第47話 収束、そして……
通路を走っていくと、兵士同士が戦闘しているのが視界に入る。
どちらもモヤがないので、おそらく相手が敵か味方かわかっていないだけだろう。
ガランドルクが制止し、自分たちには『敵』がわかる事を伝えると、両者とも納得して矛を収め、城内のそこかしこで、こんな状況になっていると言ってきた。
まあ、この状況下では疑心暗鬼に駆られて同士討ちしてもおかしくはない、か……
そして、これこそが月暈の徒の狙いなのであろう。
それを理解したグレンが、
「これでは、月暈の徒の奴らの思うツボ……だな」
と、ため息をついて呟くように言う。
「とはいえ、俺たちのように敵味方の区別がつくわけじゃないからなぁ……」
「これ、俺と親父は別行動した方がいいかもしれんな。俺と親父の声なら、さすがに味方同士で戦闘している奴らも止まるだろうしよ」
俺の言葉にそんな風に言ってくるグレン。
たしかにそれはあるな……。と、思ったところで、
「それは無理かな……。私から離れすぎると『共有化』が解除されちゃうから、赤いモヤが見えなくなっちゃうよ」
なんて事を言ってくる朔耶。
「そうなのか……」
残念そうに言うグレン。
「ふむ、であればこのまま全員で固まったまま、城内をくまなく走り回るしかなさそうだね」
アーヴィングがそう言うと、
「いや、こうなればまずは、音信室へ向かうのが良いだろう。1つ良い手を思いついたのでな」
と、そう言葉を返すガランドルク。
「良い手? よくわからんが、まずはケインたちとの合流を急いで、客人や伯爵の安全を確保するのが先だと俺は思うんだが……」
「うむ。ラウル伯爵やフォーリアのお客人の事を考えると、我もその方が良いと思っていたのだが……まずは同士討ちをまとめて黙らせた方が良かろう? そうすれば、ケインたちも護衛がしやすくなるだろうからな」
「そいつは……そうだな。――つまり、親父が思いついた良い手ってのは、同士討ちをまとめて黙らせる手ってぇわけか。なら、たしかに先に音信室へ向かう方がいいかもしれねぇな」
疑問を抱いたグレンが、ガランドルクの言葉に納得する。
まあ、手っ取り早く同士討ちを止められるのであれば、その手を使った方が良いのは間違いないしな。
「その音信室というのは、どういった部屋なのでしょう?」
「この城にゃ、アカツキ皇国で用いられている彼の国独自の術式を利用した伝声管が各所に配置してあってな。大型伝声管を利用する事で、それら各所の伝声管に声を届ける事が出来る仕組みがあるんだわ。んで、その大型伝声管があんのが、その音信室っていう部屋だ」
カリンカの問いかけに対し、グレンはそんな風に説明してきた。
「なるほど、それを用いて何かを呼びかける……と?」
アーヴィングがそう言ってガランドルクを見ると、
「うむ、その通りだ」
ガランドルクが頷き、肯定する。
そして、俺たちの後に続く者たちの方を見て、
「音信室へと向かう! はぐれるなよ!」
と、告げた。
◆
「――あの正面にある部屋が、音信室だ」
正面のドアに視線を向け、走りながら言うグレン。
何度か月暈の徒に襲撃されたり、同士討ちをしている場面に遭遇したりしたが、都度どうにかして大きな問題もなく、ここまで辿り着いた俺たち。
「随分と人数が増えたましたが……赤いモヤは見えませんね」
後ろから続いてくる集団に視線を向けながらカリンカがそう口にすると、
「つまり、今の所、全て俺たちの味方ってわけだな。この状況下で戦力になる者が多くいるってのは助かるぜ」
と、グレン。
今、俺たちに付いてきている者たちは、戦闘要員ではない者と兵士とが半々くらいだ。
プライベートエリアを出発した頃に比べると、正面から月暈の徒の集団と激突する事になっても、数回くらいならどうにかなるであろう程度には戦力が増している。
「うーん……でもこの人数じゃ、部屋の中に全員入るのは無理そうな感じがするよ?」
「そうだな。つっても、別に全員で入る必要はないだろ」
俺が朔耶の疑問にそう言葉を返すと、ガランドルクが俺たちの方を見て、
「うむ。だが、室内に待ち伏せがいなければ、入るのは我だけで問題はない」
そんな風に告げてくる。
「……まあ、残念ながら待ち伏せがいるみたいですけどね」
クレアボヤンスでギリギリ透視出来る距離まで来ていたので、室内を覗きながら俺は肩をすくめて見せる。
「うむ、たしかに気配、それから殺気も感じるねぇ……。もう少し隠しておけばいいものを」
と、アーヴィング。距離もある上に壁越しなんだが……さすがは武聖なんて呼ばれているだけはある、というべきなのだろうか。
「まあ、4人しかいないみたいなので、サクッと排除してしまいます。――あのドア、壊してもいいですか?」
俺はガランドルクに対してそう言いながら、スフィアを4つ取り出す。
「うむ、構わん」
そのガランドルクの声を聴いた俺は、朔耶の方に視線を向ける。
それだけで意図を理解した朔耶が、自身の次元鞄から例のソーサリーグレネード以下略を取り出す。
「どりゃー!」
という掛け声と共に青い球体を発射する朔耶。
先日、冥界で使った時よりも小さいそれがドアに激突し、ドアを吹き飛ばした。
朝、朔耶からグリップを握っている時間――チャージ時間で威力が変化して、即撃った場合は、鉄扉を破壊する程度だと聞いていたので試しに振ってみたのだが、上手くいったようだ。
「よっ、と!」
4つのスフィアを突入させ、魔法を発動。
その直後、4つの短い悲鳴が聴こえてくる。
「――ふむ、終わったようだな。さすがはイルシュヴァーンの精鋭中の精鋭……というべきか。では、後は任せよ」
ガランドルクはそう言うなり、スピードを上げて音信室へと入っていく。
なんだかイルシュバーンの精鋭中の精鋭だとか思われているようだが、まあ……正すのは後でいいか。
と、そんな事を思っていると、程なくして、
「ガランドルク・ガイウス・メギ・ディンベルの名に置いて告げる! 現在、城内の者に紛れた月暈の徒が、同士討ちを狙って動いている! 皆、誰が敵で誰が味方か分からず疑心暗鬼に陥っている事だろう。だが、我らは既に『敵』を掴んでいる。ゆえに命じる。今すぐ戦闘を行っている者は停止せよ! 停止せぬ者は月暈の徒である!」
という声が響き渡った。
ふむ、月暈の徒であると言い放ったか。
若干、無理矢理感のある……強引な言い回しであったような気もするが、こう言われては戦闘を制止せざるを得ないのはたしかなので、問題はあるまい。
「これで、とりあえずは収まるのではないだろうか」
そう言ってガランドルクが部屋から出て来た所で、
「……向こうの方から剣戟音が聞こえるのです!」
クーがそんな事を言って走り出す。
急いでクーを追うと、庭園の見える部屋へ出た。
クーは窓を開き、身を乗り出すと、
「色々な人が集まっているのです! 全部、赤いモヤが見えるです!」
と、告げてきた。……全部!?
急いで窓に近寄って外を見てみると、たしかに色々な職種の人間――否、月暈の徒の連中が、武器を手に集まっているのが見えた。
……なんでこんな所にこんな数が? 誰かを取り囲んでいるのか?
「ふむ。外の庭園に伝声管はねぇからな。おそらく、あいつらにはさっきの親父の発言は聴こえていなかったんだろーな」
というグレンの声を聞きながらクレアボヤンスを使ってそちらを視ると、庭園の木々に隠れて城内からはよく見えない場所で、戦闘中のシャルロッテとロゼの姿があった。
「っ! シャルロッテとロゼだっ! あいつらと戦っている!」
俺がそう声を上げると、
「よし、俺に任せろ! 行くぞ、お前ら!」
グレンが後ろに続いてきた兵士にそう声をかけるなり、窓から飛び出していく。
兵士もまたそれに続き、鬨の声を上げながら次々に飛び出していった。
躊躇なく飛び降りるとかすげぇな……
なんて事を思いながら俺は、先程使ったのとは別のスフィア――火球のスフィアを取り出し、最大出力の火球を発生させると、シャルロッテとロゼを取り囲む多数の敵の一角にそれを落とす。
――火球が爆ぜ、爆炎と共に敵が消し飛ぶ。
同時にグレンの攻撃を命じる声が響く。
「私もいくよ!」
朔耶が飛翔状態のまま窓から飛び出していく。
そして、朔耶はソーサリーグレネード以下略を構えたまま敵集団の頭上まで飛んで行くと、敵集団目掛けて青い球体を落とした。
直後、俺の火球に匹敵する爆発が起こり、そこにいた敵が消し飛ぶ。
――2つの広範囲攻撃を受けて混乱の極みに達した月暈の徒は、大した抵抗も出来ずに次々に倒されていき、あっという間に壊滅した。
クレアボヤンスでシャルロッテとロゼの状態を確認すると、朔耶とシャルロッテが何か話をしているのが見えた。
ふむ、何を話しているのかは良くわからんが、とりあえずシャルロッテもロゼも問題なさそうだな。
……しっかし、連中がここに戦力をこれほど集中させていたのが何故なのか、いまいち良くわからんな。
シャルロッテとロゼを、そこまで執拗に狙う理由があったとでも言うのだろうか……?
◆
――そんなこんなで、いくつかの疑問は残ったが、どうにか城内の混乱が収める事が出来た。
王の制止命令で失敗を悟った生き残りの月暈の徒は、無関係を装って再度潜伏しようとしたり、城外へ一度離脱しようとしたが、こちらには朔耶がいるのでそれは無駄というものだ。次々と暴かれ、捕縛されていった。
「ふぃー、どうにか片付いたみたいだね」
元の姿に戻ってそう言ってくる朔耶に対し、
「ああそうだな。――今回は、朔耶のお陰と言えるな」
俺は頷いてそう言うと、朔耶は、
「いやぁ……危なかった、ギリギリだったよ」
なんていう、思ったのとは違う言葉を返してきた。……うん?
「ギリギリ……? そういえば、多用出来ないと言っていたよな……?」
「うんまあ、なんというか……」
口ごもる朔耶を見てふと気づく。
朔耶の姿が若干透けており、奥にある壁が少し見えている事に。
「……って、なんで体が透けているんだ?」
「いやぁ……ディーを召喚し続けると、私を構成する『アストラル』っていうのを消費しすぎてこうなるんだよね。もう少し召喚し続けてたら、私自身が消える所だったよ。セーフセーフ」
朔耶が頬を掻きながら、そんな事を言ってくる。
……アストラル? アストラルっていうと、ディアーナを構成するっていう霊的エネルギーみたいなものの事だよな……?
「ちょっとまて、それで――アストラルで構成されているってどういう事だ?」
「あー、それは、ね……」
俺の問いにそう答えて沈黙する朔耶。
そのまま待っていると、普段はまず見る事のないような柔らかな笑みを浮かべ、
「私は、この世界に来た少し後から人間じゃなくなっているんだよ」
と、そんな事を言ってきた。
……何を、言っているんだ……?
「……人間じゃなくなっているって、どういう事だよ?」
俺は内心で動揺しながらも、冷静に問う。
「えっと……私がこの世界に来た直後の話なんだけど、実は珠鈴さんと再会しているんだ」
「……そうなのか? でも、一緒に居なかったし、居場所も知らないって話してたじゃないか」
「うん、半月もしない内に離れ離れになっちゃったからね」
朔耶は俺の疑問に対してそう言葉を返すと、その時の事を話し始めた――
というわけで、次回は朔耶の過去話です。
1話……じゃ収まらない気がします。2話……ですかね……




