第69話 王と竜、夜の闇に現れし異形
「馬鹿なっ!? 3分と経たずに、14人が倒されただと!? この国の近衛兵レベルの相手とも互角に戦える者たちを連れてきたのだぞ!? ……なんて言ってるわね、連中」
合流地点の敵を一掃し終えた所で、シャルロッテがそんな事を肩をすくめて告げてくる。
「よく聞こえるな……」
さすがはエルラン族というべきだろうか。
リンのクレアウィスパー程ではないが、優れた聴覚だ。
クレアボヤンスで残る6人のいる方を視ると、たしかに慌てている様子だった。
ふむ、あちらとしても想定外だろうから少しは口が軽くなったかもしれないな。
よし――
「まあ、あの様子なら少しだけ話を聞いてみるか」
そう俺が言うと、シャルロッテは頷き、
「そうね。無反応で襲ってきたら、返り討ちにすればいいだけだし」
と、言ってきた。
というわけで、一応警戒しつつ、正面へと歩を進める俺とシャルロッテ。
しかし、向こうから仕掛けてくる様子はない。あちらも警戒しているのだろうか?
「……で、お前らは何故俺たちを狙った? というか、ギルバルトはどこだ?」
クレアボヤンスで6人を確認しながら言う俺。
この場にギルバルトがいない事は、既に分かっている。
俺の問いかけに6人は少しだけ警戒を緩めると、その中の1人が歩み寄ってくる。
そして、
「……貴様らは、我らが目的の障害となる。故に、この場で始末する。ギルバルトは我らの案内役に過ぎぬ。そして、奴の役割は既に終わった」
と、言ってきた。
ふむ……声からの推測だが、壮年の男といった感じがするな。
その歩み寄ってきた男に続くようにして、4人がこちらへと近づいてくる。
……1人は動く気配なし、か。観察要員……みたいな感じなのだろうか?
「さっきから気になっていたけど、貴方たちヒュノス族ばかりよね? 他の国ならともかく、ヒュノス族が少数であるこの国においては、ちょっと特殊すぎないかしら? ……というより、さっき『この国の近衛兵と互角』なんて言ってたわよねぇ? 貴方たちは、一体どこの国の人間なのかしら?」
訝しげな目で正面の連中に問いかけるシャルロッテ。
「……我らは真なる王のため、中世の栄光を、貴族による管理された治世を、現代に取り戻さんとする者だ」
男の言葉を聞いたシャルロッテは、こめかみを人さし指で軽く叩いた後、ヤレヤレといわんばかりの顔をして、言う。
「真なる王、そして貴族……。……ふぅん、そういう事ね。――貴方たちは、真王戦線だって言いたいわけね」
……真王戦線。たしか……ルクストリアで暗躍する組織の1つだな。
「今のルクストリア……というか、イルシュバーン共和国領内で主に活動しているのは、エーデルファーネだという情報は得ていたけれど……。なるほど? その代わりに、国外で主に活動しているのは貴方たち、真王戦線ってわけね」
なんて事を述べるシャルロッテ。
……ふむ。エーデルファーネも、真王戦線と同じ様な感じの闇組織だったはずだ。
「ん? という事はつまり……暗躍している2つの組織が同盟を結んだ……というわけか?」
「ええ、その通りですわ。全ては至高の虚空より降りし真なる王……彼の君が掲げし『竜の御旗』の下に集ったのですわ」
俺の問いかけに、今までとは別の――いかにも高貴な雰囲気というか、芝居がかった喋り方をする女が答える。こちらは若そうな感じだ。
っていうか、ここでも『竜』か。
「……まったく、想定外にも程があるわね。まさか、2つの組織が協力するとは思いもしなかったわよ」
シャルロッテが額に手を当て、ため息混じりにそう言って、首を左右に振った。
「全ては王が征く覇道のため。我らも汝らも、その礎となるのみ」
「……それは、捨て身で掛かってくるという事かしら?」
男の言葉にシャルロッテがそう問いかけると、
「捨て身? 違いますわね。我々の準備は終わったのですわ。――さあ……王から授かりし力、お見せいたしますわよ」
一回転しながら両手を上げ、そんな事を高らかに宣言してくる女。
本当に芝居がかってんなぁ……なんて事を思った直後、俺たちの周囲に赤黒いオーラが幾つも立ち昇る。
……なんだ? まさか、召喚かなにかか? と、そう考えながら身構える俺。
「霊力が……流れている?」
シャルロッテがそう言って、鋭い視線をオーラの立ち昇っている方へと向ける。
霊力? どういう事だ?
俺は疑問に思い、オーラの立ち昇っている場所をクレアボヤンスで視てみる。
すると、俺たちが倒した者たち――その死体が赤黒い粒子へと変化し、空へと溶けていくのが見えた。
……なるほど、赤黒いオーラの正体はこれか……。だが、なんなんだ? こいつは……
思考を巡らせつつ、赤黒い粒子と連中を交互に見ていると、目の前の5人が短剣を構えた。
それに反応するようにして、俺とシャルロッテもまた各々の得物を構える。
……が、俺たちの予想に反する行動を目の前の5人は取った。
なんと、5人全員が自らの胸に刃を突き立てたのだ。
クレアボヤンスで離れた位置で微動だにしていなかった最後の1人を確認する。
と、その最後の1人は、いつの間にか地面に――否、血溜まりに倒れ伏していた。
ピクリともしないので、おそらく死んでいるのだろう。
「これは……一体……」
困惑する俺に、先程の芝居がかった女が告げる。
「これが……王の力ですわ!」
直後、立ち昇っていた赤黒いオーラが、自らの胸に刃を突き立てた5人へ向かって伸びる。
そして、刃――短剣を伝って、その身体へと纏わりついていく。
「……妙な霊力を感じるわ。この感覚は……。ぐうっ!?」
シャルロッテが左手で右手首の絶霊紋があるあたりを抑える。
と、次の瞬間、隠されているはずの絶霊紋が浮かび上がってきた。
……って、おいまて! まだ0時じゃないだろっ!?
「お、おい! 大丈夫か!?」
「……へ、平気よ。これは『いつもの』じゃないわ。ただ、なにかに……反応しているだけ……。その証拠に……蛇は、出てきていない……わ」
苦しげな表情で俺に対し、そう答えるシャルロッテ。
たしかに蛇の姿はない。
だが、そうだとしたら……一体何に反応した、と?
そう思ったのとほぼ同時に、「ルォオオオオオオォン!」という狼のような、しかし狼にはありえない重低音の咆哮が響き渡る。
それに続くようにして、なにかの獣に似た、されど低く昏い咆哮が4つ、響く。
それも……間近から、だ。
――そう、それは先程まで俺たちの前にいた連中の叫び……
異形の魔物の姿へと変貌した、真王戦線の5人の咆哮だったのだ。
「こいつは……キメラ? いや、それにしては変化のプロセスが違いすぎる……。それに、こんな異形な魔物は知らないぞ……」
俺はそう呟きながら、魔物と化した5人を見る。
5人――いや、5体全てが俺たちの身の丈の3倍はあるであろう巨躯を誇っていた。
そして、そのどれもが『異形』としかいいようがない。
狼のような姿をし、背中に水晶のようなものを無数に生やした奴。
獅子の顔を持ち、赤く燃える尻尾と赤黒い翼を4つ持つ奴。
まるで鎧のような感じで鱗に覆われた大猿に、鬼の面を付けたような奴。
カニのハサミにも似た6つの腕を持ち、トカゲのような胴体と顔、そして8つの足を持つ奴。
それから、緑色の翼を持ち、馬の胴体と鷲の顔、3つの蛇のような尻尾を持つ奴……
その5体全てに、元の姿――人間であった時の『顔』がどこかに埋まっていた。
「……アリーセたちが、ルクストリアでキメラ化したエステルと戦ったって言っていたじゃない?」
シャルロッテが5体の魔物に視線を向けたまま、そう問いかけてくる。
「ああ、言っていたな」
「その時、話していたエステルの姿に、なんとなく特徴が一致する気がしない? あれ」
「……なるほど。言われてみると、たしかに人間の顔が埋まっている所なんかは、あの話と似ているな……」
シャルロッテの言葉にそう答えつつ、アリーセたちの話を思い出す。
……たしか、魔煌技術の知識に優れた人間を、生体ユニットとして用いるアーリマンシステム……とかなんとか、そんな風な事を言っていたな。
「ふむ……。ルクストリアで暗躍する2つの組織が手を結んでいるのなら、エステルに用いられた物と同じ……あるいは類似の物が用いられていてもおかしくはない、か」
「ええ、そういう事ね」
俺の言葉に頷いてくるシャルロッテ。
アリーセたちはどうやって倒したと言ってたか……
と、アリーセたちの話を思い出そうとする俺。
5体の魔物たちがこちらへと顔を向けてくる。
だが、動く気配がない。様子をうかがっている……のか?
「……たしか、ダメージを与えて再生させまくった……とか、そんな風な事を言ってたような気がするぞ……」
「あー、そうそう、そういう感じの事言ってたわね。で……それによって、本体――アリーセの話ではエステルね――の障壁を弱体化させた? とかだったような……」
「ああ、そうだ、そう言っていたな。それで、障壁が弱体化した所を打ち破って、エステルを引っ剥がしたって話てたな」
「となると……まずは適当にダメージを与え続けて、それから人間の時の姿が残っている部分へ攻撃する……って感じかしらね?」
「ああ、そんな感じだな。……まあ、アリーセの話と違って、人間の姿といえるのが、顔しか残っていないから、どう見ても分離は不可能そうだけど……な」
俺とシャルロッテはそんな事を話しながら、5体の魔物と向き合う。
ふーむ……。状況的には、正直ちょっと分が悪いな。
……どうにかして1体倒す事が出来れば、突破口が開けそうだが……
ま、いつものように、やれるだけやってみるとするか――
ルクストリア編の長い外伝で登場したアーリマンシステムが、本伝(本編)にも登場です。
あの時はキメラ化済みだったので、『どうやってキメラ化したのか』の描写は出来ませんでした。
なので、今回はきっちりキメラ化する所から描写してみました。




