第18話 決着、コマンド実行
「――姿といえば……お前は私の今の姿を見ても、あまり気にしていないように感じるが……」
と、そんな疑問を口にする珠鈴。
「……まあ、どんなカタチであれ、珠鈴は珠鈴だからな。珠鈴という存在そのものが別の何かに変わっていなければ、どうでもいい話だ」
そう言って、今度は俺の方が肩をすくめてみせる。
朔耶といい珠鈴といい、何をそんなに気にしているのやら、だ。
「そ、そうか……ある意味、蒼夜らしいというかなんというか……まあ、だからこそ私は――」
「私は?」
何か呟いたようだったが、聞き取れなかったので聞き返す俺。
それに対して珠鈴は何故か顔を赤くして、首を左右に振った後、
「な、なんでもない! そ、それより戦闘再開だ!」
唐突に、照れた表情かつ慌てた口調でそんな事を言い放ち、双頭の薙刀を脇に構えた。
……わ、わけがわからん。一体なんなんだ……
だが……戦いたいというのなら、相手をするまでだ。
そう結論を出して俺が身構えた所で、珠鈴は脇に構えた双頭の薙刀の先端を俺の方に向けて突き出してきた。
と、同時に珠鈴の姿が消える。
おっと、テレポーテーションか。
真上、あるいは後ろ……
どの道、即座に姿を見せる以上、スフィアを周囲に展開し直すほどの時間はない。
俺も、思考が加速している状態でなければ、こんな事を考えている余裕すらなかっただろうからな。
ともあれ、この状況で取れる手はひとつしかない……!
俺は真横に跳躍。
直後、珠鈴の姿が現れる。後ろか!
珠鈴が俺の居た場所に目掛けて双頭の薙刀を振るう。
だが、そこに俺はいない。
「むっ」
回避された事に気づいた珠鈴は、素早く目を動かし、即座に俺の位置を捉えてきた。
改めて俺に向かって双頭の薙刀を振るおうと踏み込んでくる。
俺は右腕を突き出し、手のひらを珠鈴の方へと向けた。
そして、珠鈴の手にある双頭の薙刀に意識を集中。
サイコキネシスで人間を押し出すのは難しいが、こっちならどうにかなるはずだ。
……っと、よし、掴んだぞ!
即座に俺はサイコキネシスを使い、双頭の薙刀を勢いよく押し出した。
「ぬあっ!?」
振るおうとした双頭の薙刀を押し返された事で、その動きに引っ張られる形となった珠鈴が体勢を崩す。
俺はサイコキネシスの力を更に高め……更に押す! 全力で押す!
俺が押した双頭の薙刀によって、更に後ろに引っ張られた珠鈴が勢い良く転倒。
「ぐうっ!?」
という呻きと共に、遂に双頭の薙刀が手から離れた。
双頭の薙刀が遥か後方へと吹っ飛んでいく。
そんな珠鈴の様子を見つつ、俺は上手くいった事を心の中で喜びながらも、疑問が湧いてきた。
今の、飛べば転倒を回避出来そうなものだが……。というか、飛んで双頭の薙刀共々後方に吹っ飛ぶようなつもりで仕掛けたんだがな……
まあ、元々翼なんてなかったわけだから、とっさの時に飛ぶっていう動きをするのは、なかなか難しいのかもしれないが。
そんな事を思いつつも、吹っ飛ばずに転倒したのなら好都合と、俺は即座に霊幻鋼の剣とシャルの刀を、サイコキネシスで転倒している珠鈴に向かって飛ばした。
そして、喉元と目先にそれぞれを突きつけた状態で浮かせたまま、問う。
「で、まだやるのか?」
「ま、まさかサイコキネシスで薙刀を飛ばされるとは……」
悔しそうな声と表情の珠鈴。
「無理に踏ん張ろうとせずに、飛翔しつつ薙刀と合わせて吹っ飛べば良かったものを」
そう告げると珠鈴は、
「……お前がそんな風に言うという事は、だ。そうしたらそうしたで追撃が飛んできていた気がするのだが?」
なんて事を言って返してきた。
……まあそうだな。そもそもそういう想定だったし、最初は。
というのは口にはせず、心のなかで呟くだけに留めておくが。
「まあそれに……とっさの時は、どうしても『飛べる』事を忘れてしまうのだ……。私は元々普通の人間だからな、翼を使って飛ぶという『動き』を無意識で行える域には、まだ達していないからな」
珠鈴ため息交じりにそう言葉を言ってくる。
なんというか、俺が推測した通りの回答だな。ある意味、やっぱりそうなのかって感じだ。
「まあいい……どちらにせよ、今回は私たちの負けだ」
「たち?」
珠鈴の言葉に俺は、そういえばアーヴィングの方はどうなったんだ……? と思い、そちらの方へと顔を向ける。
すると、アーヴィングと対峙していた男が倒れ伏しているのが見えた。
ふむ、どうやらアーヴィングが勝利したようだ。
「……さすがは武聖という異名を持つだけはある。実に強いな。あのエメラダを倒した赤髪を倒すとは……」
そんな風に言う珠鈴。
赤髪って……。まあどうせ奴の名前を隠しているわけじゃなくて、単に名前を覚えていないだけだろうけど。
「なかなかに強い相手ではあったが、エメラダとの戦闘で少なからず疲弊していたようだね。どうにか勝てたよ」
アーヴィングが、そう言いながらこちらへと近づいてくる。
よく見ると、アーヴィングの方もかなり疲弊している感じだった。
「ふむ……。それで珠鈴はどうする? おとなしく拘束されるか?」
と、珠鈴の方を見て問う俺。
剣と刀を突きつけている状態とはいえ、珠鈴はテレポーテーションが使える。
なので、ぶっちゃけた事を言ってしまえば、拘束するのは難しいと言わざるを得ない。珠鈴をどうにかしようと思ったら、それこそ殺すのが手っ取り早いだろう。
だが……どう考えても、珠鈴には何かの理由があって動いているのは確実だ。
なので、あえてそう問いかけた。
無論、地球での仲間を殺したくないという想いもある。
「残念だが、ここで私が拘束されては、今回の襲撃で死んだ者たちに申し訳が立たないのだ。なにしろ……この手を無辜の民の血で染め上げようとも、私にはやらなければならぬ事があるんでな。だから……ここは逃げさせてもらうさ」
そう言い放った瞬間、珠鈴の姿が消える。
「とはいえ……だ。古き思想に取り憑かれ、旧き王国に縛られた亡者たちのこの愚かな欺瞞だらけの叛逆……その結末、その果てにおいて、私が全てのケリを着けた時は……。――蒼夜、お前がこの血に塗れた私を好きに裁くが良い。その時が来たのなら、私は逃げも隠れもしない」
頭上からそんな続きの声が聞こえてくる。
見上げると、そこには翼を広げた珠鈴の姿があった。
「そうか。……まあ、覚えておくさ」
「うむ、覚えておいてくれ。……ああそうだ、赤髪の持っているタブレットの様な物を使えば、オートマトンを制御出来るぞ」
そんな声を残して飛び去っていく珠鈴。
「タブレットの様な物……?」
俺は、珠鈴の言葉を反芻するようにそう呟きながら、赤髪の屍へと近づく。
そして、それらしい物がないかとあちこちを探ってみる。
……と、珠鈴の言っていた物であろう『タブレットの様な形状をした代物』が、懐から出て来た。
「それがオートマトンを制御する物……なのかね?」
アーヴィングが、俺の持つそれを見ながら腕を組んで問いかけてきた。
「ではないかと……。まあ試してみましょう」
そう返しつつ、俺はタブレットの様な代物の表面を叩く。
『AUTOMATON CONTROL SYSTEM』
そんな文字が文字通り浮かび上がった。
ふむ、アルミナの宿で見た時計とかと同じホログラムタイプか。
って事は、これ触れる事が出来るな。
「んん? これは一体全体何語なのだ?」
と、アーヴィングが首をかしげる。
「え? そうなんですか? 俺には完全ではないですが、読めなくはない文字ですが……」
英語は得意というわけではないので、あまり一般的ではない単語が使われていたりすると、さすがに読めないのでそう答える俺。
「そうなのかい? 俺は今まで見たこともない文字にしか見えないかな。少なくとも全く読めそうにないね」
と、アーヴィング。
ふむ……俺には普通の英語に見えるが、まあおそらくディアーナが俺に――俺と朔耶に施した、全ての言語ウンヌンの影響なのだろう。
「オートマトン・コントロール・システムと書いてありますね」
「ふむふむ……それはなんというか、いかにも……といった感じだね」
アーヴィングの言葉に、俺は全くもってその通りだなと思いつつ、その下にある『COMMAND LIST』と記された場所に羅列されている『コマンド』を、上から順に見ていく。
無論これもホログラムのように浮いている。
『STOP:ALL』
――なんとなくそれっぽい感じのするコマンドがすぐに見つかった。表記が簡潔すぎてイマイチ確証が持てないが……まあ、おそらくこれだろう。
ん? 他にもストップ系のコマンドがあるな……。気にはなるが……オールと書いてあるこれを実行するのが、最も手っ取り早くて確実な気がするし、これでいいか。
という事で、とりあえずその文字に触れてみる俺。
すると、即座にピロンッといういかにもな電子音が響き、それと同時に文字から波紋が幾重にも生み出されて広がっていく。
どうやらコマンドが実行されたようだ。
そして、それから10秒もしないうちに波紋が消え去り、代わりに新たな文字が浮かび上がってきた――
『COMMAND EXECUTION COMPLETE』
アーヴィング側の戦闘描写をしようかどうか迷ったのですが、もう1話引っ張る事になるのと、描写してもバトルシーンだけになる事から、テンポが悪くなるだけな気がしたので、蒼夜VS珠鈴側だけに絞って終わりにしました。
その影響で今回は若干短めです。




