第43話[Dual Site] 会談 <前編>
<Side:Souya>
会談の行われる翡翠の間とやらへと通される俺とアーヴィング。
ちなみに、獣王への報告は会談の後で行うという事で、ラウル伯爵は後方の控えの間で待機している。
ふむ、王都守備隊の人間と思しき者たちが部屋の四隅にいるな……。あのうちの誰かが月暈の徒の息のかかった者というわけか。
まあ、もうひとり――いや……もう一体ここにはいるのだが、そっちは置いておくとしよう。
「うーむ……全面畳敷きの大部屋か。なるほどたしかに翡翠と言えるね。壁も緑だし」
そう呟くように言って俺の方を見てくるアーヴィング。
俺は、それに対して部屋全体を見回しながら言葉を返す。
「俺からすると畳敷きの大部屋も、この緑の壁――聚楽壁と呼ばれる土壁も、それ自体はさほど珍しくはありませんが、土壁の方はともかく、建築様式も文化も気候すらも異なるこの国で、これだけの畳が存在しているのが不思議ではありますね」
この辺りには藺草が普通に存在するのだろうか?
と、そんな事を考えていると、
「それは簡単だ。畳の原材料となる草――藺草って言ったか? それが、北のロドン湿原に自生しているんだよ」
なんて声が聴こえてくる。
声のした方を見ると、先程別れたばかりのグレンの姿があった。
そのグレンに続き、グレンと同じガルフェン族の壮年の男性と、ヒュノス族の壮年の男性が部屋に入ってくる。……どう考えても前者が獣王だな。
ってか、ヒュノス族ってこの国に来てからは、ほとんど見かけていないから、なんだか逆にレアな感じがするなぁ。
まあもっとも、獣王国っていう名前なわけだし、いわゆる獣人のような見た目をしている種族の方が多いのは当然ではあるのだが。
そう思っていると、
「我がディンベル獣王国の国王を務めるガランドルク・ガイウス・メギ・ディンベルだ」
と、ガルフェン族の壮年の男性が告げてくる。やはりそうか。
家名――ここではディンベルだな――の前の『メギ』っていうのが、獣王国では王を示すとか昨日聞いたな。
なんでも、獣王国の王侯貴族は皆、名前の中に地位を示す文字が入っているんだそうだ。
「俺はグレンダイン・クロード・ウタ・ディンベル。簡単に言えば王子だな。まあ、知っているとは思うけどな」
そう言って俺の方を見ながら肩をすくめるグレン。
『メギ』と同じく『ウタ』にも意味があって、王子……もっと正確に言うと、次期国王と定められている王子を示すそうだ。
「――なるほど、陛下が殿下を同席させたのは、おふたりと面識があったからですか」
ヒュノス族の壮年の男性がそう言ってガランドルクを見る。
それに対してガランドルクは頷き、肯定する。
「うむ、そういう事だな」
「納得です。……と、申し遅れました。私は宰相の位を任ぜられております、ギデオン・ク・ゼオニス。本日は書記――この会談の議事録係として同席させていただきました」
そう言って頭を下げるヒュノス族の壮年の男性。なるほど、宰相なのか。
『ク』と言っているので、貴族……それも、公爵であるようだ。
ちなみに侯爵が『カ』で、伯爵が『ド』、そして子爵が『ズ』で、男爵が『ヴ』らしい。
「アーヴィング殿、わざわざ我が国に起こしいただいておきながら、すぐに会う事が出来ず申し訳ない。それと……そちらの護衛殿――いや、ソウヤ殿」
そう言って俺の方を見てくるガランドルク。
どう返事するべきか迷っていると、ガランドルクはそのまま言葉を続けてきた。
「愚息を助けていただき感謝する。出来れば貴殿には、愚息の良き友人となってもらいたい」
なるほど、そういう事か。……なら、とりあえず答えるとしよう。
「良き……かどうかはわかりませんが、グレンダイン殿下とは今後も友人として接しさせていただこうと思っておりますので、そこはご安心ください」
「うむ、愚息には対等な立場の友人がケインしかおらんし、ケインもケインで若干グレンの言葉を尊重する傾向にあるからな。ソウヤ殿が対等な友人となってくれれば、我としても嬉しい。――なにしろ、生まれついての王族というのは『対等な友人』というのが出来にくいからな。……そしてそれゆえに、出来た時は貴重な存在――宝となる」
俺の言葉に聞いたガランドルクが、そんな風に語ってくる。
宝……というのは大げさな気もするが、まあたしかに生まれた時から王族だと、普通の友人っていうのは出来にくいかもしれないな。
「つーわけで、今後もさっきみたいなノリで頼むぜ!」
グレンがそう言って、サムズアップしてくる。
「ああ、わかった」
と俺が返すと、グレンは満足気な表情で頷いた後、
「――ところで親父、いくらなんでも愚息はないだろ、愚息は」
ガランドルクの方を見て抗議の声を上げる。
「……ラウルの娘――メルメディオ伯爵令嬢に対して、いきなり前置きもなしに結婚してくれとか言い出すようなマヌケを、愚息と言わずになんと言えと言うんだ?」
グレンの抗議に対し、大きくため息をつきながら答えるガランドルク。
どうやら、さっきのやりとりに関して普通に知っているようだ。
「うぐっ! そ、それを言われると……」
「無論、メルメディオの伯爵家の娘を娶る事に関しては、特に反対する要素はない。……が、ラウルが首を縦に振るかどうかは別問題だな。なにしろラウルは親バカのきらいがあるからな」
言葉に詰まるグレンに対してガランドルクがそう告げた所で、カリンカに誘導される形でエルウィンとクラリスが姿を見せる。
エルウィンとクラリスは一種の飛び入りのようなものなので、共和国と獣王国の人間が先に入った後に入るという決まりなのだそうだ。
ちなみにカリンカはイルシュバーン側の議事録係だが、フォーリア側の議事録係も兼ねる事になったので、エルウィンたちと一緒に入る事にしたらしい。
部屋に入る順番に決まりなんてあるのか? と、そう思ってグレンに別れる前に問いかけたのだが、そんな決まりは始めて聞いたとか言われた。
グレンとて王族なのだから、決まり事に関しての知識はあるはずだ。
なのに、始めて聞いたという事はつまり……決まり事自体が、でっち上げられたものである可能性があるわけだ。というより、そう考えられた方が辻褄が合うとも言うな。
……おそらくだが、その決まり事を口にした者は、アーヴィングの座る席を固定したかったのだろう。
上座だとか下座だとかそういった概念はないらしいので、先にエルウィンたちが来て、アーヴィングが本来座るであろう席に座られると都合が悪いわけだ。
となると、月暈の徒の息がかかった守備隊の人間は……アーヴィングの席から一番近い所に立っている奴と考えてほぼ間違いないだろう。
そいつの方を一瞥した所で皆が着席を終え、ガランドルクが宣言する。
「どうやら全員そろったようだな。では、始めるとしよう――」
◆
<Side:Charlotte>
「どうやら会談が始まったみたいね」
私がそう告げると、
「そうみたいですね。……私とロゼは、ラウル伯爵と共に控えの間で待機していますが、シャルロッテさんはどうされるのです?」
アリーセがそんな風に問いかけてきた。
「そうねぇ……。ここで待っているだけじゃ暇だし、サクヤやクーレンティルナと同じく、ちょっと城内を回ってくるわ。もしかしたら、不審な人物が見つかるかもしれないしね」
と、私はそう答えて控えの間を出る。
……さて、まずは……
私は控えの間の近くにある扉から庭園に出ると、そのまま庭園の隅の方へと移動。
……ここなら問題なさそうね。
そう心中で呟きながら周囲を見回し、誰もいない事を確認してから次元鞄に手を突っ込んで携帯通信機を取り出す。
「――こちらシャルロッテ、聴こえているかしら?」
「――こちらレンジ、感度は良好だ。さて……早速ですまないが、ディンベル側の状況について聞かせてくれ。今、どんな感じだ?」
レンジが通信機越しに尋ねてくる。
「ディンベル、イルシュバーン、フォーリアの三国による会談が始まった所よ。ソウヤが護衛要員としてアーヴィング閣下に付いているから、もし月暈の徒が想定外の動きをしたとしても、特に心配する必要はないと思うわ。ソウヤ1人でどうにかしてくれるでしょうし」
私がそう告げると、なぜかレンジは暫時の沈黙の後、ふーっと息を吐いてから、
「……その『ソウヤ』ってのは、やっぱり『風峰蒼夜』――あ、いや、『ソウヤ・カザミネ』なのか?」
なんて言ってきた。
「ええそうよ。……古い知り合いなんですってね? ロンダームを訪れた時に、サクヤから聞いたわ。まあ、サクヤは今のレンジがどこで何をしているのか、まったく知らなかったみたいだけど」
「……ああそうだ。蒼夜は古い知り合いだ。無論、朔耶もな。ま、お前と会うよりも前に別れて以来、まったく会っちゃいねぇんだけどな、どっちとも」
私の問いかけにそんな風に返してくるレンジ。
「それって、だいぶ前よね……。ソウヤがクーレンティルナっていうメルメディオの伯爵令嬢とも久しぶりに再会したみたいな話をしていたけど、もしかして、そっちとも繋がりがあるとか?」
「クーレンティルナ? ……あっ! そうか! クーの事か! フルネームで呼ぶ事なんてなかったから、一瞬誰の事だかわからなかったぜ。つーか、まさかメルメディオに居たとはな……。んで、あいつは元気そうか?」
レンジが質問に質問で返してくる。どうやらクーレンティルナがメルメディオの伯爵令嬢である事を知らなかったみたいね。
ヤレヤレと思いながら首を左右に振ると、なおも凄く知りたそうな声で私に尋ねてくるレンジに対し、クーレンティルナの近況を話し始める。
そして、その流れでソウヤが語っていたフォーリア公国についての話も伝えるのだった――
再びデュアルサイトです。
前回と同じく3話ほどこの形式になる予定です。




