第60話 ルシア
「――私は王都守備隊隊長マリサ・シラノ! あなたたちを、人身売買、都市騒乱、建造物破壊、魔法による暴行、その他諸々の罪で拘束させて貰うわよ!」
「なっ、なんだとっ!? 王都守備隊が何故ここに現れるのだっ!?」
「あなたにそんな事を話す義理も理由もないわ。さあ、大人しくしなさいっ!」
「ええいっ! 迎撃だ! 迎撃するのだっ!」
「おっとと……。治安維持妨害罪も追加ね!」
外から、そんなふたつの声が聞こえてきた。
ロゼが言ったとおり、マリサ隊長率いる守備隊が到着したようだ。
正直、何がどうなってロゼや守備隊がここへやってきたのかについては、未だにさっぱりわからないが、まあ……とりあえずこれで外はどうにかなりそうだな。
……そうなると、残る問題は下から来る敵だけか。
俺はそう判断すると、
「よし。外は守備隊に任せて下の敵を片づけてしまおう」
そうロゼに対して言った。
「ん、了解。なら、うん、私とクーで突っ込む。援護よろしく。うん」
ロゼが頷いてそんな言葉を返してくる。
要するに向こうがやっている事と同じような感じだな。
まあ、数は向こうの方が多いが、こちらには近接戦闘なら無双級の強さだと言えるロゼが増えたので、純粋な戦力差で言えば、こちらの方が勝っていると俺は思う。
実際、包囲の一角をあっさり切り崩して、ここまで来たくらいだしな。
「ああ、わかった」
そうロゼに対して答えると、続けて休憩しているクーに問いかける。
「――という事なんだが、クーはいけそうか?」
「大丈夫なのです! 前線をアルチェムと交代して、少し休憩していたので体力全回復なのです! 万全万端なのです! むしろ、急いで前線に戻るのです!」
そんな風に勢い良く返してくるクー。
どうやらアルチェムが今は前線――階段の所にいるようだ。
ともあれ、クーの活力に満ちた様子を見て、俺は問題なさそうだと判断し、階段へと向かう。
――と、クーが言っていたとおり、アルチェムがクーの代わりに前線で迎撃し、それを室長とカリンカが支援する形で戦闘が行われていた。
「話は聞こえていました! こちらも全力で援護します!」
室長がそう声をかけてくる。
「よし、それじゃ仕掛けるぞ! まずはアスポートで一気に距離を詰める!」
そう告げると、
「ん、了解。飛んだら後は私たちに――」
「任せるです!」
ふたりはそんな風に言って頷いた。
害獣たちがアルチェムが接近してきたのを見計らい、俺はクーとロゼを立て続けにアスポートで飛ばす。
接近してきた害獣たちを飛び越える形でクーとロゼの転移が完了。
「ぎゃうんっ!」
「ぴぎぃっ!」
アルチェムが振るった得物によって、一瞬にして命を刈り取られる害獣たち。
……しかし、ケインはアルチェムはあまり身体が丈夫ではないと言っていたが……これだけ戦闘出来るなら、特に問題ないのではないだろうか……
などと思いながらアルチェムの顔を見ると、疲労の色が少し……いや、かなり濃く出ているのがわかった。
……あー、これは大分無茶をしているな。室長やカリンカの居る場所からだと、アルチェムの後ろ姿しか見えないから気づかれなかったかもしれないが、この位置からなら、隠そうとしても隠せるものではない。
「アルチェム、外の状況を確認して、変化があったら伝えてくれ。あと、良い感じにマリサ隊長と話をつけておいてくれると助かる。……俺が話すよりもアルチェムの方が適任だろう。ここは俺が代わりに受け持つ」
俺がアルチェムに近づいてそんな風に告げると、アルチェムは急に聴こえた俺の声に驚いたかのような反応を見せながら、
「……え、あ、はい……。わかりました……。ここは、お願いします……」
と、そう言って時計塔へと向かっていく。
ふむ……声が聴こえるまで俺に気づいていなかったみたいだな。やはり無茶をしていたのだろう。
……しかし、だ。
交代したはいいが、ロゼとクーが薙ぎ倒しているせいで、こっちに来そうな害獣がいないんだよなぁ……
まあ、わざわざ待っている必要もないし、こっちから仕掛けるとするか。攻め時って奴だ。
という事で踊り場の角や、階段の途中にある柱の影に隠れながら、魔法を放とうとしている2人の男と1人の女の間近にスフィアをそれぞれアスポートで送り込む。
唐突に現れたスフィアの存在に驚く3人。
だが、驚いている暇があったら回避するなり迎撃するなりするべきだったな。
「がはっ!?」
「ぎぃっ!?」
「あぐぅ!?」
直後にそれぞれのスフィアから放たれた闇、雷、風の3属性の魔法が、3人を一瞬にして戦闘不能にする。
情報を得るためにも一応加減はしたが……まあ『一応』なので、生死は不明だ。
俺はそんな事を考えながら階段を駆け下りる。
そして、まだ宙に浮かせたままのスフィアを操って、ロゼの近くにいた害獣に闇と雷の魔法を放ち、倒す。
と、それによってロゼの正面が開き、踊り場に立つルシアへと視線が通った。
「ん、束縛する!」
ロゼのその言葉と同時に、拘束魔法が発動。
「くっ!?」
ルシアが魔法の鎖によって拘束される。
が、次の瞬間、ルシアの胸元が赤い輝きを放ったかと思うと、ルシアを拘束する魔法の鎖が、パキンッという音と共に砕け散ってしまった。
この魔法、成功率低いのだろうか? と一瞬思ったが、今の感じからすると、魔法が失敗したんじゃなくて、何らかの力――RPGなどに良くある『状態異常を防ぐアイテム』的な物によって無効化されたような……そんな気がしないでもない。
「っ!」
ロゼは拘束に失敗した事に驚きつつも、それで硬直したりする事はなく、即座にルシアに接近しながら、円月輪を巨大化させながら投げ放つ。
そこへ更に、クーがロゼを追い抜く形で勢いよく壁を駆け、ルシアへと迫る。
対してルシアはというと、身動き一つせずその場に留まっていた。
……なんだ? 迎撃するつもりか?
そう思った瞬間、ルシアの腕が2本増え、合計4本となった腕で円月輪を強引に受け止めた。
って……なんだありゃ……
刹那、クーが壁を蹴りルシアへと回転攻撃を仕掛ける。
「変化出来るのは貴方だけじゃないって事よ」
なんて事を言うと同時に、ルシアの背から翼が生え、後方へと大きく移動。クーの攻撃を回避する。
直後、ルシアが受け止めた円月輪をクーへと投げ返す。
更にルシアは本来の腕から電撃を放つ。
「っ!」
床に着地したばかりのクーが、慌てて後方へ回避しようとするがルシアの放った攻撃の方が早い。
くっ! 高低差のせいでアポートが微妙に届かないっ!
なら、サイコキネシス……いや、電撃はサイコキネシスじゃ無理だ!
心の中で焦りつつ走る俺。
と、次の瞬間、クーと飛来する2つの攻撃の間に、ロゼが割り込んできた。
そして、円月輪を無理矢理右手で掴み取り、電撃を左腕で受ける。
「ん、ぐぅ……っ!」
電撃がロゼの左腕を焦がす。
また、受け止めた円月輪の刃が掌に食い込んだのか、右手から血が滴り落ちた。
そこへルシアが追撃の火球を放つ。
だが、俺は既にサイコキネシスの届く位置まで辿り着いていた。
「させるかっ!」
俺はそう言い放ちながらサイコキネシスを発動し、飛んで来た火球を弾き返してやった。
「なっ!?」
弾き返され、自身へと戻ってきた火球に驚くルシア。
慌てて増えた方の2本の腕をクロスさせ、火球を防ごうとする。
その隙に俺はロゼのもとに駆け寄り、アリーセから貰っていた回復薬の残りをロゼに使う。
さすがはアリーセ製というべきか、あっという間にロゼの左腕の電撃による火傷と、右手の刃で抉られた傷が塞がった。
「ん、ありがとう」
ロゼが俺に礼を述べる。
「いや、俺こそむしろ、クーを庇ってくれてありがとう、だ」
「ですです。ありがとうございますです」
俺とクーがそう答えると、ロゼの顔がほんの少しだけ赤くなった……ような気がする。
ロゼの表情は読みづらいからなぁ……前より少しわかるようにはなったけど。
と、そんな事を思っていると、
「攻撃を跳ね返してくるなんて、なかなか厄介な『異能』を持っているわね……。というか、あなたの使う異能……以前にも似たような物を見た気がするわ……」
なんて事を言いながら、宙に浮きつつ氷で作られた剣を構えるルシア。
以前見た? どういう事だ?
ルシアの言葉に疑問を抱いていると、いつの間にか階段を降りてきていた室長が、
「――あなたのそれは、もしかして……『キメラ化』なのですか?」
そうルシアに向かって問いかけた。
「あら? その名を知っているという事は……先日、ルクストリアの学院であった事件の関係者?」
怪訝な表情でそう問い返してくるルシア。
「ん、あの事件は――学長は私たちが追い詰めた。うん。……まあ、うん、学院長にトドメを刺したのは私たちじゃないけど。うん」
「ああ……まあ、それはそうでしょうね。あの役立たずを始末したのは、私の仲間だし。……うーん、それにしてもまさかこんな所で、あの役立たずを追い詰めた者たちと遭遇するだなんて、思いもしなかったわ」
ルシアはロゼの言葉に対し、そんな事を言って首を左右に振る。
役立たずというのは、おそらく狙撃されて殺された学院長の事だろう。
「……それは、こっちのセリフだ」
「ええ、まったくです」
ため息混じりにそう言って返す俺と室長。
本当に、想定外にも程がある……って状況だな。
「ふふっ、でしょうねぇ」
そう言って笑うルシア。
とそこで、それまで下を向いて何かを考え込んでいたクーが、顔を上げ、ルシアに対して問いかける。
「キメラ化しているのに、私と同じく自我を持ったまま……。そして、話に聞いていた『銃』を使う者の仲間……。もしかして、あなたは……『竜の血盟』と――『キメラファクトリー』と、何か関係があるです?」
「……あらぁ? その名が出て来るという事は……あなたの変化は『異能』ではなくて、私と同じようなものだという事なのかしら?」
目を細めてそう言った所で、ルシアは何かに気づいたのか、こめかみに手の1つを当てると、
「……犬。黒妖犬のファクター? ――ああ、そういえば魔煌波のない■■■■■で行った実験で、生死不明の実験体が1体居たわね。たしか……イカれた手法で、紋章術を秘密裏に受け継ぐ里から連れてきた少女だったような……? でも、そうだとすると年齢がおかしいわね? ……■■■■■■によって生成された■■■■■■が■■■でズレた? ……そう考えれば、たしかにありえなくもない話ね。……けど、そもそもあの時の結果では……いえ、魔煌波によって変異した可能性が? という事はつまり、ファクター自体が■■■■■■という事に――」
まるで堰を切ったように、凄まじい勢いで独り言を呟き始めた。
……だが、なんなんだ? これは。
どうして、こいつの喋っている事の一部分だけが、上手く聞き取れないんだ……?
なんというか……そう、そこだけまるで早送りにノイズが混ざったような……そんな風に聞こえてくる。
正直、言っている事がさっぱり理解出来ないのはたしかだが、だからといって、特定の部分だけがこんな風になるというのは、普通に考えたらありえない話だ。
これは……一体どういう事なんだ? なにが起きているって言うんだ……?
ゲームに登場する状態異常を防ぐアイテム(アクセサリーとか)って、どうやって防いでいるんだろう……っていうのを自分なりに解釈してみたら、こんな感じになりました。
サイコキネシスやアポートの射程は、水平距離+垂直距離なので、高低差がある場合、平らな場所と比べて狭くなります。
ちなみに、■の数は、本来そこに入る言葉の文字数と同じです。
■部分のイメージ的には、人が喋っているシーンを10倍速で再生している時のような感じ……でしょうか。キュキュキュキュキュみたいなそんな感じです。
(伝わりにくくてすいません orz)




