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サイキッカーの異世界調査録(サーベイレコード)  作者: TOMA
第1部 異世界グラスティアの異変 第3章 南方編
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第53話 サイコメトリーによる追跡

「もちろん、協力いたしますよ」

 幸いな事に宿に居た室長に、これまでの話をすると快諾してくれた。さすが室長。

 

「ふむ、なにやらまた厄介事に巻き込まれておるようじゃの。よし、妾も行くぞい」

 というわけで、エステルも付いてくる事になったが。

 うーむ……見た感じ、キメラ化――厳密には少し違うが――の後遺症などはもう完全になさそうだな。

 

「それにしても、クーレンティルナ君まで来ているとは思いませんでしたよ」

 例のカヌークの少年――ラッツの家へ向かう道すがら、室長がそう言ってきた。


「なんというか……ここ数日で色々あったのです」

「色々……。こんどは何をしたのじゃ?」

 クーの話を聞いたエステルが、こちらを見てそんな風に言ってくる。

 

「俺は何もして……なくはないが、大した事はしていないぞ。ちょっとばかしクーや朔耶と一緒にローディアス大陸へ行ったり、冥界へ行ったりしたくらいだ」

「それは十分大した事じゃわい! ローディアス大陸はまだいいとして、冥界というのはなんじゃ、冥界というのはっ!」

 俺の言葉に突っ込みを入れてくるエステル。

 まあたしかに、冥界は『ちょっとばかし』ではなかったかもしれない。

 

「相変わらず、とんでもない事をしていますね」

 と、室長が腕を組んで冷静な口調で言う。

 

「なぜ、おぬしはそんなに冷静なんじゃ……」

 呆れ気味に言うエステルに対し、

「いえ、昔から蒼夜君や朔耶君はそういう感じだったので。ある意味懐かしいな、と」

 なんていう風に答える室長。まあ、否定は出来ないが……


「……あの、コウ様とルナやソウヤ様は、顔見知りなのですか……?」

 アルチェムが右手を少し上げながら、そう問いかけてくる。

 

「ふむ……。ソウヤとコウは同じ里の出身である事は知っておるが、そっちのクーレンティルナ――クーとはどういう関係なのじゃ?」

「以前、ちょっとばかしラウル伯爵と話をする機会があって、その時に同席していたクーレンティルナ君とも知り合ったのですよ」

 エステルの疑問に対し、室長はそう答えてクーの方を見る。

 

「はいなのです。6~7年くらい前に尋ねてきた時に面識を持ったのです! まあ、最近はお忙しいのか、全然来られていなかったですが」

 頷き、そんな風に言うクー。

 なるほど……つまり室長は、6~7年前にクーの居場所――こっちの世界に来ている事を突き止めたってわけか。

  

「ここ2年ほどは、学院と大工房の方で色々すべき事が積み上がっていたせいで、なかなかディンベル……というか、メルメディオまで(おもむ)く時間が取れなかったのですよね……」

「そういえば去年もその前の年も、レ大工房での問題対処だとか学院での問題対処だとかで、レースが終わり次第、とんぼ返りしておったっけのぅ。まあ……妾も長い間、店を開けておくのはまずい故、同じくとんぼ返りじゃたがの」

 室長の言葉を聞いたエステルが、こめかみに人差し指を当てながらそう語る。

 

「ええ、本当はその時にメルメディオへ行く予定だったのですが……。まあ、今回は学院の方も大工房の方も、共に落ち着いていて余裕がありますし、ラウル伯爵も王都に来られているようですので、近い内に尋ねようと思っています」

 室長にそう言われたクーは、屈託のない笑みを浮かべ、

「きっと、パパも喜ぶのです!」

 と、言った。

 

「ふむ。折角じゃし、コウが会いに行くのであれば、妾も一緒に会ってみようかのぅ。店の方はエミリーに任せておけば良いしのぅ」

 室長とクーを交互に見ながら、エステルがそんな事を言う。

 

「それでいいのか……?」

 呆れ気味にそう問いかけると、

「まあ、なんじゃ? ここの所色々あったがゆえに、ほとんど店はエミリーに任せっきりじゃったからのぅ。今更数日増えた所で問題なかろうて。むしろ、妾がおらん方が色々と上手く進むからのぅ」

 なんていう風に言って返してくるエステル。


 それはまあ……たしかにそうかもしれないが……

 と、口には出さず心の中で呟く俺。

 

「……あ、っと……。ここが目的の――ラッツ君の家ですね……。危うく通り過ぎる所でした……」

 アルチェムがそう言って立ち止まる。

 

 アルチェムの視線を追いかけると、そこには横に長いレンガ造りの家があった。

 いや、よく見るとドアが幾つも並んでいるな。正確に言うならこれは……

 

「ふむ、これはタウンハウス……の一種と言えばよいのじゃろうか?」

「ええ、そうですね。まあ、私たちには長屋という呼び方の方がしっくり来ますが」

 エステルの言葉に頷きつつ、そう言って俺の横に立つ室長。

 

「たしかにそうですね」

 そう言葉を返しつつ、レンガ造りの長屋を見渡す俺。

 

 こう言っては何だが……大分ボロいな。

 ところどころレンガじゃなくて鉄板が打ち付けられているけど……あれって穴が開いてるんだろうなぁ、きっと。


「……とりあえず、中に入ってみましょう……」

 アルチェムがドアを開く。あれ? すんなり開いたな……

 

 って、この家……鍵がないのか。セキュリティもなにもあったもんじゃないぞ。

 これでは、周辺の住人が口を噤むのもわからなくはないな。

 下手な事を言えばどうなるかわかったもんじゃない。

 

 そんな事を考えながら家の中に入ると、1部屋しかなかった。

 一応、調理場はあるが、風呂やトイレの類はない。

 

 外に出てクレアボヤンスを使いながら見回してみると、少し離れた場所に水路に降りる階段とトイレがあった。

 ……もしかして、あの水路の水を直接飲むのか?

 いや、水路の水を飲水にも利用しているのは宿の説明で知っているが、基本的に取水口の先で濾過(ろか)されているらしいからなぁ……。直接というのはどうなのだろうか?

 まあ、飲めなくもないと思える程度には綺麗な水ではあるのだが……

 

 そんな事を考えていると、

「どうじゃ? なにかわかったかの?」

 後方からエステルのそんな声が聞こえてくる。

 振り向くと、室長が既にサイコメトリーを実行しているのが見えた。

 

「……なるほど。たしかに少女が連れ去られたのは間違いないようですね。このまま追跡してみましょう」

 そう言って家から出て来る室長。

 

「……時間が経過していても……追跡出来るとか、凄い能力……ですね……」

 関心するように室長を見るアルチェムに対して、俺は室長の方を見ながら腰に手を当て、言葉を紡ぐ。

「まあ、サイコメトリーってのはそういうものだからなぁ。ついでに言えば、普通のそれよりもちょっとばかし強力だしな、室長のは」

 

「たしかに、室長さんのは少し強力なのです。しかも、以前お会いした時、更に磨きがかかっていると言っていたのです」

 と、クー。ふーむ、なるほど……室長のサイコメトリーも強化されているっぽいな。


「……そうなのですか。……ところで、おふたりはコウ様を『シツチョウ』と呼んでいますが……それは、何なのですか?」

 アルチェムが俺とクーを交互に見て問いかけてくる。……あー、まあもっともだな。

 

「俺、クー、室長、朔耶――他にも2人いるが、その面々が同じ出身な事は知っているかもしれないが、その元居た場所で全員が同じ集団に属していたんだ」

「そして、その集団のリーダー……つまり、守備隊でいうマリサ隊長のポジションの事を『室長』と、そこでは呼んでいたのです」

 俺の言葉に続くようにしてそう説明するクー。

 それに対し、アルチェムは顎に手を当て、

「なるほど……そういう事ですか。……だから、コウ様だけ少し年齢が高いのですね……」

 と、納得の言葉を発した。まあ、年齢に関してはクーも大分変わっているんだけどな。

 

 ――とまあ、そんな会話をしている間にも、室長のサイコメトリーによって追跡は続き、俺たちは朱塗りの壁と緑の瓦が特徴的な、和風の3階建ての大きな建物へと辿り着いた。


「ここは?」

「……緋天商会……の商館、ですね……」

 俺の問いかけにそう返してくるアルチェム。緋天商会……?

 

「緋天商会というと、ディンベル国内では割と有名な商会なのです」

 クーが俺の疑問を汲み取ったかのようにそう口にする。

 それに対しアルチェムは、商館の方に視線を向けたまま頷き、

「そうですね……。ブラックマーケットや月暈の徒(げつうんのと)の関わりもない……と、言われている商会ですが……」

 そんな風に呟くように言った。

 

「ま、表裏のある商会……という事なんじゃろうな」

 そう言って肩をすくめるエステルと、それに対して、

「ええ。しかもこの手の商会――ルクストリアでも何度か見た事がありますが――は、傘下に裏の方を全て集約し、何かあったらすぐに切り捨てる事が出来るようにしていますからね」

 と、同意の言葉を口にしながら商館を見渡す室長。


「サイコメトリーで追跡出来るのはここが限界ですね……。中に入れば更に追跡出来るでしょうが、おそらく拒否されるでしょう」

「……はい。協力を要請しても……なんだかんだと理由をつけられて拒否してくると思います……。あと、そもそもどう話を切り出せば良いのか、という問題も……」

 室長の言葉に対し、アルチェムは考える仕草をしながらそう言った。

 まあたしかに、サイコメトリーで過去を視て……なんて言ったとしても、理解されないだろうし、証拠にもなり得ないからなぁ……


「ええ。……一応、一度中に連れて行かれた後、外に出された形跡はないですが、この商館の中にいる可能性は低いでしょう。それから……ざっと見た感じですが、他にも連れて来られた少女がいますね。それも結構な数です」

「ふむ……。という事は、大規模な人身売買の類が行われておる可能性が高そうじゃな。……しかし、人身売買が世界的に禁じられているこのご時世に、そんな取り引きを大っぴらに出来る場所などあるのじゃろうか……?」

 室長の話を聞いたエステルがそう言って腕を組み、首を傾げる。

 

 そのエステルの言葉に俺はふと思いついた事を呟くように口にする。

「あくまでも可能性だが……ブラックマーケットなら、あり得るんじゃないか……?」


「……なるほど。たしかに……それは十分にあり得る話ですね……。実際、それらしい情報があった気がします……」

 俺の言葉を聞いたアルチェムが、顎に手を当てながら何かを考えつつ、同意の言葉を発する。


「情報があるのなら半ば決まりと言って良さそうなのです。火のないところに煙は立たない、なのです! ブラックマーケットに乗り込むのです!」

 そう言いながら、握りこぶしを作って気合を入れるクー。

 

「そうですね……。ブラックマーケットで、それらしい取り引きが行われているという前提で、その場所を直接行って探すしかなさそうですね。それも、直近の開催時に。直近の取り引きが終わってしまった後ですと、見つけるのは非常に難しくなるでしょうから」

 と、室長。要するに、売られる前にどうにかしろという事だな。

 

 俺は室長の言葉に頷き、言う。

「ああ、続きは――本番は今夜……だな」

次回からようやくブラックマーケットに入ります。

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