第14話 討獣士ギルド <前編>
「ここが、討獣士ギルドじゃ」
そう言って、ドアの上に掲げられた看板に視線を向けるエステル。
それに続くようにして看板を見ると、そこには、交差させた2本の剣の上に、凧形の盾を重ねた割と良く見かける紋章が描かれていた。
「この紋章って、昔あった冒険者ギルドの紋章に盾の紋章を乗せたんでしたっけ?」
というアリーセの言葉に、エステルが頷く。
「うむ、そのとおりじゃ、よく知っておるのぅ」
「というと?」
俺がそう問いかけると、エステルは俺の方を向き、逆に問いかけてくる。
「ソウヤは、冒険者ギルドというものが昔あったのは知っておるか?」
「ああ、さすがにそれは知っている。その後、時代の流れで冒険者ギルドの需要がなくなって、それに代わるようにして登場したのが、討獣士ギルドと傭兵ギルドだろ?」
俺は、昨夜読んだ本に書かれてあった事を述べる。……読んでおいてよかったというべきか。
「うむ、そのとおりじゃ。そしてその冒険者ギルドの紋章は、交差させた2本の剣であったのじゃが、それが討獣士ギルドと傭兵ギルドに別れる際、害獣や魔獣から人々を守る討獣士ギルドは上に盾を、他者の戦いに手を貸す傭兵ギルドは上にガントレットを、それぞれ重ねて紋章にした、という逸話があるのじゃよ」
「へえ、なるほどな……」
「そういえば、討獣士ギルドは小さい町にもありますけど、傭兵ギルドは都市くらいにしかありませんね」
「まあ、大規模な戦闘集団が必要になるような事なんぞ、比較的平和なこの国では、まずないからのぅ。逆に紛争地域や政情の不安定な国などでは、小さい町でもあったりするらしいがの」
と、顎に手を当てながらアリーセに言うエステル。
紛争ねぇ……。どこの世界も人間……いや、人間や人間と同等の知恵や思考を持つ者ってのは、考える事もやる事も変わりがないんだなぁ。
「……っと、ここでそんな話をしていても仕方あるまい。さっさと中に入るぞい」
エステルに促されて討獣士ギルドに入ると、中は大広間のようになっており、手前側には幾つもの張り紙がされた衝立が並んでいた。
討獣士と思しき人が何人かおり、その張り紙を見比べている。
皆、この場にいなかったら討獣士だとは思えないような、俺たちと同じようなごく普通の服装をしており、少しくらい鎧を身に纏ったような者もいるかと思っていた俺としては、ちょっと残念だ。
ま、防御魔法の付与された服があれば、鎧なんていらないもんなぁ……重くて動きにくくなるだけだし。
「お、ちょうど良い具合に、妾の妹がおるではないか」
奥にある横長のカウンターに妹がいる事に気づいたのか、エステルがそちらへと向かって歩いていく。
視線をその先に向けると、そこにはエステルと同じガルフェンの受付嬢がいた。
どうやらあれがエステルの妹のようだ。
ふーむ……さすがは姉妹。髪がショートカットであるところ以外はそっくりだな。
「ようこそ討獣士ギルドへ。本日はどういったごよ……って、お姉ちゃん!?」
エステルの妹がフードをとった目の前の人物――エステルに対し、驚きの声を上げる。
そして、同時に勢いよくカウンターに手をついて椅子から立ち上がった。
その様子に周囲の視線がエステルの妹へと集中する。
それに気づいたエステルの妹は、顔を赤くしながら椅子に座り直す。
……なんというか、驚きすぎだろう……
「こほん。いったいなにしに来たのよ……です?」
目の前の姉に、咳払いをしつつ問いかけるエステルの妹。……って、あれ? 妹の方は普通のしゃべり方っぽいぞ?
「妾は付き添いのようなものじゃ。そこの二人が、昨日、森で魔獣を倒した件で呼ばれておると聞いたのでの」
そう言って、俺たちの方に顔を向けるエステル。
エステルの妹が、それに続くようにしてこちらへと顔を向けてくる。
「え? という事は、あなた方がクライヴさんの言っていた……?」
「はい、クライヴさんに言われて来ました」
エステルの妹の問いかけに、アリーセは頷いてそう答えた後、
「まあもっとも、魔獣を倒したのは私ではなく、こちらのソウヤさんですが」
と、俺の方を向いて補足する。
「なるほど、あなたがクライヴさんの言っていたアカツキ皇国から来られたという方ですか」
そう言いながら、エステルの妹がこちらを見てくる。
そして、そのまま俺の方をじーっと眺めた後、ふと我に返ったように、
「……っと! すいません、すぐに支部長に取り次いで来ますので少々お待ち下さい!」
そう言って、カウンター脇のドアから奥へと消えていくエステルの妹。
……はて? アカツキ皇国になにかあるのだろうか?
「――なるほど、あれがエステルの妹か。たしかに似ているな」
「ええ、そっくりでしたね。お名前はなんというのですか?」
アリーセが俺の言葉に同意しつつ、エステルに尋ねる。
「エミリエルじゃよ。まあ、妾はエミリーと呼んでおるがの」
と、そこまで言った後、腕を組み、思い出したかのように言葉を続ける。
「ああそうじゃ、エミリーは妾と違って魔煌技師ではないゆえ、魔煌技術については詳しくないが、代わりに、各地の歴史や文化についてはかなり詳しいぞい。――ちなみに、最近はアカツキ皇国の歴史や文化に興味をもっておるようじゃな」
……あー、もしかして俺の方をじっと見ていたのは、それが理由だったりするのか……?
そんなこんなでエステルの妹――エミリエルについての話をあれこれしていると、カウンター脇のドアが再び開き、中からエミリエルと一緒に、ワイシャツを腕まくりした30代くらいの男性が出て来る。
その男性をよく見ると、竜のような角と翼が生えており、腕の一部が鱗に包まれているのが見えた。
竜人……たしか、ドラグ族って名前だったな。
「お待たせしました」
という、エミリエルの言葉に続き、ドラグ族の男性が自己紹介をしてくる。
「わざわざお越しいただき申し訳ございません。私は討獣士ギルドアルミナ支部の支部長を務めさせていただいております、ロイド・ガーム・ケイシスと申します」
そう言いながら右手を左腕に当て頭を下げてくる。これはお辞儀の様な物なのだろうか?
よくわからないので、とりあえず名前だけ名乗る事にする。
「俺は、ソウヤ・カザミネ。アカツキ皇国のとある里からやって来た者です」
「えっと、私はアリーセ・ライラ・オルダールと言います。イルシュバーン共和国国立魔煌技術学院エクスクリスの魔煌薬科に所属しています」
アリーセも俺に続いてそう自己紹介をする。
アリーセは俺と同様に名前だけ名乗ったので、挨拶の際にあの仕草をする必要は特にないようだ。
「クライヴ殿から話は少し伺っておりますが、昨日の件について詳しく伺いたいと思いまして……不躾なお願いで恐縮なのですが、お時間を頂戴してよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん構いませんよ。こちらもそのつもりで伺ったので」
ロイド支部長の問いかけに、俺はそう答える。
「ありがとうございます、そう言っていただけると助かります。奥の応接室にて、お話を聞かせていただきたく思いますので、どうぞこちらへ」
そう言ってカウンター脇のドアを開けるロイド支部長。
俺とアリーセが促される形でドアの奥へと向かうと、さも当然と言わんばかりにエステルが俺たちの後に続く。
エステルはこの件に関係ない気もするが……まあ別にいいか。
◆
奥の廊下を進み、応接室に入ると既に先客がいた。
「ソウヤさん、アリーセさん、わざわざすいません」
「あれ? クライヴさん、もしかして……俺たちの来るのを待っていたんですか?」
先客がクライヴである事を確認した俺は、そう問いかける。
「あ、いえ、私は治安維持省の方へ報告と要請を行う為に通信機を借りに来たのです。で、今は上層部からの返答を待っている所ですね」
「うん? 護民士の詰め所にも通信機はあるはずじゃが?」
クライヴの話を聞き、エステルがそんな疑問を持つ。
「それが、以前から調子が悪かったのですが……遂に壊れてしまったようでして……」
「なるほどのぅ。それなら後で見せて貰うとしようかの。故障の度合いによっては、妾でも直せるかもしれぬのでの」
「本当ですか? 修理出来る者が遠方に行ってしまっているらしく、呼び戻すのに1週間は掛かると言われたので助かります」
「まあ、とはいえ故障の度合いにもよるのでのぅ。あまり期待はせんようにの」
「……というか、お姉ちゃん? なんで、さも関係者のように着いて来てるのよ」
エミリエルが深くため息をつき、突っ込みを入れる。……まあ、そうだよな。
突っ込みを入れられたエステルは、クライヴの横に平然と座りながら言葉を返す。
「興味があるからに決まっておるじゃろう」
「いや、興味があるからって……」
エミリエルが、更に深いため息をつきながら額を手で抑える。
「ああ、俺は別に構いませんよ」
「私もです」
俺たちはエミリエルの疲労――正確には精神的な疲労か――を軽減するため、そう告げた。
「……あんな姉で、すいません。はぁ……あの口調も一向に直す気がないし……」
「いやいや、魔女たる者はこういう口調で喋ると決まっておるんじゃから、直すもなにもないわい」
エミリエルの言葉にそう反論するエステル。
「魔女なのは、お師匠様であって、お姉ちゃんは違うでしょうに……」
「何を言っておる。師匠からあの店を継いだのは妾じゃぞ。であれば妾も魔女と大差ないというものじゃ」
なにやらおかしな理論を述べるエステル。
しかし、今の話からすると、魔女ってのが実際に存在するのか。ちょっと気になるな。
「まあ、この町唯一の魔煌技師であるエステルさんの腕は、首都の大工房の技師よりも優れていますし、魔女と言えなくもないですね」
クライヴが顎に手を当てながらそう言うと、ロイド支部長がそれに続く形で、
「エステルさんはオカルト的な方面でも造詣が深いですし、同席していただいた方が、何か分かる事もあるかもしれませんね」
と、エステルをフォローした。
……話が進まないから無理矢理エミリエルの方を丸め込んだ、と言った方が正しい気もするが。
それにしても、この世界にもオカルトって概念あるんだな。
「それはまあ……たしかに」
渋々といった感じで納得したエミリエル。
そして、頭を下げて、
「仕方ないですね。では、私はちょっとお茶を淹れてきますので、座ってお待ち下さい」
そう言って部屋から出ていく。
俺とアリーセはその言葉に従い、テーブルを挟む形で、エステルとクライヴの反対側に着席する。
エミリエルを待つ間、俺は魔女についてエステルに尋ねてみた。
だが、エステルも実際の所はあまり詳しくないらしく、魔煌具が一般的になるよりも前から、特殊な手段で魔法を行使していた者たちらしい、という事くらいしか分からなかった。
そういえば……昨夜読んだ本に、それっぽい記述があったような気もするな……
と、そうこうしている内にエミリエルがお茶を運んで来たので、俺は魔女の話を切り上げると、ロイド支部長に促される形で、昨日の事について語り始める。
※更新:誤字(脱字)を修正いたしました。
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