第59話 交戦と脱出と……
「――どうして交戦状態に陥っているのです!?」
「いやぁ、予想よりも早くオークション開場に移されそうになっていたので、乱入するしかなかったのですよ」
クーの困惑と焦りの入り混じった言葉に対し、そんな風に返してくる室長。
まあ、俺はなんだかそんな気がしたので驚きはしない。
「……はい。猶予はありませんでした……。なので……これは仕方のない事だと……思います」
「アルチェムまでそんな事を……。まあでも、戦闘になっているのなら、やるしかないというのはたしかなのです」
クーはアルチェムに対して、やれやれと言わんばかりの様子で首を左右に振り、変化。
そしてアルチェムの横を駆け抜け、敵の集団へと突っ込んでいった。
「普通の人間だけじゃなくて人形も混ざってる気がするぞ……」
クーに接近しようとしていた女――いや、人形をスフィアの火炎魔法で焼き払いつつ、呟くように言うと、室長が羊のような丸まった角を持つ大猿の害獣を、ソーサリーボルトの連射で撃ち倒しながら、
「ええ、そうですね。――どうやら、ルクストリアで暗躍している者たちと何らかの繋がりがあるようです。さきほど、それらしい資料を見つけたので」
と、そんな事を言って返してきた。
「……いつの間に、資料を……」
アルチェムが室長の言葉にそう呟きつつ、炎の壁を生み出す魔法で通路を塞ぎ、敵の増援を阻止する。
「まあ、話は後にしましょう。蒼夜君、クーレンティルナ君と共に皆さんの先導をお願いします。殿は私とエステル、それからアリーセ君で務めましょう。アルチェムさんとカリンカさんは護衛を」
室長がそんな風にそれぞれの役割分担をし、告げてくる。
皆がそれに了承し、速やかに動き出した――
……
…………
………………
「邪魔なのですっ!」
クーが迫ってくる番犬代わりと思しき氷を纏った狼と、炎を纏った狼をハンマーで叩き潰す。
……というか、こいつら本当に害獣か? なんか魔獣みたいな姿だが……
「っと!」
そのクーの頭上、天井に貼り付いて、クーを真上から襲おうとしていた害獣――背中にバチバチとスパークする棘の生えたトカゲ――をスフィアの火炎で焼き払う。
……なんとも妙な害獣どもだが、こいつらについて考えるのは後回しだな。
「この先は通行止めですよっ!」
アリーセがチャージショットで後方から迫る人形を纏めて穿ち貫く。
そして、そのあまりの威力に恐れをなし、動きを止めたタキシード姿をした男たちを、エステルと室長が睡眠魔法と束縛魔法で無力化した。
リズを含む囚われていた人たちは、やや衰弱している事もあり、移動の速度はあまり早くない。
そのため、次から次へと敵が押し寄せてくる。
が、それらをことごとく退け、地上へ続く階段へと到達。
そのまま、街中へと脱出する俺たち。
……と、そこに強烈な光が周囲から浴びせられる。
「っ!?」
「やはりここへ来たか。私の扱う商品を持ち逃げするのであれば、このルートを使うのが一番であろう事は想像に難くない」
なんていう男の声が響く。どうやら先回りされたようだ。
正確な数はわからないが、周囲に結構な数がいるように感じる。
アルチェムが男の声に反応し、
「この声は……倉庫で聞こえた……」
と、そんな風に呟く。
どうやら声の男は、例の倉庫で話をしていた連中の1人のようだ。
「――しかし、配下の者たちや、ルシアの手なづけた害獣どもをこうもあっさり返り討ちにするとは、一体何者だ?」
男がそう問いかけるように言う。
……今の話からすると、ここに来る途中で遭遇した害獣どもは、ルシアという人物が手なづけたもののようだな。
ふむ……。つまりそのルシアというのは、いわゆるテイマー的な存在……といった所か。
そう心の中で結論づけた所で、俺たちを照らす光に眼が慣れてきた。
ようやく姿を正確に捉える事が出来た声の主である男は、頭にシルクハットを被り、手にステッキを持っているセレティア族だった。
うーむ……なんというか、セレティア族の紳士……そう呼ぶのが一番しっくりきそうな、そんな風体だな。
「何者と言われても、妾たちは単なるレーサーじゃよ。レビバイクレースの、な」
エステルが肩をすくめて言う。
「そのような見え透いた嘘が通じるとでも思っているのか? ――まあいい、捕らえてからじっくり聞き出せば良いだけの話だ」
そう言うと同時に、わらわらと様々な種族の男女が姿を見せる。
地下の時と同じく、人形も混ざっているようだ。
「嘘は言っておらんのじゃがのぅ」
「まあ、おふたりはそうでしょうね」
エステルのため息混じりの呟きに、苦笑しつつそう返すアリーセ。
「かかれっ!」
セレティア族の紳士――男の号令によって、男の周囲に控えていた者たちが一斉に動き出す。
「一旦、中に戻って! 下の敵は抑えているから大丈夫!」
というカリンカの声が塔内から聞こえてくる。
その声に従い、時計塔の中へと戻る俺たち。
扉は閉めても無駄だと考え、開け放したまま迎え撃つ事にする。
リズたちには文字盤の裏に続く螺旋階段へと退避して貰っているので、時計塔内は狭いものの、動きを阻害される程ではない。
むしろ、狭いがゆえに守りやすいと言えるだろう。
「通さないのですっ!」
クレアボヤンスで後方を視ると、クーがそんな掛け声と共に、階段を上ってこようとする害獣をハンマーで吹き飛ばす所だった。
「ぐうっ!?」
ハンマーで吹き飛んだ害獣に巻き込まれる形で、覆面の女が階段を転がり落ちていく。
ふむ、たしかに階段の方は大丈夫そうだな。
そう判断した俺は、スフィアを全て呼び出すと、
「魔法――掃射!」
と言い放ち、外から迫ってくる的――じゃなくて敵集団に向け、魔法を一斉掃射する。
「これもオマケ!」
「ついでに撃つぞい!」
カリンカとエステルがそんな事を言いながら、俺に続くように魔法を連続で放つ。
「なっ!?」
「くっ!? 避けられ――」
「ぼ、防ぎ――ぐああっ!?」
迫る敵集団を様々な属性、形状の魔法が蹴散らしていく。
回避や防御を試みた者もいたが、魔法の奔流だと言っても過言ではないそれに対しては無意味でしかなく、あっさりと魔法に飲み込まれ崩折れる。
「くっ! 不用意に近づくな! 長距離から攻めるのだ!」
という男の声が響くと同時に、外の敵は魔法や魔煌矢といった遠隔攻撃に切り替えてきた。
時計塔に攻撃が命中し、振動が塔内に伝わってくる。
「きゃあぁぁぁっ!?」
螺旋階段の方から悲鳴が響く。
クレアボヤンスを使って姫の聴こえた方を視ると、壁に穴が空いており、女性2人が階段に倒れていた。
魔法やなにかが壁をぶち破って女性に当たったのだろう。
「アリーセ! 上の怪我人の治療を頼む!」
「はい! すぐに行きます!」
俺の言葉に弾かれたかのように、アリーセが勢いよく螺旋階段を駆け上がっていく。
「なら、妾も上に行くぞい! 魔法障壁を張らねばまずそうじゃからの!」
先程の悲鳴と俺の言葉で、魔法が壁を破った事を理解したエステルがそう言ってアリーセに続く。
エステルの魔法障壁である程度は防げるだろうが、壁の耐久力を考えると、時計塔自体が、あまり長くは持ちそうにない。
階段の方はどうかと思いそちらを視る。
「わわっと、なのです!」
階段下から駆け上がってくる人形や害獣を攻撃していたクーに、遠距離からの攻撃が来るのが視界に入る。
クーは紙一重でそれを回避し、倒しそこねた人形も、室長が葬り去った。
どうやら下も突撃役とその突撃役を遠距離から迎撃する役に別れたようだ。
ここに来て統率が取れた動きをし始めてきたな……
そう思って、階段の先にクレアボヤンスを集中させると、踊り子のような姿をしたテリル族の女性の姿が視界に入った。
先程、ルシアという名が出て来たが……もしや、この女性がそうなのだろうか?
まあなんにせよ、猪突猛進といった感じだった敵の動きが変化したのが厄介だな……
「というか、何故こんな大事――戦闘が発生しているというのに、周囲の住人は誰も気づかないんだ?」
ふと思った疑問を口にする俺。
「……この辺りは、地方を治める領主が……王都に滞在する時に使う屋敷が多いので……おそらく、誰もいないのではないかと……。屋敷を維持する人員は必要ですが……魔煌装置によるセキュリティもあるので……昔と違って、常駐する必要は……あまりありませんし……」
「で、それ以外の屋敷は、おそらく月暈の徒や緋天商会に関係があるんだろうね」
俺の疑問にそう答えてくるアルチェムとカリンカ。
なるほど、前者の場合はそもそも誰もいないから気づかないし、後者の場合は気づいていても無視して傍観する……ってわけか。
となると、このまま籠城を続けていても、いずれ押し切られるだけだな。
なにか、包囲網を突破する良い手はないものか……
そう思った直後、敵集団の一部が纏めて地面に倒れ伏し、包囲の一角が崩れた。
……ん?
何が起きたのかと思いクレアボヤンスでそちらを視ると、そこには見知った顔――ロゼの姿があった。
って……。なんでロゼがここに?
という、ある意味では当然といえるであろう疑問を抱いていると、ロゼは敵の放った魔法を、左右の手にそれぞれ持った円月輪で切り払いながら、加速魔法を使ってこちらに突っ込んでくる。
塔の中へ文字通り飛び込んで来たロゼは、俺の方を見ると、2つの円月輪を左手で両方共持ち、空いた右手でピースサインをしながら、
「――うん、到着」
と、そんな事を言ってきた。
「……どうやってここへ?」
唐突なロゼの登場に、そんな疑問の言葉が口をついて出る。……というより、それ以外の言葉が出て来なかった。
それに対してロゼは、
「ん、追跡していた。それと、うん、アルチェムから情報を貰った。うん」
なんていう説明してくる。
……えーっと、どういう事だ? さっぱりわからないぞ……
困惑していると、ロゼが告げてくる。
「ん、もうすぐ守備隊が到着する。それを伝えにきた、うん」
「守備隊が来ているのか?」
「うん。……あ、もう来たっぽい。うん」
俺の問いかけに対し、ロゼがそう返して来るとほぼ同時に、聞き覚えのある女性の声が、大きく響き渡った――
突然現れたロゼによって、一気に形勢が変わりました。
次回は、全体の展開も大きく……いや、小さく動くかもしれません。




