第8話異伝3 始まりの始まり <後編>
「とりあえず、入ってみればわかる」
そう告げて、俺が壁の裏から朔耶の方を眺めていると、「ええーいっ!」という掛け声とともに、朔耶が助走をつけて壁の外から飛び込んできた。そこまで気合入れて入るものでもないと思うが……
「え? あれ? 壁がどこかに消えた?」
後ろを振り返った朔耶が、不思議そうな声を上げる。
ま、朔耶が声を上げるのも分からなくはないな。
そう、トンネル側から見ると普通に壁があるように見えるのだが、こちら側から見ると、そこに壁なんてものはないのだから。
「なんというか……本当に隠し通路だったみたいだな」
そう言って肩をすくめる俺。
ただ、こんなもの、現代の科学技術で作れるようなもんじゃないよなぁ……
「ってか、これ、今の技術で作れるような代物じゃなくない? もしかして、魔法とかなにかだったり?」
どうやら朔耶も俺と同じような事を思ったようだ。
「そんなバカな……と、言いたい所だが、正直その可能性も否定出来ないな。魔法なのかそれ以外の技術なのかはわからんが、なんにせよ、あり得ない技術を有した何者かが作ったのは間違いない。……この奥、相当にヤバイ予感しかしないんだが……」
というか、奥の方から聞こえるピチャピチャという水が滴るような音が、さっきよりも大きく聴こえてきていたりする。……まさか……
「た、たしかに……。っていうか、もうこれ気づかれててもおかしくない……よね?」
「ああ、そうだな」
朔耶の言葉にそう短く返した後、改めて通路の奥に目を向ける俺。
……徐々に水が滴るような音が大きくなってくる。そう朔耶が言ったとおり、『気づかれててもおかしくない』のだ。
それはつまり、なにか得体の知れないものがこちらに近づいてきている……と、そう考えるべきだという事でもある。
「さっきの白衣の何者かよりもヤバそうだ。」
「え?」
言葉の意味を理解できず素っ頓狂な声を上げる朔耶に肩をすくめてみせる。ただし、視線は前にむけたままで、だ。
「……も、も、もしかして、な、なに、か……い、る?」
朔耶が恐怖にかられながら、呟くようにそう言葉を発し、手持ちのポシェットから慌てて持ってきた懐中電灯を取り出す。
そしてそれを、正面に向け……スイッチをオン。
1000ルーメンの光によって真正面が照らし出され――
「グギィィィィィッッ!?!?」
強烈な金切り声が響き渡る。悲鳴と言ってもいいかもしれない。どちらにせよ、人間の声ではない。
……あー、やっぱりかぁ。なんというか、凄まじくヤバそうだな……これは。
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げ、硬直する朔耶。どうやら、照らし出されたその先にいるヤバいものを直視してしまったようだ。
朔耶の視線の先――懐中電灯の光に照らされた先に、同じく目を向けると……そこには、化け物がいた。
頭の両側面――こめかみあたりから後方へ向かって伸びる角を持ち、胴体は鎧のような骨格がむき出しといった感じだ。よく見ると、腕の肘あたりから金属に似た光沢を持つエラのようなもの……いや、刃が伸びている。
それは、見て分かるほどの異形の存在。あえて例えるなら、ファンタジー世界の亜人系モンスターであるリザードマンとゴブリンを足したような感じだろうか。
そんな異形の化け物を見て、朔耶は凍てついた表情のまま口だけ動かしてた。何かを喋っているような感じだが、声は聞こえてこない。
その朔耶の手から懐中電灯が離れ、地面へと落下する。
「っ!?」
あまりのことに、現実逃避をして頭の中で化け物についての分析を始めてしまっていたらしい俺だったが、懐中電灯が落下音で正気に戻った。
「朔耶っ! 逃げるぞっ!」
未だに固まったままの朔耶にそう叫び、朔耶の手を引っ張る。
「え? あ? う? あ? 赤……? 光……? 奪……?」
混乱しているのか、わけのわからないことを呟き、動こうとしない朔耶。
「グギィ! ギイィッ!」
強烈な光を浴びたショックから立ち直った化け物。
その化け物声が響き渡ると同時に、朔耶に向かって飛びかかる化け物のシルエットが懐中電灯の光によって浮かび上がる。
「――朔耶っ!」
このままではまずい! そう思った瞬間、化け物の動きがひどくスローモーションなった。
更に、自分でもよくわからないが、さっきと同じく現在の状況を冷静に分析し始める俺。さっきは現実逃避と思っていたが、どうやら違うようだ。
だがまあ、今はどうでもいい。
――朔耶に迫るのは、腕から生えている刃ではない。手だ。その手が朔耶の首元を狙っている。化け物は、朔耶の首を締めるつもりだろうか?
これが刃の一撃であったら止めることは出来なかったが、手であれば止めることが出来るかもしれない。
もっとも、化け物の腕力次第では抑えるどころか吹き飛ばされる可能性もある。
……とはいえ、やるしかない。
否。なぜかはわからないが、やれそうな気がする。
その直感に従い、俺は朔耶に左手を伸ばす。
そして、朔耶の肩に手をかけ、そのまま後方へ引きづり倒すようにして力をいれる。
同時に、その反動を利用して前方へと踏み込みつつ、今度は右手を――掌底を化け物の方へと突き出した。
「ギャギィッ!?」
掌底が化け物の手に接触した瞬間、スローモーションが解除され、化け物がなにかに弾き飛ばされたかのように通路の奥へと吹き飛ぶ。
なにかに、というかどう考えても俺の手だが、正直わけがわからない。
「はっ、まさか壁がダミーだったとはな。まるで昔の2DのRPGに良くあった隠し通路って感じだぜ、ったく」
「うむ、たしかにな。声が聞こえてこなかったら、スルーして通り過ぎるところだったよ」
唐突に後ろから2つの声が聞こえる。朔耶と同じような事を言った前者が男性の声、それに対して相槌を打った後者が女性の声だ。
振り向くと、そこには俺と同年代、もしくは若干上と思われる声の主が立っていた。
俺はどういうわけか、その2人は敵ではないと認識し、そして問いかける。
「……あなたたちは?」
「私は倉門珠鈴。こっちは弟の倉門蓮司だ。私たちは警察……いや、正確に言うとしようか。警察組織の一部である『超常現象調査室』に属する者だよ」
女性――珠鈴と名乗った方が、尻餅をついて放心状態の朔耶に手を伸ばしつつ、そう答える。
「超常現象調査室……」
それが、俺と……いや、俺たちと『超常現象調査室』との出会いであった――
今回の異伝はここで終わりです。
この組織に属した後、最終的に第0話へと至るのですが、それはまたいずれ……




