第46話 第2の召喚獣
シャルロッテとロゼはどこへ行ったのかと思っていると、城内が慌ただしくなってくる。
「なにがあった!」
ガランドルクが部屋の外に問うと、近衛兵から、
「城内のいたる所で、戦闘が起こっている模様です!」
慌てた様子でそんな声が返ってくる。
「なんだと!? 敵は誰だ!」
「そ、それが、良くわかっていません! 兵士や侍女、給仕に庭師に職人……その他諸々、様々な者たちが突然襲いかかってきたそうですっ!」
ガランドルクの問いにそう返してくる近衛兵。
「ど、どういう事だ?」
動揺するガランドルク。
「その人たちですが……もしかしたら、月暈の徒なのではないでしょうか?」
カリンカがそんな推測を述べる。
「なるほど……『その時』が来るまで、潜伏していたってわけか……」
「つまり、忍者みたいな感じ?」
俺と朔耶は、日本の忍者を思い出し、そう呟くように言う。
「忍者――アカツキの隠密だね。他国の民に扮して潜伏するという」
アーヴィングがそんな風に言ってくる。
へぇ……この世界にもいるのか、忍者が。
と、そう思った直後、「お、お助けくださいっ!」という声が耳に届く。
声のした方へと顔を向けると、メイド服姿のテリル族の女性――おそらく侍女だろう――が、近衛兵へと駆け寄ってくる所だった。
「お、おい、ここは王族のプライベートエリ――がふっ!?」
静止しようとした近衛兵が、ドサリという音をたてて床に倒れ込む。なっ!?
その光景に皆が驚き、硬直する。
刹那、侍女が左手にいつの間にか持っていたナイフを、アーヴィング目掛けて投擲。
くっ、そういう手で来たか!
「はっ!」
俺サイコキネシスを発動し、ナイフを吹き飛ばす。
「あぐっ!?」
吹き飛ばしたナイフが侍女の右手に命中。
侍女が、右手に持っていた血の付いたナイフを床に落とす。
「こいつっ!」
グレンが曲刀を抜き放ち、侍女を一閃。
侍女はその場に倒れ伏し、床に血溜まりを作った。
「刺された兵は!?」
「……手遅れでした。あのナイフ、致死性の毒が塗られているようですね……」
グレンの問いかけに、無念そうな表情で首を横に振って答えるアリーセ。
――亡くなった兵士をそのままにしておくのはしのびないが、今はどうしようもないので、とりあえず遺体を部屋の中に運び、寝かせておく。
侍女――敵の遺体は正直どうでもいいが、通路に置いておくと邪魔なので一応部屋に入れた。
それが終わった所で、カリンカが兵士の遺体と侍女の遺体を交互に見ながら、
「……それにしても、致死性の毒ですか。防御魔法を付与した鎧という強固な守りに対して、最も有効な手段を用いてきた……という事ですね」
そんな風に言ってきた。
「うむ……。魔法と鎧、二重の防御を超えて少しでも刺す事が出来れば殺せるからね」
アーヴィングがそう言うと、それに続くようにして、朔耶が額に手を当てながら、
「しかも、逃げてきたフリをして、近づいた所で攻撃を仕掛けてくるとか厄介すぎるね……」
と、ため息混じりに言う。
「まったくだ。こうなると、誰が敵で、誰が味方なのか分からないな」
俺が朔耶に対してそんな風に言葉を返すと、カリンカが砕けた口調の方で、
「どうにか、敵か味方かを判別する事が出来ないかな……」
そう小さく独り言を呟いた。ふむ……判別する方法、か。
「……朔耶、なんかいい超展開アイテムないか?」
「超展開アイテムって何!? そんな都合よく使えそうな物なんてあるわけな――」
俺の問いかけに怒りの声で言って返してきた朔耶が、途中で固まる。
ん? まさか……
「……アイテムじゃないけど、手段は、ある」
なんて言ってくる朔耶。マジか……!
「さ、さすがは皆さんから存在が超展開とか言われているだけはあるのです」
クーにそう言われた朔耶が肩を落としながら問う。
「クーちゃん? それ褒めてる、けなしてる?」
「い、一応褒めてるのです……よ?」
「なんで疑問形!?」
「――どっちでもいいから、手段について話してくれ」
クーと朔耶の会話に、横から割り込む形でそう述べる俺。
「むう……。――ソー兄、私が呼べる召喚獣がもう1体いるって話したの覚えてる?」
「ん? ……ああ、そういえばアルを最初に召喚して見せた時にそんな事言ってたな。たしか、多用出来ないとかなんとか……」
「そうそう、そのもう1体の召喚獣を使えば、多分どうにかなるよ。――来て! ディー!」
召喚獣の名と思しきそれを言い放った直後、朔耶の身体が光に包まれる。
……んん? 召喚じゃないのか?
そう思っているうちに光が消え、白鳥の如き白い翼を3対持ち、青い甲冑を鎧った姿へと変化した朔耶が現れる。
「六翼の天使……です?」
「なにがどうなったら召喚で変身するんだ……?」
クーと俺の呟きに対し、
「ディーは、霊体しか持たない存在でね。召喚と同時に私に憑依させる事で、その力を使えるんだよ。まあ、憑依する必要があるせいなのか、アルと同時に召喚するのは無理だったりするんだけど」
なんて説明をしてくる朔耶。
なるほど、言われてみるとアルの姿がいつの間にか消えているな。
「つ、つまり……幽霊の召喚、ですか?」
アリーセがおっかなびっくりといった感じで問いかけ、ターンアンデッドボトルを構える。
……相変わらず幽霊とか苦手だな、アリーセ。
「ちょっ! なんでソレを取り出してんの! え、えーっと、幽霊っていうか、精霊? 『願いの破片』とか『悪意から切り離された最後の欠片』とか、そんな存在らしい? ま、まあ、正直良くわからないけど……とりあえず、幽霊じゃないよ!」
朔耶が若干慌てつつ、そう説明すると、
「なるほど、精霊……のような存在、ですか。それなら安心ですね」
ホッとした様子で、ターンアンデッドボトルを次元鞄にしまう朔耶。
「なんつーか、さすがはソウヤの同郷だけあって、こっちもこっちで規格外だな……」
呆れ気味にそんな事を言ってくるグレン。
「こいつは存在するだけで超展開――簡単に言えば『ありえない事が普通にありえる』からな」
俺は肩をすくめてグレンにそう言うと、顔を朔耶へと向け、言葉を続ける。
「――それで、その召喚獣でどうするんだ?」
「ディーの力の1つに『害をなそうとする意思』を強く感じ取れるっていうのがあるんだけど、これをもう1つの力――『共有化』で皆にも与えるよ」
なんて事を言って手を頭上へと掲げる朔耶。
と、朔耶の手から俺たち全員に向かって緑色の光の線が伸びてくる。
そして、光の線は俺達の胸の手前で停止し、そこから今度は俺たちをぐるりと囲うように動き、光の輪となった。
まさに、光の線と光の輪で朔耶と連結しているかのような状態だ。
「えいっ!」
掛け声とともに光の輪が俺たちの身体へと吸い込まれ、そして消える。
同時に、光の輪と朔耶の手とを繋ぐ光の線も消えた。
「これで『害意』が『視える』はずだよ」
そんな事を言ってくるが、正直何も変わっているようには感じない。
「よくわからんが、まあ実際に遭遇すればわかるか」
「そうだな、とりあえず行くとしようぜ。ケインたちと合流しねぇと!」
俺の言葉に頷き、そう言ってくるグレン。
「ラウル伯爵やエルウィンたちもケインたちが護衛についているんだよな? なんかそんな事を話しているのを倒れたフリをしている時に聴こえたが」
「うむ。ソウヤ殿が倒れた直後、安全のため、ラウル伯爵とフォーリアの2人には別室に移動して貰ったが、その時にケインたちに護衛は任せてある」
俺の問いかけに対し、グレンではなくガランドルクがそう答えてきた。
ふむ、ひとまずは安心だな。
◆
ケインたちと合流すべく通路を走り始めた所で、
「陛下!」
「イルシュヴァーンの皆様!」
「ご無事でしたか!?」
そんな声を上げながら、数人の兵士が走ってくる。
と、その直後、その兵士のうち3人が赤いモヤに包まれた。
……なるほど、こういう事か。実にわかりやすいな。
「その手はもう通用せぬぞ!」
ガランドルクはそう言い放って、真っ先に兵士たちへと近づく。
そして、赤いモヤに包まれた兵士に対し、抜き放った曲刀を上段から勢いよく振るった。
「ぐあああっ!?」
赤いモヤに包まれた兵士が一太刀で斬り伏せられ、断末魔の叫びを上げる。
「陛下!?」
「何を!?」
驚く兵士たちを後目に、ガランドルクはそのまま赤いモヤに包まれたもう1人の兵士へと接近し、曲刀を振るう。
が、その剣は兵士の抜き放った曲刀によって受け止められた。
声からすると女性らしいが、なかなか良い反応だな。
「ど、どうしてっ!?」
「貴様が月暈の徒である事は、既にバレているのだよ!」
驚きの声を上げた女兵士にそう告げるガランドルク。
その言葉に更に驚き、目を見開く女兵士。
「がっ!?」
横からアリーセの放った魔煌の矢が肩に突き刺さる。
更にそこへ一気に間合いを詰めたアーヴィングが、回し蹴りを叩き込んだ。
「あぐっ!?」
直撃を食らった女兵士が吹き飛び、壁に激突して動かなくなる。
死んだのか気絶しているだけなのかは不明だ。
「ちっ!」
最後の1人がこの場から逃げ出そうとするが、
「奴を逃がすなっ!」
というグレンの声に、今まで唖然としたまま硬直していた兵士たちが弾かれたように動きだし、その最後の1人を拘束した。
「――うーむ、この力は凄いな……」
「ふっふーん、凄いでしょー!」
俺の言葉に対し、胸を張ってドヤ顔をする朔耶。
……なんだか、凄くデコピンしたい気分になってくるな、しないけど。
……ともあれ、この力があれば誰が敵で誰が味方かすぐ分かるのは便利だ。
ただ、以前『多用出来ない』と言っていた理由が、少し気になるんだよなぁ……
まあ……でも、今はこの力を活用すべき時だ。それは後で聞くとしよう。
そう考え、俺は皆と一緒にケインたちと合流すべく走りだした。
ようやく2番目の召喚獣の出番がやってきました。
基本的に鎧が廃れている世界(防御魔法がある為、金属製の重い防具などはいらない時代)ではありますが、ディンベルはイルシュバーン程高い技術力があるわけではないので、防御魔法もそこまで強力ではなく、木や革、鱗などで作られた軽鎧を着用する事で防御力を補っている感じです(とはいえ、さすがに動きが鈍るので、金属製の重鎧などは使われていません)




