第28話 夜の森
今回から、ディンベル獣王国(フェルトール大陸)での話です。
結界――符の準備を行うという朔耶たちと別れた俺は、ディンベル獣王国の王都ベアステートへ向かう事をディアーナに告げる。
「でしたらー、ベアステートの近くにテレポータルを開きますねー。例によって街の中ではなくー、近場にしますねー」
と、そう言った瞬間、例によって眼下の景色が変化し、大きな城下町とその周辺の地形が映し出される。
「ふむむー、ベアステートの近くに森がありますねー。この森全体が霊的な力を帯びているようですのでー、開きやすいですしー、私としてはー、ここが最良だと思うのですがー、いかがでしょうー?」
ディアーナのその問いかけに対し、特に希望があるわけでもない俺は頷き、言う。
「はい、そこで大丈夫です」
「わかりましたー。あ、そういえばー、例の素材集めはどうですかー? この森にもー、素材があるみたいですよー」
テレポータルを開きながら、そんな風に言ってくるディアーナ。
例の素材集めというのは、絶霊紋の事だろう。
……そう言えば、プリヴィータの花以外は既に集め終わっているってのを、ディアーナに話していなかったな。
その事を思い出し、プリヴィータの花以外は集め終わっている事を伝えると、
「そうでしたかー。もう集め終わるとはさすがですねー。でしたらー、早い内に下準備をしておくと良いと思いますー。素材をくださいー」
と、そうディアーナが言ってきた。
良くわからないが、まあ……ここはディアーナに任せるとしよう。
「わかりました」
俺はそう答えると、早速次元鞄から集めた素材を出していく。
……しっかし、集めておいてなんだけど、随分な量だなぁ……これ。
そんな事を思いながら、全ての素材を出し終えた所で、
「随分と集めましたねー。必要量を軽く超えていますよー」
なんて言ってくるディアーナ。どうやらちょっと多すぎたようだ。
「これだけの素材があるとー、必要な物の他にも『幽星の鏑矢』がいくつか作れそうですねー。ううーん、すいませんー、余った素材はー、そちらを作るのに使ってもいいですかー?」
「え? あ、はい、構いませんよ。……って、そういえばこれって、数が少なかったりするんですか?」 ディアーナの問いかけに了承した上で、疑問に思った事を尋ね返す俺。
「そうですねー。作るのに時間がかかるのでー、先程サクヤさんとクーレンティルナさんに渡した2つとー、手持ちのこの1つで、もうスッカラカンですねー。まあ、ソウヤさんが持ってきた素材を使えばー、新たにいくつか作れるのでー、作り終えたらまた渡せますよー」
そんな風に答えながら、最後の1つをどこからともなく取り出し、俺に手渡してくるディアーナ。
「オーブだけだと連絡が難しいかもしれないのでー、その最後の1つを持っていってくださいー」
俺はそう言ってきたディアーナに対し、「ありがとうございます」とお礼の言葉を述べると、素材を出している間に既に開かれていたテレポータルから、ベアステート近郊の森を見る。
既に夜の帳が下りており、森の中はかなり暗かった。
そう……当然といえば当然なのだが、メルメディオを経ってから既に36時間ほど経過しており、使節団を離れた翌日の夜になっていたのだ。
予定通りであれば、使節団はおそらく王都に到着しているだろう。
とりあえず王都に着いたら、出発前に教えられた宿へ向かうのが良さそうだな。
頭の中で、そんな感じで考えを纏めた俺は、
「それじゃ、そろそろ行きますね」
そうディアーナに告げると、テレポータルを潜り、王都ベアステート近郊の森へと降り立つ。
「このまままっすぐ進めばー、すぐに森を抜けてー、王都が見えるはずですー、危険はないと思いますがー、夜ですしー、暗いのでー、一応気をつけてくださいねー」
ディアーナのその言葉に、俺は次元鞄から《銀白光の先導燐》を取り出し、それを起した。
と、一気に周囲が明るくなる。
そう、この強力な光源となる魔煌具があるので、暗さに関しては、実はあまり問題ではなかったりもする。
「これはまた凄い強力な光ですねー。これなら安心そうですねー。あ、絶霊紋の完全化に使う物はー、完成し次第ー、お渡ししますねー」
俺はそんな風言ってきたディアーナと二言三言言葉を交わし、テレポータルが閉じられるのを見送ってから、ベアステートへ向かって夜の森を歩き出す。
――森を歩き始めてしばし進んだ所で、時間帯こそ違えど、森っていうとなんだかアルミナの森を思い出すな……なんて事を考える俺。
あの時は閃光が見えて、そっちへ行ってみた結果、アリーセやロゼと出会った……というか、救う事が出来たんだよな。
まあ、今じゃアリーセもロゼもあんな魔獣くらい余裕だろうが。
そんな事をふと思った直後、閃光が見えた。
……いやいや、なんでそうなるんだよ。
そう心の中で呆れつつも、放っておくわけにはいかないので、俺は閃光が見えた方へと走る。
……と、すぐに「ブオォォォォォォォンッ!」という魔獣の咆哮と思しき物が聴こえてくる。
……うん? この咆哮、前に聴いた事があるな。
はて? なんだったっけか? と、咆哮の主について考えていると、
「なんで、こんな所にダークウィングボアがいるの!?」
「それはわからん! だが、それを考えるのは後だ! 目眩ましでこちらを見失っている間に逃げるぞ! ――グレン!」
「ああ、わかってる!」
今度はそんな声が目の前の茂みから聴こえてきた。どうやらすぐそばにいるようだ。
それはそうと、咆哮の主はダークウィングボアか。ルクストリアの地下で遭遇したっけな。思い出したぞ。
そんな事を思っているうちに、ガサガサという草をかき分ける音と共に、4人の男女――少年と少女が2人ずつ――の姿が茂みから飛び出してきた。
声は3つだったけど、どうやら4人いたようだ。
「うわっ、まぶしっ!」
猫耳少女――いや、カヌーク族の少女が《銀白光の先導燐》の光を直視したのか、そんな声を上げる。
うん? この光に気づいていなかったのだろうか?
これ、とてつもなく明るいから、普通に気づくと思うんだがなぁ。
などと思いつつ他の者を見てみると、ドラグ族の少年とガルフェン族の少年も、俺の存在に驚いていた。
ふむ……。さしずめ慌てていて、そこまで意識が及んでいなかったって所か。
っと、それはそうと……
最後の1人――ロングスカートのスリットから見える足が、フサフサとした触り心地のよさそうな毛で覆われているので、おそらくドルモーム族であろうその少女だが、負傷しているのだろうか? ドラグ族の少年に背負われているし。
うーん、でも見た感じそんな風にも見えないんだよなぁ……まあ、一応回復しておくか?
そう結論を出し、俺がアリーセ製の回復薬を次元鞄から取り出そうとした所で、
「も、もしかして討獣士か!?」
ガルフェン族の少年がそんな風に問いかけてきた。
「ああ、そうだが……。ダークウィングボアとか聴こえたぞ」
「そうだ! すぐそこに――」
「ブオォォォォォォォンッ!」
声を遮るようにして再び響く咆哮。
そして、ダークウィングボアが視界に入る。
「くっ! もう立ち直ったのかよ!?」
ガルフェン族の少年が慌てた声で叫ぶ。
ふむ、どうやらこの少年たちが使った目眩ましの効果が切れたようだ。
「まあ、やかましいからとりあえず倒すか」
そう俺が言うと、逃げようとしていた少年たちが足を止めた。
「……は? 相手はダークウィングボアだぞ!?」
「もしかして、高ランク討獣士?」
という、異なった反応を返してくるドラグ族の少年とカヌーク族の少女。
うーむ、なんだかジャックやミリアの事を思い出すな。
あのふたりもこんな感じで驚いていたっけ。
っと、それはともかくさっさと倒すとしよう。
奴の属性を考えると……水と雷の2つでいいか。
俺はそう判断し、水と雷のスフィアを取り出すと、
「下がっててくれ。ぶっぱなす」
そう少年たちに告げる。
そして、茂みの高さスレスレを飛翔し、こちらを威嚇するようにして羽ばたくダークウィングボア目掛けて、ほぼ同時に最大威力で発射。
と、極太の水鉄砲と雷撃の奔流が混ざり合い、まるでSF――というかロボットアニメ――に登場し、戦艦の主砲としてよく用いられている荷電粒子砲の如き見た目へと化けた魔法が、ダークウィングボアへと襲いかかった。……って、なんだこれ。
「グギャァァァアアアァァァアアアァァァッ!」
という耳を劈くような悲鳴が響き渡り、膨大な量の魔瘴が放出され、そして霧散していく。
ついでに俺の抱いた疑問も心の中から霧散してしまったが、そうこうするうちに荷電粒子砲もどきの魔法が消える。
が、既にダークウィングボアの姿も完全に消え去っており、地面に魔石を残すのみとなっていた。
落ちていた魔石を拾った所で、あまりにも静かすぎる事に気づき、少年たちの方を見る。
と、皆が皆、信じられない物を見たと言わんばかりの表情で、ポカーンとしていた。
うんまあ、なんというか……そういう反応になるよなぁ、普通に考えたら。
いやはや、俺自身も2つの魔法が混ざり合って、あんな風になるだなんて想定外だったぞ。一体なにが起きたのやら……って感じだ。
久しぶりの超火力瞬殺モード(何)です。
追記:ドルモーム族の少女の、種族特徴の説明が不十分な感じだったので調整しました。