第41話 衣装と告白
今回は、やや長めです。
――翌日、俺たちは予定通り王城へとやってきていた。
昨日の大使館での話は、シャルロットにロゼ、それから、ルナルガントでの結界が終わり、今朝やってきたばかりの朔耶とクーにも伝えてある。
ちなみに、エルウィンとクラリスは国が違うという事で別室だ。
カリンカとアーヴィングも打ち合わせとやらでそちらに行っており、割と重要なポジションの人間が向こう側に揃っているが、まあ……ケイン、セレナ、アルチェムの3人が護衛についているので問題ないだろう。
なんでもアルチェムの話によると、会談の席での護衛役はさすがに変えられなかったものの、グレンがあれこれ話をつけたことで、まだ確定していなかった会談の席までの護衛は3人に回されたそうだ。
そんな感じで話を思い出しながら心の中で情報を整理していると、
「王城に来るのは久しぶりなのです」
と、クーがそう言いながら窓から外を見た。そして、
「……? あの場所……」
なんていう呟きを口にする。
「あの枯山水がどうかしたのか? ……というか、あれといい周囲の盆栽といい、なんだか凄く日本庭園って感じだな」
「たしかに日本みたいなのです。――実は、あの枯山水の近くでアルチェムと出会ったのです。以前、この城を訪れた際に」
俺の言葉にそう返してくるクー。
「ああなるほど。そういう事だったのか」
朝、アルチェムがやってきた時に、クーとアルチェムは以前から交流があり、お互いにお互いを良く知っている仲――というより、もはや知己同然であるという話を聞いたが……なるほど、ふたりが出会ったのはこの城だったんだな。
「うーん……王都の雰囲気からすると、ここだけなんだか和風すぎて妙な感じだよねぇ……。お陰で服装がなんか浮いてる気がするよ」
と、俺やクーの横で外を眺めながら朔耶が言う。
「――外装と内装で全然違うですからね、この城。外はアラビアンナイトな感じなのですが、中は江戸時代な感じで、なんとも奇妙というか不思議なのです」
「中に入った瞬間、ザ・和風って感じだったから、また特異点でもあったのかと思っちゃったよ」
「わかるです。私も前に来ていなかったら、きっと同じように感じたと思うです」
なんて会話をするクーと朔耶。
まあ、俺もアカツキの建築様式を取り入れているとアルチェムから聞いてはいたが、それでも一瞬ワープしたのかと思ったのはたしかだな。
それにしてもふたりの服、アカツキ――つまり和風の建築様式では、残念ながら若干浮いてしまっているが、それでもよくまあこれだけの質の良い物を用意出来たものだ。使節団の衣服関連の担当者、おそるべし……だな。
と、そんな事を思いつつ、改めてふたりを見る。
クーは、フリルの多いゴスロリ色の強い服を身に纏い、頭には赤い大きなリボンを付けていた。……クーの身長と相まって、まるで人形のようだ。
朔耶はというと……ダブルボタンのテーラードベストとフレアスカートの上に、胸元あたりが編み上げになっており、襟の周囲にセーラーカラーの背中部分を前後両方に取り付けたかのような……そんなコートを羽織っているな。
どちらも素晴らしいが、和風の城には合わないと言われると、たしかにその通りではある。
とはいえ――
「まあ……服装が浮いてるのは俺も同じなんだがな」
「あー、うん……。いかにもファンタジーな騎士って感じの服装だよね、それ」
朔耶が俺の服装を見てそう感想を述べてくる。
たしかに、ベルト――といっても固定されており、飾りでしかない――が、ゴテゴテとくっついている真ん中に模様の描かれたサーコート風の膝まである白い上着に、部分部分が金色に輝く金属で補強されたズボンとブーツを履いているので、それっぽいと言われるとそれっぽいかもしれない。
とりあえず和風な造りの城の中では、とても場違いな感じがするのは間違いない。
「――なんというか、アリーセの服装が一番合ってる気がするよ」
と、そう言ってアリーセの方を見る朔耶。
「え? そうですか? うーん……だとしたら、さすがはソウヤさんといった所でしょうか」
アリーセが朔耶の言葉に対し、そう答えて俺の方を見る。
「え? どういう事? なんでそこでソー兄が出てくるの?」
「それ、俺がデザインしたやつなんだよ」
朔耶の問いかけにそう返す俺。
そう、アリーセが着ているのは、俺がマジカルな方法でデザインしたあれだ。
「ギリギリ完成したらしく、昨日の夜に鉄道便で届いたので、着てきました!」
と、そう言ってクルッと一回転するアリーセ。
「あ、なるほど。――うーん……さすがソー兄って感じだなぁ。凄く良く出来てるよ、これ」
「そうか? まあ俺からすると、生み出したアヤネさんの方がさすがって感じだけどな」
そう言葉を返しつつ、アリーセの服を見る。
うーむ、俺のデザインが完璧に再現されているな。アヤネさんの技量の高さと仕事の速さには脱帽だ。
なんて感想を心の中で抱いていると、最初に出会った時と同じ格好をしたシャルロッテがこちらに歩み寄ってきて、
「ちなみに、私のはだいぶ時間がかかるらしいから、多分見せられるのは最後になるわね」
なんて言ってきた。
まあ、あれはそうだろうなぁ……デザインするのも一番時間かかったし。
「それはそうと……ルナルガントの方は公女様ひとりで大丈夫なの?」
シャルロッテが朔耶とクーにそう問いかけると、朔耶がリンの真似をしながらそれに答える。
「結界さえあれば異界の魔物は顕現出来ないんだろ? だったら、後は私だけで問題ねぇし、ふたりはディンベル――つーか、ソウヤたちの所に戻って構わねぇぜ! いや、むしろあっちへ行ってくれ! 商人から聞いた話なんだが、どうやらあっちもキナ臭い事になってるみたいだからな。……って、言っていたよ」
「はいなのです。ルートヴィッヒさんやオルテンシアさんも、自分たちがリンさんを補佐するから大丈夫だと仰っていたので、私たちはリンさんの言葉に従う形で、こっちへ引き上げてきたのです」
「なるほど……。封鎖されているローディアス大陸の商人がそんな風に言っていたって事は、月暈の徒の奴らは、ローディアス大陸の商人と、何らかの取り引きをしていたんだろうか……」
朔耶の話から推測した事を口にすると、
「ですです。その可能性は十分にあるのです。実際、メルメディオの港にも月暈の徒と思われる人たちの姿が何度か目撃されてるです。……もっとも、その人たちはこれといって何かをしたわけでもないので、監視する程度に留めたそうなのです」
頷き、そんな風に言ってくるクー。
「まあ、いきなり捕まえるってわけにもいかないし、それが限界だろうな。――あ、そうだ……メルメディオといえば、セルマさんはどんな感じだ?」
ふと、セルマの容態が気になりそう問いかける俺。
「えっと……直接こっちに来てしまったのでわからないのです。でも、目を覚ましたら連絡が来るはずなので、まだ眠ったままだと思うです」
と、クー。どうやら俺と同じく、ディアーナに例の森まで送って貰ったようだ。
うーむ……セルマに関しては連絡を待つしかなさそうだな。
「それはそうと、シャルはどうしてここに?」
「そりゃまあ、まかりなりにも使節団の一員として来ているわけだしね。しかも、月暈の徒が暗躍しているのなら、もしもの時のために、戦闘要員はひとりでも多い方がいいでしょ?」
朔耶の問いかけにそう返すシャルロッテ。
「まあ、戦闘にならないのが一番だけどな」
肩をすくめてそう言いつつも、俺は内心、戦闘にならない……というのは難しいだろうな、と思っていたりするのだが。仕掛けてきた相手が相手だけに。
「そういえば……刀の方はどうなんですか?」
「ん、問題なく害獣を倒して、必要な素材は手に入れた。うん」
アリーセの問いかけに、シャルロッテではなくロゼがそう答える。
ちなみにロゼは、エクスクリスの制服を着ていたりする。もちろん制服は礼服として着用しても問題のない代物なので別に構わないのだが、ホント好きだな……制服。
「後は共和国に帰って修復するだけよ。ああでも、元々少しくらい刃こぼれしていても大した問題にはならないような、頑丈かつ切れ味の良い刀だし、もし戦闘になったら普通にこれを使うわ」
シャルロッテは補足するようにそう言うと、刀の柄を左手でポンポンと軽く叩く。
と、そこでドアをノックする音が聞こえてくる。
「はい?」
アリーセがドアを開けると、そこにはグレンが立っていた。
一昨日の夜と違って、ド派手な赤いマントが付いた豪奢な服に身を包んでいる。
「この度は、遠路はるばる我が国に起こしいただき誠にありがとうございます――」
なんて事を言い出すグレン。
……ああ、こいつ守備隊の人間じゃなくて、もっと上――王族だったのか。
「で、何しに来たんだ?」
挨拶を終えたグレンに対し、冷ややかな目で見ながら問う俺。
「挨拶に来たんだが?」
「……それだけの用事で、会談前にわざわざ王族が会いにくるか? 他に用事があるんだろ?」
すっとぼけた事を言うグレンに対し、俺は肩をすくめながらそう返す。
「ぬぅ、鋭いな。っていうかソウヤ、俺が王族だと知っても驚かないのな」
グレンは腰に手を当てながら首を振り、ため息混じりに言う。
「驚く理由がないからな」
「そこ、驚くのに理由がいるのか……?」
俺の言葉に対し、やや呆れ気味にそう返した後、
「まあいい、たしかに俺がここに来たのは別の用事だ」
と、あっさりと別の用事がある事を認めるグレン。
そして、クーの前まで歩いていく。
「あ、あの……もしかして、私にご用なのですか?」
そうクーが問いかけると、グレンは頷き、
「ああ、そうだ。――クーレンティルナ、君は前にこの城に訪れた時、陰湿な貴族の娘どもにいじめられていた妹分……アルチェムを守った事を覚えているか?」
と、問いかけた。へぇ……そんな事があったのか。
「え? ……あ、はい、もちろんなのです。だから、私とアルチェムは親友なのですし」
そうクーが言うと、グレンは窓から外を眺めながら頷き、呟く。
「そうだな……。たしかにそうだ」
「その……あの時はなんというか、随分とネチネチしていて我慢ならなかったのです。……え、えーっと……も、もしかして何かまずい事にでもなったですか?」
「え、そうなの? だったらその貴族を全て焼き払えばいいのかな?」
慌てるクーを助けるためなのだろうか? そんな風に横から口を出す朔耶。
「まて朔耶、その時は俺も手伝おう。全魔法最大出力で消し去ってやる」
クーと伯爵に危害を加えそうな奴は始末しておくのがいいからな。
「止めるんじゃなくて、一緒にやる宣言かよ!? お前ら物騒だな!? ってか、たしかにまずい事には少しなったけど、そっちは俺がどうにかしたから問題ないっ!」
窓から外を眺めていたグレンが、慌てた様子でこちらに向き直り、そう叫んだ。
「そうなのか?」
「ああ、そうだ! だから、殲滅しなくていい! っていうか……クーレンティルナとふたりはどういう繋がりなんだ?」
そんな事を問いかけてくるグレン。ふむ、そういえば言ってなかったな。
「お前とアルチェムみたいなもんだ」
「そうそう、妹、妹」
俺と朔耶がそう返すと、
「そ、そうなのか……。なんとも厄介……じゃなくて、頼もしいな。クーレンティルナに何かあったら、灰燼に帰す事になりそうだ」
なんて事を言うグレン。
「当たり前だろ? そんなの」
「当たり前じゃねぇから……。あ、いやまてよ? でも、アルチェムに何かあったら、俺も同じ事を考えるような……。あれ? やっぱり当たり前……なのか?」
俺の言葉を聞き、なにやら考え込み始めるグレン。
「――そんな事はどうでもいいから、本題だ。本題を話せ」
俺がグレンに本題を言うように促すと、
「あー、ええと……だな、この流れで言うのはなかなか根性がいるんだが……。……まあいい、ここまで来て言わないわけにもいかないしな」
なんて事を呟くように言ってきた。
はて? 何を言う気なんだ? と、首を傾げていると、
「クーレンティルナ! 俺と……俺と、結婚してくれっ!」
グレンがそんな事を口走った。
……は?
朔耶がいると、なんとなくギャグっぽい流れに……
追記:誤字を修正しました。




