第5話 向かうはランゼルト
「アルベルトさんも護衛に?」
俺がアルベルトに対してそう問いかけると、アルベルトは頷き、
「ああ。俺とカリンカ殿でアリーセ殿を護衛する。……まあ、本当はクライヴが来る予定だったんだが、エミリエル嬢ちゃんがエーデルファーネだか真王戦線だかの人形に襲撃されたってんで、そっちの護衛をする事になったんで、今日の警護計画に一枚噛んだ俺が、自ら出張る事になったんだわ」
と、そんな風に答えてくる。
そういえば、エミリエルが襲撃されたって話をディンベルで聞いたな。
まあ、クライヴのお陰で特に大きな問題にはならなかったみたいだけど。
「つっても……俺は戦闘は得意じゃねぇからな。俺の主な役割は、怪しい奴が近くにいないか目を光らせる感じだ。だから、護衛要員というよりかは、周辺監視要員といった所だな」
そうアルベルトが肩をすくめながら説明してくる。
そして、それに続く形で、付け足すようにカリンカが言う。
「アルベルトさんはどちらかというと調査専門ですからね。今回、エーデルファーネや真王戦線の襲撃があるという事の裏付けが取れたのも、アルベルトさんの力による所が大きいですし。もし戦闘になった場合は、私や護衛要員として用意した高ランク討獣士の皆さんでどうにかしますから、ご心配なく」
「なるほど……。というか、ディンベルで得た情報だけで、ここまでの対応を取るのも少し不思議だと思っていたんですが、きっちり調査していたんですね」
「ソウヤやアーヴィング閣下がディンベルで得た情報だけで動くには少々厳しかったからな。護民士の中の信頼出来る奴だけで調査したんだよ。……ディランが大分前からエーデルファーネに潜入していたんで、情報は流れて来ていたし、裏付けを取るのはさほど難しくなかったがな」
俺の言葉にそう返してくるアルベルト。
ディラン、というと……大工房のトラム停留所で出会ったディラネ……なんとかっていう、長い本名を持つセレリア族の人か。なんだか色々と納得だ。
「ただ……ルクストリア側の式典会場は秘密裏に対策を施して、防衛も監視もバッチリだが、隣国の式典会場にまでは手を出しづらくてな……。最低限の事しか出来てねぇんだわ。まあ、だから俺――俺たちが出張るんだが」
と、アルベルトがそんな風にため息交じりに告げてくる。
「なるほど……。でも、シャルも向こうに行っているみたいなんで、大丈夫だと思いますよ」
「あ、シャルロッテは向こうに行っているんですか? でしたら、より安心ですね」
カリンカが俺の言葉にそう返して笑みを浮かべる。
にしても、いつの間にかシャルロッテの呼び方が『さん』付けじゃなくなっているな。
何か心境の変化でもあったんだろうか? ディンベルで何かあったのだろうか……
と、ディンベルで遭遇したあれやこれやの出来事について思考を巡らせていると、カリンカはアリーセの方へと顔を向け、
「……まあ、そもそもアリーセさん自体、普通に強いんですけどね」
なんて言って肩をすくめた。
「そ、そんな事はありませんよ。まだまだです」
などと謙遜するアリーセだが、たしかにエーデルファーネや真王戦線の構成員程度ならどうとでもなるくらいには強いんだよなぁ……
まあ、アリーセは弓がメインだから懐に入られると、少々厳しいが。
爆発系の魔法薬なんかも、人が多いであろう式典会場じゃ使いづらいだろうしな。
てな事を考えている間に、エルウィンとクラリスが自分たち用のレビバイクに近づき、
「え? エルウィン様が運転するでありますか!?」
「そりゃそうだよ。クラリスが運転したら、武器が使えないでしょ?」
「そ、それはそうでありますが……主君に運転させるというのは……」
「それを言ったら、国家元首であるアーヴィング殿だって運転しているし」
「む、むぅ……たしかに、そのとおりでありますが……」
そんな会話をしていた。
ふむ……どうやら、エルウィンが運転するようだな。
まあ、襲撃がある可能性が高い事を考えたら、戦闘要員がサイドカー側にいる方が良いからな。
「――それでは、私は先にランゼルトに行って、皆さんをお待ちしていますね」
アーヴィングと二言三言話をし終えた所で、アリーセがそう言ってくる。
「ん、一応気をつけて」
ロゼがそう言うと、アリーセは、
「そちらも気をつけてくださいね。こちらと違って、ほぼ確実に戦闘になるでしょうから」
そんな風に言葉を返す。
「それにしても……今更といえば今更だけど、ほぼ確実に戦闘になる事が分かっているのに、式典をやるっていうのも、なんだか変な感じだよね」
「まあ、この式典はイルシュヴァーンだけの物でもないので、急に取りやめるというわけにはいかないようだからなぁ……。もっとも、迎撃に成功すれば良いパフォーマンスになる……という理由もある気はするけどな」
「ふぅん、なるほどねぇ……。だとしたら、余計に全力を出さないと駄目だね」
「そうだな。……ただし、道路を壊さない程度に、な」
「き、気をつけるよ。でも、ソーサリーグレネードは扱いに注意が必要だけど、アルのブレスなら焦げたり凍結したりはするかもしれないけど、壊れはしない……はず!」
「いやまあ、たしかにブレスならソーサリーグレネードよりは安全かもしれないが――」
てな事を朔耶と話している間に、式典の時間になり、アーヴィングとエルウィンが式典会場で、話し始めた。
その間に俺たちは道路へと移動。
俺たち以外の護衛要員と合流し、式典の進行を見守る。
「――それでは、これよりランゼルトまでの記念走行が行われます!」
という司会者の言葉に続く形で、アーヴィングとエルウィンがやってくる。
先導役の軍人2人が先行して走り出す。
それに続くアーヴィングとロゼ。
その左斜め後ろがエルウィンとクラリス。
右斜め後ろが俺と朔耶だ。……ってか、この配置だと、俺は護衛じゃなくてエルウィンと同列――つまり、主賓に見られるんじゃなかろうか……
なんて事を思いながら、道路を走っていくと、走り出して5分もしないうちに、周囲の建物がまばらになり、湖と平原が見えてくる。
……なるほど、たしかに市街地を避けるような構造になっているようだな。
「うわぁ……なかなか見晴らしがいいね! お城もくっきり見えるし!」
と、横からそんな風に言ってくる朔耶。
「ああ、たしかに見晴らしがいいな。道もほぼ直線で走りやすいし」
……もっともそれは、こちらが現在どこにいるのかがわかりやすい、という事でもあるのだが……
「ん、結界を抜けた。注意」
というロゼの声がサイドカーに取り付けられている通信機から聞こえてくる。
なんでも、室長がレース用に作っていた魔煌具を応用して作った物らしく、感度は良好だ。
「結界を抜けたってさ」
「そうみたいだな。周囲を確認しておくか」
朔耶にそう返しつつ、俺は念の為クレアボヤンスで周囲を見渡す。
「とりあえず、今の所は不審な人影や飛行艇などの姿は見えないな」
「見晴らしがよすぎるから、逆に近づけない感じなのかな?」
「かもしれんな。ここじゃ潜伏のしようがないし」
そんな事を話しながらも、一応警戒を続けるが、何も現れる様子はない。
と、前方に複数の煙突が見えてくる。
「前方の煙突群は、なんでありますか?」
というクラリスの声。
それに対し、アーヴィングが答える。
「あれは、北クレスタ工業地帯だね。鉄鋼から食品まで、あらゆる工場があそこにあるんだ。今は鉄道による輸送が主だけど、今後は小規模ならレビバイクでの輸送も可能になるね」
工業地帯――アリーセが工業地区を通ると言っていたが、なるほどこれか。
クレアボヤンスで視てみると、たしかに工場が立ち並んでおり、その合間を縫うようにして、線路が複数本敷かれていた。
ふむ……アーヴィングの言う通りだな。これを使って各地へ輸送するってわけか。なかなか良く出来た仕組みだな。
そうこうしているうちに、工業地帯へと入り込む。
線路の横をこちらの道路が並走する形だ。
「飛行艇は視えないな……」
クレアボヤンスで上空を確認しながら言う俺。
「だねぇ……。あ、貨物列車だ」
朔耶がそんな風に言ってくる。
「貨物? ああ、たしかに正面に止まっているな」
そう答えながら、その貨物列車を見る俺。
ふむ……貨物の側面が大きく開かれているな。
積み込みか積み下ろしの途中なのだろうか。
……いやまてよ? なんで道路側に向かって開かれているんだ?
なんとなく嫌な予感がしてクレアボヤンスで貨物列車を覗く。
と、黒装束で身を包んだ人間たちが、武器を構えて多数待ち構えていた。
中にはレビバイクに搭乗している奴もいる。
「……っ! 正面の貨物列車に敵だ!」
俺は通信機を通じて全体に通達する。
「そう来たでありますかっ!」
「ん、空から来ると思っていたけど、違った! うん、貨物列車は想定外っ!」
というクレリテとロゼの声。
そして、それと共にカチャカチャという金属音も聞こえてきた。
各々が戦闘準備を始めたのだろう。
「こういう時は……先制攻撃あるのみってね! バーニングモードッ! どっせーいっ!」
そんな掛け声と共に、おもむろにソーサリーグレネードを取り出し、いきなりぶっぱなす朔耶。……既に放たれてしまったので、爆炎が工場や道路を巻き込まない事を願うしかないな。
直後、青い球体が貨物列車――コンテナ車両の1両に着弾し、ドォンという爆発音と共に、青白い火柱――いや、青白い炎の竜巻が生み出された。
なるほど、これがバーニングモードか……。これでも道路に撃ったらちょっとヤバそうというか、路面が融解する気がするぞ……。実際、車両が融解し始めているし……
もっとも、車両そのものは思った以上に火に強い造りになっているようで、融解しつつも原型をある程度留めていた。
が、防御魔法の方はさすがに耐えきれなかったようで、着弾した車両にいた黒装束の連中は、その大半が一瞬にして焼き尽くされたようだ。
地球にいた頃にそれなりに見慣れたとはいえ、クレアボヤンスの視界には、あまり直視したくはない光景が広がっている。
地球で戦闘をした経験が――命のやり取りをした経験がなかったら、俺も朔耶も平然とはしていられなかったのではなかろうか。
「と、とてつもない破壊力ですね……」
という、若干引き気味なエルウィンの声が聞こえてくる。
「もしかして、あの一発で殲滅したでありますか?」
エルウィンに続く形でそう問いかけてきたクラリスに対し俺は、
「いや、あの車両にいた敵は壊滅させたが、敵は他の車両にまだいる!」
と、クレアボヤンスで視えた光景を伝えながら、スフィアを取り出して周囲に浮かべる。
「ちなみに、グレネードはしばらくチャージしないと使えないから、さっきのをもう一回とはいかないよ」
朔耶がそんな風に告げる。
つまり、他の方法で迎撃する必要があるというわけだ。
同じくらい――いや、アレ以上の破壊力を誇る融合魔法を使えば一撃で吹き飛ばせるであろうが、その効果範囲と貫通力を考えると、工場にまで被害が出てしまいそうなので、おいそれとは撃てない。
おそらく、奴らがここで仕掛けて来たのにはそういう意図もあるのだろう。
なにしろ、あいつらには融合魔法を何度か使っているし、ルクストリアで遭遇した人形の件から考えても、融合魔法が使われたという情報は既に伝わっているだろうからな。
そんな事を考えながら、正面に視線を向けると、一直線の道路の遥か彼方で、オレンジ色やら紫色やら青色やら、様々な色の光がキラキラと輝くのが見えた。……ん?
疑問に思ってクレアボヤンスで視ようとした瞬間、複数の――否、道を埋め尽くす程の数の火球、暗黒球、電撃球が、一直線にこちらへと突っ込んできた。どうやら光は魔法の発動だったようだ。
って……! 心の中で実況しながらボーッと見ている場合じゃないっ!
いくらなんでも多すぎだろ!? さすがにあんなの回避出来ねぇぞ!
くそっ、どうすりゃいいんだ……っ!?
このまま続けて書くと、ちょっと……いや、かなり長くなってしまうので、
区切りがイマイチ良くないですが、ここで区切ります……




