第42話 グレンダインとクーレンティルナ
今回もちょっと長いです。
「……ほえ?」
唐突に告白をされたクーが、それだけ口にして硬直する。
まあそうだろうな……。俺も唐突すぎて理解が追いつかないし。
「お前はいきなり何を言っているんだ?」
とりあえずグレンにそう問いかけると、俺の横で朔耶がウンウンと頷く。
「い、いや、いきなりではないぞ!? アルチェムが貴族の娘どもにあれこれ言われていたあの時、俺は偶然この位置からあの場面を見ていたんだ!」
窓に手をかけていたグレンが少し慌てながら言う。
慌てているからなのか『いきなりではないぞ』とその後ろとで、話の繋がりがいまいちわからないが……ま、とりあえず話を聞くとするか。
「え? あの時、ここにいたですか? 気づかなかったのです」
「ああ、まあ……位置的に振り返って見上げないと見えないから気づく方が難しいだろうな」
グレンはクーの問いかけにそう返しつつ、俺たちのいる所とは別の窓を開け放つ。
なるほど……たしかにそうだな。
と、窓から外――庭園を見下ろしながら、そう心の中で呟く俺。
「それはともかく……俺が窓を開けて静止しようとした所でクーレンティルナが現れたんでな。何をするのかと思って、様子を見てたんだ。――で、結果的に貴族の娘どもを退散させるまでの一部始終を見る事となったわけだ」
グレンはそこまで言うと一度言葉を区切り、開け放った窓枠に腰掛ける。
そして、クーの方を見てニヤリと笑ってから言葉を続けた。
「まあそれもあって、あの連中の親――バカな貴族どもがグダグダ言ってきやがった時に、返り討ちにしてやれたんだがな」
「ふむ……。ここから見ていたってのはわかったが、それがどうしてクーへの告白に繋がるんだ?」
「……ここまで言ったら、普通は察しないか?」
俺の問いかけに対し、やや呆れ気味にそう返してくるグレン。
「ある程度、察せはするが……それが正しいかはわからんだろ?」
さしずめ、クーのその姿に惚れたとかそんな理由だとは思うが、ここはやはりきっちりと本人の口から聞くべきだろう。
「ぐっ。それはまあ……そうだが……。――わかった、クーレンティルナにもしっかりと伝えなければ駄目だし、言うとしよう」
グレンは両の拳を握りながらそう言って一度言葉を区切ると、深呼吸をしてから再び続きの言葉を紡いだ。
「……見ず知らずの他人を庇える優しさ、あの貴族の娘どもにケンカを売る度胸、そしてその姿に俺は惚れ込んでしまったんだ」
「あ、あぅ……。ケ、ケンカは売っていないのです……っ」
「そうか? ほとんど似たようなもんだったと思うがな……。まあ、それはさておき……そんなわけで俺の伴侶はこの娘しかいない! と、そんな風に思ったんだよ」
グレンから面と向かってそう言われたクーが、顔を真っ赤にする。
「だったら、すぐに会いにいけばよかったんじゃないかしら? メルメディオの伯爵の娘だっていう事はわかっていたんでしょ?」
「無論だ。だから、俺もどうにかしてメルメディオへ行こうと思っていたんだぜ。だけど、なかなかその機会がなくてなぁ……。つーのも、少し前まで王都とその周辺は色々とゴタついてて、あまりここから離れるわけにもいかなかったんでな」
シャルロッテの問いかけに、グレンは腕を組んでそんな風に答える。
「ゴタついてた?」
朔耶がグレンの言葉に首を傾げ、尋ねる。
と、それに対してグレンではなくロゼが言葉を返してきた。
「ん、なんでも一部の貴族がクーデターを起こそうとしたらしい。うん。まあ、鎮圧されたみたいだけど。うん」
「その貴族ってもしかして……」
そう呟くように俺が言うと、グレンが頷いてくる。
「ああ、クーレンティルナの事でグダグダ言ってきたバカ貴族どもだな。俺の不興を買って後がないとでも思ったんだろうな。月暈の徒の甘言に乗せられてクーデターを起こしやがったんだ」
「あわわっ! 私のせいでとんでもない事になっていたです!?」
話を聞いて慌てるクーに対し、グレンは首を横に振って否定すると、
「いや、クーレンティルナが悪いんじゃない。あいつらは遅かれ早かれ何かしでかしていただろうさ」
そう言って、肩をすくめてみせた。
「ん? それはどういう事だ?」
「あいつらは、どいつもこいつも悪行を働いていたからな。この国――というか、今の時代どこの国でもそうだが、禁止されている奴隷売買をしていた奴や、勝手に税率を引き上げた上、国には定められた分だけを納めて差分を自分の懐に入れていた奴、実は盗賊団と裏で繋がっていて、そいつらが商人から奪った物を代わりに売りに出していた奴……とにかく、そういったロクでもない存在だったんだよ」
俺の問いかけに対し、腰に手を当て、ため息混じりにそう説明してくるグレン。
「なるほどねぇ……。それなら逆に不穏分子を粛清するための糸口になって良かったかもしれないわね」
グレンは、そのシャルロッテの発言に対して腕を組みながら頷くと、同意の言葉を口にする。
「うむ、その通りだ。クーレンティルナの『おかげ』で奴らが動いてくれて、こちらとしてはむしろ大助かりだったんだよ。だからむしろ、クーレンティルナには感謝すべきだな」
「か、感謝……なのです? え、えっと……どういたしまして?」
首を傾げながらそう言ったクーに対し、グレンは、
「順番が逆になってしまっているが……ありがとうと言わせてもらおう」
と、言葉を返して頭を下げた。
「――ともかく、そんなわけだ。で、全てが片付いてメルメディオへ出向こうと思っていた矢先に、クーレンティルナの方から城へやってきたからな。……であれば、これはまさに女神ディアーナの与えし好機であり、それを逃すなぞもっての外というもの! ……だから、こうして恥も外聞もなくやって来た、というわけだ」
なんて事を言うグレン。
たしかにクーは今回、ディアーナの力で王都まで来ているが、ディアーナは別にグレンに対して好機を与えたわけではないんだよなぁ……。無論、そんな事は口にはしないけど。
っと、それはさておき――
「……まあ、なんだ? なんとも熱い一目惚れだってのは理解した」
……おっと、心の中で思った事が、つい口をついて出てしまった。
それを聞いていたアリーセが、首を縦に振り、
「ええ、そうですね。グレンダイン殿下の想いと情熱は理解出来ました。……となると、次はクーレンティルナさんの方ですが……今の話を聞いてどう思いますか?」
そんな事を言ってクーの方へ顔を向けた。
そして、それに合わせるようにして、グレンもまたまっすぐにクーの目を見る。
って、いきなりそこに話を持っていくのか。
そう思いながらアリーセの方を見ると、なにやら凄く興味津々といった感じの表情をしていた。
……って、アリーセだけじゃなくて他の皆も似たような感じだな。
いやまあ、いきなり現れて告白なんていうシチュエーションが、目の前で展開されたわけだし、その結果が気になるというのは、わからなくもないが……
う、うーむ……少し窘めるべきか? それとも静観すべきか? などと考えていると、
「え、えーっと、その……わ、私はグレンダイン殿下の事を良く知らないのです。な、なので、今は良いとも駄目とも言えないのです。そ、それにその……アルチェムの――」
そんな風にクーが言った。
……最後の方、小声すぎて聞き取れなかったけど、アルチェムの……なんだろう?
皆の方を見るが、それに対して問う声はなかった。
もしかして、誰にも聴こえなかったのだろうか?
まあ……耳の良いシャルロッテやロゼにも聴こえていなかったのなら、声には出していなかったのかもしれないな。
少し気になるが、まあ……あえて問う事でもないだろう。
そう心の中で結論づけていると、
「いたって普通の無難な返事だね……」
「普通ねぇ……まあ、妥当だと言えなくもないけど」
クーの返答に対して、そんな感想を口にする朔耶とシャルロッテの声が聴こえてくる。
ロゼとアリーセに目を向けてみると、ふたりもまた言葉にこそしていないものの、同意だと言わんばかりの顔をしていた。
たしかに話が二転三転……は、していないか。えーっと……なんだ? 話が右往左往した?
無論そんな言い回しはないのだが、そう言うのが一番合っている気がする。
ともあれ、そんな話の流れだった割には凄く無難で妥当な返答だ。
「む、それもそうだな。――俺は事を急ぎすぎるきらいがある……と、ケインたちから口を酸っぱくして言われているのに、つい好機を逃すまいと急いでしまった……」
額に手を当ててやや俯きながら言うグレン。
そして、しばし考えた後、再び口を開き、
「――よし、この件は一旦保留にして、お互いにお互いの事をもっと詳しく知ってから、改めて問わせてもらう事にするぜ」
そう結論を述べた。
……判断が早いと言うべきか急ぎすぎと言うべきか、なかなか難しい所だが、クーの返答から考えれば、とりあえずそれが妥当だろう。
ま、今後どうなるやら……だな。
◆
そんなこんなで、いきなりグレンが現れてクーに告白するという唐突な展開があったものの、それ以外は特に何もなく、あれこれと雑談をしているうちに、アーヴィングとカリンカが戻ってきた。
って、よく見るとラウル伯爵もいるな。いつ来たんだろう?
「おや? 何故にグレンダイン殿下がこちらに?」
伯爵が部屋に入るなり、グレンに気づいてもっともな疑問を口にする。
「あー、えーっと……ク――いや、ソウヤがいると言うので挨拶に来たんだ」
サラッとそんな嘘を言うグレン。
……まあ、伯爵に対して『おたくのお嬢さんに告白していました』とは言いづらいのだろう。
俺はそう解釈し、何も言わずにおく。
「そ、そうなのです。それより、どうしてパパがいるです?」
クーが若干慌て気味に言うと、伯爵は、
「ローディアス大陸の件について伝える必要があったからね。ルナに任せてもいいんだけど、まあ……一応伯爵の位を与えられている身だし、陛下には自分の口から伝えるべきだと考えてね。イルシュバーンの皆さんが乗ってきた飛行艇に積まれていた最新のレビバイクを借りてやってきたんだ。いやぁ、速すぎて驚いたよ」
と、そんな風に説明してきた。……そんなもの積んでたのか、あれ。
「な、なるほどなのです。――ちなみに、エルウィンさんたちとは何を話したです?」
伯爵の説明に対し、引き気味ながらも納得したクーが更に続けて問いかけると、
「ああ、めが……転移以外でローディアス大陸へ入る手段がない以上、協力しようにもどう協力すればよいのかという問題があってだな……」
伯爵に代わってアーヴィングがそう答える。今、一瞬『女神』と言いそうになったな……
そのアーヴィングの言葉を引き継ぐように、
「――であればいっその事、ローディアス大陸を封鎖している謎の力……。あれをどうにかする手段を探る事の方で協力するのが良いのではないか……という話になりました」
カリンカが人さし指をピッと立ててそう告げてきた。
「なるほど……。状況を考えると、たしかにそれが一番良いかもしれませんね」
カリンカの言葉に頷くアリーセ。
「うむ。そういうわけで、獣王陛下にもその方向性での協力を要請しようと思っているよ」
「ふーむ、謎の力による大陸の封鎖……か。ローディアスの情勢に関しては、軽く話を聞いてはいたが、実情はなかなかに厄介そうだな。よし、その協力要請に関しては、俺の方からも口添えをさせてもらうぜ」
アーヴィングの話を聞いたグレンがそう言葉を返し、任せておけとばかりに胸を手で叩く。
それに対してアーヴィングが感謝の意を伝えた所で、鍬形の代わりに鳥の羽のようなものが付いた兜と武者鎧を身に纏い、左右の腰に曲刀を1本ずつ佩いた、色々と入り混じっている格好の兵士――実は近衛兵らしい――がやってきて、会談の場の準備が出来た旨を伝えてきた。
「――では、行くとしようか」
アーヴィングの言葉に俺たちは頷き、各々が、決められた役割を全うするべく動き出すのだった。
グレンダインとクーレンティルナ、ふたりがどうなるのかについては、またいずれ……




