第64話 事後説明とグレンと霊峰許可
「――とまあ、そんな感じだ」
「なるほど……理解したわ。相変わらず何かしらやらかすのね……」
シャルロッテは俺の説明を聞くなり、額に手を当ててため息混じりにそんな風に返す。
まあ、それについては否定出来ないな。
シャルロッテが額に手を当てたまま首を左右に振った後、
「……それで、ロゼはどうして突然現れたのかしら?」
と、その長い髪をかき上げながらロゼに問いかけた。
ああ、そういえば色々ゴタゴタしていて聞きそびれていたけど、たしかにそこは俺も気になる所だ。
「ん、アリーセからブラックマーケットに行くという話を聞いていた。うん。最初は一緒に行こうかと思ったけど、うん、何か起きるのは間違いないから、うん、アルチェムと話しをして、うん、こっそり後を追う事にした。うん」
そう言いながら、いつの間にか近くに居たアルチェムの方へ、視線を向けるロゼ。
「……はい、私の方でロゼさんに合図を送っていました……」
「うん、その合図をマリサに伝えて、うん、ブラックマーケットの入口を推測して、この辺りを捜索していた」
アルチェムの言葉に続く形で、ロゼがそう言ってマリサ隊長の方を見る。
「……なるほど、それで少し前から守備隊がこの辺りを行き来していたわけね」
シャルロッテが納得したように言うと、ロゼが頷いて答える。
「うん。そしたら、怪しい一団が時計塔周辺に集まっているのを発見した。うん」
「そういう事でしたか、それでロゼは宿を出る前に残ると言ったのですね。色々と納得です。でも、それなら先に言っておいてくれても良かったと思いますが……」
アリーセがロゼの方をそんな風に言う。
どうやら今回は、アリーセにも説明していなかったようだ。
「ん、アリーセに話すと、うっかり話しそう。うん。あと、気にして挙動が不審になりかねない。うん」
「そんな事はな……あるかもしれませんね」
ロゼに言われ、何かを考え――いや、思い出しつつそう返すアリーセ。
まあ、アリーセはそういうの苦手そうだしなぁ。
勢い余って、過剰に盛られた話をしたりするし……
もっとも、盛るのは他人の活躍を話す時だけで、自身が行った事について話す時は、どちらかと言うとその逆だったりするのだが。
「――ともあれ、これで人身売買の方はどうにかなりそうだな。……緋天商会そのものをどうにかするのは難しいかもしれないけど」
「え? そうなのですか?」
俺の言葉に対し、アリーセが驚き気味に問いかけてくる。
「……はい。商会の関与していない所、もしくは関係者の独断で行われた……と言われたら、それまでです……。関係しているという確固たる証拠がありません……。我々を攻撃してきた者や、劇場で作業を行っていた者たちは……どうやら、あの男が私的に集めた者……あるいは、先日の線路破壊工作を行っていた者と同じく……口入屋を介して集められた者らしいのです」
そうアルチェムが説明すると、カリンカがこちらに歩み寄りながら、
「つまり、緋天商会との明確な繋がりを示せる物がないってわけだね。やっぱりというかなんというか、一筋縄にはいかない相手だねぇ……」
と、言ってきた。
「うん? 囚われていた人たちから、緋天商会が絡んでいた事の情報――うん、証言を得られるような? うん、なにしろ昼間、アルチェムたちはアキハラ先生の力で、連れ去られた少女を追跡して、うん、緋天商会の商館の中に連れて行かれたというのが、うん、分かっているはずだし?」
「……はい。私もそう思ったのですが……どうやら、商館の中へは……目隠しをされた状態、もしくは昏睡している状態で……連れて行かれたようです……。そして、何もない部屋に閉じ込められた後……夜になって、直接、船で移動させられたようです……。なので……そこが、商館であったかは……分からないそうです……」
ロゼの疑問に対し、アルチェムはこめかみに指を当てながらそう答える。
「要するに、商館の中であると悟らせないようにしていた……って感じか。やはりというか、思った通りというか、ともかく一筋縄ではいかなそうな相手である事は間違いないな」
俺は、そう言ってやれやれと思いながら首を左右に振った。
「うーん……いっその事、その商館に踏み込んで脅せばいいんじゃないかしら」
「ん、たしかにそう。というか、もう商会長を暗殺してしまえばいい。うん」
なんとも物騒な事を口にするシャルロッテとロゼ。
いやまあ……そう思うのも理解出来なくはないが、さすがにそれは駄目だろう。
「シャルロッテさん? ここはルクストリアじゃないから、それをやらかしてくれちゃっても、私はフォロー出来ないからね? それからロゼさんも、シャルロッテさんみたいな事はやっちゃ駄目だからね?」
カリンカがジトッとした目でシャルロッテとロゼを交互に見る。
……どうやら、シャルロッテは似たような事をルクストリアでやっていたようだ。
って、そういえば……シャルロッテがモデルの『魔法探偵シャルロット』とかいう物語に、そういう展開があるってアリーセが言ってたっけな。
なんて事を思い出していると、カリンカたちとのやりとりを見ていたアルチェムが苦笑した後、
「……さすがに、そのような方法を取るのは……難しいですが……。一応……先日倉庫で見つけた資料に……緋天商会に関する記述があったので……そこを詳しく調べれば……もしかしたら、関与を決定づけられるような何かが……見つかるかもしれません」
と、そんな風に言ってきた。
「なら、それに期待するしかないな。……まあ、手伝える事があったら言ってくれ」
「うん、戦闘なら任せて」
俺の言葉に続くようにそう告げるロゼ。
いや、どうして戦闘になる事が前提なんだよ……
◆
――そんなブラックマーケットの騒動から、2日ほど過ぎた日の朝……
俺のもとをグレンが尋ねてきた。
どうやら、聖地である霊峰に入るための手続きが完了したようだ。
だが……
「霊峰に入れるのは、2人まで?」
「ああ……。さすがにソウヤが使徒だって事を大っぴらに言うわけにはいかないからな。そこを濁して調整したんだが……いくら先の騒乱の功労者とはいえ、多人数で聖地に足を踏み入れるのはどうなのかという話が貴族連中から出てきてな……。色々と意見が飛び交ったが、最終的にソウヤともう1人なら構わないだろうという所に落ち着いたんだ」
そう説明してくるグレン。なんだか顔にウンザリだというのが出ているな。
貴族連中……か。
ブラックマーケット……というより、緋天商会や月暈の徒と深い繋がりがある奴もいるようだし、たしかに面倒そうだ。
まあ、緋天商会や月暈の徒と深い繋がりがあると思しき貴族に対しては、アルチェムたちが昨日から調査を開始したようだが、果たしてどうなるやら……だな。
っと、それはさておき――
「なるほど……。それはどうにもし難い感じだな」
腕を組みながら俺がそう言うと、
「ああ。特にギデオン――宰相が強く難色を示したからな。……宰相という立場を考えれば、当然かもしれんが……」
同じく腕を組みながらそう言って、首を左右に振った。
ギデオン……あの日、記録係として同席したドルモーム族の男性だな。
まあ、侯爵かつ宰相という事を考えれば、発言力は相当なものだろう。
「ふむ……たしかに、他国の人間が聖地である霊峰に足を踏み入れるのは、あまり好ましいとは思わないだろうな。しかも多人数で……と言われたら、なおさらだ。まあ、元より全員で行くつもりでもなかったし、俺はそれで構わないぞ」
俺がそう告げると、グレンは安堵したような表情を見せ、
「そうか……。そう言ってくれると助かるぜ。――んじゃ、こいつを渡しておくぜ」
そう言って複雑な紋様が彫られた木札を2つ手渡してきた。
「そいつを霊峰の登山口に儲けられた『蒼王門』の番人に見せれば、霊峰に入れるぜ」
グレンが木札を指差しながら、そんな風に俺に告げる。
「ああ、わかった。……というか、これを渡すためだけに、わざわざ来たのか?」
「そりゃ、霊峰への進入許可なんて、おいそれと他人に届けるのを任せられないからな」
俺の問いかけにそう返してくるグレン。……たしかにそう言われるとそうかもしれないが、だからといって王子が来るほどの事か?
なんて事を思っていると、グレンが立ち上がり、
「――つーわけで、これでとりあえず用が済んだし、俺は城に戻るとするが……クーレンティルナとアルチェムはいるか? ふたりに昨日、城内の調査をしてぇから付き合って欲しいって言われたんでな」
と、そんな風に問いかけてきた。……そっちが真の目的なんじゃなかろうか。
「あー、そのふたりならグレンが来る少し前に、揃って城へ行ったぞ。なるほど……あれはお前に用があったのか……」
腕を組みながらグレンの問いかけにそう答える俺。
って、そういえば、それっぽい事を先日のブラックマーケット騒動の時に、言っていたような気がするなぁ……
「あっちゃー、入れ違いになっちまったか……。俺の事を頼って来てくれたふたりを、待たせるわけにはいかねぇし、こいつは急いで戻った方が良さそうだな……」
グレンは額に手を当てて天を仰ぎながらそんな事を言った後、俺の方に顔を向け、
「んじゃ、そういうわけで俺は失礼するぜ!」
と、そう続けて言葉を紡ぐなり、足早に――というか、全力ダッシュで立ち去っていった。
うーむ……そこまで急ぐものなのだろうか……?
まあ、グレンにしてみれば、クーに頼られたのが嬉しいのかもしれないが。
あー、いや……もしかしたら、アルチェムに頼られた事も同じくらい嬉しいのかもしれん。
なんとなくだが……今のグレンの言葉からはそんな風にも感じられたからな。
っと、それはさておき……誰と霊峰に行くべきだろうか……?
そんなわけで、次回は霊峰アスティアへ向かいます。
ようやく、ディンベル獣王国へ来た真の目的に迫ってきました……




