第16話 討獣士ギルド <後編>
「そう言えばソウヤさん、先程の剣ですけど、あれって飛翔系の魔法かなにかが付与されていたような気がするんですけど……? ソウヤさんがワイズアンブッシャーと戦った時、凄い勢いで回転していたり飛んでいたりしてましたし」
クライヴが席を外して、若干手持ち無沙汰になった所で、アリーセがそんな事を聞いてきた。
……あー、そう言えば、サイコキネシスについて話してなかったような……。アリーセは、あの時の剣の動きを魔法だと思っていたのか。
まあでも……魔法が一般的な世界なわけだから、なんらかの特殊能力によるものだと考えるよりも、なんらかの魔法によるものだと考える方が、普通っちゃ普通かもな。
「ああ、あれは魔――」
と、そこまで口にした所でドアが開かれ、クライヴが戻ってくる。
「――ロイド支部長、治安維持省の方で、街道のパトロールをする護民士を増やす事は出来るとの事でしたが、森の中や荒野までは、さすがに人手が足らないので難しいという話でした」
席に座ったクライヴが、頭を下げ、申し訳なさそうにそう告げる。
「そうですか……。まあ、荒野や森は広いですし、そこは仕方がないかと……。街道のパトロールを増やして貰えるだけでも、十分ありがたいというものです」
そう答えるロイド支部長の言葉に続くように、エミリエルが頷き、
「その通りです。クライヴさん、ありがとうございます。……とはいえ、荒野の方は人が立ち入るような事はほとんどないですし、問題はあまりないと思いますが、森の方は薬草や食材の調達など、立ち入らざるを得ない人々も多いかと……」
と、言った。それに対し、ロイド支部長がエミリエルの方を見て、頷く。
「ええそうですね。この町の特性上、それは至極当然であると私も思います。なので、その辺はなるべくギルドの方で護衛を用意したい所ですが……果たしてどれだけの応援が来てくれるのか、ですね。先程、応援の数が足りなければ、職員も出張る事になるかもしれないと言いましたが、なるべくならその事態は避けたいものですし」
「そうですね……。あまりそちらに人員を取られると、今度はギルドの運営の方に支障をきたしてしまいますからね……」
エミリエルがロイド支部長にそう言葉を返すと、エステルがこめかみを人差し指で軽くトントンと叩き、
「ふむ。では、妾の方で結界線が問題ないか点検した上で、可能な限り結界領域を広げてみるくとするかの。上手くやれば少しは森も覆えるじゃろう」
と、告げる。あの結界って広げたり出来るのか。
「それは助かります! 是非、よろしくお願いします!」
エステルに頭を下げ、感謝の言葉を述べるロイド支部長。
「うむ、任せておくのじゃ。……で、守りの方はそれでよいとして、次は魔獣の出没地点と原因、じゃのぅ」
「たしかにその通りですね……」
ロイド支部長が、エステルの言葉にそう返しつつ椅子から立ち上がり、壁際にあるファイルの並べられている棚へと向かう。
「たしか、ここの列の……これだ」
呟きと共に1つのファイルを棚から引っこ抜き、それを開いた状態でテーブルの上へと広げるロイド支部長。
開かれたファイルを見ると、そこにはアルミナの町とその周辺の拡大地図が描かれていた。どうやら、このファイルは地図帳のようなものらしい。
ちなみにその地図は、しっかりと測量を行った上で作られているらしく、スケールバーがきっちりと描かれていた。
まあ、これまで見てきたこの世界の魔煌技術とやらの産物を考えると、このくらいの測量技術がある事は、別に不思議でもないか。
「ソウヤさん、アリーセさん。どのあたりで魔獣と遭遇したのか、大体で構いませんので教えていただけますでしょうか」
ロイド支部長が再び椅子に座りながら、そう問いかけてくる。
「うーん……とりあえずモータルホーンは、このへんだな。後方に『夜明けの巨岩』の岩肌が見えるくらいの位置だったし」
「ワイズアンブッシャーは、結界線の手前――森の出口付近で襲ってきたので、このあたりだったかと思います」
俺とアリーセが、順番に魔獣の位置を指さしていく。
「……どちらも森の浅い所ですね。特にワイズアンブッシャーにいたっては、町の近くですし……。これは……思った以上に状況はよろしくないようですね」
ロイド支部長が険しい表情をしながら、俺とアリーセの指さす地図を見る。
「うむ、そうじゃな。これまでワイズアンブッシャークラスの魔獣なぞ、出現した事はないからのぅ。モータルホーンですら、10年に1度あるかないかじゃ。……となるとこれは、この町の周辺に働いておる霊的な力の作用がおかしくなっておると考えるべきじゃろうな」
と、エステル。
「霊的な力……ですか。となると、霊的な力の強い場所を調べてみた方がよいという事ですかな?」
ロイド支部長がそう問いかけると、
「うむ、そうじゃな。まあ、ここにおる者は皆知っておるとは思うが、一応言っておくと……調べるべき場所は、ここと、ここじゃな」
と、そう答えながら地図に記されている2つの場所を交互に指をさすエステル。
「『夜明けの巨岩』と『地下神殿遺跡』……ですね」
エステルの指の動きを目で追っていたアリーセが、そう呟くように言う。
「この2ヶ所は古の時代に、異界の神魔を降ろす儀式に使われていた祭祀場であると云われていますし、このどちらかに何らかの原因がある可能性は十分に考えられると、私も思います」
「なるほど、エミリエル君もそう考えますか」
エミリエルの言葉を聞いたロイド支部長が頷き、そう言葉を返す。
クライヴもまた、同じように頷くと、ロイド支部長の方を見て話す。
「おふたりがそう結論づけるのでしたら、なにかありそうですし、早急にその2つの場所を調べてみた方がよさそうですね。私は夜明けの巨岩の方を見て来ようかと思いますので、地下神殿遺跡は、討獣士ギルドの方で見て来てはいただけませんか? あ、もちろん依頼という形で大丈夫です。報酬はウチが支払いますので」
「承知しました。――エミリエル君、後ほど依頼告知の手配をお願いします。それと……クライヴ殿なら魔獣と遭遇しても大丈夫だとは思いますが、十分にお気をつけください」
ロイド支部長がエミリエルに指示を出し、クライヴにも注意を促す。
あー、でも地下神殿遺跡かぁ……。行ってみようと思っていたし、ちょうどいいな。
「あ、そっちは俺が行くついでに見て来ますよ」
そう告げると、ロイド支部長がこちらを見て首を傾げる。
「おや? ソウヤ殿はあの遺跡へ行く用事がおありなのですか?」
「ふむ……そう言えば、遺跡を見に行きたいとさっき言っておったのぅ」
エステルが顎に手を当てながら、ロイド支部長の言葉に続くように言う。
「ああ。もう1つの霊的な力の強い場所ってのがどういう場所なのか、見ておきたくてな」
「あ、それでしたら私も行ってみたいです」
俺の言葉に続くようにして、アリーセが挙手をしながらそう言ってくる。
「あれ? 昨日治療士の人が、今日の昼過ぎにはロゼの腕の接合が完了する、って言ってなかったっけか? そっちは行かなくていいのか?」
「異常が無いかどうかの検診もありますので、遺跡に行ってくるくらいの猶予はありますよ。まあ、行く前に治療院に寄って、治療士の方には話をしておきますけど」
と、アリーセ。
「なるほど……それなら問題なさそうだな」
「ふむ。じゃったら、妾もついて行こうかの。霊的な力の強さを測らねば見に行ったところで、あまり意味はないからのぅ。ソウヤもアリーセも測定機の使い方なぞ、知らぬじゃろう?」
俺が納得して頷くと、エステルがそんな事を言ってきた。
「どんな測定機なのかわからんけど、まあ多分無理だな。測定機の類なんて今まで使った事ないし」
「霊的な力を測るものか、魔煌波を測るものか、どちらかだとは思いますが、私も使い方は知りませんね。……ロゼなら多分知っていますが。そういった専門的な魔煌具の使い方を学ぶ科目も履修していたはずなので」
アリーセが俺の言葉に続くようにして、頬を指で軽く叩き、そう言う。
ふむ……昨日から思っていたが、どうやらアリーセたちの学院は、日本で言うところの大学と同じような仕組みになっているようだな。
「ま、今日のところは妾に任せておくのじゃ」
そう言うと今度は、クライヴとエミリエルを交互に見るエステル。
「ふむ、クライヴの方は……。――エミリー、おぬしがついて行くがよかろう」
「え? 私?」
いきなり話を振られたエミリエルが、キョトンとした顔で自身を指さす。
「他に測定機の使い方を知っておる者などおらぬじゃろうに。それに、クライヴなら仮に魔獣が出ても、エミリー1人を守るくらいなら容易かろうよ。のぅ、クライヴ?」
「はい。妹君は命に変えてもお護りさせていただきます」
「いやいやいやっ! 命と引き換えは、逆に私が困りますっ!」
狼狽しながら胸の前で両手を勢いよく左右に振るエミリエル。そりゃまあなぁ……
っと、それはそうと、どうやらクライヴは魔獣を倒せるだけの力量を持っているみたいだな。
「――という感じで、妾が勝手に決めてしまったのじゃが……ロイド支部長、構わぬかの?」
「ええ、もちろんです。一昨年まで高ランクの討獣士であったクライヴ殿なら、安心出来ますしね」
ロイド支部長は、エステルの問いに鷹揚に頷きながら承諾する。
なるほど、高ランクの討獣士だったのか。どのくらいなのかは分からないが、少なくともクライヴがかなりの実力者である、という事は理解した。
「エミリエル君、早速クライヴ殿とともに『夜明けの巨岩』へ向かってください。受付の業務は、私が代理をしておきます」
「わ、わかりました。受付の方はお任せします」
ロイド支部長に指示されたエミリエルは、そう返して頭を下げると、
「え、えっと……そういう事なので、すいませんがクライヴさん、道中よろしくお願いします」
と、クライヴの方を見て再び頭を下げる。
「おっと、そうじゃ。通信機の調子を見るのは、遺跡から戻ってきてからで構わぬかの?」
椅子から立ち上がったクライヴに問いかけるエステル。ああそういえば、通信機の調子が悪いとか言っていたな。
「ええ、それで大丈夫です。これから森の方へ調査に行きますし、すぐに使う事はありませんので」
クライヴはそう返すと、エミリエルと調査の方針や段取りについての話をしながら、部屋から出ていく。
「――さて、妾たちも結界線を確認しつつ、向かうとするかのぅ」
そう言って椅子から立ち上がるエステル。
それに続く形で俺とアリーセも椅子から立ち上がり、エステルに対して頷いた。
うーん……しかし、サイキックについて話す機会を完全に逸したなぁ……。
まあ、しょうがない。後で折をみて話すとしよう。
ギルドでの話が少し長くなってしまいました……




