第51話 宿に戻って
――そんなこんなで、ひととおりガランドルクやグレンと話をつけた俺たちは、一緒に城へ来ていた面々と合流して宿へと戻ってきた。
「……本日は、お疲れ様でした。……色々と……」
アルチェムがそんな風に言ってくる。
「まったく……。ほんとーに、とんでもない日だったよね……」
アルチェムに同意するようにそう言ってため息をつくセレナ。
そんなセレナの姿を見ながら、ケインもまた同意するように口を開く。
「事前に情報を掴んでいなかったら、もっとまずい事になっていただろうな」
「たしかに大変でありましたが、ディンベル、イルシュバーン両国に協力していただける事になったので、そこは良かったでありますな、殿下」
「うん、そうだね」
エルウィンがクラリスに頷きそう返すと、こちらを見て、
「皆様には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
と、そんな風に言って頭を下げた。
そのエルウィンの動きに合わせるようにして、クラリスもまた頭を下げる。
「いやいや、頭を上げてください。感謝されるほどの事はまだしていません。これからなのですから」
「ええ……。ローディアス大陸の、魔法を封じている正体不明の力場をどうにかしないとなりませんからね」
アーヴィングとカリンカがそんな風に言葉を返す。
そんなやりとりを見ながら、ローディアス大陸を包み込んでいるあの謎の力をどうにかする手段を探すのと、再びローディアス大陸に乗り込んで、銀の王と決着をつけるのと、どちらが早いだろうか……と思う俺。
前者は魔法が使えるようになる事で、圧倒的に有利になるが、そもそも手段があるのかという問題がある。
逆に後者は、乗り込むだけなら手段は既にある為、即動けるのが利点か。もっとも、戦力的に厳しいというのが問題となるのだが。
なにしろ、ディアーナの力を借りる以上、少数でしか乗り込めない上、魔法も使えないからな。
……まあ、基本的には前者の方が良いだろうが、手段だよなぁ……
と、そんな事を考えていると、
「あら、帰ってきてたのね」
というシャルロッテの声が聞こえる。
「今帰ってきた所だ。――朔耶はどんな感じだ?」
「部屋に籠も……じゃなくて、休んでいるわよ」
俺の問いかけにそう答えてくるシャルロッテ。籠もってると言いかけたな、今。
「あの力――召喚術に関しては、良くわからないとはいえ、何もする事が出来ないのが残念なのです」
横からクーがそんな風に言ってくる。
アリーセがクーに近づきながら、
「そうですね……私も同じ気持ちです」
と、城の時と同じく、無念そうな表情で同意の言葉を口にした。
「――ま、こればかりは待つしかないな」
そう答えた所で、俺はふと疑問に思った事を尋ねる。
「……そういえば、クーは変化のしすぎで倒れたりとかはしないのか?」
クーはしばし考えた後、
「んー、特にないのです。多分、キメラファクターとの相性がバッチリなので、どちらの姿でも体が拒否反応を示す事がないからだと思うのです」
そんな風に言ってきた。……ふーむ、よくわからんがそういう物なのだろうか?
「――ああそうそう、キメラといえば……ってわけでもないけど、さっきエステルとアキハラに出会ったわよ。駅の近くで」
「ん? もう来ているのか? レビバイクレースは来週のはずだが……」
「なんでも、準備とリハビリを兼ねて早めに来たそうよ。まあもっとも、私が見た感じでは、キメラ化の後遺症はなさそうだったけど」
俺の疑問にそう答えてくるシャルロッテ。なるほど、そういう事か。
後遺症がなさそうなのもなによりだ。
「ちなみに、アケボノ街区にある『白花の宿』という所に、レース開催日の前々日まで滞在しているらしいわ。暇があるなら尋ねてみたらどうかしら?」
アケボノ街区というと……城の正面の通りか。
あの地区だけアカツキ風の名前で、建物もアカツキ風なんだよな。
ある意味、城の目の前だから雰囲気的には合っているんだけど。
なんでも、今の城を建てた時の王レディンガルフは、アカツキ皇国の姫――サツキという名前らしい――を娶ったんだそうだ。
で、レディンガルフが妻のサツキ姫のために、少しでもアカツキらしさを……と考えて、城とその門前となる地区をアカツキ風にしたらしい。
と、城で案内してくれた兵士に説明されたのを思い出す俺。
少しどころじゃない気もするが、そこは愛情の深さゆえ……という事にしておこう。いやまあ、単にやりすぎただけかもしれないけど。
……そういえば、あの兵士は無事だったのだろうか? グレンが来た時にでも聞いてみるか。
「――そうだな。折角だし、明日にでも早速尋ねてみるとするかな。ブラックマーケットが開かれるのは、アルチェムの話だと夜みたいだし」
そう呟くように言うと、クーが興味を示してくる。
「ブラックマーケット……ちょっと気になるのです。私もご一緒して構わないです?」
「別に構わないぞ。……ああ、一応アルチェムにも言っておいてくれ」
「わかったのです! 後で言っておくのです!」
「――しかし、ブラックマーケットに『ローディアス大陸の状況をどうにかする手段』とか売ってたりしないもんか」
無論、あるわけないだろう事は理解しているが、そう思わずにはいられない。
「さすがにそれは難しいと思うのです。たしかにブラックマーケットという響きからすると、そういうとんでもない物もありそうな感じではあるですが」
そうクーが言った直後、
「ブラックマーケットにはないだろうけど、ちょっと別の伝手でああいうのに詳しいのがいるから、明日、話を聞きに行こうと思っているわ。……もっとも、ダメ元みたいな所はあるから、期待されても困るけど」
なんて事をシャルロッテが言ってくる。おいおい……
俺はどんな伝手なのか気になって問いかけるも、言いたくても言えないと言われてしまった。
うーむ……言いたくても言えないとか、一体どんな人物なのやら、って感じだなぁ。
ま、そっちはシャルロッテに任せるしかないな。
◆
そんなわけで一段落――というか、夕食も食べ終えて一息ついた所で、俺は朔耶の部屋を訪れた。様子を見るのと、城でのあの後の出来事を話すためにだ。
「――とまあ、そんな感じで獣王やグレンにもディアーナの事は明かしておいた」
「なるほどねぇ。ま、あのふたりなら大丈夫じゃない? それに、王様や王子様を味方につけておけば、いざという時にも良いと思うし」
俺が城での出来事を話すと、朔耶そんな風に言った後、しばし考え込む。うん?
「……ねぇソー兄、シャルの絶霊紋って消せないのかな?」
「なんだ? 唐突に」
「いや、宿に帰ってくる途中でちょっとシャルとその話をしたんだけど、やっぱり毎晩激痛に苛まれるのが嫌みたいだったからさ。まあ、消えるとそれはそれで戦闘能力が激減するから困るとも言っていたけどね」
「ああ、なるほど……あれはそういう事か」
朔耶の話を聞き、『そのセリフ、私にも言って欲しい』の意味を理解する俺。
あれは冗談などではなく、本心――つまりシャルロッテは、絶霊紋をどうにかする『方法を探してやる』と言って欲しかったのだろう。
「消すのは無理というか、むしろ丁度良いというべきかもしれないが、痛みのみを取り除く事ならおそらくもうすぐ出来る……はずだ」
「え? ……って、あーもしかしてというかやっぱりというか……ソー兄がルクストリアで紋章術に関係する素材を集めていたのって……それ?」
俺の話を聞くなり、なんとなく気づいていたらしい朔耶がそう尋ねてくる。
「ああそうだ。……まあ、上手くいくかわからないし、そもそも素材が揃えられるかもわからないしで、ぬか喜びさせる結果になったら悪いからシャルロッテには言ってないけどな。ってわけで、朔耶もまだ言わないでくれ。確実にいける状態になったら俺が言う」
「それは別に構わないけど……。う、うーん、なんだか上手くいったらシャルのソー兄に対する見方が大きく変わりそうだなぁ……。むむぅ」
俺の言葉にそんな事を言ってなにやら唸る朔耶。良くわからんが……まあ、別にいいか。
「それはそれとして、明日はエステルや室長に会ってこようと思うが、朔耶はどうする? その姿を一度見られているのなら、特に問題はないと思うが」
「んー、一応休養中って事にしているし、おとなしく部屋で休んでいるよ。実際、ちょっと全身――といっても、肉体じゃないけど――が、なんだかだるいし。多分、普通に召喚の力を使いすぎた反動も一緒に来ている気がする……」
俺の問いかけに、朔耶がそう返してくる。
「ああ、そうなのか……。じゃあまあ、ゆっくり休んでくれ」
「うん、そうするー」
どうやら、本当に力の使いすぎによる疲労のようなものもあるみたいなので、俺は話を早々に切り上げ、朔耶の部屋から退出する。
――さて、時間も時間だし風呂にでも入るかな……
そう思って風呂の方へと廊下を歩いていくと、宿の庭が一望出来る談話スペースで、アルチェムとクーが話しているのが視界に入った。……おや?
アルチェム、まだ家に帰ってなかったのか?
というか、一体なんの話をしているんだ? うーむ、ちょっと気になるな……
変な所での区切りになりましたが、この先だとちょっと区切りづらいので一旦ここで区切りました。




