第10話[Dual Site] 忘却の記憶、鋼鉄の機兵
<Side:Alice>
視界に広がっていたのは地面でした。
……あれ? どうして地面が? ……何が起きたんでしたっけ……?
たしか……突然、激しい音が響いたと思ったら、近くの建物が崩壊して……?
さらに、閃光が私を包み込んだ……?
う、うーん……。いまいち記憶がはっきりしませんね……顔を上げてみましょう。
「つぅっ!」
首を動かそうとした瞬間、全身に激痛が走りました。
私はどうやっても動かない利き手――右手の代わりに左手を動かし、痛みに耐えながら、服の内側の収納領域に入れておいた回復薬を取り出し、自分にふりかけます。
と、すぐに痛みが引き、右腕以外は身体が動くようになりました。
私は首を動かし、まず右腕を見ます。
「……!?」
そこに右腕はありませんでした。
腕の付け根から完全に消失していました。
ですけど、この程度なら今の時代、再生治療が可能なので問題はありませんね。
もっとも、この場での治療は無理なので、しばらくは片腕でどうにかするしかないですね……。回復薬の効果で皮膚がしっかり覆われており、痛みも消えているのが幸いです。
というわけで、今重要なのは……どうしてこうなってしまったのか、です。
それを知るべく、更に首を動かして周囲を見回します。
「う? あ……う……? あ……あ……?」
声にならない声が、私の口から漏れ出します。
私の周囲には……再生の……不可能なモノが……
『死体』が……多数……ありました。
あ、ああ……? この光景……記憶の奥底に?
……忘れていた? 何故……?
突然、記憶が蘇り始めます。
そうです……。この光景は……2度目……です。
1度目は……1度目は……
記憶の中。赤い物。目の前で飛び散る光景。
目の前……? 倒れ……『死体』……に?
誰の……? う……あ……。わ……私は……?
英雄。英雄に……なろうとして……?
あ……ああ……。私が……私が……っ。
私の……代わり……。死。殺され……っ!?
「――――――!!」
全……て……は……私……の……せ……い……で……
何……故……忘……れ……て……い……た……の……
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。忘れていてごめんなさい――」
「アリーセ!」
誰……か……の……声……が……聞……こ……え……
◆
――その少し前――
<Side:Souya>
「こ、これは……」
「ひどい……」
シャルと朔耶が眼前に広がる惨状に、そう呟いて絶句。
式典会場となっている道路の周囲にある建物が崩壊し、式典会場とその周辺は、壊れた何かの残骸や瓦礫などによって、まるで廃墟都市のような状態となっていた。
そして、それらに押し潰され、貫かれ、既に物言わぬ姿と化してしまった人々の姿があちこちにあった。
あいつら、無関係な人間もお構いなしかよ……っ!
「っ! エルウィン殿下は!? エルウィン殿下は、無事でありますか!?」
同じく絶句していたクラリスが、ハッとしてエルウィンの姿を求めて声を大にして呼びかけながら周囲を見回しながら走っていく。
俺たちが慌ててクラリスを追って行くと、キイィィンという甲高い機械の駆動音と共に、地球で見慣れたオートマトンが姿を現し、クラリスにめがけて小型ミサイルを放ってきた。
……って、はあっ!?
わけがわからないが、考えるよりも先に排除だ。
俺は小型ミサイルをサイコキネシスで受け止め、オートマトンめがけて押し返す。
押し返したミサイルがオートマトンにぶつかり、大爆発。
オートマトンがガラクタと化す。
「っと、すまん。クラリスなら迎撃出来ると思ったが、なんとなく条件反射で排除してしまった」
「いやいや、助けていただいて感謝であります! あれは何気に厄介でありますゆえ!」
「なんなの? あの小型のゴーレム……。見た事もない攻撃をしてきたけど……」
「あれって、オートマトンじゃない?」
疑問を抱くシャルに続く形で、俺に問いかけてくる朔耶。
「ああ、間違いないな。なんでここにいるのかは分からんが……。いや、キメラがこっちの世界にいるのだから、今まで姿を見せなかっただけで、こいつらがいてもおかしくはないか……」
朔耶に対して、そんな風に答えると、シャルが首を傾げて問う。
「オートマトン? あれの事知っているの?」
「ああ。まあ簡単に言えば、機械仕掛けのゴーレムだな」
「銀の王が我が国に攻め込んできた時に、使ってきたでありますね」
俺の言葉に補足するかのようにそう告げるクラリス。って、マジか。
今まであれを見かけなかったのは、ローディアス大陸の方に投入されていたからなのかもしれないな。
「あの攻撃、我が国の騎士たちが遠隔攻撃だからと侮っていたでありますが……障壁に当たった瞬間、強力な爆発魔法が発動して障壁を貫いて周囲一帯を吹き飛ばしたであります。当然、侮っていた者たちは、粉々になって血と肉片を雪原に撒き散らしたであります。見た事もない攻撃を見た目で判断するなど、実に愚かであります」
「うわぁ……なんだか言い方が妙にグロいというか、生々しいというか……」
クラリスの言葉を聞いて、朔耶が顔をしかめてそんな事を呟く。まあ、わからんでもない。
「しかし、オートマトンが放たれているとなると、厄介だな……。先行した3人の事が気になるが、大声を出すのはまずい。慎重に行く必要がありそうだ」
「そうでありますね……」
俺の言葉に、心配そうな表情を見せながら頷くクラリス。
そんなクラリスをどうにか安心させようと思ったのか、
「あ、そうだ。ちょっとアルで上空から見てくるよ」
と、朔耶が言った。
「いいけど、ミサイルとガトリングに気をつけろよ?」
「大丈夫、大丈夫。慣れてるし!」
そう言ってアルを駆り、上空へと舞い上がる朔耶。
「慣れているって……貴方たち以前から銀の王と関わりをもっていたの?」
「いや、あのオートマトンは銀の王とは別の組織――『竜の血盟』が使っていた物だ。だからおそらく、銀の王と奴らが手を組んだ……という事なのだろう。奴らもこっちに来ているみたいだしな」
「え? ちょっと待って、その『竜の血盟』というのは……どこ――どんな連中なの?」
俺の説明に疑問の言葉を返してくるシャル。その横ではクラリスが首を傾げていた。
ん? 今、一瞬『どこ』って言わなかったか? 気のせい……か?
……まあ、いいか。それよりも、だ。
シャルとクラリスには俺たち――ディアーナとの関係も含めて、詳しく話していなかったな……。丁度いいし、この場で話し――
「3人を見つけたよ! 着いてきて! オートマトンと戦ってる!」
話をしようとした所で朔耶の声が頭上から聞こえてきた。
むぅ、このタイミングで戻ってくるか。
でも、話をするのは後にした方が良さそうだな。
俺、シャル、そしてクラリスは互いに顔を見合わせて頷くと、朔耶を追うように走り出した。
◆
アーヴィングたちは、レビバイクを盾にしてエルウィンを守りながら、オートマトンと交戦していた。
そういえば、レビバイクって対衝撃対振動の障壁があったな。たしかに盾にするには丁度いい。
そんな事を思っているうちに、オートマトンの1体が魔法の射程範囲に入った。
「とりあえず、吹っ飛べ!」
俺は呼び寄せたスフィアで、そのオートマトン目掛けて、雷撃の魔法を叩き込む。
雷撃を浴びたオートマトンが一瞬にして爆散。
すぐ横にいたもう1体のオートマトンが、その爆発に巻き込まれる形で吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなった。
「殿下! ご無事でありますかっ!?」
クラリスがエルウィンに呼びかけながら走り、オートマトンの1体を蛇腹剣で叩き潰す。
「クラリス!」
というエルウィンの声。
「おお、皆も来たようだね」
「ん、これで楽勝」
アーヴィングとロゼがそんな事を言ってくる。
ロゼの言う通り、これだけの人数が揃えばオートマトンなど、どれだけいようとも大した問題ではない。
視界に入った奴から順に破壊していく俺たち。
そこへランゼルトの軍人が姿を見せる。
って、あれは……ジャックとミリアか!
「ジャック! ミリア!」
そう呼びかけると、驚きに満ちた表情を見せ、こちらへ走ってくる。
「戦闘音がすると思って来てみたら、ソウヤたちだったんだね」
「さすがに強い……。あのヘンテコなゴーレムが薙ぎ倒されている……」
ジャックとミリアがそんな事を言ってくる。
「ふたりも、今回の式典で?」
「そう、アリーセさんを式典会場まで送り届ける役だった」
俺の問いかけにそう答えてくるミリア。
「ん? という事は、娘は安全な場所にいるのかい?」
「……残念ですが、違います。我々の役目は、あくまでもアリーセさんを式典会場に送り届ける事でしたので、式典会場に入る所で別れており、その後の動向は把握出来ておりません。本当は護衛もしようと考えたのですが、別の指示がありまして……そちらの対応に回っていたもので……申し訳ありません」
アーヴィングの問いに、以前とは全く違う丁寧な口調で、心底申し訳なさそうな、悔しさのにじむ表情で答えるジャック。
「そうか……」
「ん、アリーセの服は防御魔法の性能が高い。それに、うん、きっとカリンカも近くにいるはず、うん。だから、きっと大丈夫。うん」
落胆するアーヴィングに対し、ロゼがそう告げる。
だが、そのロゼの声が震えていた。
どうやら、内心では心配でたまらないようだ。
アーヴィングは、無理矢理笑顔を作ると、
「ああ、そうだね。きっと大丈夫だと思っているよ、私――俺も」
と、ロゼに言ってその頭を撫でる。
「……しかし、アリーセとカリンカを探そうにもオートマトンがいるのが厄介だな」
そう俺が口にすると、
「え? あれ、オートマトンとかいう名前なの? っていうか、なんで知ってるの?」
と、そんな事を問い返してくるジャック。
おや、以前と同じ雰囲気に戻ったな。まあ、今は悔やむよりも、とっとと前を向いてアリーセたちを探すべき時なので、その方がいいが。
「単に前に見た事があるからだ。それと、おそらくだが……あれを放ったのは銀の王だ」
そう俺が告げると、
「銀の王!?」
エルウィンが驚きの声を上げた。
後追いでランゼルトに着いた俺たち以外の皆も同じような感じで、声こそ上げないものの驚きの表情を見せている。
「それは……どういう事なんだい?」
アーヴィングが代表するかのように問いかけてくる。
「先程、ソウヤ殿が発見した狙撃手でありますが……ガルシアという名の銀の王であったであります」
「うん。それで以前、冥界で戦闘した銀の王と同じように時間稼ぎされて……」
クラリスと朔耶がそんな風に答える。
「まさか、こっちが本命だったなんて思わなかったわ……。何か仕掛けてくると思って、先回りしておいたのに、完全に後手に回ってしまったわ……」
苦しそうに、そして悔しそうに、表情を歪めながら言うシャル。
……3人とも気が急いているのか、説明がいまいち足りていないな……
そう思い、俺が補足しようとした所で、
「ふむ……なんとなく理解したよ。要するに、銀の王は複数の策を弄していたというわけか。……やはり厄介だね」
と、アーヴィングが怒りを押し止めるかのような声音で言葉を発した。
ふむ……どうやら理解出来たらしい。
流石というべきか、情報の組み立てる能力が優れているな。こういう時は素晴らしい。
……ちなみに俺はというと、この惨状をみた時から思考が常に冷静だった。
どうも思考加速に近い状態になっているようだ。
何故いきなりこうなったのかはよくわからないが、まあこの状況下では助かるので、理由を考えるのは一旦放棄した。
「ん、たしかにそうなると、より慎重に探索する必要がある、うん。まだ他に銀の王の策が、残されていてもおかしくはない。うん」
「そうね……3人ずつ3組に別れて捜索するのがいいんじゃないかしら?」
ロゼとシャルが冷静な口調でそんな提案をしてくる。
……ロゼの方は不安を押し隠すようにしている風にも見えるが。
ああ、いや……シャルの方も、声の奥底から微かに怒気を感じるな。
――ともあれ……そんなふたりの提案を聞き、俺は頷く。
「それが良さそうだな。よし、急いで誰と誰が組むか決めてしまおう」
今回、時間軸がアリーセ側と蒼夜側で少し違うという手法にしてみました。
……のですが、同話内で時間軸が追いつかなかったので、なんだか微妙な感じに…… orz
蒼夜は思考加速的な『何か』が常時発動状態になっているので、いつもとはちょっと違う雰囲気を感じる……かも、しれません。
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新作「転生した魔工士は、更に人生をやり直す」
はじめました! ダーク風味(?)な今回の話の後に、ライト風味(?)なこちらも是非!




