第75話 待つモノ
「見た感じ、とてつもなく強固な封印が施されているわね……」
化け物を拘束する鎖を眺めながら、シャルロッテがそう告げてきた。
「あ、それはわかるのか」
「ええ。ソウヤが感じた冷気というのはさっぱりだけど、あの鎖が霊力に近い術式である事はわかるわね。アルミナではあれの封印が解けかけてて、そこを再封印したのよね?」
「ああ。俺の里の者――というか、長が似た術式を上から被せる形で使ってな」
つい、里と言ってしまったが、そろそろシャルロッテにはディアーナの事を話しても良いかもしれないな……
「相変わらずとんでもないわね……ソウヤたちの生まれ故郷は」
そう言ってシャルロッテは肩をすくめてみせた後、視線を再び鎖の方へと向け、
「まあそれはともかく……術式の綻びとかは見られないし、とりあえず今の所は封印が解ける心配をする必要はなさそうよ」
と、言葉を続けてきた。
「なら、今は放っておくか」
「……そうね。というか、そうするしかなさそうだし」
シャルロッテは俺の言葉に頷き、そんな風に返してきた。
「……それにしてもここ、魔煌波がかなり濃いわね。霊峰に入ってからずっと、他よりも少し濃いと感じていたけど……この場所は格段に違うわ」
来た道を引き返す途中で、周囲を見回しながらそう言ってくるシャルロッテ。
「魔煌波が濃い……? ……ああなるほど、そういう事か。魔法がいつもよりも強力になっているなーと思っていたけど、それが理由だっんだな」
「ええ、そういう事になるわね。なんで濃いのかは良くわからないけど、もしかしたらさっきの封印が何か関係しているのかもしれないわね」
「ふむ……。そうなると、アルミナで封印が解けかけていた時は、逆に魔法が使えない状態になっていたのが良くわからないな……」
あの化け物が封印されている辺り一帯の魔煌波が濃いのであれば、魔法が使えなくなるはずがないような気がするんだよなぁ……
と、そう思っていると、シャルロッテが顎に手を当て、うーんと唸った後、
「――その場に居たわけじゃないから推測になるけれど、もしかしたら魔煌波の消失が先なのかもしれないわね」
なんて事を言ってきた。
「消失が先……つまり、封印の維持に必要な分の魔煌波が供給されなくなった事で、封印もまた不完全化した……と、そんな感じか」
シャルロッテが言わんとしている事を口にする俺。
それに対してシャルロッテは頷き、
「そうそう、そんな感じね。……でも、ここにあんな化け物がいるなんて話、私聞いていないのよね……。もしかして、レンジたちも知らないのかしら……」
そんな風に言ってこめかみに指を当てた。
「レンジ? もしかして、アルマダール石窟寺院に件の書がある事を教えてきたのは、レンジ――倉門蓮司なのか?」
「……ええ、その通りよ。まあ、そこら辺の詳細を語ろうとすると、おそらく聞き取れなくなると思うけど……」
シャルロッテが、俺の質問に返答しながら肩をすくめてくる。
ふむ、なるほど。蓮司も竜の座に至った者だった……ってわけか。
でもまあ、普通に考えたらそうだよな。
◆
「――この先から、目印の霊力反応を感じるわ」
戻ってきた石窟寺院の中を歩いていると、シャルロッテがそんな事を言い、顔を脇の通路の先へと向けた。
目印があるのか……。まったくもって壮大な自作自演だな。
シャルロッテの言葉に従う形で通路を進んで行きながら、俺は、
「しかし、竜の座の情報とやらは、直接伝えるのは無理なのに、書物なら問題ないのか……?」
という疑問を口にする。
「いいえ、そういうわけじゃないわ。これから手に入れに行く書は、元々古代の遺跡で発見されたものを、竜の座の■■■■■■■■で……とと、今の聞き取れないわよね、きっと」
シャルロッテは、そこで言葉を区切ると咳払いをした後、言い直す。
「――要は竜の座で保存していた物の写しに過ぎないから問題ないのよ」
「……なるほど、要するに最初から竜の座由来の情報じゃないから問題ないってわけか」
「ええ、そういうことよ」
俺の言葉に頷くシャルロッテ。
しかし、今のシャルロッテの話やこれまでの情報からすると、竜の座っていうのは一種の保管庫、あるいはデータベースのような感じなんだろうか……?
と、そんな事を考えている間に、書庫のような場所へと辿り着いた。
書庫のようなと言ったのは、書庫にしては本の数が少なすぎるからだ。
まあ、かなり古い建造物ではあるので、書物が残っている方が奇跡かもしれないが……
「……向こうにある書架っぽいわね」
シャルロッテが書庫を見回しつつ呟き、壁際にある背の低い書架の方へと歩いていく。
俺もまたそちらへと向かいながらクレアボヤンスを使う。
すると、スカスカの書架にかなりの年月が経過していそうな書物が、幾つか収められているのが見えた。この中のどれかだろうか?
そんな風に思った所で、シャルロッテが「これね」と言って黒い装丁のボロボロの書物を手に取る。
「それにしても、よくもまあ、ここまで古めかしく見せる細工が出来るわね……」
なんて事を言いながら、手に持った書の分厚い表紙をめくるシャルロッテ。
どうやら本当にボロボロなわけではなく、そういう風に見せるための細工らしい。
「うん、これで間違いなさそうだわ」
シャルロッテは、そう言って俺にその書――『魔煌霊学大全3』を手渡してきた。
3って事は、他にもあるって事だよな……。1とか2とかが気になるが、まあ……とりあえず今は置いといて、こいつの中身を確認してみるとするか。
という事で、俺は内容を確認するため、『魔煌霊学大全3』を開いてみる。
そこには、よくわからない魔法に関する理論解説やら謎の計算式やらが、びっしりと記されていた。
うーむ……。所々で魔法を封じるような手段の記述や、魔煌波の異常に関する記述が見られるが、どれもあの現象とは一致しないな。
本当に有力な情報がこの中にあるのだろうか……? と、半信半疑になってきた所で、ようやくそれらしい項目に辿り着いた。
――次元境界の歪みが広域化し、逢魔の封域となった場合、魔煌波の粒子が領域外へと押し出され、変質。黒い雲のようなものを形成する。
この黒い雲に対して、一定の振動波を与える事で逢魔の封域と化した場所へ魔煌並の粒子を押し戻し、正常化が可能。そのための術式構造は別項参照。
ただし、その際には領域の特異点に呼び水となる術式が必要となる。この術式構造は別項参照。
……と、そこにはそんな風な内容が記されていた。
その先もあれこれと書かれてはいたが、読んでもさっぱりわからなかったので、それ以上は読むのを止めた。
これが有力である事は良くわかったので、後は専門家に任せるとしよう。
……
…………
………………
――朝まで特にする事がないので、他にも何か役立ちそうな事が書かれていないかと思い、その書を眺めている内に、空が白み始めていた。
ふと顔を上げた所で、
「随分と熱心に読んでいたわね。というか……あまりにも集中しているから、声を掛けられなかったわ」
なんて事を両手を左右に広げながら、呆れ気味に言ってくるシャルロッテ。
「おっと……ついうっかり読みふけってしまった。今、何時だ?」
「3時50分ちょっと前よ。もう少しで太陽が姿を見せるわね」
シャルロッテが俺の問いに対し、懐中時計を見ながらそう答えてくる。
ここに着いたのが1時半近かったので、2時間半くらい読んでいたようだ。
「そこまで集中して読むなんて、なにか役立つ事でも書かれていたの?」
「ああ、魔煌波が濃い場所じゃなくても、濃い場所と同等の魔法を使えるようにする手段とか、魔力消費を抑制する手段とかは、割と役立ちそうだった」
シャルロッテの言葉にそんな風に返す俺。
真王戦線の連中とやり合った時に、俺の――というかスフィアの――魔法が強化されていたのは、この霊峰に満ちる魔煌波濃度が高い事が理由だったわけだが、あれと同じレベルの物を普通の濃度の場所でも使えるようにしたり、融合魔法の大きすぎる魔力消費を軽減したり出来れば、かなり戦闘が楽になるからな。
……まあ、手段が結構面倒というか……個人の技量とか操作の仕方に依るところが大きいため、練習が必要そうではあったが……
「あら、そんな事まで書かれていたの?」
シャルロッテはそう言うと手を口元持っていき、
「……ああでも、ベースが■■■■■■■■■だから、書かれていてもおかしくはないわね……」
と、続きの言葉を小声で発した。
一応聞こえはしたが、例によって一部の言葉がノイズ化していた。
「……まあ、それはいいとして、太陽が昇ったら下山する?」
「ああ。食料もないし、なるべく早めに麓――蒼王門まで戻りたいからな」
幸い天候は良さそうなので、一気に下りてしまおう。
◆
――蒼王門に辿り着くと、門番と思しき者が10人くらい集まっていた。
なにかあったのだろうか?
そう思いながら門に近づくと、こちらに気づいた門番がこちらへ走ってきて、
「あ、無事に戻られましたか。よかったです」
と、そんな事を言ってきた。どういう事だろうか?
「無事……というのは? もしかして、昨晩の出来事が既に伝わっているのですか?」
「その感じですと、やはり何かあったのですね。……実は先程、ギルバルト卿がお二人の荷物――次元鞄を持った状態で、遺体で発見されたのです。それで、何かあったのだろうという話になって、お二人の捜索に出るべきかどうか相談をしていた所なのです」
へぇ、あのギルバルトが遺体で発見されたのか。
……ん? 遺体? つまり、死――
「「え!? ど、どういう事です!?」」
俺とシャルロッテは門番から告げられた言葉に驚き、同時にそんな声を上げた。
(遺跡の奥に)待つ(化け)物
(石窟寺院で)待つ物
(朝までずっと)待つ者
(雪山から下山した所で)待つもの
みたいな、そんなノリのタイトルです。