。
そういえば最初にアルミナでシャルと出会った時、神殿遺跡がどうとか言ってたっけな……
「ゼルドア神殿遺跡やフォルカタ水道遺跡といった複数の遺跡が存在する場所ですねぇ。たしか、シャルはゼルドアの調査に行ったんでしたよねぇ?」
「ええ、翌日に会う予定だった人の頼みでね。……まあ、その人はディアネスローヴァの手で消されてしまったようだけど」
ティアの問いかけにそう返すと、残念そうな表情で首を左右に振りながらため息をついた。
「有力な情報提供者のひとりだっただけに、我々にとって痛手ですねぇ……。なんとかして報復してやりたいですねぇ」
「――そうね。でもまあ、そっちはいずれ敵を討つ機会が来るのは間違いないから、その時を待つとして……今は、遺跡群ね。ここからだとどうやってあそこへ行けばいいのかしら?」
シャルが気持ちを切り替えるようにしてそうティアに返す。
「私も良くわかりませんねぇ……。あまりこの辺りに詳しくはねぇですからねぇ」
「ここからですと、ガザナ峡橋を渡っていけば1時間くらいで行けますね。ただまあ、あそこへレビバイクで行くのは無理なので、徒歩で行くしかないんですが」
ティアとシャルの方を見て、エミリエルがそんな風に遺跡群までの距離を説明する。
ふむレビバイクで行くのが無理っていうのが良くわからないが、別にレビバイクを使わなければいけないというものでもないしな。
「なるほど、ガザナ峡谷を渡るわけね」
そう言って納得した後、こちらを見てくるシャル。
「――という事みたいだけど……ソウヤ、どうする?」
「んー、大した距離じゃなさそうだし、歩いて行けばいいんじゃないか?」
俺はそうシャルに言葉を返すと、ディアーナとまだ直接顔を合わせていない面々を見ながら、問いかける。
「……皆さんに直接会わせたいので、これからそこへ行こうと思うのですが……どうですかね?」
というわけで、1章でサラッとシャルロッテが言っていた遺跡がここで登場です。
ヴェヌ=ニクスに関しても、ようやくここで……といった感じですね。
タイトルの『女神への道』は、他に良い言葉が思いつかなかったので若干無理矢理です……
追記1:シャルロッテとシスティアの会話で、繋がりがおかしな所があったので修正しました。
追記2:タイトルに「そして」が抜けていたので追加しました。