第25話 カルカッサを訪れし者たち
――道中、放っておくと文字通り人に害を及ぼしそうな害獣を倒しつつ、カルカッサへと向かう俺たち。
「カルカッサの近郊って、なんだか害獣が多い気がするな……」
「それはまあ……今でこそ『カルカッサ』と呼ばれているけど、以前は害獣が多く生息する事から、暴れ獣の湿地帯なんて呼ばれていた場所だからねぇ……この辺って。ヴァルガスさんが田園を作るために狩りまくったみたいだけど、それでもさすがにゼロには出来ないからね」
俺の呟きに対し、サイドカーに乗るカリンカが、仕事モードではなくなった砕けた口調でそう説明してくる。
「なるほど……そういう事か」
そんな風に言葉を返した所で、カルカッサの田園が見えてきた。
「ここがヴァルガス団長が開拓した……? うーん……なんというか、とんでもないわね。元々湿地帯だった場所がこんな風になるなんて」
横を走るシャルが驚きと感嘆の入り混じった表情でそう口にする。
たしかに何十年もかけてとかならわかるが、たった数年でやったって話だしなぁ……。一体どうやったらそんな事が出来るのやら、だ。
なんて事を思っていると、
「この植物は……?」
「んー、僕も実物を見たのは初めてだなぁ」
そんな事を話している、ミリアとジャックの声が聞こえてきた。
ちなみにだが、ふたりとも私服に着替えていたりする。
まあ、イルシュバーン国内でクスターナの軍服を着て動き回るのは色々問題がありそうだしな。
っと、それはそうと……そう言われると、たしかにイルシュヴァーンに米はあっても、稲――田んぼはあまりないというか……ここ以外では見た事がないな。
基本的にイルシュバーンで売られている米って、アカツキ皇国からの輸入物だし。
南のディンベルには、俺たちが訪れる事のなかった西部の方に、少しだけ産地があるようだけど、輸送路の都合で、王都にもたまにしか入って来ないみたいだからな。
なんて事を思いつつ、俺はふたりに説明する。
「ああ、これは稲だ。前にイルシュバーンで食べたアカツキ料理の米になるんだよ。まあ、まだ早いけどな」
「アカツキ皇国だと割と良く見る光景ね。というより、あの国は基本的に稲の畑――田んぼというんだったかしら――ばかりで、逆に小麦畑の方をほとんど見かけないわね」
「そうだねぇ。ソバ畑の方は結構みるけど」
俺の言葉に続くようにして、シャルとカリンカがそんな風に言ってきた。
アカツキ皇国は日本と同じ……というか江戸に食文化が近い――ただし、トンカツのような近現代的な料理もある――ようで、米と蕎麦が主食だからな。まあそうなる。
「へぇ……これがあんな風になるのか」
「うん、なんだか不思議」
ジャックとミリアが田んぼを眺めながら感嘆の声を漏らす。
――そうこうしているうちに、ヴァルガスの家が遠くに見えてきた。
「お、見えてきたぞ」
「あそこがそうなのね。……って、なんか工房っぽいものもあるわね」
「ああ、工房だぞ。割と設備も工具も揃っている感じだったな。……というか、あそこで以前使っていた杖を、アーデルハイドに改良してもらったんだよ。これに」
スフィアを呼び出し、浮かべて見せながらシャルにそう告げる俺。
よく考えると、改良っていうレベルじゃない気もするが……まあ、そこは別にいいか。
「アーデルハイドが満足する程の設備や工具が揃っているとか、さすがね……」
「アーデルハイドさんも来ていたり……は、しないよね?」
シャルとカリンカが続けてそんな風に言う。
「んー、昨日、ロンダームの方に通信を送ってみたんだけど、応答がなかったから、こっちに来ている可能性はあるわよ。あくまでも可能性だけど。最近はアルミューズ城の地下の……例の門の調査と防衛の協力とで、アーデルハイドもヴァルガス団長も忙しいみたいだったし」
と、カリンカに告げるシャル。
そういえばディンベル滞在中に、門の事が気になってアーヴィングに尋ねたら、そんな話をしていたな……
「なるほど……。だとすると門の方にいる可能性もあるね。――あ、そういえばその門だけど、まったく何も変化は見られないし、襲撃もないらしいよ」
「――まあ、『時』が来ていないんだろうな、多分」
カリンカの言葉に、俺はあの時遭遇した男の言っていた言葉を思い出しながら、そう返す。
そして、続けてシャルの方に声だけ投げかける。
「……ところでシャル、あの門の先は竜の座と関係あったりするのか?」
「ないわね。むしろ、私にもさっぱりだわ。竜の座にも、あれに関する情報は存在していなかった……というより、意図的に消されている感じだったわね」
シャルがそんな風に答える。
「意図的に消されている……ねぇ。それは凄く気になるね」
「うん、たしかに。竜の座にとって、その門とやらは都合が悪い?」
俺とシャルの会話を聞いていたジャックとミリアがそう言ってくる。
「ノイズと同じで、あの門も竜の座にとっては、隠蔽する必要がある物だって事なのかな?」
サイドカーのカリンカが、そんな疑問を口にして小首を傾げる。
「うーむ……まあ、普通に考えたらそうだな。単純に誰かが情報を改竄した可能性もなくはないけど」
「竜の座の、あのデータベースを改竄するのは、正直言って不可能だと思うわよ」
俺の発言に対し、シャルが確信を持ったような口ぶりでそう返してくる。
ふむ……。どういう仕組みなのかは知らないが、シャルの口ぶりからすると、相当強固なセキュリティのようだな。
「あ、でも、別の可能性はあるかもしれないわね」
「別の可能性って?」
シャルの言葉に対して、俺の代わりにカリンカが問いを投げる。
「この間のガルシアとの会話で、上位のセキュリティの概念がある事が判明しているから、もしかしたら私たちよりも更に上位の権限を持つ者じゃないと、見る事すら出来ない仕組みになっているのかもしれないわ」
「なるほど……。たしかガルシアの発言の中に、シャルの耳にもノイズで聞こえる言葉があったんだったっけか?」
「ええ、その通りよ。あの時は心底驚いたわ」
「そりゃまあそうだろうな」
なんて事をシャルと話しながら思う。
ふむ……上位セキュリティ、か。
だとしたら、いわゆる隠しファイルのようになっていて、それを表示するには高い権限が必要……と、そんな感じだろうか。
ガルシアの発言の件を考えると、ありえそうな話ではあるな。
――などという話をしていたら、いつの間にかヴァルガスの家の目の前まで来ていた。
以前来た時と同じ場所にレビバイクを止めた所で、俺たちが来た事に気づいたのか、ヴァルガスが家の中から出て来る。
「3台のレビバイクが近づいて来てたから、襲撃者でも来たのかと思って様子を見に来てみたんだが……なんだ、ソウヤだったか。って、そっちは――」
ヴァルガスが俺たちを見回しながらそこまで言った所で、シャルの存在に気づいた。
「シャルじゃねぇか! 久しぶりだな! 元気そうでなによりだぜ!」
と、破顔して嬉しそうに言う。
「お久しぶりです」
「そっちも相変わらず元気そうでなによりだわ」
ヴァルガスに対し、俺とシャルがそれぞれそんな風に返事をすると、ミリアがそれに続くように、問いの言葉を投げかけた。
「――ところで、襲撃者というは……?」
「ん? そっちのふたりは誰だ? ソウヤの横にいる嬢ちゃんの方は、サギリナの娘だって事を知っているが、そっちのふたりは知らないぞ?」
ヴァルガスがジャックとミリアを見て、もっともな疑問を口にしながら、俺の方へと顔を向けてきた。
「失礼。名乗りがまだでした。――私はミリア・レアンです」
「ついでに名乗る形で恐縮ですが、僕はジャック・ディアロと言います」
俺が説明するよりも早く、ふたりが名乗る。
「ふたりはクスターナの軍人で、エメラダさんの護衛武官を務めています。まあ要するに、クスターナの盟主の代理で来た……みたいな感じですかね」
俺が付け加えるようにそう説明すると、ヴァルガスは、
「ふむ、なるほどな。……っと、襲撃者の件だったな。その件については中で話すとしよう。説明が手っ取り早いからな」
そう言って家のドアを開けた。
◆
「おや、ソウヤさんではないですか。お久しぶりですね」
中に入ると、そんな声が聞こえてきた。
この声は……
「あれ? クライヴさん? どうしてここに?」
俺はクライヴに対してそう問いかける。
「エミリーを狙って人形が攻撃を仕掛けてきた件はご存知ですか?」
クライヴが逆にそう問いかけてきた。
それに対し、俺の代わりに後ろから入ってきたシャルが答える。
「それはもちろんよ、私が伝えたもの」
「えーっと、貴方は……。いえ、その声はシャルロッテさん? ロイド支部長の代わりに、通信で話をする事は何度かありましたが、直接お会いするのは初めてですね」
「そう言われてみると、たしかにそうね。なんだか不思議な感じだわ」
そんな事を話すふたり。
あれ? クライヴとシャルって、直接顔を合わせるのは今日が初めてなのか。通信では何度か会話しているみたいだけど。
って、そういえばロイド支部長はレンジとも繋がりがあるとか、ディンベルからの帰りに、飛行艇の中でシャルが言ってたっけな。
「貴方が伝えているのであれば話は早いですね。襲撃の後、最初はあの連中と敵対する者とは無関係である事を示すために、何もしないで居たのですが……」
「――エステルとコウが、ディンベル――正確に言うなら王都ベアステートで、エーデルファーネ相手に戦闘している事を、私からの情報で知って、ここへ避難する方針に変えたって所かしら?」
クライヴの言おうとしている事を推測し、先回りするシャル。
「ええ、その通りです。さすがにあのふたりがエーデルファーネと真正面から敵対したとなると、無関係だとは思ってくれないでしょうからね」
頷きそう答えるクライヴ。まあたしかにそうだろうな……
「ロイドから協力要請をされてな。たしかにここなら安全だろうと思って承諾したんだよ」
と、ヴァルガスが付け加えるように言う。
「なるほど……。カルカッサ周辺は平坦な湿地帯ですからね。見晴らしが良い上に、数多くの害獣が住み着いています。秘密裏に接近するのはなかなかに困難な場所だと言えますね」
「ああ、この家の屋根から見渡せば、接近してくる奴は一目瞭然だ。実際、お前たちもそうして見つけたんだしな。――それにアーデルハイドが作った監視機能付きの結界塔が、田園の周囲に設置してあるからな。もし仮にステルスとかを使って近づいてきたとしても、すぐにわかる」
カリンカの言葉に頷き、そう返すヴァルガス。
結界塔……。そういえばそんなのあったな。
この世界に来た当初は珍しかったけど、どこに行ってもあるから、あまりにも身近すぎて最近は気に留めていなかったせいで、すっかり忘れていたぞ……
なんて事を思っていると、シャルが、
「監視といえば……。クライヴとエミリーのふたりには、人形を操っている奴を見つけるために、見張りを付けておくようレンジに頼んだのだけど……どこへ行った――いえ、そうじゃないわね、理解したわ。――ティア、貴方がその要員だったってわけね?」
と、そんな事を呟くように言った。ただし、家の奥へと視線を向けながら。
その直後、シャルの視線の先から、
「おや、良く私がここにいる事がわかりやがりましたねぇ」
という、ティアの声が聞こえてきた――
3章でチョロっと出て来たクライヴとエミリエルの話のその後……みたいな流れですね。
お盆の都合で、今週末の土曜日は更新が出来ない為、木曜日に更新すると、その次の更新まで間が空きすぎるので、『次の更新』は例外的に『金曜日』を予定しています。ご了承くださいませ……