第47話異伝1 竜牙姫と古代の遺構
<Side:Misuzu>
「遺構調査の護衛?」
朔耶がそう問いかけてくる。
「うむ、リリアという私の友人の学者なのだが、メル・トゥーナ大森林に点在する遺構の調査をするらしくてな、その護衛を引き受けたのだ」
私は朔耶に依頼の説明をする。
リリアは、以前は『竜牙姫』などという異名を持つ凄腕の傭兵であったので、護衛をする必要性は正直言えば、ほとんどない。
ほとんどというのは、遺物や遺跡の調査を始めると周囲への警戒が疎かになるからだ。その時だけは護衛が必要になる。
まあ、そんな感じゆえに、朔耶に護衛――ひいては戦闘の経験を積ませるのにはうってつけと言えるのだ。
というのも、朔耶はこちらに来てから、テレパシーのサイキックが弱体化してしまっているようだし、そもそもテレパシーは戦闘に向かない。
そんなわけで、私が魔法を主とした戦闘術を教えたのだが……私自身があまり魔法は得意ではない。ゆえに、教えた戦闘術も、正直イマイチであると言わざるを得ない。
だよって、実戦の中で朔耶自身が自分に合った戦い方を学び、身につけた方が良い……と、私はそう考えたわけだ。
そんな独り言を声に出さずに心の中で呟いていると、朔耶が疑問を口にしてくる。
「それって、北の山脈沿いに広がっている大森林の事だよね? 場所によって危険な害獣が生息しているらしいけど……」
「ああ、それなら心配はいらない。私たちがこれから行く辺りは、メル・トゥーナ大森林の中で『第3区画』と呼ばれている場所でな、ここはさほど厄介な害獣は出ないし、魔獣もほぼ出る事はない。出てもせいぜい雑魚だ。朔耶の使える魔法でも十分対処出来るであろう」
「あ、なるほど……つまり、私の戦闘経験のための依頼って事だね」
どうやら朔耶は、私が言った言葉で私の意図を理解したようだ。
「ま、そういう事だ。さて、早速行くとしよう」
「え? 今からなの? まあ特に用事があるわけでもないから別にいいけど、急だなぁ……」
「そうボヤくな。ほら、行くぞ」
――というわけで、朔耶を引き連れて街の入口へと向かうと、入口の石門にリリアの姿があった。
「ドラグ族……の人? でも、尻尾はあるけど翼がない……?」
リリアの姿を見て、首を傾げながら疑問を口にする朔耶。
「ああ、リリアはドラグ・ケイン族だ」
「ドラグ・ケイン?」
「ドラグ族の亜種というか……まあ、なんだ? 簡単に言えば、翼を持たない代わりにブレスが吐けるドラグ族……だな」
「それはまた……凄いね」
そんな話を朔耶としていると、リリアがその声で私たちに気づいたらしく、こちらを向いて手を振ってきた。
それに対して、朔耶が手を振り返す。
「待たせたか?」
私がリリアに近づいてそう尋ねると、
「いいえ、さほど待ってはおりませんわ。それで、そっちの子がサクヤですの?」
そんな感じで待った事を否定しつつ、朔耶に視線を向けて逆に尋ねてきた。
「ああ、そうだ。――朔耶は共通語がまだ完全ではないから、言葉におかしな所があるかもしれんが、そこは容赦してくれ」
そう言うと、
「容赦もなにも、その程度の事、気になんてしませんわよ」
腰に手を当ててため息混じりにそう返してくるリリア。
「今日は、よろしくお願いしますわね」
リリアが朔耶に対してそう声をかけると、
「よ、よろしゅう……お願いです」
と、返す朔耶。ふむ……最初の頃に比べると大分良くなったが、やはりまだ駄目な所があるな。
「それで、まずはどこへ行くのだ?」
私がそう問いかけると、リリアはメル・トゥーナ大森林の狭域地図を広げて、
「そうですわね、ここから一番近い遺構は……翡翠泉にある『ウト・パティヤの門』ですわね」
と、目的地を指差しながら答えた。
「わかった。では、そこへ向かうとしよう。――朔耶、出発するぞ」
「オッケー!」
◆
「なんだか凄く大きな木ばっかりだね。そのせいか、昼なのに暗いし」
大森林を進んでいると、朔耶がそんな事を口にした。
「まあ、空を覆うほどに木々が、そして枝葉があるからな。どうしても暗くなる」
私が上を見上げながらそう言うと、
「中世時代に『聖なる闇の森』と言われていただけはありますわね」
そんな事を言ってくるリリア。
「シンセイ、ヤミ? 私の訳し方がおかしいのかな? 相反してるような……」
「いや、あっているぞ。別に聖と闇は対ではないのだし、闇を神聖な物として扱うのは別におかしな事でもない」
朔耶の疑問にそう答える私。
闇というと邪悪な存在をイメージしがちだが、それは単に、邪悪な存在が闇に属している事が多いというだけである。闇自体には善も悪もない。
「――それより、害獣が3体来た。魔法を発動準備完了状態で待機させて、すぐに撃てるようにしておいた方がいいぞ」
こちらに接近する獣の気配を感じ取り、そう告げる私。
「りょ、了解だよ!」
そう言いながら、魔煌波生成回路が取り付けられているワンドを構える朔耶。
魔煌波生成回路が起動し、数秒ほどで魔法発動準備が完了する。
と、それから更に数秒ほどで草むらから、腕と爪がやたらと長い巨躯の猿が3体、姿を現す。
「な、なにあれ! なんかあの爪、食らったらやばそうなんだけどっ!」
「リッパーエイプだな。奴は図体がでかいからか、素早さは大した事がない。回避は容易だ。それに、もし避けそこねたとしても、爪もそこまで鋭いわけではない。一般的な防御魔法で十分防げるから心配はいらない。というか、接近される前に魔法で倒せる」
驚きの声を上げる朔耶に対し、私はそう説明する。
実際、その説明が終わってもなお、猿はこちらに接近しきれていない程度の速さだ。
「あ、たしかに遅い。と、とりあえず、えいっ!」
朔耶がそう言って雷撃の魔法を発動。
こちらに向かって接近してくる猿に、やすやすと雷撃が突き刺さった。
「ギギャァァァッ!?」
雷撃一発で断末魔の叫びを上げ、倒れ伏す猿。
まあ、リッパーエイプなど今の魔法で十分すぎるというものだ。
「おお……一発で倒せた。さすがは魔法」
何やら感激している朔耶に対し、
「そんな感じで、近づく害獣の駆除をお願いしますわね」
そう告げながら、ノコギリのようなギザギザの刃がついた――正確に言うなら仕込まれた――鉄扇でリッパーエイプを瞬殺するリリア。
無論、私もテレポーテーションで残る1体の頭上に飛んで、脳天に槍を突き刺して、一撃で倒してやったがな。
「わ、わかりました!」
朔耶がリリアに対してそう返す。ふむ、今回は問題ないな。
と、思っていると朔耶が私の方に寄ってきて、
「ねぇ、あの物騒な武器、一体なんなの……?」
なんて事を聞いてきた。
「あの鉄扇が『竜牙』の異名の元となった武器だな。竜の牙の如き荒々しい見た目と、食いつかれたが最後、深く抉られる凶悪さを持つゆえに、な。……ついでにいうと、あの刃は組み込まれている術式の力によって、超高速で振動していたりするぞ」
「それって、いわゆる超振動ブレード? うわぁ、さらにエグい……」
私の返答に対し、朔耶は少しだけ顔をしかめてそう呟くように言った後、一呼吸置いてから首を傾げて疑問の声を発する。
「っていうか、あの武器にあの強さ、護衛っているのかなぁ?」
「いいえ、そんな事ありませんわよ。わたくし、遺物や遺跡の調査中は割とそちらに集中してしまう癖があって、周囲への警戒が疎かになってしまうので、護衛の方は必要不可欠ですわ」
朔耶の呟きが聞こえていたらしいリリアが、刃を隠した鉄扇を口元に当てながら、そう言ってくる。
「な、なるほど! ちょ、調査中の警戒は、お、お任せを!」
朔耶は若干しどろもどろになりつつそんな風に答え、何故か敬礼した。
「ええ、頼みますわね。――ミスズも、よろしくお願いしますわよ?」
「ああ、任せておけ。道中も、可能な限り鉄扇を振るう必要をなくしてやるさ」
こちらを見て問いかけてくるリリアに対し、私はそう言葉を返しながら、肩をすくめてみせた。
……とまあそんなこんなで、襲ってくる害獣を、主に私と朔耶のふたりで撃退しながら、何事もなく翡翠泉へと辿り着いた。まあもっとも、この区画で何事かが起きるとは思えないが。
「うわ、凄い! 緑色の泉だよっ!」
泉を見て、感動の声を上げる朔耶。
まあ、その気持ちはわからなくもない。私も最初はそうだったしな。
「これは、『風属性』の魔晶の影響ですわね」
「マショウ?」
リリアの言葉に、朔耶が首をかしげる。
「凄く簡単に言えば、魔力の結晶だな。基本的になんらかの属性の力を帯びていてな。帯びている属性によって周囲に放つ光の色が変化するという性質があるのだ。で、風属性の場合は緑色の光を放つゆえ、このように水が緑色に見えるというわけだ」
「なるほど……凄くファンタジーだね」
私の説明を聞き、そんな事を言う朔耶。
ファンタジー世界なのだから当然であろうに……と思ったが、そういえば私も最初はそんな事を口にしていたな、と思い直す。
「それはさておき、肝心の遺構――ウト・パティヤの門は……。っと、あれですわね」
周囲を見回し、目当ての物を見つけたリリアがそちらへと近づいていく。
その視線の先に私も視線を向けてみる。と、巨大な白い輪がそこにはあった。
あれが、ウト・パティヤの門……なのか?
というか、この既視感は……一体なんなのだ?
どうにも気になった私はリリアと同じく門へと近づき、そしてまじまじと見つめる。
……
…………
………………
そうか……! わかったぞ!
この門、私たちがこちらの世界に来た時に使った門に似ているのだ。
もしかして、奴らがこちらの世界から地球へ来た時に使った物……とかだったりするのだろうか?
……いや、さすがにそれはないか。
そう思い直しつつ、門を軽く叩いて見る。
すると、陶器を叩いた時のような反応が返ってきた。
ふむ……随分と変わった材質だな。
これが何なのか尋ねようとリリアの姿を探すと、リリアはしゃがみこんで門の台座を凝視していた。
何をしているのかと思い近づいて見ると、台座には何やら文字が刻まれていた。
うーむ……古代の文字で書かれているせいで、さっぱり読めぬな……
「これは、なんと記されているのだ?」
「……残念ながら、わたくしにもほとんど読み解けませんわね。分かるのは、『古き女神』『願い』『負の想念』『記憶の消失』『廃棄』『新しい』『生成』……くらいですわね。とりあえず写し取っておいて、後で翻訳に取り掛かりますわ」
私の問いかけに対し、台座を凝視したままそう答えるリリア。
今の7つのワードではさっぱり分からぬな。古代人は、いったい何を後世に伝えようとしたのだろうか。
――ま、読めない以上は仕方がない。リリアが写し取るのを待つとするか……
前回、異伝は2話くらいと言いましたが……実際に書いてみた所、3話は必要そうだと判明しました orz
さて、大分前に名前だけ登場した『竜牙姫リリア』がここで本格的に登場です。
そして、さらっと出て来る『高周波振動ブレード』です。……といっても、科学的(工学的)な力で振動しているのではなく、魔法的な仕組みで振動していたりしますが。




