第26話 アレストーラ教国の出身者たち
ティアが家の奥から姿を見せる。
その横には、エミリエルの姿もあった。
「初めましての人もいるようなので、名乗るとしましょうかねぇ。――私は、システィア・レティア・アルマティア。長いので、ティアと呼びやがってくれていいですからねぇ。ちなみに、そこのシャルの仲間――だった傭兵ですねぇ。まあ、『だった』といっても、敵対しているわけじゃねぇですので、心配無用という奴ですけどねぇ」
シャルの方を見てそう告げるティア。
「――そうね。どちらかと言うと、私の方が抜けた感じだしね」
「愛でやがりますねぇ」
「ちっ、違うわよっ! い、いやでも――」
愛と言われたシャルが、赤面しながら声を大にしてそう返したかと思うと、なにやらブツブツと小声で呟きだした。……が、よく聞こえないな。
……ブツブツと呟き続けるシャルの事は一旦置いておいて、各自が手早く自己紹介を済ませる。
そして、一通り終わった所でティアが俺たちの方を見て、
「ここにいる事は、レンジ以外は知らないはずなんですけどねぇ。もしかして、レンジから聞いたんですかねぇ?」
そう問いかけてくる。
「いいえ、違うわ。ソウヤがここに貴方がいるって言っていたのよ」
いつの間にか呟くのを止めていたシャルが、腕を組みながら、何故か少し自慢気に答える。
「正確には、俺の知り合いというか……『仲間』からの情報だな」
もっと正確に言うのなら、ディアーナは『仲間』とはちょっと違うのだが……まあ、詳しく説明するのは面倒なので、あえてそういう風に告げた。
「なるほどですねぇ。さすがはレンジの同郷だけはありやがりますねぇ。特殊な人脈を持っているようですねぇ」
と、ティア。
まあ、特殊な人脈を持っている……という事に関しては、否定のしようがないな……
「それで……何をしに来やがったのですか? 私に用がある感じですけどねぇ?」
「ああ、ちょっと聞きたい事があったんだ。――アレストーラ教国の『光の聖女』であったティアに」
ティアにそう告げると、心底驚いたといわんばかりに目を見開くティア。
「……何故、貴方はその事を知ってやがるんですかねぇ?」
「ソウヤの仲間――いえ、今は私の仲間でもあるけど、その人が調べたそうよ」
忌々しげな表情にティアに対し、俺の代わりにそう言葉を返すシャル。
「調べた……でやがりますか。それはまた、とんでもなく優れていやがる情報収集能力を持った奴が存在してやがったものですねぇ……。あの頃の――聖女とかいう忌々しい存在だった頃の記録……痕跡は、全て抹消したはずだったんですけどねぇ……」
肩をすくめて俺の方を見てくるティア。なんだか、ちょっと荒っぽい口調が多めだな……
「まあ、記録は消せても、さすがに人の記憶までは消せないですからね。私が貴方の事を覚えていたように……」
「情報を得ようと思えば、得る事は出来る……という事ですね」
クライヴとエミリエルが続けてそんな風に言う。
「はぁ……まったく、やれやれですねぇ……。――それで? 貴方は何を聞きやがりたいんですかねぇ?」
「アレストーラ教国と銀の王の関係性についてだな。一体、彼の国に何が起きた? そして今、何が起きている?」
嘆息するティアに対し、そう問いかける俺。
すると、ティアだけではなく、クライヴの方も忌々しい物を思い出したかのような表情を一瞬見せた。
そして、そのクライヴがティアよりも先に口を開く。
「表向き軍隊を保たないアレストーラ教国にも、戦力があるのは皆さんご存知ですね?」
「――聖騎士と七聖将?」
ミリアが顎に手を当てながら小首を傾げてそう答える。
クライヴはそれに対し頷き、言葉を紡ぐ。
「その通りです。ですが、それだけでは人数が足りません。そこで不足分を傭兵団を雇う事で補っています。しかし……傭兵団を長期間雇うためには、当然ですが大金が必要となります。なので、長期間雇い続けるのは、なかなか難しいのが現状でした」
「なもんで、聖騎士や討獣士が対応する事になるわけですねぇ。……ただ、数不足の聖騎士や討獣士では対処しきれない魔獣や、盗賊団の類がどうしても出てきてしまいやがるんですよねぇ、特に地方では、日常茶飯事な地域もありやがりますからねぇ。
――私の故郷の者たちや、故郷を訪れる行商人たちも、魔獣や盗賊団の被害に何度か会っていましたんでねぇ……。まあ、私の故郷の村自体は、自警団が存在していたお陰で、まだ安全な方……って感じですけどねぇ」
「盗賊団……」
ティアの言葉を聞いたシャルがポツリと呟く。
シャルの故郷の里を襲ったのは盗賊団だ。
……が、恐らく襲ったのは盗賊ではないだろうと俺は思っている。
いや、俺だけではなく、シャルの故郷の事を知る者は、ほぼそう思っているのではなかろうか。
「ちなみに、その自警団に戦い方の指南をしていたのがロイドだな」
ヴァルガスがそんな事を言うと、エミリエルがそれに食いつく。
「え? そうだったんですか?」
「ついでに言うと、私の家はその辺りの治安維持を管轄していました。……まあ、教国中枢の政治闘争にばかりかまけて、治安維持なんて、最小限――半ば放置と言っていい程度にしかしていませんでしたけどね」
両手を広げ、首を左右に振るクライヴ。
その声は、少しだけ怒気を帯びている。
「と、言いつつ、クライヴさんはキッチリ盗賊団退治で名を上げていたじゃねぇですか。当時の私の耳にも聞こえて来ていましたからねぇ。――殲滅将軍という通り名が」
「凄くカッコイイ……」
ティアの言葉に、何故かちょっとウットリしているエミリエル。
もっとも、カッコイイという点にはちょっとばかし同意だ。
「……何とも懐かしい通り名ですね。お陰で私がアジトに近づくだけで降伏してくる盗賊団も結構いましたよ。あ、もちろんその場合は殺しませんよ?」
「殲滅という名の割には、そこは慈悲をかけてたんですねぇ。降伏など認めないと言って、問答無用の鏖殺に走っていたんじゃねぇかと思っていたんですけどねぇ」
意外だといわんばかりの顔で、そんな言葉をクライヴに返すティア。
「いえ、そんな事をしたら味方にも被害が出てしまうではないですか。被害がゼロで済むのならその方が良いというものです。――それに、大体は裁判の結果、処刑となりますから、その場では殺さないだけ……という感じですよ。盗賊にかける慈悲などありません」
「そうね、盗賊にかける慈悲なんてないわ。死、あるのみよ」
クライヴの言葉に物騒な同意をするシャル。
まあ、わからんではないがな……
「素晴らしい考え方だと思います!」
再びエミリエルがそんな風に言う。
……まあ、あえて何も言うまい。
っていうか、なんだかカリンカがシャルとエミリエルを交互に見て、ヤレヤレって顔をしているな……。というか、ため息までついてるし。
「――っとと、少しばかり話が脱線してしまいましたねぇ。元に戻しますねぇ」
ティアはそう言って軽く咳払いをすると、続きの言葉を紡ぐ。
「……まあともかく、教国はそんな有様だったんですねぇ。で、そこにふらりとやってきた銀の王がそんな現状を憂い、自身の傭兵団が、長期間かつ格安で国内の治安維持を請け負うと、教皇猊下に申し出やがったんですよねぇ」
「うーん、そこだけ聞くと善人かあるいは詐欺師って感じだね」
ジャックが顎に手を当てながらそう返す。
「そうでやがりますねぇ。教皇猊下を始めとした教国の中枢の者たちも、最初は詐欺師の類ではないかと半信半疑でしたねぇ。……まあ、半年もしないうちに、類稀なる善人であると考えを改めたでありますけどねぇ」
「それはまたどうして?」
ティアの言葉を聞き、ミリアが不思議そうな表情で問い返す。
「銀の王の率いる傭兵団が治安維持を請け負ってから、1件を除いて魔獣や盗賊団の被害がなくなったからです」
と、ティアの代わりに答えるクライヴ。
「それはまた凄いな……。まあ、銀の王が有する戦力や技術力であれば可能かもしれないが……。って、その1件ってもしかして……」
「ええ、私の里の件よ」
俺の言葉に反応するシャル。ああ、やっぱりそうだったか……
「だが、あの件は色々と隠す気のない不自然――いや、不審な点が幾つもありやがるんだよなぁ」
腕を組んで何かを考え込んでいたヴァルガスが口を開き、そう告げる。
俺も不審に思う点はいくつかあるが、隠す気のない……?
「隠す気のない不審な点……ですか?」
俺と同じ事を思ったらしいカリンカが、小首を傾げながら問う。
その問いに対し、クライヴがヴァルガスの代わりに答える。
「――あの時、あの付近に盗賊団がいるという情報は我々の方でも把握していて、討伐に向かっていました。……しかし、銀の王の一団が既に交戦しており、その際に取り逃がした集団が別の場所――近くの村に向かって移動しているので、そちらの対処をするよう、『上』からの指示があったのです」
「んで、ちょうどその頃、俺たちの方にも同じ依頼が来ていたんだよ。ただし、――取り逃がした連中が『聖女』や『聖騎士』の装束を偽装して町や村を襲っているから撃退して欲しい、という少し違った内容で、だけどな」
クライヴに続く形で、そんな風に告げてくるヴァルガス。
「それって……」
「ま、そこまで言われたら、何が起きたのかは一目瞭然って感じだよね」
ミリアとジャックがそう口にした。
……まあ、今の情報を聞けば、なんとなくクライヴとヴァルガスの話の続きは予想出来るよなぁ……
お盆の都合で申し訳ありませんが、次回の更新はちょっとだけ間を空けて、
来週の火曜日(8/18)を予定しています。引き続きよろしくお願いいたします。