第13話 魔煌技師エステル <後編>
「――その守護印の防御魔法を俺の服に付与してくれないか?」
俺がそう告げると、エステルは渋い顔をして忠告の言葉を返してくる。
「――付与するのは別に構わぬ。じゃが、おぬしが自分で言ったとおり、物理的な攻撃には完全に無意味な代物じゃからな。それこそ、デカブツの体当たりや尻尾による一撃を食らったりでもしたら、即死しかねんぞい? それでも良いんかの?」
「ああ。他のもので物理防御力を確保すればいいだけだしな」
「他のもの? ……知らぬかもしれんから一応言っておくが、防御魔法を付与した服を重ね着しても、膜同士が干渉し合うせいで、一番外側に着ている物の防御魔法しか、効果は発揮されんからの?」
訝しげに俺を見ながら、そんな制約がある事を説明してくるエステル。
へぇ……そうなのか。俺がやろうとしている事は、それじゃないので問題ないだろうが、一応覚えておこう。
「いや、重ね着をするつもりはない。物理攻撃は自前の盾で防ぐつもりだからな」
盾とは、もちろんサイキック――今朝、荒野で岩を動かしたあれの事だ。
「なるほど! 盾でしたら干渉も起きませんね!」
アリーセが、得心がいったといわんばかり笑みで、両手をパチンと重ね合わせる。
サイキックの説明をしていない事もあり、なにやら勘違いしているようだが……。まあ……いっか。
「ふむ、なるほどのぅ。ま、どうせその盾とやらも、この守護印と同じで、とてつもない代物なんじゃろうな」
そう言いつつ、エステルは守護印を手に取り、俺の方を見る。
「付与代は2000リムじゃが、良いかの?」
「えっ? 2000!? 随分安いですね?」
エステルの提示した代金に対し、驚きと疑問を口にするアリーセ。
「2000リムって、安いのか?」
俺が問いかけると、アリーセが首を縦に振る。
「ええ。相場は大体10000リムくらいですし」
「正直、相場が高すぎじゃと妾は思うがの。あと、この守護印はおぬしの持ち込みじゃからの。魔煌薬代の手間賃だけで構わぬよ」
そう言って笑うエステル。
とりあえず言われたまま、俺は財布から1000リム紙幣を2枚取り出し、カウンターに置きながら問いかける。
「これだけでいいのか? まあ、俺としては嬉しいが」
それに対し、エステルはカウンターの上に置かれた紙幣を手に取り、ローブの袖の中にしまいながら、
「うむ、まったくもって問題ないぞい。付与に使う魔煌薬は素材となる魔石が安いからの。1回分作るのに1000リムもかからぬわい」
なんて事を言ってくる。
それって、普通の魔煌具屋はかなり儲けているんじゃ……。ボロい商売だなぁ……
「――これで終わりじゃ」
代金を渡して数分もしないうちに、防御魔法の付与が終わる。
「随分と簡単かつ早いな」
付与の作業は、なんというか本当にあっさりだった。
器に注がれた淡い光を放つ銀色の液体――おそらくこれが魔煌薬なのだろう――に、守護印を浸したと思ったら、それをそのまま俺の服にペタンと押し付けて、それで終わり。まるで、服にスタンプを押しただけのような感じだ。
「そりゃそうじゃよ。面倒なのは、この術式転写溶液を作る方じゃしの。素材は安いが精製が厄介なんじゃよ、こやつは」
そこまで言った所で、エステルは一旦言葉を区切り、器へと注いだ銀色の液体が入ったビンを指で軽く。そして、
「並の魔煌技師では成功よりも失敗の方が多いくらいじゃしの。まあ、妾は優秀ゆえ、100%成功させられるがの」
と、胸を張って言葉を続けた。
自分で優秀って……。いやまあ、確かに優秀な魔煌技師っぽいけどな。
「確かにそうですね。私も魔煌薬科の実習でやりましたけど、成功率はせいぜい80%くらいでしたし、まだまだです」
アリーセがエステルの言葉に納得したかの様に頷き、そう話す。
「……いやおぬし、それは十分優秀な部類じゃぞ……? 普通の魔煌技師は、むしろ80%くらいで失敗するからのぅ」
さっき、魔煌具屋はボロい商売だと思ったが、その成功率じゃむしろほとんど儲かっていない気がするな。
「え? そうなんですか? という事は、私は優秀なんですね!」
……なにやら、エステルに続いてアリーセまで自画自賛し始めたぞ?
と思ったのだが、アリーセはすぐに赤面し、
「やっぱり違います! 全然優秀じゃないです! 私なんてまだまだですっ! まったくもって能力不足です!」
そう全力でまくし立てるように否定してきた。これまでで一番の早口かもしれない。
……勢いで言ってはみたものの、やっぱり恥ずかしくなった、といった所か? アリーセには、こういう一面もあったんだな。
「いや、十分優秀じゃと思うがのぅ? 自身を持って自画自賛するがよかろう」
真顔でそんな事を言うエステル。
うーん……。まだ絶対とは言えないけど、エステルは自信過剰とかそういうのではなく、自分の事も他人の事も、客観的に見て語るタイプっぽいなぁ。
なんて考察をしていると、アリーセが話題を強引に変えようとしてくる。
「そ、それより、この術式転写溶液ですけど、フラッシュボトルに色合いが近いですよね? ね?」
まあ、フラッシュボトルとやらが気になるので、話に乗ってやるか。
「フラッシュボトル?」
「空気に触れると強烈な閃光を放つ戦闘用魔煌薬じゃな。フラッシュボトルも、この術式転写溶液も、どちらも大元は銀属性の魔煌精錬水じゃ。似ていてもおかしくはなかろう」
俺の問いかけに対して、アリーセではなくエステルが、件の魔煌薬――術式転写溶液が入ったビンを手に持ち、そう答えてくる。
「へぇ……。魔煌薬って治療用のものだけじゃなくて戦闘用ってのもあるのか。……ん? あ、そう言えば、ロゼの腕が凍っていたな、昨日。あれってもしかして――」
「はい。お察しの通り、あれはフリージングボトルという名前の戦闘用魔煌薬です。もっとも、対象を完全に凍結させるような強い力を持っているわけではないので、足止め用ですけどね。まあ、腕1本くらいなら十分凍結させられるので、昨日は止血剤の代わりとして使いましたが。どうせ腕を再生する際に凍傷の方も治りますし」
と、落ち着きを取り戻したアリーセが俺の言葉を引き取り、そう説明してくる。
……なんというか、腕を再生させるなんていう凄まじい技術のある、この世界ならではといった代替手段だな。ファンタジー世界おそるべし。
「なるほど。しかし、それって持ち歩いている間に薬の方が凍結してしまったりはしないのか?」
「大丈夫ですよ。空気と混ざった状態で何かに触れると、急速に冷却して最終的には凍結する……という性質を持っていますので、密閉ボトルに入っている状態では凍結しません。……ただ、作る時に注意しないと、魔煌薬を作るのに使う器具が凍りついて大変な事になるんですよね、アレ……」
途中からいきなりトーンダウンし、遂には項垂れるアリーセ。ん? なんだ?
「2年近くかけて貯めたお金で買った器具を、そのせいで1日で駄目にしてしまったあの時はもう……」
アリーセが後悔の念にかられた表情で、絞り出すようにして言葉を紡ぎ出す。それはまた、なんともまあ……
どう声をかけたものかと思案していると、何故かエステルがため息をついて遠い目をする。
「それに似たようなのを妾もやらかした事があるのぅ。はぁ……」
こっちにも連鎖した!? なんてめんどくさい! ……まあとりあえず、さっきみたいに話題を変えてみるか。
「あーそうだ。話は変わるが……さっき『連射魔法杖試作型』っていう杖を見つけたんだが、どういう代物なんだ? アレ」
俺はエステルの方を向き、そう問いかける。この店に入ってアレを見つけた時から、ずっと気になっていたしな。
「ん? ああ、それなら師匠が最初に作った物を、妾と師匠のもう1人弟子――弟弟子でアレンジしてみたものじゃ。複数の魔煌波生成回路を並列に配置し、1つの魔法の術式を自動で生成し、なおかつそれを待機状態にし続ける事で、並列に配置した魔煌波生成回路の数だけ、魔法の連続発動を可能とした物じゃな」
「え? そ、それ、もの凄い発明な気がするんですが!?」
驚きの声をあげるアリーセ。
お、立ち直ったか。……しかし、そこまで驚くようなものなのか?
「残念ながら、そこまで驚くほど凄いものではないぞい。なにしろ、あれは失敗作じゃからのぅ」
そう言って肩をすくめるエステルに対し、アリーセが首を傾げて問いかける。
「失敗作……ですか?」
「うむ。――アリーセよ、魔法を発動せずに待機状態にしておくと、魔力がどうなるか知っておるかの?」
「あ、はい。徐々に減っていくんですよね?」
「そうじゃ。しかも魔力を回復させるためには、魔煌波生成回路を閉じておく必要があるじゃろう?」
「はい」
「回路を開きっぱなし、そして待機状態を維持、しかも複数、さてこの状態じゃとどうなると思うかの?」
「……凄い勢いで魔力が減り続け、しかも回復しない……ですか?」
「うむ、そういう事じゃ」
へぇ……そういうものなのか。例の本では使い方しか見てなかったから、回復方法まではしらなかったな。
「だとすると、減ったら減りっぱなしという事ですか?」
そうアリーセに問いかけられたエステルが、こめかみに指を当てる。
「いや、一応、別途魔力供給装置を作り、それを利用して魔力を回復させる、という事は出来るのじゃが、これが困った事に普通の魔煌具の魔力回復よりも時間かかる上、そんなものを戦闘中に設置している余裕はないじゃろう?」
「たしかに……」
「前に軍もどうにかして魔法を連射出来ないかと思い、あれと同じような物を研究させたそうじゃが、とても実用に耐えうる物ではなかったそうじゃ。結局、魔力供給装置から離れた場所で戦闘する以上、魔力を使い切った杖を戦闘中に回復させる事は出来ぬ。つまり、使い捨てにせざるを得ないからのぅ」
「それはさすがにもったいないですね」
と、そんな2人の会話を聞きながら考えを巡らせる俺。
ふむ。今のアリーセとエステルの会話をまとめると、魔法連射は魔力を消費し続ける。本来自動回復する魔力が回復しなくなる。ただし、魔力供給装置を使えば魔力を回復させる事が出来る。が、回復が遅い上に、戦闘中にそんなものを設置している余裕はない。とまあそんな所か。
……要するに、弾丸の数が決まっている上に、予備の弾丸がない銃って感じか。数発連続で撃ったらそれで終了、後は捨てるしかない。
うーん……次元鞄に大量に入れておいても、結局は使いきったら終わりだしなぁ。
「発想と方向性は面白いよな。問題は魔力供給か……」
俺が呟くようにそう言うと、エステルが頷く。
「うむ、一番厄介な問題じゃがな」
一応、アポートとアスポートを使って、魔力が切れたら魔力供給装置へ飛ばして、回復が完了したら再度引っ張り出す、って感じにすればいけそうだが、魔力供給装置をどこに置くかが問題だな。
戦闘になるのが分かっている状態なら設置場所はどうにでもなるが、不意に戦闘になった場合は、そもそも設置する余裕がないだろうし……
「……うーん、どうにもいい方法が思いつかないな」
「そりゃあそうじゃろう。この場でそんな簡単にいい方法を思いついたりしたら、妾たちの試行錯誤はなんだったのか、という事になるわい」
そう言って、肩をすくめながら首を左右に振るエステル。
……ま、たしかにエステルの言うとおりではあるな。しょうがない、とりあえずこの件に関しては保留しておくとするか。
「ま、何か、いい方法を思いついたらまた来るわ」
「そうですね。私も何か方法がないか考えてみます」
「うむうむ、期待せずに待っておるよ」
俺とアリーセの言葉に、笑みを浮かべてそう返すエステル。
「――さて、大分話し込んだおかげで、結構な時間が経っているし、そろそろ討獣士ギルドへ行くとしようか」
時計を見ながら、俺はアリーセにそう告げる。
「あ、たしかにそうですね」
「なんじゃ? おぬしら、討獣士ギルドに用があるんかの?」
「ああ、昨日、森で魔獣を倒したんだけど、その件について来てくれって言われてるんだよ」
「ん? 森に魔獣? ……ああ、それであやつが昨日の夜、慌てていたのか」
「あやつ?」
俺がそう問いかけると、エステルは、
「ああ、妾の妹じゃよ。ギルドで受付嬢をしているのでな」
そう言って腕を組み、「ふむ」と呟いてから、言葉を続ける。
「よし、その話、妾も興味があるから、一緒にギルドへ行くぞい」
「え? あの……お店の方はよろしいのですか?」
エステルの言葉に、アリーセがもっともな疑問を投げかける。
「何、客なぞそんなに来るわけじゃないからの。少しくらいなら問題ないわい」
そう言いながらフードを被ると、立ち上がって出口の方へと歩きだすエステル。
どうやら受付嬢と姉妹のようなので、こっちとしてはついてきて困る事はないが、店の方はそれでいいのか……? と、ちょっと思った。




