第44話[Dual Site] 会談 <中編>
<Side:Charlotte>
「なんであいつら、銀の王と殺り合ってんだよ……」
私の話を聞き、通信機越しにも分かるほど、深くため息をつくレンジ。
「――私は同行していなかったからその辺は聞いた話でしかないけど、なんでもクーレンティルナに会いに行った時に、偶然立ち寄った遺跡かなにかで生きている古代の転移装置を発見して、それを使ってローディアス大陸に渡ったらしいわよ」
「偶然立ち寄って、偶然生きている転移装置って時点でわけわからんな……」
まあ、偶然の上に偶然が重なるなんていう奇跡がそうそうあるわけではないし、わけがわからない、っていうのはたしかね。
……もしかして、ソウヤたちは何かを隠している?
と、そう思っていると、
「いや、まてよ? 存在が超展開な朔耶がいれば、ありえる話……か?」
なにやら通信機の向こうでレンジが考え込んでいるのが伝わってくる。
そういえば、ソウヤもサクヤに対して超展開って言ってたわね。
それと、アリーセも物語の話をしている時に、口にしていた気がするわ。
うーん、超展開ってなんなのかしら? なんとなく、ありえないような事が連続する……みたいな意味合いのスラングだっていうのは分かるけど。
よくわからないけど、とりあえずサクヤがいると普通ならありえないような事であっても、ありえてしまうという事なのかしら? ……つまり、超展開というのは異能の一種?
などという事を考えていると、レンジが咳払いをし、
「まあ、そこは置いておこう。……で、だ。銀の王がローディアス大陸を封鎖――いや、大陸全体を『逢魔の封域』と化したのは理解した。んで、それをどうにかする手段をフォーリアの公子が探していて、イルシュバーンとディンベルはそれに協力する……とまあ、そんな感じだっつー事だよなぁ、現状は」
そんな風に私からの報告を纏める形で言葉を紡いだ。
「ディンベルが協力するかはまだ分からないわよ。もっとも、グレン王子が口添えすると言っていたし、ほぼ間違いなく協力するとは思うけどね。……それで、どうするの? 竜の座に至りし『竜の血盟』に属する者としては」
そう私が問いかけると、レンジは「むう」と言ったまま無言になる。
どうやら、どうするべきか悩んでいるようね。
「……個人的には、間接的に情報を提供するのが良いと思うけど? あまり長い間、大陸1つが全て『逢魔の封域』と化しているような状態を放置するのは、さすがにまずいわよ?」
助け船を出すわけじゃないけど、私はレンジに対し、自分の意見と見解を述べる。
「それは……そうだな。――ふーむ、間接的に情報を提供する……か。まあ、銀の王がどうやって大陸全体を『逢魔の封域』と化したのかに関しちゃ、俺たちの持つ情報で、おおよその予測が出来るからなぁ。であれば、それを破るための情報を少しずつばら撒けば……いや、それだと肝心な所が正しく伝わらねぇ可能性があるな」
「そうねぇ……。うーん、考えられる方法としては、どっかの遺跡に情報を纏めた物を置いておいて、そこへ上手く関係者を誘導して回収させる……とかかしらね」
私が思いついた方法を提示すると、レンジは少し考えた後、
「ま、上手く誘導出来るかどうか、つー問題はあるが、そいつなら可能そうだな。……ったく、『制約』――なんてものがなけりゃあ、もっと簡単に伝えられるんだがなぁ」
なんて事を言ってきた。まあ、わからなくはないけど……
「ボヤいても、そればっかりはどうにもならないわねぇ……。ゲノムだかジーンだかに刻まれているっていうそれは、竜の座に至った者と、その血統を強く受け継ぐ者以外には解除出来ないんだし」
私は、以前レンジから聞いた話を言って返す。
まあ、そんな事を言っておいてなんだけど、私、ゲノムだとかジーンだとか呼ばれている物がどういう物なのか、未だによくわかってなかったりするのよねぇ、実は。
「わーってるよ、そんなこたぁ。――ま、とりあえず情報に関しては、シャルが今言った方法で試してみるとするぜ。ディンベルの領内に上手く使える遺跡があればいいんだが……」
「別にディンベルじゃなくても良いと思うのだけど?」
「ん? シャルがディンベルにいるんだから、その方が楽だろ?」
んん? なんで私がいる所で?
って、もしかして――
「私に誘導しろって事?」
「そりゃ、シャルが言い出したんだから当然だろーよ? それがウチら『流転の篝火』の決まりなんだしよ」
「うぐっ。そ、そうだったわね……」
レンジの率いる傭兵団『流転の篝火』には、『言い出した人間がやる』という謎の不文律があるのをすっかり忘れていたわ……
「……はぁ、仕方がないわね。まあ、なんとかしてみるわ」
私は諦めてそう告げると、今後の段取りやらイルシュバーンの近況に関する話やらを軽くして通信を終了する。あまり長く使っていると危険だしね。
◆
――さて、適当に城の中を回ってから、控えの間に戻ろうかしら。
そう心中で決めた私が、庭園から城内に戻って適当に歩いて回っていると、
「なにっ!? 会談で出す酒に、ソルム・ネクトルの果汁を混ぜた!?」
という大きな声が聴こえてきた。……んん? 一体、なにかしら?
気になった私は、声の聴こえてきた部屋の外開きのドアをそーっと開け、中を覗いてみる。
すると、その部屋は厨房だったらしく、いかにもな給仕服を着たドラグ族の男が、同じく給仕服を着たルヴィ―サ族の女に詰め寄っているのが見えた。……さっきの声はこの男で間違いないわね。
話を聞いていると、このままではまずい事になるとか言い出すドラグ族の男。
そして、そのまま乱暴にドアを開けると、大慌てで駆け出していく。
……ふぅ、ギリギリ見つからなかったわね。
ドラグ族の男がこちらに迫ってくるのが見えた時点で、ちょうどドアの影になる位置に素早く移動していたので、なんとか接触する事は避けられた。
さて……話からすると、会談に出すお酒に、ソルム・ネクトル――たしか、フェルトール大陸の南部、つまりこのディンベル獣王国とその近辺でしか採れない果物だったはず――の果汁を混ぜた事に、何か問題があるみたいね。
たしか、お酒には毒が混入されているはず……。もし、あの男が月暈の徒とかいう連中に与する者であったら……
と、そこまで考えた所で、昨日聞かされた『手順』を思い出す。
毒とソルム・ネクトルの関係性はアリーセに聞けば分かるわね。
となると、あとは手順どおりサクヤを通じてソウヤへ伝えれば良いわけだけど……
念の為、残されたルヴィ―サ族の女の様子を探ってから動いた方がいいわね。姿を見られても厄介だし。
そう考え、そーっと部屋の中を覗く私。
……? いない?
この部屋、他に出入口があるのかしら……と思いながら慎重に部屋の中を探ると、廊下からは死角になって見えない位置にドアがあった。
あそこから出ていった……?
普通に考えたらおそらくそうなのだろうけど、何かが引っ掛かるわね……
……けど、まあいいわ。いないなら姿を見られる事もないわけだし、それならさっさと戻らないと、ね。
そう結論づけて、私は控えの間へ向かって走り出した――
◆
<Side:Souya>
会談はこれといった問題もなくスムーズに進み、イルシュヴァーンはディンベルに対して、鉄道建設に関しての技術協力を行う事を承諾し、ディンベルはローディアス大陸を封鎖している謎の力の情報収集において、イルシュバーンおよびフォーリアに協力する事を承諾した。
ディンベル側の方が益が多いように見えるが、ディンベル側の鉄道網が発展すると、イルシュヴァーン側にも、益があるんだそうだ。
もっとも、その辺がどういう仕組みなのかというのは、俺にはさっぱりわからないが。
っと、それはさておき……この後は続けてローディアス大陸の状況に関する報告を、ラウル伯爵から聞く事になっているが、その前に『各国間の協力』が成立した事を祝すという名目で乾杯が行われる事となった。
ってまあ、ここまでは予定通りの流れって奴だな。
……てな事を考えていると、ルヴィ―サ族の女性たちによって酒が運ばれてくる。
席の位置を固定してきたという事は、この酒を運んできた女性は何も知らないんだろうな。
――月暈の徒は、彼女たちをスケープゴートにする気なんだろうが、そうはさせん。
そう思った直後、俺の耳に「きゅぴきゅぴ」という声が微かに届く。
……っ!?
くそっ、想定外の事態がきやがった……っ!
今聴こえたのは《玄夜の黒衣》で透明にして、一緒にこの翡翠の間へと入ったアルの声。
外で何かあった時に、朔耶を通じて俺にそれが伝わるよう仕込んでおいたものだ。
アルがなんと言っているのかは朔耶じゃないと分からないが、鳴き声だけでも『なんらかの問題が起きた』という事は、俺に伝わるからな。
それはさておき、「きゅぴ」が2連続だから、意味は『毒に問題がある』……か。
どう問題があるのかはわからないが、そのままアーヴィングに飲ませるわけにはいかなさそうだ。仕方がない……
「――ガランドルク王、無礼は承知の上で『形式として』酒の毒味を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺は『形式として』の部分を強調しつつガランドルクに対して問う。
「ソウヤ君?」
アーヴィングが俺の言動に疑問を抱いて呼びかけてくるが、今はスルーだ。
「ああ、構わんぞ。我が国も形式は尊重しておるからな。無礼であるかどうかなど気にする事はない。好きなだけ先に飲んでみてくれ」
ガランドルクがそう返答してきたので、俺は早速、ルヴィ―サ族の女性が持つお盆に並べられている、獣王国の国旗が彫られた縦長の銀の杯を1つ手に取る。
どうでもいいけど、杯は和風じゃなくて西洋風なんだな。なんとも不思議な感じだ。
「――では、一杯だけ」
そう言いながら、俺は酒が入っているであろうポットを持つ女性に向け、杯を持った左手を伸ばす。
と、その女性が杯に並々と桃色の酒を注いでくる。
……随分と変わった色だな、酒っぽさがあまりないぞ。
「ソルム・ネクトルという果実の汁を混ぜてあるので、飲みやすいと思います」
そう言ってくるのは、宰相のギデオンだ。
ソルム・ネクトルというのがどんな果実なのか俺は知らないが、たしかに甘い香りがするな。
「なるほど……。まあ、とりあえず飲ませていただきます。……っと、左手では飲みづらいな」
そう言って俺は、杯を左手から右手に持ち替えると、一気にそれを傾ける。
「……ぐっ!? がはっ!?」
「ソウヤ君!?」
「ソウヤ!?」
アーヴィングとグレンの慌てる声を聞きながら、俺はそのまま床に倒れ込んだ……
シャルロッテはレンジなどからの話で、情報として各種用語を知ってはいますが、用語の持つ意味などの詳細に関しては、結構理解が不完全だったりします。
「超展開」に対する思考がわかりやすい例ですね。




