第76話[Dual Site] 裏に潜む者
<Side:Souya>
「なるほど……真王戦線、ですか。たしか、イルシュバーン共和国で暗躍しているという連中ですよね?」
蒼王門の詰め所で昨晩の出来事を話終えた所で、霊峰管理官――ここでは一番上の責任者をそう呼ぶらしい――のルギウスと名乗った、カヌーク族の壮年の男性が問いかけてくる。
「ええ、そうですね。……そして、おそらく狙いは私たちでしょう」
シャルロッテがそう答える。
「そして、ギルバルト卿が手引した……という事ですか。しかし、何故ギルバルト卿はそのような事を……」
そう言って腕を組み考え込むルギウス。
「あのギルバルトという男はどういう人物なのですか? 王国の貴族――というか、この国については疎いもので……」
「ギルバルト卿は、この辺り一帯を治める領主ですね。……王国領内でもこの辺りは特に環境の厳しい地域なので、どうにかして領民の生活を楽に、豊かにしたい……と、そう常々仰られておりましたよ」
俺の問いかけに対し、ルギウスがギルバルトの死を惜しむような目で、そんな風に答えてくる。
ふむ、ルギウスの態度と話の内容を聞く限りでは、民思いの良い領主、貴族といった感じのようだが……
「おそらくですが……今回の一件は、その辺りに理由があるのではないか……と、私は思います」
口元に手を当てて何かを考えていたシャルロッテが、そう言ってくる。
「と言いますと?」
首を傾げるルギウスに、シャルロッテは自身の推測を語る。
「生活を楽に、豊かにするための資金なり技術なりの提供を、真王戦線から持ちかけられ、協力する事にした……とかなのではないかと」
「なるほど、ギルバルト卿の望みを利用したというわけですか……。たしかにそれはありえそうな話ですね。ふーむ……となると、不審な者がギルバルト卿と接触していなかったか、調べてみるのが良さそうですね……」
そう言いながら、手元のノートに何か――おそらく今、シャルロッテに言われた事だろうけど――を書き込んでいくルギウス。
「ちなみに、ギルバルトの死因は一体なんなのでしょう?」
「継続的に生命力を奪うタイプの、弱体魔法による衰弱死……ですね。巧妙に隠蔽されていましたが、その手の魔法の痕跡がギルバルト卿の身体から発見されましたので」
ルギウスが俺の問いかけにそう返してくる。
……ふむ。要するにDoT――RPGなどで時々見かける、毒のようにじわじわとHPを削っていく状態異常の一種を受けていたって事だな。
「おそらく、それをやったのは真王戦線の奴でしょうね」
「はい、私もそう思います。奴らは最初からギルバルト卿を殺すつもりだったのでしょう。幸いい、私はあの手の隠蔽魔法を見破るのが得意なので、どうにか発見出来ましたが……」
俺の言葉に頷き、そんな風に返してくるルギウス。
まあ、いわゆる口封じだな。あの手の連中がやりそうな話だ。
連中はそれを隠蔽するつもりだったようだが、ルギウスの方が一枚上手だったようだな。
……
…………
………………
一通り話終えた所で、ルギウスが、
「――こんな所ですかね。情報提供、感謝いたします」
そう言って頭を下げ、手元にあったハンドベルを鳴らした。
するとその直後、ルギウスの部下――昨日の門番の女性が俺たちの次元鞄を手にやってきて俺たちに告げる。
「こちらがおふたりの次元鞄です。後ほど中身を確認いただけますでしょうか。なくなっている物がありましたら、調査いたしますので」
ふむ……。ギルバルトが持っていた次元鞄が、どうして俺たちの物だってわかったんだろうと思っていたんだが……。この人が俺たちの次元鞄の形状を覚えていたから、って事なんだろうな、多分。
俺とシャルロッテが女性に対して了解した旨を伝えると、ルギウスが、
「おふたりの確認が済みましたら、駅までお送りいたしましょう」
と、そんな風に言ってきた。
お、ギルバルトがいないから帰りは駅まで歩きかと思ったが、そんな事にはならなそうだ。多分、何もなくなってはいないだろうが、とりあえずチャッチャと調べるか。
……って、そういえば山小屋に布団一式と調理器具一式、それから食器を置きっぱなしにしてきてしまったな。
……ま、いいか。今後、あの山小屋を使う人の役に立つだろ、きっと。
◆
<Side:Charlotte>
「――とまあ、そんな事があったのよ」
王都に戻ってきた私は、サクヤ、アリーセ、ロゼの3人せがまれる形で、霊峰での出来事を語った。
というか、サクヤはどうやら安定したみたいね。もう透けてないし。
「……ん、絶霊紋を完全な状態にするとか、驚き。うん」
「たしかにそうですね。まさかルクストリアで集めていた物がそこに繋がるとは思いませんでした」
ロゼとアリーセがそんな風に言ってくる。
「まあ、私も驚きよ」
と、肩をすくめながら言ってサクヤの方を見ると、サクヤはジトっとした目を私に向けていた。
「で、シャルはソー兄に対するラブラブ度がMAXを振り切った、と?」
ら、らぶっ!?
「え? えーっと……ラ、ラブラブというか忠誠というか……生涯の誓いというか?」
心中で慌てながら、とりあえずそう返す私。
……口にしておいてあれだけど、何が言いたいのか良くわからないわね。
「え? 生涯とかいう時点でラブラブじゃ? それに、抱きついたんでしょ?」
「……た、たしかに抱きつきはしたけど……。それはその……それだけじゃないというか……」
「それだけじゃない? あれ? もしかして抱きつく以上の事までしたとか? そして、それを隠そうとしていたりする?」
それだけじゃないという部分を、盛大に勘違いされた。
「し、してないわよ! しようと思ったけど、ギリギリで踏みとどまったわよ! 何もしてないわよ!」
サクヤの言葉に対し、私は必死に否定する。誤解を解かないとっ!
「しようと思いはしたんですね……」
「ん。シャルはエルラン族じゃなくてエロラン族。うん」
「エロランってなに!? なんかこう……感極まった勢いでちょっとだけ思っただけよ!」
口づけしようと! というのは、恥ずかしくて口に出せなかった。
それより……なんだか余計に勘違いされた気がするわ……っ!
「うんまあ、とりあえずシャルがちょろインなのは間違いないね」
そんな事を言ってくるサクヤ。
アリーセとロゼも肯定するように、首を縦に振ってくる。
ちょろインって、私を題材にした物語にも出て来たわね……たしか……
……っ! ……!? ……!!
意味を思い出して私は赤面した。ひ、否定出来ないっ! うぐぐ……っ!
◆
<Side:Souya>
「――とまあ、そんな感じだったんだ」
ルギウスから連絡を受けて、詳しく話して欲しいとマリサ隊長に言われた俺は、室長とエステルが泊まっている宿の向かい側にある料亭――瑞花亭へとやってきていた。
ここは防音の術式が施された個室になっており、こういった話をするのには丁度いいのだそうだ。
ちなみに、この場にいるのは俺を除くと6人――マリサ隊長、グレン、アルチェム、ケイン、セレナ、そしてクーだ。
「すまん、案内役が居た方が良いと思って、人を手配して貰えないかとギデオンを通じてギルバルト卿に頼んだんだが……それを逆に利用されるとは思わなかったぜ……」
そう言って頭を下げてくるグレン。
「うーん……ギルバルトが真王戦線とやらに唆されてやったのはわかったけど、その真王戦線の奴らは、どうやってソウヤたちが霊峰に行く事を、ギルバルトが案内役の手配を頼まれている事を、知ったんだろう?」
セレナが額を指で軽く突きながら疑問を口にする。
「それなんだけど……門の守備隊が回収した真王戦線の連中の遺体の情報がこっちに回ってきたから調査したら、その全員が王城での仕事に就いていた事が判明したわ」
マリサ隊長がそう言いながらアルチェムの方を見る。
「……はい。私が、グレン殿下やルナと共に王城で人員を管理している帳面を確認したり、聞き込みを行ってみた結果、その事実が浮かび上がってきました……」
アルチェムがそう説明すると、それを引き継ぐようにして、今度はグレンが話し始める。
「ああ、あれには驚いたぜ。しかも、先日の騒乱では月暈の徒の一員として動いていた奴らと、そうじゃない者たち……その双方にいやがったからな」
「――それはつまり……月暈の徒をも真王戦線は操っていたって事か?」
ケインが腕を組みながら問いかける。
「おそらく、そういう事なのです。例の毒酒も月暈の徒が用意した物ではあるですが、混入されていた毒は、そこまで強い物ではなかったというか……ソルム・ネクトルの果汁さえ混ざっていなければ、少なくとも死ぬような事は程度の物だったです。おそらく、月暈の徒は、共和国の元老院議長――アーヴィングさんの毒殺までは考えていなかったのだと思うです」
クーが頷き、グレンの代わりにそう答える。
「アーヴィング殿が弑された……なんて事になったら、共和国との戦争になってもおかしくはないからな。さすがにそれは月暈の徒とて望んではいないはずだ」
「そうだね。あいつらも一応はこの国の人間だし? 他国との戦争――しかも、大陸最強の軍隊を持つ共和国との戦争……なんて事になったら、デメリットしかない事くらいは誰にでもわかるだろうからね」
ケインとセレナがそんな風に言ってくる。
……ん? という事は……ロゼとシャルロッテが王城の庭で見つけた、月暈の徒の死体は、想定外の――致死の猛毒と化した毒酒を出すのを止めようとして、真王戦線の奴に殺された、って感じか。
「まあ、真王戦線にとっては、目の上のたんこぶ的な存在であるアーヴィングを排除さえ出来れば、イルシュバーンとディンベルが戦争になろうが別に構わないって話なんだろうな。……というか、むしろ戦争になってくれれば、その戦争に乗じて事を起こす事が出来て一石二鳥、だとか思っていそうだ」
俺はそう言うと、今までの話を頭の中で纏め始める。
――城内には月暈の徒の人間だけではなく、真王戦線の人間もいた。
死にはしない程度の毒を、致死の猛毒へと変化させたのは真王戦線だ。
まあ、猛毒へと変えるソルム・ネクトルが酒に混ざったのは、実際には宰相のギデオンの指示によるものなんだけど、ソルム・ネクトル自体は毒でもなんでもないのでそこは仕方がない。
んで、ギルバルトに接触したのも、その真王戦線の奴らのようだが……どうやって俺たちの動向なんかの諸々の事を知ったんだ?
王城で働く者たちの中に潜んでいたからと、俺たちや霊峰の関するあれこれを知る事が出来るものなのか? 立ち入りの許可だってグレンが直接持ってきたわけだし……
誰がいつ霊峰へ行くのか知っていたのは……グレンと、そのグレンから話のあったギデオン、そしてギルバルトだ。
そしてたしか、霊峰に入る人間の数を制限したのもギデオンだったよな……
……ん? まてよ? ソルム・ネクトルの事をギデオンは知っていて混ぜたとしたら?
……そして、宰相という立場であれば、王城で働く者たちに――真王戦線の人間にも、周囲に怪しまれずに指示が出せるよな……?
つまり――
「……宰相のギデオンも、真王戦線の人間……だったのか?」
俺の口にしたその一言に、皆が驚いた様子で俺の方を見てくる。
そして、マリサ隊長が皆を代表するかのように、目を細め、口元に手を当てながら問いかけてきた。
「……それは、どういう事かしら?」
俺は、ギデオンが真王戦線の人間であると思われる理由を皆に伝える。
すると、マリサ隊長、アルチェム、グレンの3人が、
「完全に盲点だったわ……。調査内容を整理して客観的に考えれば、すぐにその可能性に気づけたはずなのに……」
「……はい。私も、ギデオン様は無関係であろうと無意識に決めつけていました……。例の……月暈の徒のアジトの1つで見つけた資料にも、その名は記されていませんでしたし……」
「俺もアルチェムと同じだ。――言われてみると、たしかにあいつが真王戦線の人間だと考えると、色々と腑に落ちるんだよな……。霊峰に立ち入るのが誰かってのも、伝わっているしな。って、そういや、先日の騒乱の時、あいつは犯人を見つけるとか言って、真っ先に城から出て行ってたな……。あれは、その後に起きる事がわかっていて退避したってわけか……」
大きなミスをしたと言わんばかりの表情で、嘆息しながらそんな風に言ってきた。
そして他の3人も、その3人に同意するような言葉を口にする。
……そりゃまあ、普通に考えたら宰相なんていう地位にいる人間が、実は他国で暗躍する組織の人間でした、なんて事は考えもしないだろうしなぁ……
ギルバルトの死因のくだりは、魔法のある世界ならではの死因の1つですね。
DoT――Damage of Time(スリップダメージとか継続ダメージといった言い回しもありますね)の魔法って、一瞬で大ダメージを与えるわけでも派手な見た目なわけでもない、凄く地味な感じの代物ですが、非常に凶悪かつ強力なんですよね。