第72話 石窟寺院、霊窟、そして花
俺とシャルロッテは山小屋へと戻ってきた。
まだ残っていた幾つかの荷物を回収するためだ。
「ね、ねぇ、どういう事なの? 霊窟に一体何が?」
山小屋の入口に立つシャルロッテからそんな問いかけの声が聞こえてくる。
「霊窟には、その絶霊紋を完全版にするための物が――プリヴィータの花があるんだよ」
「……え?」
理解が追いついていないような表情のシャルロッテ。
そんなシャルロッテに対し、さらに説明を続ける俺。
「それさえあれば、他に必要な物は全て揃えてある。プリヴィータの花が咲いているかどうかは賭けになるが……それでも、動いているギルバルトを探すよりも、動かないカルミット霊窟へ行く方が、今の状況では最善だと俺は思う」
そう言いつつ、防寒具の内側にある収納領域から陶器製の容器を取り出す。
――安全のために、ディアーナから受け取った陶器製の容器は、防寒具の内側に作成しておいた収納領域の方に入れておいて正解だったな……
次元鞄の方に入れておいたら大変な事になっていた所だ……
そんな事を思っていると、混乱しきった様子のシャルロッテが、
「え? ま、待って。いつの間にそんな事を? というか、どうしてそんな方法を? それに必要な物は全て揃えてあるって、いつ? それがそうなの?」
と、そんな感じで立て続けに疑問をぶつけてくる。
そんなに矢継ぎ早に言われても困るというか……これ以上は説明する時間がもったいないので、俺はシャルロッテに、
「……その話、全部に答えるには時間がかかる。後にしよう。とりあえず、エステル製の『銀白光の先導燐』スティックが転がっていた。これがあれば、アルマダール石窟寺院を目指すのが大分楽だ」
そう告げると同時に、その腕を掴んで走り出す。
「え? あ、ちょ、え? あ、う、そ、ちょ、ちょっと待って――」
◆
「ここがアルマダール石窟寺院……か?」
「ええ、おそらくそうよ。いかにもって感じだし」
俺とシャルロッテは、岩壁を採掘して作られた見事な寺院遺跡を見回しながらそんな事を口にする。
「時間は?」
「23時43分ね。スティックが落ちていたお陰で、あまり速度を落とさずに来られたのが多きいわね」
俺の問いかけにそう返してくるシャルロッテ。
「ギルバルトの話は嘘ではなかったようだな」
と、俺。奴は山小屋から1時間もかからないと言っていたが、たしかにその通りだった。
もっとも、『銀白光の先導燐』の魔法がなかったら厳しかったかもしれないが。
これのお陰で、非常に広い範囲の視界を確保する事が出来、シャルロッテの懐中時計のバックライトという弱い光の中を慎重に進む必要がなくなったため、かなり速いペースでここまで来られたのだから。
「ええ、たしかにそうね。そこは本当だったみたいね。嘘をつく理由がないとでも思ったのかしらね?」
「かもしれんな」
シャルロッテの言葉にそう短く答えると、俺はクレアボヤンスで周囲を探りながら、
「で、それはいいとして……肝心の霊窟の入口は……どこだ?」
と、そう呟くように言った。
「石窟寺院の中かも?」
「あー、たしかにそ――」
……ん? 場違いな鉄のプレートがあるな。なになに……
『霊窟侵入許可所有者以外の立ち入りを禁ずる』
プレートにはそう書かれていた。
そして、その横には人の手で補強された洞窟もある。
「――いや、外にあった。見つけたぞ!」
おそらく、儀式などで今でも使っているらしいなので、案内と警告を兼ねて、後から取り付けられたのだろう。
誰が取り付けたのかはわからないが、ナイスだ。
俺とシャルロッテは即座にその洞窟へ向かって走る。
岩壁に沿うようにして――一部は岩壁をくり抜いて――作られた通路や階段は手入れがされているしっかりとした造りになっており、非常に走りやすい。
定期的に使われているであろう事がよくわかるな。
「……それにしても、急いでいるこちらとしては大助かりだけど、いささか風情に欠けるわね、これ」
なんて事をシャルロッテがプレートを横目で見ながら言ってくる。
先程までと比べると、少しだけいつもの調子を取り戻したような気がする。
が、まだ不安そうな感じが見て取れるな。
もしかしたら、不安を紛らわそうと、なんでもいいから口にしたのかもしれない。
なら、適当に話をするのがよさそうだ。
「――まあ、観光地ってわけでもないからな。実用性重視なんだろう」
「害獣もほとんど住み着いていないし、夏限定とかで観光地にしても悪くはないと思うのだけどね」
「たしかにこの石窟寺院を見ると、俺も観光地にしてもいいんじゃないかと思うが……いかんせんこの山自体が聖地だからな。さすがにそうするのには、色々と抵抗があるんだろうさ」
そんな他愛もない事を話しつつ走る俺とシャルロッテ。
すると、程なくして人工的に補強された洞窟から自然の岩肌むき出しの洞窟へと変わった。
岩肌から所々に色鮮やかな水晶が飛び出しており、なかなかに綺麗だが、じっくりとそれを眺めるのは後だ。
俺はプリヴィータの花らしきものが咲いていないか、クレアボヤンスで注意深く探りながら洞窟を進んでいく。
……と、洞窟の中だというのに雪の積もっている場所が視界に入る。
上を見てみると、ポッカリと穴が空いており、夜空が見えた。
なるほど、上のあの穴から雪が入り込んだってわけか。
そして、その地点から左右に道が分岐しているのも目に入った。
これは……どっちだ?
「シャルロッテ、時間は?」
「……23時53分ね」
あと7分……か。これは、タイムロス出来ないな。
分岐点にたどり着いた所で、左右をクレアボヤンスで覗き見る。
左――岩肌から飛び出している水晶の数が多く、随分と曲がりくねっている感じだな……。そのせいで先がいまいち良く分からん。行ってみないと駄目か。
まあでも、その前に右を調べてるとしよう。そっちが正解かもしれないしな。
右――岩肌が濡れている……? 水が上から漏れてきているわけではないようだが……。ん? なんだ? 霧? いや……これは……湯気か?
よく見ると小さな池があって、ボコボコいっているな……まさか、温泉が湧き出している……のか? まあ、人が入れるような大きさではないが。
そのまま注意深く周囲を見ると、少し段差になっているその先に、タンポポを20倍くらい大きくしたような感じの花が、多数咲いているのが視界に入った。
……これだっ! 間違いないっ!
左に進まずに正解だったな……
「こっちだ!」
俺はそう言い放ちながら、シャルロッテの腕を掴んで、温泉の湧き出す方へ向かって走る。
「ちょっ、ちょっ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だからっ」
なんて事をシャルロッテが言ってくるが、時間が惜しいので無視だ。
――温泉の湧き出している地点へとたどり着いた俺は、即座に段差を乗り越え、黄色い花――プリヴィータの花へと近づく。
そして適当に引っこ抜くと、すぐさまそれを地面を使って素早くすり潰した。
無論、普通にやっていては時間がかかるので、シャルロッテの剣で切り刻んで貰った後、サイコキネシスで力任せにやった。
いい感じに花がすり潰されてきた所で、俺はふと思う。
……そういえば、どれくらい入れればいいのか聞いていなかったな……と。
まあ、まずは今すり潰した分を混ぜてみて状態がどうなるかを確認すればいいか。
というわけでディアーナから受け取った陶器製の容器を収納領域から取り出し、蓋を開ける。
そして、濃紺のクリームへとすり潰したプリヴィータの花をまぶし、そのまま容器に付いていた棒で混ぜる。ひたすら混ぜる。
と、徐々に濃紺だった色が、新しい畳のような色へと変化してきた。
どうやら1輪分で良かったみたいだな。
色が変われば良いと言っていたので、これで問題ないはずだ。
「よし、出来たぞ! シャルロッテ、腕を――絶霊紋を見せてくれ!」
「へ?」
「早く!」
「え、あ、はい」
シャルロッテは、わけがわからないと言わんばかりの表情をしつつも袖を捲くり、絶霊紋を隠す術式を解除する。
まずは、これにこいつを塗り込めばいいんだったよな……
俺は容器からハンドクリームにしか見えないそれを指で掬って、シャルロッテの絶霊紋の上に塗り込む。
「ちょ、一体何を……?」
もっともな疑問を口にするシャルロッテ。
「このハンドクリームのようにしか見えない代物が、シャルロッテの絶霊紋に欠けている物を含んでいる……らしい。まあ、俺もあくまで知っているだけだし、自身じゃ試しようがないからシャルロッテで試すしかないんだが……それを腕――絶霊紋に塗り込む事で例の現象を発生させなく出来るんだとさ」
そう説明すると、シャルロッテは訝しげな目を俺に向け、
「……そんな情報、どこで得たのよ……? 私がどれだけ探しても見つける事が出来なかったっていうのに……」
なんて言ってきた。うーむ……なんだか半信半疑といった感じだな。
「というか、もしかしてルクストリアで色々集めていたのは、これの材料……?」
「ああ、プリヴィータの花以外は、ありふれた素材だったからな。……ちょっとばかし数は多かったが……」
「……ちょっとばかしって量じゃなかった気がするんだけど……。そもそも、どうしてソウヤはそんな事を……?」
何故か呆れ気味にそう言ってくる。
はて? なんだか反応が思っていたのと違うな。
「そんな事っていうのは、これを作る事か?」
「ええ。だって……私とソウヤって、出会って1ヶ月も経っていないのよ? 見ず知らずってわけじゃないけど、お互いに知らない事の方が多いのに……」
「たしかに知らない事は多い……というか、シャルロッテは正直言うと秘密が多いと俺は思っている。だけど、それはどうでもいい話というか……俺はシャルロッテの絶霊紋の秘密を知った。そしてそれを何とかしたいと思った。それだけなんだよ」
「それだけって……」
更に呆れた様子でため息をつくシャルロッテ。
おかしい……。何故ここでため息をつかれるんだ……?
そんな事を考えているうちに、容器の中身が半分近くなくなっていた。
絶霊紋に目をむけてみると、なにやらキラキラと輝いている。
輝くとは言っていなかった気もするが……まあいい、札を貼ってみるか。
そう考え、俺はポケットから例の完全版の絶霊紋が描かれている札を取り出す。
「次はこれを……っと!」
ペタッと貼り付けた次の瞬間、札がボンッという音を立てて紫色の炎へと変わ――
「「あつっ!?」」
俺とシャルロッテは同時に熱さを感じて手を引っ込める。
と、紫色の炎がシャルロッテの腕――絶霊紋へと勝手に纏わりついていき、絶霊紋の上で勢いよく燃え始めた。
大丈夫かと問おうとした所で、
「あつ……くなくなったわね?」
シャルロッテがそんな事を言いながら、燃える紫色の炎へと視線を向けて、不思議そうに首を傾げた。
……どうやら大丈夫らしい。
……ってか、これいつまで燃えてんだ? 熱くないらしいからいいけど……
しばらくしても燃えたままのその炎を見ながら、
「0時まであと何分だ?」
そう問いかける俺。
「――あと1分と少し……といった所よ」
シャルロッテは、左手で懐中時計を取り出してそう告げると、未だに燃え続ける紫色の炎へと視線を向けたまま、疑問の言葉を俺に投げかけてくる。
「……というか、この炎、いつまで燃えているのかしらね?」
「わからん。が、もしかしたら、0時になるまで燃えてるんじゃないか?」
「……この炎が0時になると同時に何かを与える……?」
俺の返答に対し、シャルロッテはそんな事を呟いた後、俺の方を――いや、俺の目を見て、
「……まあ、ここまできたら賭けてみるわよ。ソウヤの見つけた方法に」
と、言葉を紡ぐ。
そのシャルロッテの顔には、期待半分恐れ半分といった感じの表情が浮かんでいた。
……ここまで来たら、もうディアーナの知識と力を信じて待つしかないからな。
俺は、上手くいってくれる事を願うのだった――
どうにかこうにかプリヴィータの花まで辿り着きました。
3章に入ってからかなりの時間が経過しましたが、ようやくです……
もっとも、3章はもう少し続くのですが……