第11話 魔煌具屋とエステル
「たしかにうまい店だったな」
店を出た所で、俺がそう言うと、
「ですね! 雑誌で何度も取り上げられているのも納得です!」
と、アリーセが返してくる。……さっきはサラッとスルーしてしまったが、雑誌なんてあるのか、この世界。
ああでも、そう言われてみると宿のロビーに、新聞らしきものと一緒に置いてあったような気もするな……
「その雑誌っていうのは、どんな雑誌なんだ?」
「えっと……『月刊・空駆けるグルメ紀行』っていう雑誌でして、セレリア族の記者さんが、文字通り空を飛んで大陸中を巡りつつ、絶品料理を出すお店を紹介していく……というものですね」
……セレリア族は、たしかに翼を持っているため、空を飛ぶ事も出来るが、短時間しか無理だって例の本に書いてあったような……。いやまあ、別にいいけど。
「なるほど、そんな感じの雑誌なのか。……ちなみにルクストリアには、その雑誌に載っている店はあるのか?」
「もちろんありますよ。それも複数です。例えば――」
そんな感じで、雑誌についてあれこれと話をしているうちに、駅前広場へとたどり着いた。
うーん、駅前というだけあって、なかなかに人通りが多いな。地球と違い、この世界には色々な種族がいる事もあり、人の行き交いを見ているだけでもなかなか面白い。
よく見ると、その行き交う人々をターゲットにしていると思しき露天商たちの姿もあった。
俺の住んでいた街では、露天商というものを見かけた事が一度もなかったので、なんとなく新鮮だ。
そんな駅前広場の様子を眺めながら歩いていると、アリーセが立ち止まり、「あ、ここです!」と言ってくる。
どうやら、目的の場所――魔煌具屋に着いたらしい。
「へぇ……ここがそうなのか」
そう言葉を返しつつ、店の入口にある看板に目をやると、十字手裏剣の上に大きさの違う――やや小さいもう1つの十字手裏剣を、斜めにして重ねたかのような不思議なマークが描かれているだけで、店名らしきものは記されていなかった。
「お店の名前がありませんが、魔煌具屋さんを示すマークが掲げられているので、間違いないと思います」
と、アリーセ。なるほど、あのマークは魔煌具屋である事を示しているのか。
「なら、とりあえず入ってみるか」
中に入ると、そこにはポシェットタイプの次元鞄やランプのような小型の魔煌具から、どっからどう見ても洗濯機にしかみえない大型の魔煌具、そして、いかにも魔法使い用だと言わんばかりの怪しい杖まで、さまざまな物が所狭しと乱雑に置かれていた。
っていうか……乱雑すぎて、何がどこに置いてあるのかさっぱりわからんな、コレ。もし、この中から目当ての物を探し出そうとしたら、正直それだけで日が暮れるんじゃないか?
なんて事を思いつつ、店内をあれこれ物色していると、『連射魔法杖試作型』と書かれたものが目に入った。
……連射魔法杖? 試作型? よくわからんが名前からすると、魔法を連射出来る杖ってところか?
うーむ、なんとなく気になるな。とりあえずアリーセに聞いてみるか。
そう思って、壁に掛けられていたランプのようなものを見ているアリーセに声を掛け……ようとした瞬間、奥の方から、
「おお、客か!?」
という、明るい声が聞こえてきた。
声の聞こえた方に顔を向けると、そこには脚立に乗った、いかにも魔法使いといった感じのするフード付きローブを着込んだ女性がいた。
……いや、正確には獣人の女性か。ルビーのような真紅の双眸と、銀色の狼の尻尾を持つ、耳が横に長い獣人だ。
昨夜読んだ『この世界について色々書かれている本』の記述から推測すると、おそらくガルフェンという種族だろう。
そのガルフェンの女性をよく見ると、小型の魔煌具が幾つも入った箱を両手で抱えていた。
どうやら棚の上を整頓していたところだったようだ。
「良く来たのぅ! 妾がこの店の店主にし……てええぇっ!?」
女性は両手で箱を抱えたまま脚立から降りようとして……足を踏み外す。
ちょっ!?
慌てて駆け寄るが微妙に距離が足りない。
……って、そうだ、俺のサイキックの性能は10倍になっているはず!
ならば……! と、女性に向かって手を伸ばして引き寄せるイメージを思い浮かべ――
――アポート!
刹那、手に女性を受け止めた感覚が伝わり、それと同時に女性が俺の腕の中へと収まる。……ふぅ、上手くいったか。
……まあ、なにやらお姫様抱っこ状態になってしまったが……そこは、仕方あるまい。どうやって受け止めるか細かく考えている余裕はなかったのだから。
そんな言い訳じみた事を考えていると、女性の手を離れた箱が床へと落下し、甲高い音と共に、中に入っていた魔煌具がぶち撒けられる。
……ついでに言えば、それを引き寄せる余裕も、同じくなかったのだから仕方あるまい……
「う、受け止めてもらって助かったわい。とてもとても感謝じゃ」
女性を床に下ろすと、妙に年寄りじみた口調で、そう言って頭を下げてきた。
フードのせいで分かりづらいものの、顔が少し赤い気がするが……
……これはあれか? いきなりお姫様抱っこされて恥ずかしいからだろうか? 正直、俺もちょっと恥ずかしいし。
などと、そんな事を思っていると、駆けつけてきたアリーセが、
「け、怪我はありませんでしたか!? 治療薬を用意しますか!? すぐに作りますよ!?」
と、少々慌てた様子で女性に問いかけた。……ってか、ちょっと勢いよく迫りすぎじゃなかろうか。
「い、いや、ま、まったく問題はないぞい」
ほら、アリーセの気迫に、あの女性が少し気圧されているし。
女性は少し引き気味になりながら、俺の方を見て、
「――この御仁に受け止められたからの」
と、そう告げる。
「それなら良かったです……」
アリーセは呟くようにそう言って、安堵の吐息をもらした後、俺の方を見てくる。
「……それにしても、よく受け止められましたね」
「なんとかギリギリ……な。もっとも、さすがに箱までは受け止めるのは無理だったが……」
俺は、アリーセの問いかけにそう返しつつ、周囲に散乱した魔煌具に視線を向ける。
「それはまあ……仕方がないかと……。とりあえず、拾いましょうか」
俺は、アリーセの言葉に頷き、散乱している魔煌具を拾う事にした。
……どうでもいいが、あの女性のフード、脚立から滑り落ちたのに脱げていないのが不思議だな。
◆
「――っと、これで全部ですかね?」
拾った魔煌具を箱に入れつつ俺が問いかけると、女性が頷いて礼を言ってくる。
「そのようじゃな。すまんのぅ、わざわざ拾うのを手伝ってもらって」
「いえいえ、どういたしまして。……と、それはそうと拾った魔煌具ですが、壊れてしまったと思われる物が結構ありますね……」
アリーセが箱の中の魔煌具を見ながらそう言うと、女性はその箱をカウンターの上に起き、言葉を返す。
「なーに、それに関しては問題ないわい。妾は魔煌技師じゃからの。壊れている物は直せば良いだけじゃよ」
「なるほど。……って、魔煌技師? じゃあ、もしかしてあなたが――」
ここの店主? と、俺が言い終えるよりも先に、
「うむ! 妾がこの店の店主にして、町唯一の魔煌技師であるエステル・クレイベルじゃ! エステルと呼んでくれて構わんぞい!」
店主――エステルがそう言って、フードを脱ぐ。
と、アリーセほどではないが、長いストレートの銀髪が露わになるとともに、顔立ちもまた良くわかるようになった。結構な美人だ。
この世界の獣人って、不思議な事に、顔の作りは人間――ヒュノスとまったく変わらないんだよなぁ。
んー、それにしても口調が年寄りじみているものの、パッと見だとかなり若く感じられるな。いやまあ、ファンタジーによくある見た目だけ若い、というパターンの可能性もなくはないが……
などと考えていると、ローブの袖から眼鏡を取り出したエステルが、それをかけて俺をじーっと見つめてくる。
うん? なんだ?
「むむ……。おぬしのその服、まだ防御魔法が付与されておらんようじゃな。もしや、妾の店を尋ねた目的は、防御魔法の付与、かの?」
しばらく見つめていた後、いきなりそんな事を言ってくるエステル。
「え? なんでこの服が防御魔法未付与だとわかったんですか?」
「あれ? ソウヤさん、もしかしてご存知なかったのですか? 魔煌技師さんのあの眼鏡――『インスペクション・アナライザー』は、物にどんな魔法が付与されているのかわかるんですよ」
俺が尋ね返すと、エステルの代わりにアリーセがそう言ってきた。
ああ、そうだったのか……。それにしてもこの眼鏡の名称は、魔獣と同じく英語で聞こえるんだな。何か法則性があるのか……?
……おっと、それはともかく、ここは適当にすっとぼけておこう。
「ん? そうなのか? まあ、うちの里に魔煌技師なんていなかったからなぁ……」
「ふむ? 最近では、どんなに小さい集落であっても、魔煌技師――魔煌屋は必ずといっていいほど存在しているんじゃがのぅ……。おぬし、いったいどこからやってきたんじゃ? 魔煌技師として、少し……いや、かなり興味があるぞ」
と、今度はエステルの方が話に食いついてきた。どうやら逆に興味を持たれてしまったようだ。
「あー、えーっとそれはですね……」
俺は頭を掻きながらそう言う。
そして、昨日アリーセとクライヴに話したのと同じ話を、エステルにもする事にした――
『ガルフェン』は狼系獣人種族ですけど、いわゆる頭に耳があるタイプではないんですよね。
そうなっているのには、ちょっとした理由があるのですが、その辺はいずれ……




