第81話 飛行艇と飛行艇
長かった第3章の最終話です。
普段の約1.5倍の長さになってしまいました……
「もしかして、『逢魔の封域』が聞き取れないのか?」
アリーセの反応にもしやと思いつつ、そう問い返す。
「はい。まったくわかりません」
「ん、わからない。うん」
アリーセと、ついでにロゼがそう返してくる。
「そ、そうか……。――シャル、これはどういう事だ……?」
今度はシャルの方を見て問いかける俺。
「ソウヤは、本来ならば秘匿されるその言葉を例の本で認知しているから、その言葉に限っては、竜の座による認知阻害の影響を受けなくなっているのよ」
と、そう説明してくるシャル。
なるほど……。例の本で――文字としてではあるが、言葉の存在を認知した事で、阻害されずに普通に聞き取れるようになった、って事か……
「まあ、あの本が竜の座で保存されていた写しであるからこその……一種のイレギュラーな現象ではあるのだけれど、ね」
と、付け足すように言うシャル。
そのシャルの言葉を聞いていたギデオンが、疑問を投げかけてくる。
「おや? そのように仰るという事は、貴殿は■■■■に属する者……なのですか?」
「ええ、そういう事よ。私は半分だけ『■■■■■』だし? あ、でも、そろそろその半分もなくなる予定だったわ」
ギデオンにそう返した後、なぜか俺の方に視線を向けてきた。
……なんだ? どういう意味だ?
俺が視線の意味を理解出来ずに、どう反応すべきか迷っていると、シャルは視線をギデオンに戻し、言葉を続ける。
「……とまあ、それはともかく……そんなわけで貴方の言った事は、全て聞こえているわ。しっかりと、ね。」
シャルにそう言われたギデオンが顎に手を当て、
「……ふーむ、『■■■■■』ですか。なるほどなるほど、色々と納得です」
と、なにやら納得する。
直後、今まで無言を貫いていた周囲の者たちのひとりが、ギデオンへと問いかけた。
「――ギデオン殿、発進準備が整ったようですが……『■■■■■』が接触してきた事に対しては、どうなされますか?」
問われたギデオンは「ふむ……」と呟き、しばしの間思考を巡らせた後、
「まあ、組織立って動いているわけではないようですので、この場は捨て置いて構わないでしょう。それに……ここに長居するのは避けたいですからね。『■■■■■』とは別の■■■■に属する者が、動いているという情報を得ていますし」
そう問いかけてきた者に対して顔を向け、答える。
「……たしかにその通りですね。では、早急に立ち去るといたしましょう」
ギデオンに問いかけた者が、そう言いながら他の者たちの方を見る。
そして、全員を見回してから、「――速やかに撤収の準備を」と、言葉を続けた。
すると他の者たちは、その言葉に対して了承の意を示し、首を縦に振る。
「って、ここまで話しておいて逃げる気かよ!?」
グレンが今の会話からギデオンの次の行動を察し、駆ける。
「目的についてはしっかりとお答えいたしましたし、発進準備が整ったのであれば、これ以上留まる理由はありませんからね。まあもっとも、ほとんどまともに聞こえていなかったかもしれませんが……」
そうギデオンが言った直後、飛行艇の側面のハッチドアが開く。
ギデオンに対し、アポートを試みる。
が、なにやら固い壁のような物を触れた感触と共に弾かれた。
距離的には問題ないような気がするんだが……なんだ今の?
今の違和感をシャルに話してみると、
「んー、私はソウヤのその異能について、詳しく知っているわけじゃないから絶対とは言えないけど……あの飛行艇の魔煌シールドに弾かれたんじゃないかしら? あれって、要するに障壁でしょ?」
という回答が返ってきた。
直後、アリーセの放った魔法の矢が、中空で火花を上げて爆散。
「たしかに魔煌シールドが展開されていますね」
と、アリーセがそんな風に言ってくる。
ああそうか、飛行艇は魔煌シールドとかいうバリアを、周囲に展開する事が出来るんだった。
つまり、あのシールドの中にいる人間を掴もうとしても、シールドの干渉によってその手前にあるシールドを掴んでしまう……と、そういう事か。
今までこの手の状況に遭遇した事がなかったから気付かなかったが、厄介だな。
「なんにせよ、走るしかねぇな!」
「ん、全速力」
そう言い放ち、グレンとロゼが加速魔法を使う。
そして、ケインとセレナもそれに続く形で加速魔法を使った。
だが、高速でギデオンに接近する4人の行く手を塞ぐようにギデオンの周囲の者たちが動き、横一列に並んで小さな杭を地面に突き刺す。
なんだ……?
そう思った直後、小さな杭を中心に左右に広がるハニカム構造の紫色の障壁が生み出された。
「ええっ!? 小型の障壁発生器を横一列に並べて、有効範囲を広域化……っ!? なんで消滅が発生しないのっ!?」
と、シャルがなにやら驚きの声を上げる。
よくわからんが、あの障壁は同じ物同士が接触するかなにかすると消滅するという事なのだろう。……本来は。
その直後、先行していた4人が障壁に目掛けて攻撃を仕掛ける。
……が、ガキィンという甲高い音が響いてブロックされてしまう。
唯一、ロゼの円月輪が障壁を構成する正六角形2つに薄っすらと傷跡を付けたが、その程度だった。
「ちっ、硬すぎるっ!」
グレンがそんな悪態をつきつつ、障壁を更に攻撃する。
しかし、まったく効いているように見えない。
アリーセがチャージショットを、アルチェムが魔法を連続して同じ場所に目掛けて放つも、ロゼと同様に薄っすらと傷跡を付けるのが限界だった。
「……これでも効きませんか……」
首を左右に振りながら、そう呟くアルチェム。
その呟きを聞きながら、俺は即座にスフィア2つを取り出し、
「だったら、次は……これだっ!」
と、そう言い放って融合魔法を撃つ。
……だが、大きなヒビを入れる事は出来たものの、貫く事は出来なかった。
「い、今の攻撃でも壊せないのっ!?」
「硬すぎるなんてものじゃないぞ……」
セレナとケインが驚愕する。
俺も驚きだ……。まさか、あのトンデモ火力の融合魔法でヒビが入るだけとは……
「壊せてはいませんが……かなりダメージを与えているように見えますよっ!」
アリーセがそう言って、弓を持っていない方の手で握りこぶしを作った。
アルチェムがアリーセの言葉に頷き、
「……はい。もう一度、あの魔法を撃てば破壊する事が出来ると、私は推測します……」
そう言って俺の方を見てくる。
クレアボヤンスでヒビの入り度合いを確認し、俺もたしかにこれならいけそうだと感じた。
俺とアルチェムの両方が、その結論に至ったのであればまず間違いないだろうと判断し、新しいスフィア2つを呼び寄せ、融合魔法を再度放つ。
すると、推測したとおり、ガラスが砕け散るような音が響き、障壁の1つが砕け散った。
「ん、壊れたっ!」
「突っ込むぞ!」
ロゼとグレンがそう声に出しながら障壁の向こう側へと走る。
だが、既にギデオンとその周囲の者たちは飛行艇の中へと入ってしまっており、
「では、失礼させていただきますよ」
というギデオンの声と共に飛行艇のハッチドアが閉じられ、飛行艇が浮かび上がっていく。
飛行艇のシールドも2発撃てばいけるか……?
俺は、新しくスフィア4つを呼び出すと、それを飛行艇に向け、先程とは違う融合魔法を2つまとめて放つ。
黒っぽい影のような斑点が混じるオレンジ色の極太ビームもどきと、青と白、2つの色の波動が螺旋を描く竜巻もどきが飛行艇に直撃――
「……って! これに耐えるのかよっ!?」
直撃したにはしたが、魔煌シールドに弾かれてしまった。
「……シールドに妙な動きを感じたわ。おそらくだけど、直撃ルートにピンポイントにシールドのエネルギーを集めてそこだけ分厚くしたんじゃないかしら」
「それはつまり、そこまでしないと耐えられない威力だった、という事ですよね。であれば……シールドの耐久力は相当落ちたのではないでしょうか?」
シャルの言葉を引き継ぐようにしてアリーセがそう推測を口にする。
「ええ、もう一度撃てば貫けるんじゃないかしら」
と、シャルがそう言ってくる。だが……
「……そうしたいが、融合魔法はスフィアの都合で4発が連続使用の限界だ。つまり、もう撃てない」
そう答える俺。
「ならば、ありったけの魔法を撃つ!」
グレンがそう言い放って、火球を飛ばす。
それに続く形で、ケイン、セレナ、そしてアルチェムもまた、攻撃魔法を放った。
ロゼはいつものように、円月輪の投擲だ。
――しかし、それらの攻撃が届くよりも先に、飛行艇は向きを変え、高速でその場から弧を描くようにして離脱していく。
「当たって……くだ……さいっ!」
「届くかわからないけどっ!」
そう言いながら、アリーセがチャージショットを、シャルが霊力の衝撃波を放つ。
……が、どちらも命中する事なく空へと消えていった。
駄目か……。あちらのスピードが速すぎる……
諦めたその直後、再び飛行艇が頭上を通り過ぎる。
……いや、飛行艇というには、随分と小さいな……
それは、複葉機のようなフォルムをしているが、それよりは数倍程度大きい、そんな妙な形状の飛行艇だった。
その飛行艇が、ギデオンの乗った飛行艇を追うような軌道で飛んでいく。
しかも、かなりのスピードが出ており、すぐに追いつきそうな勢いだ。
「……えっと……。……また、別の飛行艇が来ましたね……?」
というアルチェムの声を聞き、俺はシャルがなにかしたのかと思い、顔を向ける。
「残念ながら、私は何もしていないわよ? というか、あの妙な飛行艇……昔、どこかで見たような……」
そう言ってなにやら考え込むシャル。
と、その直後、新たに現れた飛行艇から、うねうねと蛇行しながら進む青い光線が幾重にも放たれる。
クレアボヤンスで視ると、その先にはギデオンの乗った飛行艇があった。
瞬く間に、放たれた青い光線がギデオンの乗った飛行艇の後部に到達。
まるで振るわれた鞭の如き動きを見せながら何度もぶつかり、後部装甲を抉り取っていく。
ついに黒煙が上がり、ギデオンの乗る飛行艇が高度を下げ始める。
推進機関がやられたのだろうか?
なんとか追跡しようと思ったが、クレアボヤンスで視られる距離の限界だったため、森の木々の向こうに両方の飛行艇の姿が消えた所までしか見えなかった。
「ギデオンの飛行艇が、後から来た小型の飛行艇の攻撃を受けて、この方向にある森の中か……そのちょっと先のどちらかに落ちていった」
俺は皆にそう告げる。
「この方向というと……ギーレの森か?」
「うん、そうだと思う」
ケインの言葉に頷き、肯定するようにそう返すセレナ。
それを聞いたグレンが、左の手のひらに右の拳を押し付け、
「ま、城の兵士も使って、人海戦術でギ―レの森とその周辺の捜索を行ってみるしかねぇな」
と、そう言った。
――だが、それから一昼夜に渡って捜索が行われたものの、発見出来たのは、飛行艇の残骸の一部だけだった。
◆
「一部だけとはいえ、飛行艇の残骸が発見されている事を考えると、あの辺りに不時着したであろう事は間違いねぇんだが……」
「ギデオン本人も、奴の乗っていた飛行艇も、いまだに見つかっていない……と」
2日後、宿のロビーにやってきたグレンの言葉にそう返す俺。
「光学迷彩を張っている可能性もあるわね。もっとも、後から来た所属不明の小型飛行艇が、何らかの方法で牽引して連れ去った……という可能性も否定は出来ないのだけど」
俺の横に座るシャルがそう言って肩をすくめてみせる。
「あいつは何者だったんだ……?」
というグレンの疑問に、シャルはこめかみに指を当てながら、
「昔、どこかで見たような気がするけど、思い出せないのよねぇ……」
と、そんな風に言葉を返す。
昔っていう事は、傭兵時代とかだろうか……?
「まあ、あいつがどうにかしてたんなら、もうあの辺には存在しないってー事になるな。その場合はお手上げだぜ。――ちなみに、光学迷彩ってのはなんだ?」
「透明化って言えばわかりやすいか? そこにあるんだが、ないように見せてしまう代物だ。まあ、実際に使っている所を見た事はないが」
ルクストリアで遭遇した人形がこれを搭載していたな……と、あの時の出来事を思い出しながら、そう返す俺。
「なるほど……透明化か。そいつで隠蔽されている可能性もあるわけだな。しかし……透明となると、探し出すのに苦労しそうだぜ。まあ、移動していない以上はどうにかなんだろうが……」
グレンがお手上げだと言わんばかりに両手を広げ、ため息混じりに言う。
「一応、今存在している光学迷彩は、雨が降れば無力化されるわよ」
「雨かぁ……。ここらへんはあまり降らねぇんだよなぁ……」
シャルの言葉に窓の外に顔を向けてそう返すグレン。
そう言われると、たしかにこっちに来てから一度も雨が降ったのを見た事がないな。雪は霊峰で見たけど。
「――うーむ、ギデオンを捕縛するところまで見届けたかったんだが……あと5日ほどで滞在予定日数を超えるし、難しいかもしれないな」
「まあ、捕縛したらちゃんと連絡するから大丈夫だ」
グレンは俺の言葉にそう返すと、そこで言葉を区切り、
「……ところで、玄関脇に停まっていたレビバイクはなんだ? 2台が連結された奇妙な形をしていたが……」
と、玄関の方を見ながら続きの言葉を紡ぐ。
「ああ、あれはレビバイクレース用の奴だ。2台を連結させた物を使うっていうんで、例の本を先に首都の研究機関に送って貰うためにメルメディオに行った時に、暇をしていた工兵の人に話して作って貰った」
飛行艇に搭載されていたレビバイクを改造していいかとダメ元で聞いてみたら、あっさりOKしてくれたんだよなぁ……と、昨日の事を思い出しながら言う俺。
「本ってーと、ローディアス大陸の現状を打開するヒントがあるっつーあれか……」
「そう、それだ。まあ、これに関してはあとは研究結果待ちだな」
グレンの言葉にそう返して肩をすくめてみせる俺。
「ま、結果が出たら俺たちも協力するから連絡してくれや。んで、それはそれとして……レビバイクレースっていうのは、もしかしてトゥーランで開かれる奴の事か?」
「ああ。本当は参加する予定じゃなかったんだが……レビバイクの操縦技術を少しでも高めておこうと思ってな。ちょっと出てみる事にしたんだよ」
「うん? なんでまた急に?」
俺の返事を聞き、再びそう問いかけてきながら首をかしげるグレン。
「今度、ルクストリアでレビバイクを使う式典があってな……。真王戦線やエーデルファーネがその時に動く可能性が高いと俺は思っている。で、俺もその時、護衛要員としてレビバイクに乗る予定だからな」
「なるほどな……。そいつぁまた、レビバイクを使った戦闘が発生しそうな臭いがプンプンしやがるぜ。たしかにレースがいい予行演習になりそうだわ。――でもよ、あのレースって2人組での参加だよな? あと1人必要は誰だ?」
グレンは納得した所で、別の疑問を口にしてくる。
「それはもちろん私よ。これでもレビバイクの操縦は得意な方だし、エステルとコウのペアに勝てるかは、正直わからないけど……」
「噂によると、あのふたり、桁違いに強いらしいからなぁ……。ま、やるだけやってみるさ」
シャルの言葉にそう返す俺。
……果たしてどうなることやら、だな――
最終話、ちょっと詰め込みすぎた気がします…… orz
と、それはそれとして、最長となった3章が終了です!
こうやって終わってみると、3章は2つの国が舞台になった事と、
『出て来ただけ』の場所がチラホラあったのが特徴かもしれません。
次からの間章は、ガラッと変わってレビバイクレースのお話です。




