第15話 討獣士ギルド <中編>
「――とまあ、こんな感じです」
昨日の事と、ついでに俺の隠れ里の事――あくまでも隠れ里から来たという設定での内容だが――を話し終えた俺は、テーブルの上に置かれている、エミリエルの淹れてきたお茶を飲む。
と、エミリエルが若干残念そうな表情をしているのが見えた。……まあ、アカツキ皇国の歴史とか文化とかを、俺から聞きたかったんだろうな、多分。
それにしてもこのお茶、なかなか美味いなぁ。なんとなく、ジャスミンティーっぽいんだけど、ジャスミンティーよりも少し甘みが強い感じがするんだよな。うーん、なんていう茶葉なんだろう?
と、そんな感想をいだきながら、お茶を味わっていると、
「なるほど、モータルホーン・アビサルウルフに、ワイズアンブッシャー・ブラッドイーターですか……」
ロイド支部長が、昨日倒した魔獣2体の正式名称を呟くように言う。
どうでもいいっちゃどうでもいいが、魔獣の正式名称、長いな……。他の皆が言っているように略して呼べばいいか。
「他の支部に応援要請しておいて正解でしたね」
「まったくです」
エミリエルの言葉にロイド支部長が頷き、そう答える。
「しっかし、ワイズアンブッシャーのあの頑丈な甲殻を、そうまで簡単にぶち破るとはのぉ……。ソウヤよ、おぬしの持っている剣は、一体何なのじゃ?」
「何と言われても、ただの霊幻鋼製の剣だぞ。里長から出発前に渡されたんだ」
……まあ、霊幻鋼という名前は、今日の朝、休憩している時にちょっとばかし例の本を読んで、そこで覚えたばかりだったりするが。
「「「え?」」」
アリーセ、ロイド、エミリエルの3人が驚きの表情をした。
……ん? なんだこの反応? もしかしてあれか……?
「霊幻鋼って……レアな代物なのか?」
そう呟くように言った俺に、クライヴが説明してくる。
「もちろんですよ。霊幻鋼は非常に頑丈かつ軽い優れた金属――合金ですが、製法が失われてしまっており、今では古代遺跡でたまに見つかるくらいの代物ですからね」
ああ……なるほど。たしかに、古代遺跡でたまに見つかるくらいのレアな物を使って作られているなんて言われたら、そういう反応になるよな。しかも俺、『ただの』って言っちまったし。
あれ? でも待てよ? ディアーナが霊幻鋼製の剣を、普通に俺に渡して来たっていう事は、もしかしてディアーナは製法を知ってるんじゃなかろうか?
「どうせおぬしの里にはいくつもあるのじゃろう? おぬしの持ってきた守護印を考えれば、別にそうであっても驚かぬわい」
エステルが呆れた表情で肩をすくめる。
それを聞いていたエステルの横に座るクライヴが、腕を組みながら頷き、そして言う。
「まあ、私も昨夜、テレポータルの話を聞いていなかったら、驚いていたでしょうね」
2人の言葉を聞いたアリーセが手をポンッと叩く。
「そ、そう言えばそうでした。テレポータルがあるなら、霊幻鋼があってもおかしくはないですよね。……あれ? もしかして、ソウヤさんの里には霊幻鋼の製法が残っていたりする……のですか?」
「いや、どうだろう。少なくとも俺は知らないが……。でも、里長が特に何も言わずにこの剣を渡してきた事を考えると、里長は知っている……のか?」
「もしそうだとしたら、なおさら隠れ里である理由がわかりますね……」
と、エミリエルが顎に手を当てて、言ってきた。
そして、ロイド支部長がエミリエルの言葉に対して頷き、俺の方を見て言葉を紡ぐ。
「ソウヤさん、その剣を拝見させていただく事は可能でしょうか?」
その問いかけに対し、俺は問題ない旨を告げる。
次元鞄から剣を取り出し、それをテーブルの上へと置く。
「これがそうです」
「うーむ……なるほど。この輝きは、たしかに霊幻鋼……」
ロイド支部長が剣全体に視線を巡らせながら、呟くように言う。
「これって、まさか大型の魔煌波生成回路付き? ……って、え? 白? お姉ちゃん、あれって……もしかして、ブランク?」
「うむ。ブランク状態の回路じゃな。ふーむ……これはアリーセの言っておったように、ソウヤの里には霊幻鋼の製法が残っておるかもしれぬのぉ」
エステル姉妹がそんな事を言う。
「……ブランク?」
「簡単に言えば、なにも魔法が組み込まれていない状態ですね。しかも、その大きさであれば、上位の魔法式――複合魔法や幻体魔法などの式も組み込めます」
横に座っているアリーセが、俺の疑問に対してそう説明してくる。
「なるほど。……って、そういえば治療院とか宿の風呂場にも、同じようなのがあったけど、あれはその上位の魔法式ってのが組み込まれているのか?」
「そうですね。お風呂に使われている水をお湯にする大型魔煌具は、水系魔法と火系魔法の複合だったはずです」
「ま、あれらのように、その大きさの回路は大型の魔煌具に埋め込むものであって、武器に埋め込むようなものではないのじゃよ」
アリーセの説明に続く形で、肩をすくめながらそう言ってくるエステル。
「ああ、たしかに武器に埋め込まれている回路って、これの半分以下の大きさだな」
俺はロゼの持っていた短剣や、エステルの店にあった武器の事を思い浮かべる。
「あのくらいの大きさにする理由ってあるのか?」
「簡単じゃ。普通の素材で作られた武器に、そんな大きな回路を付けて上位の魔法を使おうとなんぞすれば、魔力暴走――妾たち魔煌技師が『オーバーロード』と呼んでいる現象が発生してしまうのじゃよ」
うん? オーバーロード? 支配者とか大君主って意味の方の『オーバーロード』じゃなくて、過負荷の方の『オーバーロード』の事だとは思うが……どういう事だ?
というか……ブランクもそうだが、どうも魔煌技術関連の用語は日本語で聞こえない傾向にあるな。ああ、それと魔獣の名前もか。
職業や役職の名前、それから魔法の名前なんかは、全言語を刷り込まれた影響なのか、普通に日本語で聞こえるんだがなぁ……一体どういうことなんだ?
でも待てよ? そうすると討獣士ギルドは、なんで『ギルド』の部分だけ英語で聞こえるんだって話になるか……。日本語になるんなら、討獣士組合、みたいなに感じで聞こえてきそうなもんだが……
……って、今それを考えてもしょうがないな。それよりも今はオーバーロードの方だ。
「オーバーロードってのはどういう現象なんだ?」
「うむ、まず大きな回路というのは、込められている魔力量が高いのじゃが、それは魔法を使う度に武器自体にかかる魔力負荷も高くなる事とイコールでの。武器側がその負荷に耐えられなくなる可能性が増すということでもあるのじゃ」
と、そこまで説明した所で、ここまでは良いかと尋ねてきたので、問題ないと返す俺。
ただ、気になった事があるので問いかける。
「あ、ちなみになんだが、例えば……回路を大きくしたまま武器への魔力の伝達? みたいなものを少な目に制御する、っていうような事は出来ないのか?」
「ふむ、それは要するにリミッターをつけるられないのか、という事じゃよな? もちろんリミッターをつける事自体は可能じゃが、今の技術ではリミッターはどうしても回路よりも大きくなってしまうからの。武器に組み込むのは少々厳しいのぅ。武器以外であれば、そういうリミッター付きの物もあるのじゃがな」
「なるほど……。ああ、すまん。続きを頼む」
「うむ。――そして、じゃ。負荷に耐えきれず、抑え込めなくなった魔力は暴走し、魔法を発動するための触媒となる武器を、その内側からバラバラに砕いてしまうのじゃよ。これがオーバーロードと呼ぶ厄介な現象じゃな」
エステルは、俺の問いにそう言うと、一度手を握り、すぐに開く仕草をする。バラバラに砕け散る所を表現しているのだろう、多分。ま、それはともかく、武器が壊れるとか、たしかに厄介だな。
「その魔力暴走――オーバーロードがあるため、大きな回路を付けると魔法の性能は増すものの、安全性が損なわれるという諸刃の状態となるので、安定した威力、性能を望むのであれば、普通は付けない、というわけですね。……戦闘中の不確定要素はなるだけ少なくしたいですし」
そうアリーセが補足するように言う。……まあ、たしかにその通りだな。戦闘に不確定要素がありすぎるのは、正直怖すぎる。
「なるほど、納得だ……って、まてよ? たしか『普通の素材で作られた武器では』って言ったよな? ……って事はつまり、鉄の剣とか木の杖とかだと駄目だけど、霊幻鋼の剣は大丈夫だって事か?」
「うむ、そのとおりじゃよ。『オーバーロード』とは、魔力伝導率の悪い一般的な金属や樹木などを素材にすると起こる現象であり、魔力伝導率の良い霊幻鋼などであれば起きない、という事は、妾の弟弟子が実証済みじゃからの――」
と、そこまで言ったところで、突然笑い始めるエステル。
「え、えっと……いきなり思い出し笑いなんかして、どうかしたの?」
エミリエルが若干引き気味に、顔をひくつかせながら問いかける。
エミリエルが問いかけなかったら、その時は俺が問いかけていただろう。一体何を思い出したのやら。
「いや、すまんすまん。あやつめが、どこからか霊幻鋼を調達してくるなり、そんな無茶な実験をしおったもんじゃから、師匠が慌てふためいたのを思い出してしまってのぅ。後にも先にも妾は師匠が慌てふためく姿を見たのはあれだけじゃったし」
エステルがそう答えると、エミリエルはこめかみに指を当て、
「あー、そう言えばそんな事もあったね……。その後、成功したからよいものをーって、怒る声が聞こえてきたっけ」
と、懐かしげにそう話す。
なんだかよくわからんが、楽しそうな出来事があったようだ。
「その声、私の耳にも聞こえてきましたね、そう言えば。……っと、話を戻しましょう」
ロイド支部長はそこで一度言葉を区切ると、咳払いをしてから、再び話を続けた。
「――えっと、オーバーロードの事はさておき、たしかにその剣でしたら、ワイズアンブッシャークラスの魔獣でも、大きなダメージを与える事も容易いですね……」
その話にアリーセが肯定して頷く。
「そうですね。霊幻鋼の製法を再現しようとして生み出された、劣化霊幻鋼とも言える呪紋鋼でも、魔獣に対してそれなりに効果的ですからね。それが、霊幻鋼ともなれば――」
「ええ。凄まじい威力を発揮すると言えるでしょう。まあ、モータルホーンくらいでしたら、呪紋鋼の武器でも一撃か二撃で倒せますけどね。……ワイズアンブッシャーは、さすがにその程度では倒れないでしょうけど……」
クライヴがアリーセの言葉に続くようにしてそう言う。劣化とはいえ……結構強いな。
「ワイズアンブッシャーでも魔法も併用すればいけそうですけど、呪紋鋼の武器には魔法を組み込めないという欠点がありますからね……」
と、エミリエル。魔法を組み込めない……?
どういう事なのかと思っていると、エステルが肩をすくめ、
「呪紋鋼は、それ自体が魔煌波を内包しておる以上、仕方あるまい。ま、別途、魔法用の武器も用意しておくのが一番じゃろうな」
そうエステルに言葉を返す。ふーむ……要するに、プリインストールされている上に、消す事の出来ないアプリによって、ストレージが圧迫されているようなもんか。スマホで良くある話と同じだな。
俺がそんな感じで納得していると、ロイド支部長がエミリエルの方を向き、問いかける。
「――呪紋鋼製の武器ですけど、ウェルナットさんの所で販売していましたよね?」
「あ、はい。ウェルナットさんは呪紋鋼の錬成が得意ですので、結構お店に置いてありますね」
「でしたら……念の為ですが、呪紋鋼の武器を幾つかギルドで買い取っておきましょう。応援の数が足りなければ、職員も出張る事になるかもしれませんし」
「たしかにそうですね……。わかりました。後ほど連絡しておきます」
エミリエルがロイド支部長の言葉に対し、そう答える。
ウェルナットって言うと、服を買った店か。
ああ……そう言えば、あそこで売られていた投げナイフ100本セットが呪紋鋼製だったな。
アレ、買っておいた方が良いかもしれないなぁ……
そんな事を考えていると、不意にドアがノックされる音が聞こえてきた。
「どうぞ」
ロイド支部長がそう答えると、ドアが開き、ギルドの制服を着た壮年の男性が姿を見せる。
ロイド支部長同様、翼を持っているのだが、こちらの男性には角と尻尾がなかった。あと、翼が妙に天使っぽいので、考えられる種族はセレリア族って所だろう。
「クライヴ殿、治安維持省からの通信が入っておりますが、いかがいたしましょう?」
「あ、すぐに出ます。お手数をおかけしてすいません」
クライヴは壮年のギルド職員に対しそう答えると、共に部屋から退室していく。
どうやら、治安維持省からの返答が来たみたいだな。




