第1話 ディアーナ <前編>
「も……しー?」
……? なんだ?
「多分……で大……なは……ん……が……」
俺は、ようやく誰かの声が聞こえた事を認識する。
どうやら誰かが俺の近くにいるようだ。……誰だ? あいつらか?
と、そこで混濁していた思考が復活。直前の状況を思い出す。
……って、違う! まず気にするべきなのは、声とかあいつらの事じゃない! あの後、俺がどうなったのかだ!
えーっと……たしか、あの化け物の攻撃をモロに食らったはずなんだが……
「ソウヤさーん! 声が聞こえていたら返事してくださいー!」
俺が思案を続けていると、誰かの俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえて来た。今までよりも少し語気が強い感じがするな。
……まあ、呼びかけられている以上、反応するべきだろうな。よく分からないが体は大丈夫そうだし。
そんなわけで、俺は目をゆっくりと開きつつ、
「ああ、問題な――」
と、そこまで言った所で言葉に詰まる。
なぜなら、俺の目の前にヒトというにはあまりにも小さく、半透明で、しかも強い光を放っている、なんだか良くわからない生き物がいたからだ。
よく見ると羽根の様なものも生えており、その姿はファンタジーものに良く出て来る『妖精』に似ていると言えなくもない。
「あ、目が覚めてようですねー。ふぅ、良かったですー。どうにか蘇生が間に合ったようですねー」
妖精らしきものがそう言ってくるが、俺の方はその容姿に思考が停止してしまい、言葉を返す事が出来ない。
「あれ? えーっと、言葉は通じますかー? 蘇生する時に、全ての言語を脳に刷り込んでおいたのですがー」
と、そう言って首を傾げるような仕草をする。
しばし目をしばたたかせた後、どうにか思考が回復した俺は、とりあえず上半身を起こす事にした。
すると、俺の視界に見たこともない光景が広がる。
それは、上も横も下も、夕暮れの空のような茜色の空間が延々とどこまでも続いているだけで何もない、空に浮いているのか、元々こういう場所なのかすら分からない、そんな光景。
……なんというか、神秘的ではあるが殺風景すぎるな。
そう思いつつ、一通り周囲を見回し、先程言われた言葉を頭のなかでリピートする。
たしか……
「あれ? えーっと、言葉は通じますかー? 蘇生する時に、全ての言語を脳に刷り込んでおいたのですがー」
……だったな。
「……蘇生? 全ての言語?」
聞こえてくる言葉は理解出来たものの、その中身が理解出来ず、反射的にそんな言葉を紡ぐ俺。
「あ、言葉の方は問題なさそうですねー。えーっとですねー、あなたはついさっきまで生命活動がー、停止していたんですよー。それを私が蘇生したんですー。まあ、もう少し遅かったら完全な死を迎えてしまいー、蘇生が出来なくなる所でしたのでー、本当にギリギリでしたけどー」
そう言って妖精っぽい何かが、胸を張るような仕草をした。……んだと思う、多分。
っと、それはともかく、どうやら俺はあの化け物に殺された、という事で間違いないらしい。
で、この妙に間延びした喋り方をする妖精っぽい何かが、俺をギリギリの所で蘇生させた……とまあ、そういうわけのようだ。
しかし、何故俺の名前を?
その事に疑問を抱き、問いかけようと思ったが、その前に、まずは命を救ってくれた事に対して、お礼をするべきだろうと考えた俺は、立ち上がり、
「まず初めに、助けていただいてありがとうございます」
そう述べて感謝の意を示した。
「いえいえー」
「それで、えーっと……聞きたい事があるのですが」
「はいー、なんでしょうー?」
「あなたは、一体どういった存在なのでしょう? 俺の名前も知っているようですが……」
「あー、そう言えば、最初にそれを言うべきでしたねー。すいませんー。えーっとですねー、私はディアーナと言いますー。『グラスティア』という世界のー、管理と守護を司る存在ですー。それとあなたの名前を知っているのはー、蘇生する際にあなたの情報を読み取ったから、ですー」
ディアーナと名乗ったそれが、そんな事をいっぺんに語ってくる。
ちょっと順を追って整理するか……
えーっと……世界の管理と守護を司る存在?
それに、蘇生する際に情報を読み取った?
どういう事だか良くわからないが、それよりも気になるのは……
「グラスティア? ここは地球ではないと?」
そう尋ねる俺。まあもっとも、こんな風景の場所が地球にあるはずがないという事は、分かっているのだが。
「えーっとですねー。ここは『次元の境界』と呼ばれる場所ですー。ここがグラスティアというわけではありませんー。グラスティアというのはー、こんな感じの世界ですー」
ディアーナと名乗ったそれが、そう言い終えると同時に、眼下に変化が起きる。
何もなかったはずのそこに、いつの間にか陸地――森や山、平原などが広がっており、少し離れた場所には海もある。
その光景は、まさに地球とそっくりであり、パッと見で異世界だと感じられるようなものはない。異世界だと言われなければ、地球と勘違いしてしまうだろう。
そんな異世界――グラスティアの管理と守護を司る存在だとディアーナは言った。それはつまり……
「すると、あなたは眼下に広がるグラスティアという世界の神様、といったところでしょうか?」
俺がそう問いかけると、ディアーナはこめかみに指を当て、答える。
「あー、たしかに地上の人々の間ではー、そう呼ばれる事が多いですねー。でもー、別にそんな大それた存在ではないんですよねー。私は文字通りー、世界の管理者兼守護者でしかありませんからー」
ふーむ、神様ではないのか。でも、あのグラスティアという世界の人々にとっては、神様だと思われているみたいだな。まあたしかに、こんな光り輝く存在が目の前に現れたら、誰でも神様だと思うよな、普通は。
そう思いつつディアーナの方を見ると、どういうわけかさっきよりも輪郭がはっきりしているように感じられた。
……気のせいか?
でも、なんか顔のあたりには目や口らしきものが見えるんだよなぁ。さっきはそれすらなかったはずなんだが……
どうにも気になってしまい、しばらくジーっとディアーナの観察を続けていると、
「あ、あのー、どうしてこちらを睨んでくるのですかー?」
ディアーナが後ずさりながらそう問いかけてくる。おっと、さすがにガン見しすぎたか。
「す、すいません。なんか先程よりも輪郭……というか、姿が少しはっきりしてきたように感じたもので……」
「ああー。そういう事ですかー。実は私はー、決まった形というのは持っていないんですよー。なので、人によって見え方が違うというかー、その人が私に対して持つイメージに近い姿になるんですよー。で、あくまでもイメージに近い姿なんでー、その人のイメージが変わると姿も変わるんですー」
なるほど。つまり、最初はイメージも何もなかったから不可思議な姿をしていたが、妖精っぽいなーって思った事で、俺の中でディアーナの姿が妖精っぽいイメージで固まった為に、少しずつ見え方が変わってきているという感じか。
……ん? それならもう少し強く妖精の姿をイメージをすると、顔とかもはっきりしたりするんだろうか?
「………………」
一度目を瞑り、俺の中にある妖精の姿と顔をイメージする。
妖精……妖精か……。ああ、そう言えば非日常が日常になる前、学生生活を謳歌していた頃にやったRPGにそんなのが出てきたなぁ……。あれはたしか――
「も、もしもーし? 突然、目を閉じて黙り込ん――」
そのディアーナの声を最後まで聞き終える前に、俺の頭の中の妖精像――イメージが固まる。
「こうか!」
「ひゃっ!?」
勢い良く目を開けると、驚きの表情をするディアーナの顔が視界に飛び込んでくる。
そう、『驚きの表情をするディアーナの顔が』である。
「よっしゃ! 成功だ!」
「な、何がですかー!?」
困惑の声を上げるディアーナ。
……うんまあ、突然こんな言動されたら誰でもそういう反応になるよな。
「す、すいません。姿がはっきりしていないのもどうかと思ったので、ちょっと強くイメージしてみたんです」
「ああー、そういう事ですかー。なんとなく理解しましたー。ところでー、どんな姿なんですー?」
「あー、えーっと……妖精ですね。ピンク髪の」
「ふむふむ、妖精ですかー。それはまたー、言い得て妙ですねー」
そんな事を言い、うんうんと首を縦に振るディアーナ。
しかし、ピンク髪のツインテール妖精か。あのRPGに出てきた妖精そっくりだな、うん。
「とりあえず、見た目――姿がはっきりした所でもう1つ聞きたいのですが、何故、俺を助けたのですか?」
「あー、それはですねー。あなたが本来ならこの世界に生まれ落ちるはずだったからですー」
「……え?」
それは……どういう事だ? 本来、この世界に生まれ落ちるはずだった?
俺がその言葉に困惑していると、
「あー、すいませんー。いきなりな発言すぎましたー。困惑させてしまい申し訳ありませんー」
額に手を当てながら、そう謝ってきた。
ただ、困惑してはいるものの、ひとまず話の続きを聞きたいので、
「ああ……いえ、大丈夫ですので、説明を続けてください」
と、そう応えた。
「そうですかー? では、続けますねー。あなた……というか、あなたの魂は本来ならあの世界の生命ではなくてー、このグラスティアの生命に転生――宿るべきものなのですよー」
「……ふむ。いまいちよく理解出来ていないですが、要するに俺が地球に生まれたのはイレギュラーな事だった……と、そういう事ですか?」
俺はディアーナの言葉を自分なりに解釈し、そう口にする。すると、ディアーナはそんな俺に、
「はいー、良く出来ましたー。そういう事ですー。正しく理解出来ていますよー。凄いですねー」
そう言いながら、満面の笑みで拍手をして褒めてくる。
……いや、うん……なんというか、その言動は小さな子供向けな気がするんだが……
俺が何とも言えない表情をしていると、ディアーナが拍手を止め、
「あとですねー、おそらくなのですがー、あなたは特殊な力を持っていませんか―?」
と、そう問いかけてきた。……ふむ、特殊な力、か。
「――ありますね。サイキックと呼ばれる異能の類が」
「ですよねー。そのサイ……なんとかという力はー、その影響――本来の予定とは違う世界の人間へと転生してしまった事でー、この世界に満ちる『魔力』に適応する為にー、あなたの魂に刻まれている因子がー、本来とは違う作用をした為ではないかとー」
なにやら推測を含んだ解説を俺に話してくるディアーナ。
……いまいちよく分からないが、どうやら俺のサイキックは、この世界ではなく地球に転生した事によって得られたらしい、という事は理解した。
「あとー、私があなたを蘇生している際に感じたのですがー、あなたが死ぬ前と蘇生した後ではー、蘇生した後の方が魂の力が強くなっているようでしたー。もしかしたらー、以前よりもあなたの力――サイなんとかの力がー、強まっているかもしれませんー」
力が強くなっている? それは実際どうなっているのか、ちょっと試してみたい所だが……まあ、今は話を聞く事に専念するとしよう。
ディアーナがコホンと小さく咳払いをし、言葉を続ける。
「さてー、話が少し逸れてしまいましたので戻しますがー、あなたは本来ならー、この世界に生まれ落ちるべき存在だったわけでー、管理と守護を司る存在である私としてはー、出来る事ならー、魂が本来在るべき場所……つまり、このグラスティアへ戻したいのですよー。そうしないとー、この世界の魂の総量が減ってしまうのでー」
「たしかに。……しかしそうなると、地球へ戻るのは難しいと考えた方が良いのですか?」
「あなたの魂はー、本来はこちらの世界のものなのでー、戻る、ではなくー、異世界へ渡る、という形になりますのでー、普通の方法では難しいですねぇ……」
なるほど……。俺からしたら地球へ戻るっていう認識だが、そもそもの話、地球に生まれたのがイレギュラーであるのだから、そうなるのか。
言っている事に納得した所で、ふと気づく。
たしか、ディアーナは『普通の方法では』って言ったような気がするんだが……
「今、『普通の方法では』って言いませんでしたか? その感じだと、何か方法があるように聞こえるんですけど……?」
「はいー。実はですねー、古の時代にー、異世界へと繋がる門を生み出す研究をしていた人がいたんですよー、結局成功しなかった様ですがー」
「なるほど……」
「その研究の残骸を利用してー、あなたをこちら側へ引っ張り込んだのですがー、残念ながら私の力ではー、それが精一杯でしたー。送るのは無理だったりするんですよぉ……。ああでもー、もしかしたら――」
「もしかしたら? 何かあるんですか?」
そう俺が問いかけると、ディアーナはこめかみに人差し指を当てて話し始める。
「えーっとですねー、実はこの世界ではー、あなたのようにー、本来ならー、この世界の生命としてー、転生するはずだった者がー、他の世界に転生してしまう―、という事例がー、ここ100年くらいちょくちょくとー、起きているんですよー。もっと前はー、なんともなかったのに、ですー」
ふむ……俺以外にもこの世界ではなく、別の世界に生まれてしまった者がいるという事か。
だけど、それは100年前から突然起こり始めた……?
「それは……なにかが不自然な気がしますね。100年前に何かが起きた、とか?」
「おそらくそうなんでしょうけどー。問題はー、その100年前に起きたと思われる現象に関してー、私がまったく感知出来なかった事とー、どれだけ調べてもー、まったくもって原因が不明な事ですねー。基本的にどんなに小さな異常であっても感知出来ますしー、調べればどんな情報でも得る事が出来るのですがー、この件だけは何故か駄目なのですよー」
俺は、そう告げるディアーナを見ながら、腕を組み考える。
……なるほど、管理と守護を司る存在だというディアーナが、どれほどの力を持つのか現状では良く分からないが、少なくとも、世界に異常な現象が起きたのであれば即座に気づく事が出来るし、あらゆる情報を簡単に得られる程の力はあるようだ。
なかなかぶっとんでいる気もするが、実際にはそういう力を持っているにもかかわらず、いくら調べてもその突然起こり始めた謎の現象の原因が分からない、と。
なんというか……そうなってくると、かなり厄介そうな問題な気がするぞ、コレ。
しかし、これがさっきの俺の問いかけにどう繋がるんだ?
そう不思議に思っていると、ディアーナが、
「それで、ですねー。この現象のー、原因を突き止めればー、先の研究の残骸と合わせてー、地球へと送る事もー、可能になるかもしれないのですよー」
と、そんな風に説明してきた。
「なるほど……そういう事ですか」
「まあー、あくまでも可能性のー、話でしてー、絶対出来るとはー、言えませんがぁ……」
肩を落とし気味にそう言ってくるディアーナ。
……絶対じゃなかろうが、少しでも可能性があるのであれば、試してみる価値はあるというものだ。であれば――
「それでしたら、その現象の原因について、俺が調査を手伝いましょうか?」
俺はそう提案するのだった。
ちょっと長くなってしまったので、2つに分割しました……
ディアーナの喋り方のせいで、分かりづらい所があったかもしれません……