第26話 場に潜みし者
「鬼哭界?」
朔耶が首を傾げて問う。
そんな朔耶にクーとは別の方から声がかかる。
「金属の体を持つ者の世界とも言われている異界だな。――しかし、なるほど……鬼哭界か。たしかに奴があそこの世界の住人だってのは、ありえねぇ話じゃないぜ」
その声がした方へと顔を向けると、そこにはリンとディアーナの姿があった。
「セルマさんの方はもう大丈夫なのです?」
そう問いかけるクーに、ディアーナが頷き答える。
「はいー、異常化した魔煌によるー、汚染は除去しましたしー、呪いの方もー、解除しておきましたー。ただー、肉体と精神の消耗が激しいのでー、目覚めるまでにはー、しばらくかかってしまいますー」
「んで、どうしようかと思っててな。今のルナルガント……というか、ローディアス大陸にはどこにも安全な場所なんてねぇだろ? どこか、静かに休ませてやれるような場所があればいいんだが……」
「私としてはー、ここを使って貰ってもいいのですけどー、まあ休むにはー、あまり適していませんからねー」
そう言葉を返してくるディアーナに、リンは少し困惑気味に、
「いえ、それ以前に目覚めたら目の前に女神様がいるというのはさすがに……」
なんて事を言った。
……俺、死にかけから目覚めたら、目の前にディアーナがいたけどな。
と、そんな事を思ったが、あえて口にはしない。
「ふむむー、なるほどなのです。ううーん……でしたら、私の家で預かれないかパパに聞いてみるです。まあ、多分大丈夫だと思うです」
「マジか!? それが可能ならありがたいぜ。なにしろメルメディオなら安全だしな。――よし、だったら伯爵には私から直接お願いさせて貰うぜ! 一緒についていっても構わないか?」
「もちろん構わないのです」
そんなリンとクーの会話を聞いていたディアーナが、
「でしたらー、早速テレポータルを開きますねー」
と、そう言ってテレポータルを開く。
って、テレポータルで繋いだ先、思いっきり伯爵邸の中――玄関の所だな……
「ベッドまで近い方が良いと思ったのでー、直接繋いでしまいましたー」
俺の考えている事を読んだかのようにそう告げてくるディアーナ。
「女神様、ありがとうございますです。リンさん、とりあえず行くのです」
「ああ」
クーとリンがテレポータルを使って伯爵邸へと移動する。
その背中に向かって俺は言葉を投げかけた。
「あ、そうだ。伯爵にディアーナ様の事を話してしまっていいぞ。……いいですよね?」
……口にしておいてあれだが、一応ディアーナに聞いておく。
「誰に話すかはー、ソウヤさんの判断に全ておまかせしますー」
そう言葉を返してくるディアーナ。まあ、そう言うだろうとは思っていたが。
「というわけだ。まあ、伯爵なら話しても大丈夫だろうと俺は思うし、ディアーナ様の事を話さずに説明するのは難しい気がするからな」
クーを引き取って育てたような人物なのだから、特に心配する必要はないだろう。
なら、下手に隠すよりは話してしまう方が良い。
「了解したのです!」
「同じく了解したぜ」
そう言い残し、屋敷の奥へと向かって歩き出すクーとリン。
「私たちはどうする?」
「とりあえず、ここで待ってればいいだろう」
朔耶の問いかけにそう返す俺。ディアーナに話をしたい事もあるしな。
と、そう思っていると……
「そういえばー、皆さんが居たあそこはー、どこだったんですかー? 鏑矢から送られてきた位置情報でー、Z座標がー、ものすごいマイナスの数値を示していたのでー、最初は壊れたのかとー、思ってしまいましたー」
なんて事をディアーナが言ってきた。
「Z座標がものすごいマイナス……? それって、めちゃくちゃ下って事だよね? やっぱり冥界って地下深くにあるって事なのかな?」
「まあ、Z座標――Z軸がマイナスならそういう事になるな。……ただ、それだと同じ世界にあるって事になるから、『異界』ではないよなぁ……」
朔耶の疑問にそう言葉を返すと、俺はディアーナの方を見て説明する。
「あそこは冥界ですね。公都――というか大公宮の中に、あそこへ繋がる場所があったんです」
「なるほどー、冥界だったんですかー。存在自体は知っていましたがー、実際にこの目で見たのはー、始めてですねー」
顎に手を当て、そんな風に言ってきた。
「え? 始めてなんですか?」
「始めてですねー。私はー、あくまでもー、グラスティアの管理と守護を司る存在ですのでー、他の世界にはー、行った事がないんですよー」
朔耶の問いかけにそう答えるディアーナ。
「それでー、冥界にまで行って何をしていたのですー?」
と、ディアーナが尋ねてくる。
それ対し、俺と朔耶は公都と冥界での話をイチから伝える事にした。
……
…………
………………
「――というわけなんですよ」
朔耶がそう言い終えた所で、ディアーナは首を縦に振り、
「なるほどー、銀の王という存在がー、ローディアス大陸をー、魔法が使えない状態にした張本人でー、なんらかの計劃とやらをー、進めようとしている……というわけなんですねー」
話した内容をまとめるように言った。
「はい。もっとも、一体どうやって魔法を使えなくしているのかは、さっぱりですが……」
そう言って俺は肩をすくめる。
それに対してディアーナは、しばしの思案の後、
「銀の王はー、冥界の力をー、欲していたんですよねー? そしてー、混沌界の邪獣やー、冥界の悪霊をー、召喚する力を持っている……とー。うーん……だとしたらー、その辺の異界の管理者――つまりー、私のような存在からー、その力をー、奪ったのかもしれませんねー。そしてー、それを行使していると考えればー、十分にありえる話ですしー」
なんて事を言って来た。
その言葉を聞き、俺と朔耶は顔を見合わせる。
「力を奪った……。なるほど、たしかにそれで冥界の悪霊を召喚出来るようになったとも考えられるな」
「あー、たしかに。リンさん、銀の王が冥界の悪霊を召喚出来る事に対して驚いていたもんね」
「ああ。……だとすると、やはり銀の王は機械生命体の類――それも、単体ではない気がするな」
「まあ、私たちが最初に遭遇した銀の王と、一度倒した後の銀の王とじゃ、性格も口調も全然違ったからねぇ……」
「まったくだ。あそこまで違うと、同じ『銀の王』という名を持つだけで、中身は別の存在だと考えた方が、しっくりくる」
俺と朔耶がそんな感じで、銀の王に関する推測をしていると、
「ふむむー。機械生命体かどうかはともかくー、たしかに複数いるっぽいですねー。これを見てくださいー」
と、そう言ってホログラムのようなものを中空に展開するディアーナ。……ん?
「これは……あの場所ですか?」
ホログラムのようなもので描写されていたのは、銀の王や異界の魔物たちと戦ったあの場所だった。
問いかける俺に対し、ディアーナが説明してくる。
「はいー。テレポータルを開く際にー、人や物などがー、存在しない場所に開く必要があるのでー、対象座標の周辺をー、スキャンしたのですよー。その時のデータですねー」
ふむ、テレポータルを開く時にそんな事をしていたのか。
でもまあ、開いた位置に人や物が被ったら大変そうだしな。
てな事を考えつつ、そのデータ――ホログラムのようなものへと視線を向ける。
「……って、ホ、ホントだっ! 銀の王が2人いるっ!」
朔耶の言葉通り、たしかに銀の王が2人いた。
俺たちが対峙していた銀の王は、召喚獣に戦いを任せて高みの見物を決め込んでいたが、どうやらもう1人、高みの見物を決め込んでいた奴があの場にいたようだ。
「……たしかにいるな。全然気づかなかったぞ……。って……、なんだかこっちの銀の王、ぼやけているような……」
そう呟くように言う俺。
2人目――俺たちと対峙していた銀の王と完全に真逆にあたる部屋の隅にいる方の銀の王――は、輪郭がはっきりしないというか、妙にぼやけていたのだ。
「あー、それはおそらくですがー、光学迷彩の類を使っていたのでしょうー。そのためー、スキャンした際にー、うまく位置情報を確定出来なかったのだと思われますー」
と、そんな事を言ってくるディアーナ。
「光学迷彩、か。……そう言えばルクストリアに着いた初日に、アンドロイドみたいな魔法生物に遭遇したが……奴らも、光学迷彩を持っていたな」
ふと、シャルロッテを襲撃したピエロ――の姿をした人形タイプの魔法生物を思い出し、そう口にする。
「え? そんな奴と遭遇してたの?」
「ああ。――もしかしたら、あれも銀の王と同じだったのかもな」
「魔法生物じゃなくて、実は本当に機械生命体だったって事?」
「そういう可能性もある。……ただ、ルクストリアで遭遇した奴は、言葉を発しなかったからなぁ……」
対して銀の王は普通に話をしていた。……まあもっとも、まだ銀の王が機械生命体の類だと決まったわけではないので、なんとも言い難い所ではあるのだが。
「そう言えばー、そんな事言ってましたねー。その魔法生物とやらをー、詳しく調べてみたらー、何か分かるかもしれないですねー」
そう言って、ウンウンと首を縦に振るディアーナ。
「うーん、たしかに。……でも、さすがにそれを確保するのは難しそう……だよね?」
「まあそうだ……な?」
朔耶の問いかけに頷こうとした所で、俺はふと気づく。
……あれ? そういやあいつら、次元鞄にいれっぱなしじゃね? と。
2章ルクストリア編の冒頭で回収したまま、長い間放置されていたあの人形が、遂に日の目を見ます!(何)