第20話 クーレンティルナと黒妖犬の因子
「よーし、それじゃあ一気に行くぜ!」
リンが掛け声と共に、目の前の踊り場にいる巨大な剣を持った大鎧の魔物――デム=ウォードに雷撃の魔法を放った。
直撃を受けたデム=ウォードが仰け反りつつ動きを止める。
見ると、鎧全体がバチバチとスパークして震えていた。
なるほど……発動までが早い分、威力はあまりないようだが、一種の麻痺状態にする効果があるみたいだな。
しかし、麻痺の効果時間は短いらしく、デム=ウォードはあっという間に再び動き始めてしまう。
が、それだけの時間でも俺たちにとっては十分すぎるというものである。
そう、麻痺状態の間に、俺を含めた他の面々は攻撃準備が既に完了していたのだ。
デム=ウォードが剣を振るおうとするのと同時に、俺達の一斉攻撃が炸裂。
一瞬にしてデム=ウォードが踊り場から弾き出され、白い砂を撒き散らしながら冥界の空に散った。もっとも、剣は白い砂にならないので、そのまま地面へと落下していったが。
しかし、アルミナの地下神殿遺跡の深部で、最初にこいつと出くわした時は、こんなデカブツとやり合うのは面倒だと思ったものだが、今じゃ雑魚としか思えないな。
何気にあの頃よりも強くなっているのだろうか。……まあ、あの時と違って仲間が多いってのもあるかもしれないが。
と、そんな事を思いつつ階段を駆け抜け、扉へと辿り着く。
その扉は朔耶が乗れるサイズまで大きくなったアルの3倍近くあり、先程のデム=ウォードが普通にくぐれるであろうほどの巨大な物だった。
普通なら開けるのに苦労しそうだが……
「半分開いてるですけど……閉め忘れです?」
クーがそんな風に言う通り、扉は半開き状態になっていたりする。
「いや、さすがにそんな事はないと思うぞ……。まあ、完全に閉じていたら開けるのが面倒だし、こっちとしては好都合だが……」
俺は朔耶に対してそう言い、開いた扉からクレアボヤンスで奥を覗く。
「罠である可能性もありますね」
と、俺の懸念している事を言葉にするセルマ。
「ああ。……ふむ。中は少し進んだ所で螺旋階段になっていて、その先はここからじゃ見えないな。うーん、とりあえず魔物やキメラの姿は見当たらないし、罠っぽい物も仕掛けられているような感じではないな……」
「魔物や罠が存在しないのはいいけど……また階段?」
俺の言葉を聞き、嫌そうな声で朔耶が言う。
「私もうんざりだぜ。……つっても、ここまで来たら進むしかねぇけどな」
リンがため息混じりにそう言うと、朔耶はため息をついた後、
「うんまあ、たしかにそうだね。……じゃあ、行こうか」
と、そう告げて塔の中へと入っていく。
俺たちもまた、その朔耶に続き、塔の中へと足を踏み入れた。
◆
塔の中はクレアボヤンスで確認した通り、時計回りの螺旋階段になっていた。
少し登った所で右側の壁が消え、代わりにこれまたデム=ウォードが軽く入りそうな培養槽が並んでいる光景へと変化した。
「これって……キメラの因子培養プラントじゃ……」
朔耶が培養槽を見ながら呟く。
「ああ。だが、培養するだけじゃなくて、融合してキメラを生み出す機能も追加されているっぽいな」
俺は培養槽の1つに視線を向けながら言う。
視線の先にはウサギ耳を持つ下半身が鱗を持つ巨大な黒犬のようになっているキメラがいた。
ウサギ耳なので、元々はルヴィ―サ族の女性だったのではないかと思われる。
「……スキュラタイプ? なんか少し違う所があるけど……」
「おそらく、ブラックドッグ――黒妖犬の因子を埋め込まれたです」
朔耶の疑問にそう答えるクー。
「黒妖犬の因子?」
そう問いかけた朔耶に対し、クーは胸元に手を当てながら告げる。
「私に埋め込まれている因子なのです。僅かに共振反応があるです」
「んん? そいつは一体どういう事だ? ルナはガルフェン族かカヌーク族の亜種かと思ったが違うのか……?」
クーの過去を知るよしもないリンがもっともな疑問を口にする。
「はいです。私はキメラになり損ねた人間なのです」
「なり損ねた……ですか?」
今度はセルマが疑問に首をかしげる。
「そこに関しては俺が説明しよう。だが、その前にこの培養槽は破壊しておこう」
俺はリンとセルマに対してそう告げると、スフィアの魔法で培養槽を中のキメラもろとも吹き飛ばす。ここまでキメラ化した人間を元に戻す手段はないからな……こうするしかない。
「さて、それでだが――」
俺は階段を登りながら、クーに変わって説明をする。
……
…………
………………
「……そうだったのか。――随分と性根の腐った奴らだな……!」
「ええ、なんという非道な行為をする連中でしょう……!」
リンとセルマが、悲しみと怒りの入り混じった表情で言葉を紡ぐ。
「……おふたりとも私のために悲しんでくれて、怒ってくれて嬉しいのです。――キメラ化は悪い行為なのです。先程のような人が出るのは絶対に駄目なのです。……でも、ですけど、その……私に関して言えば、キメラ化――黒妖犬の因子を組み込まれた事に、実は感謝してるです」
「感謝?」
クーの言葉に首を傾げる朔耶。
「です。えっと……私、自分の事を……思ってる事を言葉にするのが苦手なのです。だから上手く言えないかもしれないのです」
クーはそう前置きすると、どう言えばいいのか分からないといった感じで、考えながら、たどたどしく思った事を語り始める。
「……その、黒妖犬の因子を組み込んだからこそ、今の私はここにいるです。たしかに最初は苦しかったです、悲しかったです。でも、だから、蒼夜さんや朔耶さんに会えて、こっちに来てからも色々知る事があって、いっぱい色々挑戦したです。それはその……すごく、すごく楽しい事だったのです。もし、きっと、黒妖犬の因子を組み込まれなかったら、多分、ただのキメラになっていたか殺されていたです。つまりその、そこで終わりだったです。だから、その感謝しているです」
久しぶりに再会して、割と普通に会話してたから忘れていたけど、本来、クーはあまり自分の事を話すのが得意じゃなかったからなぁ……。
でも……あの頃に比べて随分成長した物だと思う。
「クーちゃん……」
朔耶がちょっと泣きそうな顔でクーを見た後、
「うん、私もクーちゃんに会えた事に感謝だよ。色々と面白かったし」
なんて事を言った。
その朔耶に続く形で俺も頷き、一言だけ告げる。
「そうだな。俺もそうだ」
「おふたりとも……ありがとうございますです」
そう言って笑みを浮かべたクーだったが、すぐに暗い表情をして俯いてしまう。
「あ、でも、先程のように完全なキメラになってしまった人が……人である事が終わってしまった人がいる以上、今の私が言った言葉は、不謹慎と言えるかもしれないのです……」
「ルナが不謹慎だなんて思う必要はこれっぽっちもないぜ。なにしろ一番悪いのはキメラを生み出す奴らだからな。そして、ルナはキメラ化しちまった他の者たちと同じく、そいつらのせいで被害を受けた側だ」
そこまで言った所で一度言葉を区切り、リンはクーの頭を撫で、
「でも、ルナは被害を受けながらも運良く助かった。だったら、そこに――キメラ化を免れた点に感謝する事も、助かった後の出会いや楽しみに感謝する事も、別におかしな話ではないさ」
微笑みながら言った。
「ええ、その通りです」
セルマもまた微笑みながらクーに対してそう言うと、俺の方を見て話しかけてくる。
「……それにしても、因子の適合不適合の条件というのは何なのでしょう……。それが分かれば、元に戻す手段も……」
その言葉を聞き、俺はクーを発見したあの研究施設に、自らキメラ化する奴らがいた事をふと思い出す。
あれはおそらく、クーの結果をもとに調整した因子を埋め込んだのだろう。
まあもっとも、そっちはキメラ化――変身した時点で自我が失われる一方通行だったが。
――その事を話すと、セルマは顎に手を当て、
「なるほど……。そうすると、クーレンティルナさんの持つ血か何かが因子と適合したのでしょう」
と、思考を巡らせながら言ってきた。
ふーむ……。クーの方が適合させるための要素を持っているとすると、クーがこちらの世界に来て変化能力を得たのは必然だったのかもしれないな。
俺はそんな事を考えつつ、何かを話しながら先を行く皆を追って階段を登っていく。
――その後、何度かキメラ……どころか、冥界の悪霊すら格納されている培養槽があったが、全て破壊して遂に階段の終わりへと辿り着いた。
「また扉があるよ!」
朔耶がそう言った通り、たしかに扉があった。
しかし、塔の入口と比べて小さい――というより、人間が入れる程度の大きさだった。
「なんだか、人間が出入りするための扉って感じだぜ」
「ああ、おそらくそうなんだろう。……何故、冥界に人間用の扉があるのか良く分からんけどな」
リンの言葉にそう返しつつ扉を見る。
ふむ……。一見すると、何の変哲もない普通の鉄扉だな。
うーん、ロゼやシャルロッテがいれば、罠があるかどうかがわかるんだがなぁ……
なんて事を思っていると、
「少なくとも、魔法的な力は付与されていませんね」
そういつの間にか眼鏡をかけていたセルマが言ってくる。
……眼鏡?
って、ああそうか! 『インスペクション・アナライザー』か!
「なら、少なくとも魔法の罠の類は仕掛けられていねぇって事だな。それなら慎重に開けてみるとすっか。まあ、罠があったら音で分かるしな」
そう言うやいなや扉に手をかけるリン。へぇ、音で罠を見抜けるのか。
それなら大丈夫だろうと思いつつも、念の為、俺は何かあったらアポートで引っ張れるように準備しておく。
「よっ…………と!」
アポートを構える俺の視線の先で、リンがそんな掛け声と共に扉を開いた。
クーレンティルナの話が、思ったよりも長くなってしまいました……