第13話 英雄と魔法と薬
「信じるもなにも、俺はずっとロゼの事を娘だと思っているよ。あの日からね。……でなければ、お父さんと呼んで欲しいだなんて言うわけがない」
「……うん、ありがとう。お父さん」
こっちはまあ、そうだろうな。それ以外の展開になるとは思えない。
むしろ、なられても困る。
――さて、アリーセの方だが……おそらく、こっちも大丈夫だろう。
いつの間にか目に強い光が戻っているしな。
……俺の思っていた展開ではないが、結果的には立ち直ったのだから、やはり部外者がどうこうするより『家族』が、その時の事から逃げずに、隠さずに、たどたどしかろうが、遠回りだろうが、きっちりと話すのが有効だったのだろう。多分。
ただ、それをその当時――今よりも小さかった頃のアリーセを交えてやるのは、さすがに酷というものだし、良くない結果になる可能性も高い。
――話をちゃんと出来るようになるまで、『治療』とやらで隠しておいたアーヴィングの判断もある意味では正しかったと言えるだろう。
……っていうか、アーヴィングは元々そういう予定だったのかもしれないな。
まあ、ちょっとそれが早くなった上に、想定外の内容まで混ざったけど。
「……そうです。母様を殺していたなんていうから、驚きましたけど、ロゼは最後まで殺していないじゃないですか」
「……それは……まあ、うん、結果的にはたしかにそう。だけど、うん、ヒルデガルトが――アリーセのお母さんが死ぬ原因になったのは、紛れもなく、私。うん」
「いいえ、違います。母様の死の原因は私――」
そこまで言った所でアリーセは口を噤み、しばし目を閉じた後、
「いえ、そうではありませんね……私とロゼ、両方が原因です」
そう言った。
「だから……というのはおかしいかもしれませんが、私とロゼは一緒なんです。同じ過ちを犯した者同士なんです。……だから、私はロゼは同じなんです。……私は、その……こんな事を言う資格はないかもしれませんが……今度こそ英雄を目指したいと思っています」
「ん、たしかに私とアリーセ、両方が原因。でも、それと英雄の資格とかは関係がないし、資格のありなしもどうでもいい。うん、目指すなら目指せばいい。いつもと同じく……ううん、いつも以上に英雄になりきればいい。うん」
アリーセの言葉の意図を理解出来ず、首をかしげながらロゼがそう返す。
「……そうですね。……それも手だと思います。しかし、私は英雄にはなれません。なりきれません。いえ、正確に言うのなら……私だけでは英雄にはなれません。……ですが、きっと、ロゼと一緒なら英雄に……今一度、英雄になるための道を歩んで、辿り着けるかもしれません。――私とロゼが目指す『英雄』は……『英雄の姉妹』なのですから」
一言一言、どう伝えるのが良いのか考えながら……といった感じで、ゆっくりと告げるアリーセ。
「……っ!」
アリーセもロゼを『家族』だと思っているという事を理解したロゼが、目を見開いて驚きの表情を見せた。
……何気にここまで感情が顔に現れたのは始めてだな。
などという、場違いな事を思っていると、
「……うん、ありがとう」
というロゼの声。
やれやれ、アリーセを立ち直すつもりが、とんでもない方にまで話が展開してしまったが、これで全てどうにかなった……か?
そう考えて頭を掻いた所で、ロゼが言う。
「……でも、ごめん。その未来は……無理かも……しれ……ない……」
――直後、ドサッとという音と共に、ロゼが地面に倒れ込んだ。
「「「ロゼ!?」」」
慌てて駆け寄る俺たち。今度はなんだ!?
「外傷なし。熱もなし。……だとすると……」
アリーセがロゼを軽く見てそう言うと、即座に躊躇なく服をめくる。
……と、良くわからないロゼの身体は、墨をぶちまけられたかのように『黒い何か』によって侵食されていた。
「なんだ……これ……」
疑問を呟く俺に、アリーセが答える。
「この感じは……魔法によるもの……だと思います」
「即効性のない遅効性……いえ、侵食性の魔法……? と、とにかく、回復を!」
アリーセはそう言いながら次元鞄から薬を取り出す。
が、片腕のため、上手く薬を扱えない。
「それを振りかければいいんだな!?」
アーヴィングがそう言って薬をひったくるようにしてアリーセの手から受け取る。
「は、はい。そうです!」
その言葉を聞くと同時に、アーヴィングがロゼに薬を振りかける。
「生命力を増幅する薬なので、魔法的な物に対して、一時的な――え!?」
説明の途中で『黒い何か』が広がり、驚きの表情を見せるアリーセ。
「な、なぜ生命力を増幅した途端に!?」
アリーセが慌てて他の薬を取り出す。
しかし、どれもいまいち効果がない。
「ど、どうしてどれも効果が!? や、やはり私のような人間が英雄になろうなどと、今一度思ったのが間違い――」
再びマイナス方向に思考し始めたアリーセに、
「それは違う! 英雄になろうというのなら……この程度の困難、乗り越えてみせろ! 困難を乗り越えて、何かを成し遂げた者が……英雄だ!」
俺は、そう叫んでアリーセ言葉を遮る。
……なんとなく思いつきの言葉を叫んでみただけなのだが、どうやら効果があったのか、正気に戻るアリーセ。
再び薬を漁りながら、何かを考え始めた。
「こいつがなんなのかわかれば……っ! 一体どこで、どんな魔法を受けた……っ!?」
アーヴィングが悔しそうに言う。
――魔法……。生命力を増幅する薬は逆効果。
それ以外の薬はいまいち効果がない。
……! ちょっと待て、これ1つの魔法じゃないんじゃないか……?
そう……『状態異常が1つしか付与されない』なんていう、一部のRPGにあるようなルールは、この世界には存在していない。するわけもない。
つまり、2つ以上同時に付与される事があっても別におかしくはないという事だ。
「アリーセ! もしかしたらだが……ロゼの身体を蝕むのは1つじゃないかもしれない!」
「ど、どういう事……ですか?」
「過剰状態を生み出す魔煌汚染の呪い、それから生命力を継続的に奪う魔法……。それら、もしくはそれらに近い物、その2つがロゼの身体を蝕んでいるんじゃないか? ……どちらも、銀の王や真王戦線が使ってきたのを俺は実際に見ている」
そう……前者がセルマを蝕んだ物で、後者がギルバルトを死に至らしめた魔法だ。
「あっ! ……と、という事は、魔煌薬では無理です……っ!」
そう言って次元鞄に手を突っ込むアリーセ。
「し、しかし、魔煌薬以外の薬など……」
「――あります! 薬はあります! 絶対に、ロゼを、呪いや魔法の餌食になんてしません! そんな呪いや魔法、私が消し去ってやります!」
アーヴィングの言葉を遮るように、アリーセがそう強い口調で言い放ち、次元鞄から血――静脈の血ような暗赤色の薬と、まるで泥で濁った水の如く茶色い薬を取り出す。
「父様、ソウヤさん! これをロゼに振りかけてください! 1つでは足りないので、どんどん出します!」
そう言いながら、その薬を鞄から次々に取り出して地面に置いていく。
一瞬、これを使って大丈夫なのかと思いアーヴィングを見る。
と、アーヴィングも同じ事を思ったのか俺の方を見た。
……まあ、アリーセが作った物なので大丈夫だろうと思い直し、互いに頷くと、
「了解した!」
「俺もだ!」
そう言って、地面に置かれた薬を片っ端からロゼの身体にかけていく。
……と、『黒い何か』がじわじわと小さくなっていくのが目に入ってきた。
「お、効いてるぞ!」
「どんどんかけ続けてください! 消えてなくなるまで!」
そのアリーセの声に従うようにして、俺とアーヴィングはひたすら薬をかける。
そうして、20個以上の2種類の薬をかけた所で、完全に『黒い何か』が消え去った。
「消えたぞ!」
「……こ、これで大丈夫なのかい?」
俺とアーヴィングがアリーセの方を見て言う。
「……大丈夫そうです。なんとか……なりました……。まったく、ロゼは何度言っても、自分の負傷を隠すのですから……っ! でも……良かったです。さすがはソウヤさん。アルミナに続いて、今回もソウヤさんのおかげで、どうにかなりました……。ソウヤさんが居なかったら……呪いと魔法に気がつかなかったら、ロゼは……ロゼは……」
感極まったのか、そのまま泣き出すアリーセ。
それをそっと見守……りたかったのだが、無粋なオートマトンが警戒のために使っていたクレアボヤンスの視界に入った。
さっきからちょくちょく現れてたからな……こいつら。こういう時に邪魔をするなってんだ。
いやまあ……相手は機械兵器だし、言うだけ無駄だから口に出したりせずに、さっさと片っ端から壊したけど。
というわけで、俺はこれまで通り、呼び寄せたスフィアをアスポートで飛ばし、オートマトンを全て魔法で粉砕。
「さっきから済まないな、ソウヤ君」
オートマトンの存在に気づいていたらしいアーヴィングに小声でそう告げられる。
「やっぱり気づいていたんですね」
「まあ、奴らにとっちゃこちらの事情などお構いなし。ただの的、だからね。いつ襲ってきてもおかしくはないと思って、周囲の警戒もしていたからね。だから、君がこっそり片っ端から倒している事もわかったのさ」
「……まあ、話の途中でワイバーン……じゃなかった、オートマトンだなんて、無粋の極みでしかないですからね」
「ま、たしかにそうだね」
そんな事を話しつつ、俺とアーヴィングは、改めてアリーセたちを見守った――
実は、話の途中で湧いてくるワイバーン……ならぬ、オートマトンをこっそり撃退していた蒼夜でした、というのがさらっと判明する回。
まあ、敵のウジャウジャといる場所のど真ん中で長々と話をしているのに、敵が1体も来ないなんていう方が、普通に考えたら不自然ではありますし……




