第65話 蒼王門
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「――とまあそんなわけで、ちょっとばかし霊峰に用事があるから、一緒に来てくれないか?」
俺はシャルロッテに説明し終えた所でそう問いかける。
色々考えたが、シャルロッテを連れて行くのが一番手っ取り早いと思ったのだ。
「……なんだか凄くタイミングが良いわね……。まるで、なんらかの作為的な意思を感じるほどに」
なんて言葉を返してくるシャルロッテ。……はて?
「ん? それはどういう事だ?」
「実は、私もその霊峰に用があるのよ。というのも、霊峰にあるアルマダール石窟寺院という場所に、ローディアス大陸の現状を打破する事が出来るかもしれない何かが眠っている可能性がある……という情報を、例の『伝手』で得たのよ。だから、どうにかして――というか、王様にお願いして霊峰に入る許可を貰おうと思っていた所なの」
俺の疑問に対し、シャルロッテがそう説明してくる。
「なるほど、そうだったのか。それはちょうど良かったというべきだな」
「ええ、まさに渡りに船って感じよ。是非同行させて貰うわ。……で、いついくの?」
「すぐに……と言いたいが、霊峰は万年雪に覆われたディガルタ高地にあるらしいからな。防寒具の用意をしておかないと駄目だろう」
俺はディアーナから貰ったものがあるが、シャルロッテの分はないからなぁ……
「そうね。それと、吹雪とかで身動きが取れなくなった時の為に、温度調節機能と害獣避けの機能を持つ結界魔法が施されたテントと、食料も持っていった方が良いわね」
俺の言葉に頷き、そんな風に言ってくるシャルロッテ。
ああ、たしかにそうかもしれないな……。ヤバそうなら、最悪、鏑矢を使えばいいかと思ったが、使わないで済むならそうした方がいいのはたしかだな。
しっかし、温度調節機能と害獣避けの機能を持つ結界魔法が施されたテント、ねぇ……
なんというかちょっとばかし高性能すぎやしないか……
いや、それともさすがは魔法のある世界だ、というべきだろうか。
なんて事を思いつつ、
「まあ、今日は色々と準備をして、出発は明日の朝だな。……だが、そんなテント、ここらで買えるものなのか? どう考えても、イルシュバーンじゃないと手に入らなさそうな感じの代物なんだが……」
と、問いかける俺。
「んー、そう言われるとたしかにそうね。でも、駅前に『イルシュバーン製品取り扱っています』とか『輸入品あり!』とか書かれた、垂れ幕やら看板やらを掲げたお店が並んでいたから、それらの中のどこかにテントを売っているお店もあるんじゃないかしらね?」
シャルロッテがそんな風に答えてくる。
おそらくそれらの店舗は、貨物列車を使って輸入しているのだろう。
「ふむ……なるほど、だったらまずは駅の方へ行ってみるか」
「ええ。早速出かけるとしましょ」
とまあそんなわけで……俺とシャルロッテは街へと繰り出すと、駅前を中心にイルシュバーン製品を扱っている店舗を回り、テントのみならず、色々と必要になりそうな物を買い込んだのだが……
「……ちょ、ちょっと買いすぎたかしら?」
「あ、ああ……。次元鞄に詰め込むだけだから量は問題はないが……たしかに買いすぎた気がするな、これは……」
なんて事を、目の前に出来上がっている品物の山を見ながら言うのだった。
◆
「――このトンネルを抜けると、すぐにディガルタ駅に到着いたします。お降りのお客様は身の回りの物をご確認の上、準備をなさってお待ち下さい」
列車内にそんなアナウンスが流れる。ふむ……どうやらもうすぐ着くようだな。
下車準備をして、乗降ドアの所で到着を待つ俺とシャルロッテ。
と、列車の速度が落ち始めた所でトンネルを抜けた。
「……これは……なかなかに驚きの景色ね。あたり一面真っ白だわ……」
乗降ドアに取り付けられている小窓から見える景色に、シャルロッテがそんな感嘆の声を漏らす。
「ああ。木々も完全に雪に包まれているな」
たしか……こういうのを樹氷とか言うんだったっけか? 風の影響なんだろうけど、針山のように尖っているものや、まるで人のように見えるものなど、色々な形状があって、なかなかに面白い。
そんな景色を眺めていると、程なくして窓から見えるのが、雪景色から金属製の頑丈そうな壁へと変わる。傾斜のある天井で陽の光が遮られており、やや薄暗い。
この金属製の壁と天井は、いわゆるスノーシェッド――雪崩対策なのだろう。
下方向に視線を向けると、プラットフォームが見えた。どうやらここが駅のようだ。
それらを眺めているうちに、列車が完全に停止。
「ディガルタ駅に到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物のないようご注意ください」
というアナウンスが流れ、乗降ドアが開く。
「さむっ!」
「さ、さすがね……。天井と壁で覆われているのに寒いわ」
開いたドアから流れ込んできた外気の寒さに、俺とシャルロッテがそう口にする。
まあ、スノーシェッドがあっても、空気の冷たさはそんなに和らぐ物ではないしな。
「とりあえず、防寒具を着るか」
「ええ、そうね」
というわけで、俺とシャルロッテはプラットホームに降りるなり、次元鞄から防寒具を取り出し、それを服の上から着た。
と、即座に寒さを感じなくなる。さすがはディアーナ製。
「ふぅ……これで一安心だわ」
シャルロッテがそんな風に言ってくる。
シャルロッテの防寒具は、ディアーナ製ではないものの、それなりに良い値段がするだけあって、防寒性能はかなり高い。
売っていた店の店員が言うには、吹雪の中を歩いても大丈夫な程なのだとか。
……もっとも、だからといって吹雪の中を歩く気にはなれないが……
そんな事を考えながら駅舎に入った所で、シャルロッテが俺の方をじーっと見て、
「……その防寒具、凄まじいまでの術式が組み込まれているように感じるんだけど……一体なんなの?」
なんて事を尋ねてきた。
「あー、里で一般的に使われている奴だ。朔耶とクーも持っているぞ」
そう答える俺。朔耶とクーが持っているのは事実であり、嘘は言っていない。
「なるほどね……。なんというか……ある意味、納得だわ」
そう言ってウンウンと首を縦に振り、納得するシャルロッテ。
「まあ、防寒具の事はさておき、蒼王門への行き方を駅の人に聞いてみるとしよう。いまいち良く分からんからな」
そう俺がシャルロッテに言った直後、
「蒼王門……。もしかして、おふたりはソウヤ様とシャルロッテ様でしょうか?」
という声が聞こえてくる。うん?
声のした方へ顔を向けると、毛皮のマントを纏ったいかにも戦士といった風貌の、若いディアルフ族の男性がそこには立っていた。
「そうですけど……あなたは?」
首を傾げながら問いかけるシャルロッテに対し、男性は頭を下げ、
「失礼いたしました。俺はギルベルト・ヴ・ディグノールと申します。このたび、王都からの連絡を受け、おふたりの案内役をさせていただく事となりました」
と、そんな風に言ってきた。
ふむ……。『ヴ』と言っているので、このギルベルトという男性は、男爵位を持っているみたいだな。
にしても、王都からの連絡……か。ガランドルクかグレンのどちらかが、気を利かせてくれたのだろうか?
まあ、なんにせよ案内役がいるのは助かるな。
「なるほど、それは助かります」
「よろしくお願いします」
俺とシャルロッテがそうお礼の言葉を述べると、
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。――早速ですが、蒼王門へご案内してもよろしいですか?」
と、問いかけてきた。俺とシャルロッテはそれに対して頷き、肯定する。
「では、出発しましょう。雪上艇で1時間くらいで着くと思いますよ」
そう言って先導するギルベルト。
……雪上艇とはなんなのかと疑問に思いながら駅から出ると、4人乗りのホバークラフトのような乗り物が駅前に停められていた。
どうやら、これが雪上艇というものらしい。
ホバークラフトとの違いは、空気で浮揚するわけではなく、魔法――魔煌具の力で浮揚する点だな。……まあ、要するにレビバイクを大きくした感じか。
ともあれ、そんな乗り物に乗り込み、雪上を走る事1時間……見事な造形の樹氷の森を抜けた所で、それまで樹氷と幻燈壁に隠れ、見る事が出来なかった巨大な雪山が前方に現れる。
そして、その雪山の手前には透き通った青い水晶のような物で作られた巨大な門と、その門から左右に延々と続く壁があった。
おそらくあの山が霊峰アスティアで、その手前の門が蒼王門だろう。
「……あの壁と門、随分と透き通っているけど、クリスタルかなにかで作られているのかしらね?」
シャルロッテが雪上艇から蒼王門を眺めながら、そんな疑問を口にする。
「いえ、あれは氷です」
「氷!?」
ギルベルトの説明に驚き、ギルベルトの方を見るシャルロッテ。
こ、氷なのか……。それはたしかに驚くな。
「それって、強度は大丈夫なんですか?」
俺はふとそんな事が気になって問いかける。
「まあ、そう思いますよね」
ギルベルトがそう言ってコホンと咳払いをする。そして、
「あの門を築いた蒼王――レディンガルフ王は、水属性と氷属性を強く秘めた魔晶を融合し、それを随所に配置しており、その力によって、普通の石壁や鉄製の門の数倍の強度となっております。ちょっとやそっとでは壊れません。また、軽度の破損であれば、水をかけて半日も置いておけば修復されるのですよ」
と、解説してきた。
ふむ……。どういう仕組みなのかは良くわからないが、とりあえず何らかの術式が用いられており、見た目とは裏腹に、非常に堅牢であるという事は理解した。
それにしても、レディンガルフ王って色々やってるなぁ……
そうこうしている内に、雪上艇は蒼王門へとたどり着き、そこで停止する。
ギルベルトによると、ここから先は徒歩でしか入れないそうだ。
というわけで、雪上艇を降りる俺たち。
直後、門の番人と思しき防寒具に身を包んだ男女がこちらへ歩み寄ってきて、
「霊峰に立ち入るのであれば、通行手形をお見せください」
そんな風に告げてきた。
俺とシャルロッテがグレンから貰った木札を取り出し、番人に見せる。
ギルベルトもまた、俺たちとは違う形状の木札を取り出した。
番人は懐から手鏡のような形状の黒い金属プレートを取り出すと、それを木札へ翳してくる。
と、金属プレートが青色に変化した。
「木札が本物である事が確認されました。どうぞお通りください」
そう言って右手を門の先――山道の方へと向ける番人。
……この先が霊峰アスティアか。ようやく、ここまで来たな……
あとは、カルミット霊窟にプリヴィータの花がある事を願うだけだ――
ディンベルに入ってから紆余曲折ありましたが、遂に霊峰へやってきました!
追記
誤字脱字があったので修正しました。
また、描写不足に感じた部分があったので、一部の表現を微調整しました。




