第47話異伝2 結晶の羽根
<Side:Misuzu>
「……ぬ?」
しばし泉を眺めながらリリアの事を待っていると、ふと、妙な気配を感じ取った。
「うん? どうかしたの?」
素早く周囲に視線を巡らす私に対し、疑問を抱いたのであろう朔耶が、顎に手を当てながら問いかけてくる。
「いや、害獣とも人間とも違う妙な気配を感じたのだ。少し見てくる」
そう言い残し、テレポーテーションを使って泉から離れる私。
しかし、気配を感じた方へと移動した瞬間、直前まで感じたはずの気配が消失する。
気配を消した……?
そう考えて慎重に周囲を調べてみるも、これといってなにも存在していなかった。
……魔獣の類かと思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。もしや、単なる気のせい……か?
いや、そうだとしても、何かがおかしいな……。まあ、根拠のないただのカンなのだが。
私はとりあえず、カンを裏付けるべく、なにかがいた痕跡があったりはしないだろうかと思い、あたりを見回してみる。
と、オレンジ色に光る羽根のようなものが地面に落ちているのが見えた。……うん?
近づいて拾ってみると、一瞬にしてそれは粉々になって宙に舞った。
羽根の形をした結晶……まさにそう呼ぶのが一番適切と言えるそんな代物だ。
まあ、私もこの世界に来てから数年程度なので、全ての獣を知っているわけではないが……少なくとも知り得る範囲では、このような、まるで結晶の如き脆さの羽根を持つ生物はいない。であれば、これはなんだというのだろうか。
ふむ……考えられるのは、最初に思った通り魔獣の類……だな。
魔獣の中にはありえない姿形の存在――それこそ、どうやってそんな姿で飛ぶのかわからないような奴もちらほらいるからな。
ただ、魔獣であっても、やはり私の知らない存在であることには変わりはない。
無論、私が知らないだけで、結晶の羽根を持つ奴がいるとしてもおかしくはないが……
まあ……ここで考えていても結論は出ないか。
これ以外に怪しいものもないし、とりあえず泉へ戻るとしよう。
◆
「何かいた?」
泉へと戻ってくると、朔耶がそう尋ねてきた。
私はそれに対して首を左右に振って、言葉を紡ぐ。
「いや、鳥型の魔獣……かなにかの羽根が落ちていたが、それだけだった。どこかへ行ってしまったようだ」
「鳥型の魔獣……かなにか? 一応頭上も注意した方がいいかな?」
「ああそうだな。まあもっとも、この森の中では――正確には木々が多いところでは、まともに飛べないだろうし、この泉のような開けた場所にだけ注意しておけば、大丈夫だろう」
朔耶の問いかけにそう答えた所で、先程の台座の文字を全て写し終えたリリアが、
「全て写し終えましたわ。次の場所へ行きますわよ」
と、そんな風に言ってきた。
「次はどこへ行くんだ?」
そう尋ねると、リリアは再び狭域地図を取り出し、指で場所を示しながら言う。
「そうですわね……エマ・プロキアの石柱群が近いですわね」
「わかった。では、行くとしよう。……と、その前にリリア、オレンジ色の結晶のような羽根を持つ鳥系の害獣か魔獣について心当たりはないか?」
私はそう言うと、先程感じた妙な気配と羽根についてリリアに話す。
「……さすがにそんな魔獣は聞いた事も見た事もありませんわね。……そもそも、魔獣の気配ならミスズは判別出来るのではなくて?」
「む……まあ、たしかに魔獣の気配は独特ゆえ、わかりやすいが……。なにかに擬態しているとかそういう可能性もあり得るのではないか?」
私はリリアの質問に対し、質問をして返す。
「……そんな事をしてくる魔獣はおりませんわよ」
「そうなのか?」
「ええ。魔獣は魔瘴から生まれる――唐突に湧いて出て来る存在ですもの。なにかに擬態する、などという事はありえず、出現した時の姿形のままですわよ。そもそも、気配を変えるような擬態だなんて、魔獣どころか害獣ですら聞いた事ありませんわ」
私の疑問にそんな風に説明してくるリリア。そうだったのか……
「だとしたら、幽霊……の類か?」
「え!? 幽霊って存在してるの!?」
私の呟きが聞こえたのか、朔耶が驚きの声を上げてくる。
「いる。というか、正確に言うとアンデッドだな」
「あ、なるほど……アンデッドかぁ」
朔耶が私の言葉に対し、頷いて納得する。
「……アンデッドよりも適切だと考えられるのがいますわね。……害獣や魔獣よりも上位の、特殊な存在――幻獣や霊獣の類ですわ」
リリアがそんな風に言ってきた。
幻獣、霊獣……それは魔獣など比ではないほどに厄介な存在だと言われている。
「……たしかにその類だとしたら、私は今まで出会った事すらないゆえ、気配も上手く捉えられない可能性は十分にあるな。無論、単なる気のせいである可能性もあるのだが」
「どちらかというと、気のせいであって欲しい所ですわね。……ま、念の為、慎重に進むとしますわよ」
私に対しそう言葉を返し、歩き出すリリア。
私と朔耶は、周囲を今まで以上に警戒しつつ行く事に決め、リリアを追う形で翡翠泉を後にした。
……
…………
………………
エマ・プロキアの石柱群、ゾ・レクティカの斜塔、アティ・クローチャの祠……と、次々に遺構を巡っていく私たち。
何度か害獣が襲ってきたが、どれも危なげなく撃退した。
警戒を強めていたというのもあるが、それ以上に朔耶の魔法の扱いというか、戦闘の仕方の上達が、目を瞠るほどだったというのが大きいだろう。
なるほど……今更ながら『存在が超展開』だなどと、蒼夜や蓮司に言われるだけはある事を理解した。
この速度で技術を習熟していって、それを使えるようになれば、超展開と言われてもおかしくはない。……そう、いつぞやのヘリを操縦して来た時のように。
そんな事を考えていると、
「さて、次の『ガーム・ディグノーの水回廊』で最後ですわ。奈落の沼地へ向かいますわよ」
そうリリアが告げてきた。
「――リリアよ、そのガーム・ディグノ―の水回廊というのは、どういう物なのだ?」
歩きながらそう問いかけると、リリアはこめかみに人差し指を当て、
「他の遺構と同じく、遥か古の――記録すら残っていない時代に造られた水路の跡……と言われておりますわね」
そんな説明を返してくる。……ふむ、なるほど。
「なにか気になる事でも?」
考えを巡らせる私に、朔耶が問いかけてきた。
私は、この世界にはどういうわけか、何千万年……中には1億を超えるような途方もなく過去の遺物や遺跡が存在している事を朔耶に話し、
「それらが一体何を示しているのか、正直私にはさっぱりわからないのだが、だからといってそれらを放っておくのはまずい気がするのだ」
そう言って締めくくる。
「もしかして、リリアさんと友達なのって、その辺がきっかけだったり?」
「ああ。それら――超古代の遺物や遺跡を調査しようと考えていた時、偶然リリアと出会ったのだ。でまあ……色々あって友となったのだ」
私が朔耶に対してそう言うと、リリアが口に手を当て、含みのある笑みを浮かべながら、
「たしかに色々ありましたわねぇ」
なんて事を言ってきた。
「そこ、凄く気になるんだけど……」
「……あー、うん、そこはなんというか……話すと長くなるゆえ、いずれな」
色々の部分を知りたそうな朔耶に対し、私はそう答えて話を終わらせると、軽く咳払いをし、
「――ともかく、それからは時々こうしてリリアの調査に付き合うようになったのだ。まあ、私のカンを裏付ける物証を得たいというのもあるのだがな。……カンだけで動くなと、レンジに良く言われていたからな」
そんな風に言葉を続けて肩をすくめてみせた。
まあ、色々の部分については、別に朔耶に話してやってもいいのだが、リリアのいる場で話すのはなんだか少し嫌だ。
「蓮司さんかぁ……。今、どこでどうしているんだろうね?」
朔耶がそんな事を言ってくる。
「うむ、たしかに気になるな……」
頷き、そう返す私。
まったく、蓮司の奴は今どこにいるのやら……だ。
――と、そこでふと気づく。
私と朔耶との時間差を考えると、そもそもまだ到着していない可能性も十分ありえるという事に。
むむぅ……その場合はどうしたものか……。いっそ、私が存在している事が明確に伝わるような情報を拡散しておくべきなのだろうか? だが、それをするにしてもどうすれば……?
などと、あれこれ考えを巡らせていると、
「あれ? これって……水道橋?」
という朔耶の声が聞こえてくる。……うん?
顔を上げると、半分近く沼に埋まってしまっているものの、たしかに古代ローマの水道橋に似た物がそこにはあった。
ただし、建材は石ではなく、『ウト・パティヤの門』を始めとした大森林に点在する他の遺構に使われている者と同じ、叩くと陶器のような反応が帰ってくる正体不明の代物のようだ。その謎の建材によってアーチ状の橋が造られているであろう事が見て取れる。
本当にそうであるのかを確かめるため、水道橋に近づこうとしたところで、
「奈落の沼は『死者が手招きする沼』とも言われておりまして、不用意に入ると死者の怨念に引きずり込まれて死にかねないそうですわよ。気をつけてくださいまし」
そんな物騒な忠告をしてくるリリア。……テレポーテーションを使うとするか。
私はテレポーテーションを使って水道橋の上部へと移動する。
と、上部に溝があり、そこを水が流れていた。
ふむ……今でも機能しているのか。
そう思いながら、水道橋の上部を軽く叩いてみる。
……すると、やはりというべきか、材質は例の謎の代物だった。
「なあ、リリアよ。この水道橋、まだ機能しているようだが、一体どこから水が流れて来て、どこへ流れて行くのだ?」
「山脈の方から流れて来て、そのまま再び山脈へ繋がっているそうですわ」
「なるほど……だから『水回廊』というわけか」
下から聞こえてきたリリアの返答に対して得心しつつ、水道橋の先に目を向ける私。
破損している箇所は見える範囲ではなさそうだな。
この謎の材質、思った以上に頑丈なようだ。
そう思った直後、妙な気配を感じる。
……? この感覚は……あの泉と……同じ?
素早く周囲を見回すが、何もいない。……ん?
刹那、何かが飛来してくるのが目に入る。
――それは、私をやすやすと押しつぶせるであろうほどに大きな、オレンジ色の結晶だった。
おそらく、次回で異伝は終わります。
追記:冒頭に<Side:Misuzu>と入れ忘れたので追記しました。




