第66話 山小屋
「――空の様子が良くないですね。今日中にアルマダール石窟寺院に行こうと思っていましたが、この様子だと難しいかもしれませんね」
道が二股に分かれている所で、ギルベルトが空を見上げながらそう言ってくる。
「アルマダール石窟寺院まではまだ遠いのですか?」
「いえ、ここから1時間弱の所ですが……この雲の感じからすると、1時間程度で吹雪いてくるものと思われます」
ギルベルトはシャルロッテの問いにそう答えると、右の道を指差しながら続きの言葉を紡ぐ。
「最短ルートからは少し逸れてしまいますが、こちらのルートなら、30分ほど行った所に山小屋があります。まずはそこへ向かうといたしましょう」
うーむ……山の天気は変わりやすいというが、本当だな。
ともあれ、ギルベルトの言に従って右の道を進む俺たち。
すると、たしかにギルベルトの言うとおり、30分ほど歩いた所で木々の合間に山小屋が見えてきた。
……ふむ、風が先程よりも強くなっているし、雪も少し舞い始めているな。
これまたギルベルトの言うとおり、吹雪いてきそうな感じだ。
――山小屋の扉を開けると、中は薄暗かった。どうやら誰もいないらしい。
ギルベルトが小屋の入口付近にあるパネルに手を触れる。
と、その直後、山小屋内に設置されている照明が全て作動し、山小屋の中が一気に明るくなった。
相変わらず、こういう所は技術力が高いな。
なんて事を思いながら山小屋の中を見て回る。
といっても、そんなに広くはなかったのですぐに見終わってしまったが。
山小屋は、玄関がわりの土間と炊事場、土間から繋がっているトイレと洗面所がくっついている小部屋、それから大部屋が1つあるだけの簡素な作りだった。
窓が一切ないのは、割れるのを防ぐためだろうか?
ちなみに、換気扇みたいなものが炊事場とトイレ、それから大部屋の暖房魔煌具の近くに設置されているので、臭いが籠もってしまうのではないかという心配は、しなくても大丈夫そうだ。
ただ、大部屋が1つあるだけだと言った通り、あくまでも避難用であって、宿泊用として作られているわけではないようなので、ベッドや布団の類も存在していない。
とはいえ、そこは布団一式――アカツキ式寝具なる名前で売られていた――を、次元鞄に詰めて持ってきたので、特に問題はなかったりするのだが。
そうこうしているうちに、壁越しに聞こえてくる風の音が強くなっていた。
扉を開けてみると、外はいつの間にか猛吹雪だ。
幸い、風向きは扉の方へ向いていないので、扉が雪で開かなくなる事態にはなりそうにない。
まあもっとも、内開きの扉なので、例えこちらに吹き付けてきても、そう簡単に開かなくなったりはしないだろうが。
「うーん……急に強くなったわねぇ……」
「ええ、そうですね。避難しておいて正解でした」
シャルロッテの言葉に頷き、そう言ってくるギルベルト。
「たしかにその通りですね。さすがです。……うーむ、これは吹雪が収まるまで待つしかないというか、今日はここに一泊するしかなさそうだなぁ」
俺はそう言いながら扉を閉める。
「じゃあ、アレの出番ね。テントはいらないから、布団だけお願い」
と、シャルロッテ。
それに対しギルベルトが、首を傾げる。
「布団?」
まあ、何を言っているんだ? って感じではあるよな。
「了解」
俺はそう短く答えると、次元鞄を山小屋の大広間に置き、布団一式を取り出す。
そして、適当な場所に敷いてみた。
「とてもフカフカねぇ。うーん……この感じ、久しぶりだわ……」
敷いたそばから布団に寝っ転が――いや、ダイブしてそんな事を言ってくるシャルロッテ。
……って、飛び付くの早すぎだろ。別にいいけど。
「まあ、アリーセの家は建物自体はアカツキ風だが、普通にベッドだったしな」
そう言いながら、もう1つ布団一式を取り出して離れた場所に敷く俺。
「……えっと、離す意図は、まあ……一応わからなくもないけど、さすがにそれは遠すぎないかしら……? そこまでいくと、まるで私が避けられているみたいに見えるんだけど……」
なんて事を額を手で抑えながら言ってくるシャルロッテ。
ふむ……。どうやら遠すぎて、シャルロッテ的にはお気に召さないようだ。
「じゃあもう少し近づけるか」
というわけで、割と間近にしてみる。
すると、シャルロッテが、
「真横でもいいんだけど?」
などと言ってきた。……いやいや。
っていうか、シャルロッテの顔がニヤニヤしているんだが……
……どうやら、思いっきりからかわれたようだ。
よし、それなら……
「ま、まあ、このくらいで……」
――無理だった。意趣返しとばかりに真横にする勇気はなかった。
ぐぬぅ。
そんなやりとりをしている間、ギルベルトはというと、腕を組んで俺の次元鞄に視線を向けていた。
「この次元鞄が気になるんですか?」
「ええ、それはもう。随分と大きな物が入る次元鞄だなと、興味津々ですよ」
俺の問いかけに対し、ギルベルトは次元鞄に視線を離さずにそう言ってくる。
「ソウヤの次元鞄は、色々と規格外なのよねぇ……。鞄よりも大きい物すら、どういうわけか収納出来るし……」
「そりゃまあ……一応、秘中の秘の技術で作られた特別製だからな、これ」
シャルロッテにそんな風に返しつつ、次元鞄を指差す俺。さすがにディアーナ製だとは言わない。
「秘中の秘、ですか……。なるほど納得です。……しかし、どういう経緯で手に入れたのかが凄く気になりますが、あえて聞かない方が良い気もしてきました。なんとなく、怖い物を感じますし」
ギルベルトが頷き、そんな事を言いながらもなお、俺の次元鞄に視線を向け続けていた。
なるほど、興味津々といった感じだな、たしかに。
まあ、俺の持っているような大きい物が入る次元鞄は、こういった雪山とかでは便利だろうから、わからなくもないが。
「あ……話は変わるけど、ギルベルトさんの布団どうしようかしら……。さすがに余分には買ってきていないわよね……?」
そうシャルロッテに言われ、
「あー、そういえばそうだな……。さすがに余分には買ってきていないなぁ……」
俺は考え込みながらそう言葉を返す。
なにしろ、案内役がいるなんて話は聞いていなかったからなぁ……。うーむ。
と、そう思っていると、
「ああ、俺は自前の毛布を持ってきているので問題ありませんよ」
なんて事を言いながら、自身の次元鞄から折りたたまれた3枚の毛布を取り出すギルベルト。
そして、それを重なった状態で広げた。
なるほど……3枚重ねる事で、敷布団と掛け布団になるわけか。
「これで問題ありません」
と、そう告げてくるギルベルト。
「――たしかに問題なさそうですね」
俺がギルベルトに対して頷き、そう返すと、
「それじゃ、少し早いけど食事の準備をしましょ。いい感じに炊事場があるから、持ってきた材料を調理出来そうだし」
なんて事を言って、炊事場へと移動するシャルロッテ。
「ん? シャルロッテが作るのか?」
「そうだけど……。もしかして、私が料理を出来ないとでも思っていたのかしら?」
俺の言葉にシャルロッテは首を傾げ、そんな風に言ってくる。
「いや、そういうわけでもな……くもないか」
そう呟くように言葉を返すと、シャルロッテは呆れた声で、
「どういう事よ……」
と、そう言って肩をすくめた。
「なんというか……料理をするような印象がなかったというか……」
刀をぶん回して敵を薙ぎ払っていく印象しかないんだよなぁ……シャルロッテって。
「むむぅ……。だったら存分に見せてあげるわ! さあさあ、食材を出して!」
なにやら、俺の一言で変なスイッチが入ったらしいシャルロッテが、バンバンと炊事場の調理台を手で叩いて急かしてくる。
「お、おう、今取り出すから待ってくれ」
俺はそう返しながら、買ってきた食材と調理器具を次元鞄から取り出し、並べていく。
そして、並べ終わった所で、
「それじゃあ早速作るから、しばらくそっちで待っていなさい」
なんて言って刀を抜き放つシャルロッテ。
「……なんでそこで刀を抜くんだ?」
そんな疑問を口にする俺。いやまあ、なんとなく予想はつくんだけど。
「なんでって、調理するんだから当然でしょ?」
シャルロッテは、こいつは何を言っているんだと言わんばかりの表情でそんな風に答えると、
「よっ! と!」
という掛け声と共に、刀が振るった。
……ああ、やっぱりか。やっぱり振るったか。
「はっ? えっ?」
横からそんな、ギルベルトの信じられない物を見たと言わんばかりの声が聞こえてくる。
なぜなら、シャルロッテが刀を振るった次の瞬間には、食材が纏めて切り刻まれていたからだ。
「こうやって、纏めて斬った方が早いでしょ」
なんて事を、刀を鞘に納めながら、あっけらかんと言ってくるシャルロッテ。
うんまあ、俺はそんな感じの事を言うだろうなぁ、と思っていたので特に驚きはしない。
っていうか、この目でこういう光景を実際に見る事になろうとはなぁ……
なんて事を思っていると、なにやら、やや引きつった笑みを浮かべて、
「さ、さすがは先日の王城での騒乱で活躍しただけはありますね……」
そんな風に言ってくるギルベルト。まあ、わからんでもない。
……
…………
………………
――最初こそ驚かされたが、それ以降は至って普通な調理方法だった。
というか……あれを見た後だと、なんだか逆に不自然な感じがしてくるな……。なぜだ。
などという事を考えていると、シャルロットの様子を眺めていたギルベルトが、
「ふむ……。やはり、シャルロッテ殿にだけ調理をさせるのは忍びないですね。俺も何か作るとしましょう。食材をお借りしてもよろしいでしょうか?」
そんな事を尋ねてきた。
「どうぞどうぞ、好きなだけ使ってください。まだありますし」
俺がそう告げると、ギルベルトは一瞬驚いた表情をした後、
「そ、そうですか……。で、では、遠慮なく使わせていただきます」
と、そう言って食材を選び始めた。
「シャルロッテ殿は、見た感じですと、アカツキ料理を作られているようですね?」
ギルベルトがシャルロッテにそう問いかけると、シャルロッテは、
「ええ、その通りです。アカツキで暮らしている間に結構覚えたので」
と、そんな風に答えた。ああ、そういえばアカツキで暮らしていた事があると言っていたな。
「でしたら、俺もその方向性で作りましょう」
なんて事を言うと、ギルバルトは普通に包丁で食材を切り始める。
いやまあ……シャルロッテのように、刀で纏め斬りする方がおかしいのだけど……
それにしても、アカツキ料理か。
一体なにが出来上がってくるのだろうか……?
刀の使い手+料理と言ったら、こんな感じですよね(そんな事はない)
蒼王門から山小屋までの展開、もう少し長かったのですが、この話だけ長くなりすぎるので大幅にカットしました。
カットした事によって、変な事になっている所はない……はず……です。




