第21話 未だ分からぬ謎
記憶が欠落していると告げられ、驚く朔耶。
ディアーナはその朔耶の方を見て、
「はいー。なんというかー『その時に何かした気がする』事は覚えているのですがー、具体的に何をしたのか思い出せない部分やー、前後にやった事は覚えているのにー、その間にやった事を思い出せない部分がー、あったりするのですよー」
と、補足するかのように話す。
ふむ……竜の座の記憶がない、そして過去の記憶に欠落した部分がある……か。
どうやら『記憶喪失の女神』の仮説は仮説ではなく、真実であったと言って間違いなさそうだな。
まてよ? という事は、だ……。俺の大元の目的というか――本来この世界に転生するはずだった者が、他の世界に転生してしまう現象……この現象が始まった100年前の記憶も欠落しているのでは……?
そう思ってその事を問いかける俺。
するとディアーナは、
「絶対にないとは言えないですがー、100年前の出来事は毎日全て覚えているのでー、おそらく違うような気がしますー」
と、そんな風に答える。
……うーむ、違うようだ。
でもまあ、そんな単純な話じゃないか。
しかし、最初は地球へ戻る方法を得るために、それについて調べ始めたけど、正直、朔耶やら室長やらが既にこちらの世界に来ている現状では、その辺はどうでも良くなってきてたりするんだよな。
なら、調べるのを止めるかと言われると、単純に100年前に起きた現象が何なのか気になるから止めないが。
もっとも……未だにその辺に関する有力な情報は得られていないのが、目下の悩みではあるのだが……
なんて事を思案していると、ディアーナがふと思い出したかのように口を開いた。
「そういえば……ですがー、ソウヤさんから預かった人形タイプの魔法生物をー、解析してみた所ー、以前お話したー、『異世界へと繋がる門を生み出す研究』のー、一部である『スペーシャル・ディストーション』――空間を歪ませる技術がー、不可視化機能にー、利用されていましたー」
「あのステルスって、そんなトンデモな技術が使われていたのか……」
光の屈折とかじゃなくて、空間を歪ませるって……思った以上に高度な技術だったようだ。
「凄くサイエンスなファンタジーだね……。って、あれ? その研究って、こっちの世界の竜の血盟がやっていたんだよね?」
「ああそうだな。まあ、正確にはこっちというか、地球に来る前の竜の血盟だが」
「って事はつまり……竜の血盟があの人形を作った? ……となると、エーデルファーネや真王戦線は、こっちに戻ってきた竜の血盟とも関係があるって事じゃない?」
と、そんな推測を述べる朔耶。
……ふむ、その可能性は十分にあるな。ただまあ――
「――可能性のひとつとしてはありえるな」
「他にも何かあるの?」
俺の言葉に疑問を小首を傾げてくる朔耶。
「例えば……こっちの世界に残存している、竜の血盟の資料――の断片を利用した……とか、そういう可能性もある」
と、俺が可能性の例を上げると、朔耶は納得したように頷く。
「なるほど……たしかにそれも可能性としてはあるね」
「ああ。現にこの世界の『錬金術』は、それらが大元になっているっぽいって、この間室長が言っていたしな」
「たしかに、この世界の『錬金術』って魔法っぽさがあるよね。どこかの戦闘も出来るアトリエ持ちの錬金術士みたいに。あ、師匠の『師』じゃなくて、騎士の『士』って書く方の錬金術士ね」
「わざわざ言わなくても、さすがに鋼の方と勘違いしたりはしないっての……。まあ、あっちもあっちで魔法っぽさがあるが」
そんなやりとりをしていると、ディアーナが困惑した表情で、
「あのー、おふたりは一体何の話をしているのですかー、さっぱりわかりませんー」
そんな風に言ってきた。……あー、うん。まあ、そうだろうな……
「ま、まあ、大した話ではないのでお気になさらず……」
朔耶が頬を指でなぞりながら、そんな風に返す。
とりあえず話が脱線したので、元に戻……ん? まてよ……? そういえば――
「さっぱりわからないといえば……なんですけど、さっき言った『制限』によってノイズ化する言葉って、ディアーナ様、普通に聞き取れます? 例えば……『逢魔の封域』とかですが」
「はいー、普通に『逢魔の封域』と聞こえますねー」
俺の問いかけにそう返してくるディアーナ。
どうやら記憶にあろうがなかろうが、そこは問題ないらしい。
一度、制限が解除されると認識――認知が失われても関係ないのだろうか?
うーむ……いまいち条件がよくわからんな……
「あ、私もそういえばなんですけど、ローディアス大陸の状況って、どうなっているか分かりますか?」
朔耶はふと思い出したかのように、ディアーナにそう問いかける。
ディアーナは人さし指をこめかみに当てながら、
「ローディアスですかー? 相変わらずー、魔法が使えない状態のままですねー」
と、そんな風に答えた。
「まあ、それはそうでしょうね……。ちなみにリンの方は?」
「リンさんの方はー、イルシュバーンの諜報員の人たちとー、接触したようですねー。銀の王の目に留まらない場所でー、何か動いているようですー」
俺の問いかけに対し、そう返してくるディアーナ。
イルシュバーンの諜報員たちっていうと……あれか。前に――獣王国に行く途中で、エルウィンたちを助けた際に――話に出て来た『紅翼』あるいは『蒼刃』か。
音信不通っていう話だったけど、どうやら無事だったみたいだな。
今まで連絡がなかった事が気になるが……と、思っていると、
「あ、そうでしたそうでしたー。リンさんからー、その諜報員の人たちがー、ローディアス大陸の現状を纏めた資料をー、預かっていたんでしたー。お渡ししますねー」
なんて事を言って、どこからともなくファイルホルダーを2冊取り出し、こちらに手渡してくるディアーナ。
それを受け取って表紙を見てみると、それぞれ『ローディアス大陸情勢報告書:紅翼』『ローディアス大陸情勢報告書:蒼刃』と書かれていた。
ふむ……どうやらリンが接触したのは、『片方』ではなく『両方』だったようだ。
開いてパラパラとめくってみると、大陸各国、および各都市の現在の状況が事細かに記されていた。
軽く見ただけでも、異界の魔物が出没したり、魔煌具が使えない事で様々な混乱が起こっていたりと、どこも酷い状況である事が伺える。
特に銀の王が本拠を構えている旧ゼクスター領は、既に多数の異界の魔物が平然と闊歩しており、その影響で環境や生態系までもが歪んでしまい、もはや人間の住めるような場所ではなく、魔境と言っても過言ではない状態になってしまっている……と書かれていた。
「環境や生態系すらも歪めるって……。なんというか、相変わらずとんでもない事してるね……銀の王」
朔耶が横から俺の開いている報告書を覗き込みながら、やれやれといった表情、そして口調でそんな風に言う。
「そうだな。それに関しては同感だ。――ともあれ……この資料はなかなかに有用だな。後でアーヴィングに渡しておくとしよう」
俺はそう口にして、ファイルホルダーを次元鞄にしまい込む。
「――ところで……なんだけど、ソー兄、後で仲間のみんなに女神様の事を話すとか言っていたけど、全員ここに連れてくるつもり?」
「あ、そうだ」
朔耶の言葉で、それをディアーナに話さないといけない事を思い出した俺は、ディアーナの方へと向き直ると、そのまま続きの言葉を紡ぐ。
「――例によって、協力してくれそうな人たちをここに連れて来ようと思っているのですが……大丈夫ですかね? まあ……今日明日の話ではないですけど」
「協力者の方を連れてくるのですかー? どうぞどうぞー。いつものように対応しますよー」
と、ディアーナが説明も含めて快諾してくれた。実にありがたい。
ならば……という事で、俺はエメラダやロゼの回復を待って話をしようと決めた。
◆
アルベルトの死を、親族であるフリッツさんに伝えたり、連中によって破壊された地区の復旧や、連中への対抗策や防衛網の構築を手伝ったりする事、1週間――
エメラダやロゼたちが完全に回復したのを機に、俺は主立った面々を集めて『女神の使徒』である事を説明する。
……と、ランゼルト組のエメラダ、ジャック、ミリアには驚かれたが、それ以外の面々には、むしろ納得された。……解せぬ。
――まあいい、それは置いておくとして……
いつもの流れでディアーナの領域に案内し、あれこれと説明をする。
こちらも皆あっさりと納得し、あっという間に終了した。
これによって、イルシュバーン、ディンベル、フォーリア、クスターナのトップが全て協力者となったわけだ。
う、うーむ……。なんというか、いつの間にか凄い事になっているな……
もっとも……これだけ揃ってもなお、100年前に起きた『何か』についての情報は皆無だったりするのだが。
シャルにも心当たりがないようだし、なかなかに厳しいな。
――竜の座へと辿り着いたら、少しは進展したりするのだろうか?
シャルの話によると、自身に心当たりはないが、竜の座には様々な情報が詰まっているデータベース的な物があるので、もしかしたらそこに何らかの情報があるかもしれない、という事だったので、少しは期待出来そうではあるのだが……
まあ……辿り着いてみない事には何ともいえないな……
この物語の最序盤で出て来た話題(謎)ですが、未だにほとんどそれについての話は進展していないという事実……
そして、進展するのはもう少し先になります……