第21話 暗闇を照らす光の先で……
――幸い、扉にはこれといって罠は仕掛けられていなかった。
それどころか鍵もかかっておらず、すんなりと開く。
「思ったよりあっさり開いたね」
俺が思った事を言葉にする朔耶。
「そうだな。さて、中は……」
朔耶に頷きつつ開かれた扉の先――中を確認する俺。
「暗いですね……」
セルマが呟くようにそう言った通り、中は真っ暗だった。
俺はクレアボヤンスを使って確認しながら、言葉を返す。
「ああ。クレアボヤンスでも暗すぎて良く見えないな」
……ふむ、これは光源を用意した方が良さそうだな。
そう考え、俺は次元鞄から《銀白光の先導燐》を取り出す。
「なにそれ?」
首をかしげる朔耶。……というか、他の皆も同じ様な反応だな。
って、そう言えばこのメンツではまだ《銀白光の先導燐》を使った事なかったな。
「これは《銀白光の先導燐》っていうエステル製の魔煌具だ。……まあ、朔耶が昔使ってた1000ルーメンの懐中電灯と同じようなもんだ」
「へぇ、こんなものまであるんだ。っていうか、エステルさん凄いなぁ。さすが博士の弟子」
俺の説明を聞き、《銀白光の先導燐》を眺めながらそんな風に言う朔耶。
「ああ、まったくだな」
と、そう朔耶に同意しながら、俺は《銀白光の先導燐》を起動する。
「ほえぇ、とてもとても明るいのですっ! 共和国の技術はやはり凄いのです!」
「ああ、フェルトール大陸――というか、イルシュバーン共和国の魔煌技術は世界最高峰だってのは知ってたが、まさかこれほどの光を生み出すモンを作れるとはな。いやはや、正直恐れ入ったぜ」
クーとリンが感嘆の声を上げる。
「さて、それじゃ早速――」
そう言って暗闇を照らす俺。
「……えっと……広間? なんだかとてつもなく広いね。……でも、誰もいないっぽい?」
「祭壇のようなものが見えるので、儀式の間と言った所でしょうか?」
《銀白光の先導燐》の強力な光に照らされ、浮かび上がってきた光景について、朔耶とセルマがそれぞれそんな風に口にする。
「罠とかはなさそうだし、とりあえず入ってみようぜ」
そう告げてくるリンに頷き、俺たちは広間へと足を踏み入れる。
「……なんだか、床が随分と染みだらけだな」
というリンの言葉を聞き、床に視線を落とすと、たしかに染みだらけだった。
「この染み……かすかに血の臭いがするです。しかも、結構新しいのです」
クーが床の臭いを嗅ぎながら言う。……血の臭い?
「それってもしかして、大公――」
朔耶がその言葉を最後まで言い終えるよりも早く、
「その推測は正解である。これは大公家の者たちの血である」
という声が響いた。
それと同時に、広間全体が頭上からの光によって照らされる。
そして、今まで誰も居なかったはずの祭壇と思しき場所に、銀色に輝く甲冑でその身の全てを包んだ男が立っていた。
――この甲冑、茜色に光るラインが入った箱のような形状の兜に、筋肉や骨格を思わせる溝が多数入った細身の鎧、そして籠手の上腕から下腕に向かって繋がっているケーブルのようなもの……と、まるでパワードスーツみたいな見た目だな。
いや、もしかしたら本当にその類なのかもしれないが……
「なっ!? 人の気配は感じなかったぞ!? ……というか、貴様は……っ!」
驚きと怒りの声を上げつつ、盾を構えるリン。
「銀の王……っ!」
セルマがその男の名を呼ぶ。
って! こいつが銀の王なのかよ……!?
たしかにその名が相応しい姿だが……ってそうじゃない! 重要なのはそこじゃない!
唐突な銀の王の出現に対し軽く混乱していると、
「既知なる者、未知なる者、双方存するものなり。――既知なる者に異空間障壁を破れる者は皆無。然らば、汝らが此方に至りしは、未知なる者の力であると推測せん」
銀の王はそう言って俺、朔耶、クーを交互に見てきた。
……兜の光が茜色から赤色に変わった?
インスペクション・アナライザーか、それと同等の物が使われた……のか?
「――魔王の術式を宿す符……。なるほど、得心なり。……されど、魔王の術式と言えど、異空間化した領域内の次元の歪みの穴に干渉する事は出来ぬ……」
腕を組み、そこまで言った所で視線をリンへと向け、そして続く言葉を呟く。
「……大公家の血、であるか」
よくわからんが……普通なら、あの護符だけでは例の障壁を破る事は無理だが、リンの大公家の血がなんらかの作用をして破る事が出来るようになったって所か。
……ふむ、そうすると大公宮に近づくまで障壁が見えなかったのは、障壁自体が異空間の物だから、異空間に接触する程近くまで行かないと見えない……といった感じなのだろうか?
いや、そもそもどうやって異空間化とやらをしたんだ……?
それに次元の歪みの穴ってのは一体……?
むう……。わけのわからん話ばかりで理解が追いつかないぞ……
「ソー兄、銀の王の言ってる事がさっぱり理解出来ない」
朔耶が小声でそんな風に言ってくる。
……まあそうだろうな。
ただでさえ言ってる事が分かりづらいっていうのに、言い回しも独特すぎるせいで、更に分かりづらくなってるからなぁ……
「安心しろ、俺も良く分からん」
……これは、聞くだけ聞いといて、後でディアーナに相談するしかなさそうな気がするぞ。
「――っていうか、どうしてあんたがここにいるんだ?」
俺は銀の王に向かって問いかける。
そう、そもそもルナルガントに銀の王がいる事自体がおかしい。
誰にも気づかれずに潜入し、大公宮を制圧したとでもいうのだろうか。
「問いに回答する。我が欲するは冥界の力。彼の力を得るには大公家の血が必須。故に我は大公家の血に連なる者を確保せん」
銀の王はそこで一度言葉を区切り、リンを一瞥してから続きの言葉を紡いだ。
「血あらば、次なる段階は冥界へ至る事なり。されど、冥界へ至るには門を開く必要あり。故に、我は冥界との接点に近しいルナルガントを――大公宮を、門を開く場とする事を決断せん。我、異空間化により民草の眼を欺瞞し、飛行艇により急襲、場となりし大公宮を制圧。彼方より此方へと至らん」
……どうやら、本当に気づかれないように制圧したらしい。
「え? 魔法が使えない状況下でどうやって飛行艇を……?」
「我が飛行艇の飛翔機関に、魔煌技術――魔法は不要」
朔耶の問いかけにそんな風に言って返してくる銀の王。
ふむ……。という事は、魔煌技術以外の技術で造られた飛行艇って感じなのだろうか?
まあもっとも、奴がその身に纏っているパワードスーツみたいな異質な甲冑からして、この世界の一般的な技術である魔煌技術と大きく異なっているので、銀の王が特異な技術を有しているというのは明白ではあるのだが。
「話が少し戻るが、大公家の血ってのは何なんだ? あと、キメラを作っていたのはお前か?」
「大公家の血は、ベル・ベラードの血である。キメラは、協力者より譲り受けし技術である。――この回答で良いであろうか?」
リンの問いかけにあっさりと答えてくる銀の王。……その程度の事であれば、話しても問題がないという事なのだろうか?
「は? ベル・べラードの血? どういう事だよ、そりゃ」
「歴史とは、支配者に不都合な事案は湮滅される物である。――初代の真実を知らぬ者に、それ以上教示する必要性は皆無であると我は判断する」
どうやらそこまで教える気はないようだ。どうせなら最後まできっちり教えろと。
……まあでも、どうやらフォーリアの初代大公がベル・べラード討伐に赴いた時に、何かあったのだろう。なら、後でそこを調べればいいな。
「銀の王、キメラという外法を貴方に教えたのは何者なのですか?」
今度はセルマが問いかける。
「竜の血盟に属する者である。我はその者から、イルシュバーン共和国で行われた『実験』の結果と成果物を供された。大いなる発展は皆無であったが、望外、生み出されし魔は有用なり。――なお、その者の名は黙させていただく」
銀の王は淡々とそう答える。……まあ、さすがに名前までは言わないか。
ただ、アリーセや室長たちが関わった例の事件と繋がっていそうではあるが。
……あの事件の関係者が、この場にひとりもいないのが残念だ。
「質問は以上であるか? 問答の終端となりし1つの問いを許可する」
銀の王がそんな事を言ってくる。
ふむ……質問は、あと1つだけって事か?
そこで、皆が一斉に何故か俺の方へと視線を向けてくる。
なんだ? もしやこれは、最後の1問とやらは俺が質問しろ……という事なのか?
そう考えて皆を見ると、いかにもそうだと言わんばかりに頷き返してきた。
……間違いなさそうだ。うーむ、思いっきり俺に丸投げされた感じがするぞ……
さて、何を問うのが一番有用なのだろうか――
銀の王、ここで登場です。
問答は最後と言っている通り、次回は……