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転 Clock&Clear

「……レース中とは思えないほど静かね」

 走る者のほとんどいないルートを突き進んでいると、シャルがそう言ってくる。


「ほとんどのペアがもう1つのルートに行ったからな。司会もこっちに来た俺と、後方のもう1ペアについては、まったく触れていないし」

 聞こえてくる司会の声は、もう1ルートの状況ばかりを話している。

 

「しかし……後方のペアは何者なんだ? なんか、ふたりとも仮面をつけてるから、顔がよくわからないんだよなぁ」

 クレアボヤンスでチラッと後方のペアを確認しながら、呟くように言う俺。

 

「司会の話を聞いている感じだと、マスクマン&マスクレディというペアらしいわよ。明らかに名前ではないわね」

「そうだな。ただ、あのペアのレビバイクも高性能だな。こちらのスピードに追い付いてきている」

「という事は、イルシュバーンの人間かしらね?」

「普通に性能から考えるとそうだが……まあ、独自の改造とかがされている可能性もあるから何とも言えんな。さっきのブロックで1位だったペアのレビバイクも、明らかに改造されていた感じだったし」


 そんな話をしていると、マジックポールが見えてきた。

 こっちのルート唯一の物だ。

 

「さて、何が得られるのかしらね?」

 そうシャルが言った所でポールの間を通過。

 

「――ディレイショット2って書いてあるぞ。……例のスピードダウン弾っぽいな」

 これ、2発だったのか。どおりで3発目が来なかったはずだ。

 

「後ろのペアに撃っとく?」

「いや、このまま温存しておく」

「後ろから攻撃されないかしら……?」

「多分、それはないな。あっちも温存するはずだ」


 俺の言葉どおり、後ろのペアもマジックポールを通過するが何もしてこない。

 そのまま何事もなくコースを突き進み、合流地点が見えてきた。

 

 同時にコースマップにチェックポイントを示すマークが表示される。

 そこには、制限時間:残り1分21秒、順位:1/4と、記されていた。

 

「え? 1位? 大分遠回りしたはずなのに……どうして?」

 驚きの困惑が入り混じった声で疑問を口にするシャル。

 

「簡単な話さ。皆、距離が短くてコーナーの多いルートを取るって事は、魔法弾による乱戦になりやすいって事だ。マジックポールもあっちの方が多いしな」

 そう俺が説明すると、右手をグリップから放し、パチンと指を鳴らすシャル。

 そして、

「あ、なるほど……。たしかに言われてみるとそうね……。単純な話だけど、全然その事に気付かなかったわ」

 と、言った。

 

「あのマップ開放からの短い時間でルートを決める必要があるからな。心理的には短い方、かつマジックポールの多い方を選びたくなるってもんだ。……まあ、あえてそうなるよう、構造と設定を考えているんだろうな」

「とっさの判断力もレースでは重要って事ね。設計した人は良く考えているわね」

 感心したような様子でそう言って、ウンウンと首を縦に振るシャル。

 

「まったくだ。……どうせ室長だろうが」

 俺はそう言って肩をすくめてみせる。まあ、手はグリップを握ったままだが。

 それに対しシャルは、

「あー、たしかに……。コウには前に、心理的な所を逆手に取られた事があったわ……」

 と、何かを思い出しながら、そんな風に言った。


 前に室長となにかあったんだろうか……?

 などと、そんな事を思っている間にもう1つのルートと合流。

 視線の先にそちらから迫るペアが見えた。

 

 そのペアは驚きながらもこちらに魔法弾を撃ってくる。


「あら、なかなかいい判断ね」

「そうだな、っと!」

 俺は温存していたディレイショットを撃ち、迫ってきたペアの魔法弾を相殺。

 続けざまにもう1発撃ち、そのペアのスピードをダウンさせる。

 

 そして、一気に引き離してチェックポイントへと向かう俺たち。

 その俺たちを後方からマクスマン&マスクレディのペアが追いかけてくる。

 

 更にその後ろに俺たちがディレイショットでスピードダウンさせたペアを追い抜いた2つのペアが迫っている。

 が、マスクマン&マスクレディが後方にスリップフィールドを作る魔法弾を撃ち、その行く手を塞いだ。

 

 ふむ……使わずとも2位は確実な感じだが、3位以下を引き離して魔法弾による攻撃を受けにくくした……といった感じか。不意に強力な魔法弾を受けると逆転されかねないし、正しいな。

 

 ともあれ、そんな感じで俺たちとマスクペアが順にチェックポイントを通過。

 第3ブロック――最終ブロックへと突入する。

 

 突入してすぐに洞窟を抜け、森林地帯へと出た。

 ふと、大きな看板が目に入る。そこには『害獣注意。必要に応じて迎撃』と書かれた看板があった。

 って、害獣が出るのかよ! しかも、必要に応じて迎撃って無茶苦茶だな!

 

 なんて事を心の中で叫んでいると、他のブロックとの合流地点が見えてきた。

 再び3つのブロックからの合流なので、ラストも12ペアか。

 

 そう思った直後、他のブロックから来たペアがもの凄い速度で、合流地点を駆け抜けていくのが視界に入る。

 後部に魔法陣が見えるので、どうやらクイックダッシュを使っているようだ。

 

 ん……? あの車体……

 もしやと思い、そのペアをクレアボヤンスで視る。

 すると、やはりというべきか、それはエステルと室長のペアだった。


「正面のペア、エステルとコウよね? 間違いなく」

 シャルが確信を持って俺に問いかけてくる。


「ああ、その通りだ。追いかけるぞ!」

「ええ!」

 

 俺たちはエステルと室長のペアを追って突き進む。

 と、マジックポールが見えてきた。

 

 入手したのは……『ブレイズダッシュ』

 ……ブレイズ?

 

「どういう意味かしらね? これ」

「良くわからないがダッシュ出来る事には変わりないんじゃないか?」

 疑問を口にするシャルにそう返す俺。


 ともあれ、使ってみるのが一番という事で、長めの直線に入った所で発動。

 魔法陣が車体の四方に出現し、加速がかかる。

 さらに車体周囲を取り囲むように赤い輝きを放つ輪が出現した。

 

「これって……魔法弾に対するシールドかしら?」

「まあ、そんな感じがするな」

「加速力は……あのクイックダッシュとかいうのよりも低いわね」

「とはいえ、十分追いつけそうだが……」


 そんな会話をしていると、前方で雷撃が炸裂するのが見えた。

 直後、司会が害獣の出現と、それをエステル&コウが瞬殺した事を伝えてくる。

 続けて、後方で害獣に接触してクラッシュしたペアの事も伝えてきた。

 ……本当に害獣が出るんだな。それでいいんだろうか?

 

 などと思っていると、エステルたちが目前に迫ってくる。

 エステルがこちらに向かって魔法弾を撃とうとして……止めた。

 おそらく輪――シールドに気づいたからだろう。


 しかしエステルたちはそれだけではなく、俺たちの軌道を避けるように移動した。

 

 これって魔法弾を防ぐだけじゃなくて、接触にも有効なのか……?

 ともあれ、直線上にエステルたちがいなくなったので、そのまま一気に駆け抜ける。

 

「ええい、やっぱりお主らかっ!」

「出現率の低いブレイズダッシュをこのタイミングで得るとは想定外です」

 というエステルと室長の声が、真横に並んだ所で聞こえてくる。

 

 どうやら、このブレイズダッシュはレアな代物のようだ。

 加速力はクイックダッシュに劣るものの、効果時間が長く、シールドまで兼ね備えているのだから、たしかにレアであってしかるべきかもしれないな。

 

 エステルたちを追い抜き、しばし進んだ所でブレイズダッシュの効果が切れる。

 と、その瞬間、魔法弾が直撃した。

 

「くっ、消える瞬間を狙ってきたかっ!」

「さすがといえばさすがよねっ!」


 魔法弾の効果は……スリップ。

 車体がふらつき、横滑りしかける。

 が、即座にカウンターステアで立て直した。

 一度やっているので、シャルに伝えずとも対処出来たのは幸いかもしれないな。

 

「なんか、エステルが驚いているわね。コウの方は冷静に説明を始めたけど」

「どうやらエステルも知らなかったようだな」

 まあ、車体が浮いていたらほとんど使わないテクニックではあるしなぁ……

 

 2発目が来るが、これは予想していたので回避は余裕だ。

 もっとも、カウンターステアと今回の回避で、最高速を維持する事は出来なかったため、エステルたちには追いつかれてしまったが……

 

 ――どちらも魔法は打ち止めのようで、そこからは純粋に技量のぶつかり合いとなった。

 付かず離れず、時には並走しながらコースを突き進んでいく。

 

 と、マジックポールが再び姿を見せる。

 だが、出たのはスタンショット。

 そして、偶然とは恐ろしい物で、エステルたちもスタンショットだった。

 

 ……結果、互いに互いのスタンショットを相殺し合い、早々に尽きてしまった。

 なお、撃ち合ったのはシャルと室長だ。

 というより、シャルが撃ったのを室長が全て的確に迎撃した形だな。

 シャルが何やら「むぅぅっ! なんでいつもいつもあんな反応が出来るのよっ!?」とか悔しそうに言っていたので、やはり前に室長となにかあったようだ。まあ、なにがあったのかはわからないが。

 

 ――それはさておき……俺たちもエステルたちも、互いに決め手がないまま、最終コーナーを曲がり、ゴールまでの直線コースに入った。

 あとは速度勝負……と、思った直後、唐突に車体の横に、懐中時計を模したホログラムのようなものが出現し、クルクルと反時計回りに車体の周りを回転し始める。


 ……ん? なんだこれ……? 

 と、疑問に思った直後、ゆっくりとスピードがダウンしていく。

 並走するエステルたちを見ると、そちらも同じ状況だった。

 

「な、なによこれっ!?」

「スロウクロックじゃと!?」

 シャルに続くようにして、エステルも驚きの声を上げる。

 

「スロウクロック? いかにもスピードがダウンしそうな名前だな……」

「――名の通り、発動者以外の全てのレビバイクスピードをやや長い時間ダウンさせる代物です。ブレイズダッシュ以上に出にくい代物なのですが……」

 俺の呟きを聞いていたらしい室長が、律儀に説明してくれた。

 なるほど……全体のスピードダウンか。あまり速度は落ちていないが、全体ってのが強力だな……

 

「じゃが、後方集団とは大きく離れておったはず。妾たちは既に最後の直線じゃ。影響はあまりないわい」

 室長の方を向き、エステルがそんな風に言う。

 

「……たしかに――」

 室長が言葉を返そうとした所で、レビバイクが俺たちの横を駆け抜けていった。

 そして、司会が声を大にしてその事を伝える。

 

「なんじゃとっ!?」

 驚くエステルを横目に駆け抜けていったレビバイクをクレアボヤンスで視る。

 すると、それは例のマスクマンとマスクレディだった。

 

 俺がその事をシャルに伝えると、シャルは驚いて、

「マスクペア、付いてきてたの!?」

 と、言った。

 

 続けて聞こえてきた司会の声によると、俺たちとエステルたちが争っている後ろから、ずっと一定の距離を保ったまま、追いかけてきていたようだ。

 なるほど、仕掛けるタイミングを見計らっていたわけか。

 

「むむぅ……。敵ながら、なかなかやりおるのぅ」

 というエステルの言葉に、俺は内心で同意する。

 

 そして、スロウクロックのスピードダウン効果が解除された頃には、マスクペアは既にゴールラインを通過する寸前であった……

果たして、マスクペアは何者なのでしょう……?

というのは、次回!

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