第29話 王都へ向かって
うーむ……今の現象、カリンカが使った『融合魔法』とやらに似ている気がするな。
王都に着いたら、カリンカに聞いてみるか……?
などと、魔法がとんでもない物に化けた事について考えを巡らせていると、
「い、一撃? ダークウィングボアが、一撃?」
真っ先に立ち直ったガルフェン族の少年がそう呟いた。
「強すぎとかいうレベルじゃないんだけど……。次元が違いすぎ」
「たしかにな。……だが、そのお陰で助かったとも言える」
カヌーク族の少女に対して頷き、ドラグ族の少年がそう言う。
そのふたりの会話を聞いていたガルフェン族の少年が、
「その通りだな。だから、俺はアナタに出会えた奇跡と助けてくれた事に感謝するぜ。っと、まだ名乗っていなかったな。――俺の名はグレンダイン。グレンでいいぜ」
てな感じで自己紹介をしてきた。
口調からすると、アンタとか言いそうだが『アナタ』なんだな。
ふむ……。普通の服……に見えるが、ところどころに装飾があったりして、なんとなくだが口調に反して全体的に『育ちの良さ』みたいなものを感じるな。
他の3人も、グレン程ではないが割と良い服を着ているし、3人ともそれなりに地位のある家の人間なのではなかろうか。
「あ、私はセレナリーア。セレナって呼んでね。で、こっちは――」
カヌーク族の少女がそう名乗ってドラグ族の少年の方へと視線を送る。
その視線に促されるようにして、
「俺はケイン。それと、背中にいるのは義妹のアルチェムだ」
と、そう告げてくる。
……何故だか分からないが、『いもうと』の所で『義理』の『義』という言葉――いや、文字が頭の中に浮かんで来た。
ケインとは種族が違うし、義理の妹で間違いないんだろうけど、その文字が頭に浮かんでくるというのも不思議な感じだな。
おそらく、これもディアーナの言語刷り込みの効果なんだろうけど、今まで発動しなかったのは何故なのだろう? 今まで会った人の中に対象となる人がいなかったからだろうか?
でも、ロゼとアーヴィング、カリンカとサギリナは義理の親子だよなぁ……
っと、それを考えるのは後にして、こちらも名乗るとしよう。
「俺はソウヤだ。ちなみに、昨日イルシュバーン共和国からやってきたばかりで、この国については詳しくない」
そう自己紹介をすると、俺はアルチェムの方を見る。
「――ところで、アルチェムはどこか怪我でもしているのか? 見た感じはなんともなさそうだが……いや、顔色が悪い……か?」
「ああ、ダークウィングボアと遭遇する直前なんだが、奴に追い立てられて逃げてきた害獣――ダーティガストの放った毒に巻き込まれてな。本来なら、大した事のない毒なんだが、義妹は元々あまり身体が丈夫ではないもんでな……」
「なるほど、そういう事か」
ケインから話を聞き、納得の言葉を発しながら頷く俺。
ダーティガストとかいう害獣は始めて聞く名だが、どうやら毒を持っている奴みたいだな。んで、それにやられた、と。ふむ――
「毒ならたしか……」
俺はそう呟きながら次元鞄に手を突っ込む。
ふと、アリーセから出発前に受け取った薬の中に解毒薬もあったのを思い出したのだ。
しかも、アリーセが言うには、どんな毒にでも効く万能解毒薬であるらしい。
なら、まさに今が使い時というものだろう。
「これだこれだ」
目当ての物――ピンク色という何とも言い難い色をした水薬――を取り出しながらそう言うと、
「それは? いや……その色、もしかして万能解毒薬か?」
と、グレンが問いかけてくる。
「よく知ってるな、その通りだ。ってなわけで、とりあえずこれを使ってくれ」
そう答えながらケインに手渡す。
「……万能解毒薬は……高価な代物……です。そこまでの物を……私に使うのは……」
今まで無言だったアルチェムのそんな声が聴こえてくる。
「なに、貰い物だから気にするな。まあ……なんだ? もし王都でそれを渡してくれた奴に会う時があったら、その時、そいつに礼を言ってくれ」
俺はアルチェムにそう答える。
「ですが……」
と、なおも躊躇するアルチェムだったが、
「わかった。その者に出会う事があれば、アルチェムと共に必ず礼をさせて貰う。……アルチェムもそれならば良いだろ?」
そうケインが言うと、
「……はい。それなら……」
そう呟くように納得の言葉を口にした。
早速、といった感じでアルチェムを地面へと下ろし、万能解毒薬を飲ませるケイン。
すると、あっという間にアルチェムの顔色が良くなり、それを見ていたセレナとグレンが、
「えっ!? もう効果が出て来たの!? 万能解毒薬なんて使った事ないけど、こういうものなの?」
「万能解毒薬に限らず、解毒薬ってーのは基本的には効果が発揮されるまでの時間が、他の薬に比べて早いもんなんだが……さすがにここまで早いのは珍しい……っていうより、ほとんど見かける事はねぇな。どうやら、かなり質の良い薬みたいだぜ」
なんて事を言った。まあ、アリーセの作った物は、市販の物とは比べ物にならない高い効果、性能を誇るからなぁ。
「これは……本当に素晴らしい効き目です……」
そう言って立ち上がるアルチェム。
「ちょ、ちょっと!? 立ち上がって大丈夫なの!?」
慌てるセレナに対してアルチェムは、
「この薬……解毒だけではなく、体力の回復効果もあったようです……。なので、もう大丈夫です」
空になった瓶を眺めながら、そんな風に答える。
「……これを作った人は、ソウヤ様のお知り合いなのですよね? 是非ともお礼をしたいのですが……会わせてはいただけませんか?」
なんて事を言ってくるアルチェム。……おや?
「ん? 俺の知り合いだって良くわかったな」
「先程、ソウヤ様は『渡してくれた奴』と言っていました……。それはつまり、その人が作った物であると推測出来ます……」
俺の問いかけに対し、アルチェムがそう説明してくる。
ふむ、このアルチェムという少女、なかなかの洞察力を持っているようだな。
「まあ、王都に行けば会えると思うし、会わせるのは別に構わないが……もう夜だし、明日以降だな」
「はい。お願いします……」
俺の言葉を聞き、そう言って頭を下げるアルチェム。
「さて……と、アルチェムも大丈夫そうな感じだし、とりあえず森を出るとしようぜ。奴に追い立てられて逃げた害獣どもが戻ってきたり、他の魔獣が現れたりでもしたら面倒だしよ」
というグレンの言葉に頷き、俺たちは森を後にした――
◆
――森を抜け、グレンたちと共に王都へ向かって街道を進んでいると、
「そういえば、どうしてソウヤはあの森に?」
と、セレナが首を傾げながら尋ねてきた。
「ああ、単純に王都へ行くためのショートカットだな」
とりあえずそんな風に答える俺。実際、ショートカットではあるので、嘘は言っていない。
「ええーっ、そんな理由なの? ショートカットのために森を突っ切ろうって人は、始めてみたかも。まあ……森でケインが言ったように、そのお陰で私たちは大助かりだったんだけどさ」
なんて感想を述べ、肩をすくめるセレナ。
「でもよ、この辺りって街道沿いに進むと、どうしても遠回りになるじゃん? ダークウィングボアを瞬殺出来るような力量があるんなら、森を突っ切った方が早いって思うのは、なんとなく理解出来なくもねぇぜ」
グレンがそう言って首を縦に振る。
そして、そのグレンの言葉を聞いたケインとアルチェムが、同じく首を縦に振って同意を示す。
「逆にそっちは何故ここに?」
「……夜にしか咲かない花――『アルシェンテの花』が欲しくて……。それで、お義兄様たちにお願いして……」
俺の問いかけに、そんな風に返してくるアルチェム。
「アルシェンテの花? イルシュバーンでは見た事がないな……どういう物なんだ?」
「こういう……感じです……」
そう言ってアルチェムが見せてくれた花は、仄かな光を放つ、薄浅葱色の神秘的で儚げな花だった。
「これは大陸南部にしか咲かない花でして……。私たちの国では縁起物として使われる花なんです……」
アルチェムがそんな説明をしてくる。
ふーむ、なるほど……。たしかに神秘的な感じだし、縁起物としてちょうど良い代物かもしれないな。
それにしてもアルチェムの声、聞き取れないわけじゃないけど、小さいな……
さっきは毒の影響かと思っていたけど、どうもそういうわけではないらしい。
物静かさと相まって、なんというか……アルシェンテの花と同じくらい儚げな雰囲気の漂っている少女、って感じだ。
と、そんな事を思っていると、
「ふたりのお義兄さんが近々結婚するんだけど、その結婚祝いに使いたいってアルチェムから言われてね、じゃあって事で採りに来たってわけ」
セレナがアルチェムの説明に補足するかのように言ってきた。
「そういえば、ライアスさんの結婚相手の女性も、イルシュバーン共和国の人だったっけな。名前は……えーっと、なんだっけか……。サキさん? いや違うな……セラさん?」
どうやらライアス――ケインとアルチェムの義兄の事だろう――の結婚相手の名前を忘れたらしく、首をひねりながらケインの方を見るグレン。
「やれやれ、グレンは相変わらず他人の名前を覚えるのが苦手だな……。――サラ義姉さんだ」
ケインが首を左右に振り、ため息をつきながらそう説明する。
すると、それに対してグレンはパチンと指をならし、
「ああ、そうだそうだ! サラだ、サラさんだ! たしか、イルシュバーン共和国では護民士とかいう名前の、治安維持を主とする職業に就いているんだったよな」
と、そんな風に言葉を紡いだ。
って、イルシュバーン共和国で護民士をしている『サラ』?
……どこかでその名を聞いたような気がするんだが、どこだったかな……
そんなこんなで、次回は王都……に、辿り着けたらいいのですが。