第18話 仄暗い朱色の空が広がる世界
なんとも説明調なタイトルに……
「……外って雪が降ってなかったっけ?」
朔耶が外――通路から見える仄暗い朱色の空を見ながらそんな疑問を口にする。
たしかに朔耶の言う通り、雪は降っていない。
時間的には夕方なので、晴れていれば夕日が差し込んでくるというのは、おかしくないのだが……なにかが夕日とは違うんだよなぁ、この光。
その事に首をひねっていると、リンが周囲を見回した後、
「というか、この通路、こんな造りじゃなかったぞ……。なんだよこれ……どうなってやがんだ?」
と、困惑の混じった声でそう言ってくる。
リンが困惑するのも分かるというもので、障壁の先の通路はそれまでの通路とは打って変わった造りになっており、どう考えても大公宮ではない場所なのはたしかである。
ふむ……右側が壁の代わりに大きな柱が連なっているのはともかく、柱の間から見えるのが空だけだという事は、ここは少なくとも1階ではないという事になるな。その時点でおかしな話である。先程まで俺たちは1階にいたのだから。
ちなみにその柱にはガーゴイルに似た魔物の像が取り付けられており、今にも動いて襲ってきそうな雰囲気が漂っている。
うーむ……。これは、幻影や幻術の類なのだろうか?
「左の壁や天井を走る外の光と同じ色をした線はなんなのでしょう?」
セルマが壁と天井を交互に見ながら言う。
セルマの言う通り、壁と天井には魔煌波生成回路のような複雑な光る線が張り巡らされていた。……ん? これって――
「アルミナの地下神殿遺跡――古代アウリア文明の遺跡に、こんな感じのものがあったよなぁ……」
俺はそう声に出しながら、壁を叩いてみる。
すると、叩いた感触や返ってきた音は、あの遺跡とほとんど変わらない物だった。
「この壁に使われているのは、もしかしてアウラセラム……なのか?」
「アウラセラム? そんなもの私は知らねぇぞ?」
俺が呟くように言った言葉に対し、そう返してくるリン。
「アウラセラムも古代アウリア文明も、フェルトール大陸の物なのです。どうしてローディアス大陸にアウラセラムで出来た壁があるです?」
クーが首を傾げながら、俺の方を見てそう問いかけてくる。
「それに関してはさっぱりだな。っていうか、古代アウリア文明の遺跡だとすると、建築様式というか……雰囲気が大分違うんだよなぁ。古代アウリア文明の遺跡は、こんな不気味な感じじゃないし」
「あー、たしかに。ラスダ――じゃなかった、魔宮とか魔城とかそんな感じの造りだよね、これって」
俺の言葉に続くようにしてそんな事を言う朔耶。今、ラスダンって言いかけただろ……絶対。
まあ、俺も最初見た時は、ちょっとラスダンっぽいって思ったけど。
「――推測でしかないが、古代アウリア文明と同じ技術を使ったか、もしくは根幹が同じなんじゃないか。古の時代だからといって、大陸間の交流が皆無だったとは限らないからな」
「なるほどな……。技術的な部分が同じだけの別の文明ってわけか」
俺の推測に納得して頷くリン。
「そう言えば、外はどうなっているんだろうね?」
朔耶がそう言いながら、柱の間から外を眺め、
「うえぇっ!?」
と、素っ頓狂な声を上げた。
「外に変な物でもあったのか?」
そう問いかけながら朔耶の横に立ち、絶句。
……なん……だ、これ。
外は赤茶けた地面に奇妙な形の岩が立ち並ぶ荒野だった。
が、そこはどうでもいい。
いや、どうでもよくはないが、それ以上に意味不明な光景がそこにはあった。
「地面が空に向かって伸びている……です?」
クーが横に来てそんな事を呟く。
そう……俺の目に映ったのは、遥か彼方――本来なら地平線になっているであろう辺りが地平線になっておらず、むしろ空に向かって大地が続いている、という景色だった。
「なんか、スペースコロニーとかでこんなのあったよね……?」
朔耶がそんな風に言ってくる。
「ああ……そう言われてみると、リング状のスペースコロニーはこんな風に見えるって話があったな……。まあ、惑星の内側――地底も多分こうなる気はするが」
「あ、たしかに。……でも、そうだとしたら、ここは随分と惑星の中心に近い所にあるって事になるよね?」
「そうだな。そしてその場合、グラスティアに『核』が存在しないという事になる」
「地底ってのはわかるが、すぺーすころにー? ってのは何なんだ?」
俺と朔耶の会話に、リンが疑問の言葉を投げかけてくる。
「宇宙に浮かんでる居住空間だ」
「うちゅう……ですか?」
宇宙という言葉に、今度はセルマが首を傾げる。
ああ、そこからだったか……
エステルやアリーセは普通に理解していたし、技術的にも文化的にもかなり発展している世界なので、宇宙についても一般常識かと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
うーむ……。やっぱり技術や文化の発展に偏りがあるなぁ、この世界。
「夜になると空に見える星空。あれが宇宙だ。で、スペースコロニーってのは、そこにある巨大な宮殿みたいな物だな。まあ……宮殿って言っても、この公都全部がいくつも軽々と入ってしまうくらいの広さのだがな」
と、そう説明するも、いまいち理解出来ていない様子のリンとセルマ。
まあ……宇宙の概念を知らない以上、理解するのは難しいよなぁ……
「……ねえソー兄? これって、どう考えてもグラスティアじゃないよね? もしかしてだけど、あの障壁の所で別の場所――ううん、別の世界とグラスティアとが繋がっていたりするんじゃ……?」
朔耶が俺の方を見て、そんな推測を述べる。
俺は、後方――障壁に対して顔を向けながら、
「ああ……俺もそんな気がする。最初は幻影か幻術の類じゃないかと疑ったんだが、どうやらそんなしょぼいものじゃなさそうだからな。……そして、別の世界と繋がったと仮定するなら、繋がった先の可能性として一番高いのは……『冥界』だな」
と、言葉を返した。
「冥界!? ここがですか!?」
俺たちの話を聞いていたセルマが驚きの声を上げる。
「まあ、この光景を見たら、冥界だと言われると納得出来てしまうのもたしかだぜ。……けど、なんでウチの家が冥界なんかと繋がってやがるんだ?」
リンが周囲を見回しながらそんな疑問を口にし、顎に手を当てた。
「さあ……? それこそ、あの障壁を生み出した張本人に聞いてみればいいんじゃないか? きっと、この先にいるだろうからな」
「たしかにそうだな……」
リンは俺の言葉にそう短く言って納得した後、今度は肩をすくめて言葉を紡ぐ。
「けど、魔法が使えない状態で冥界を進むのは、なかなか骨が折れそうだな」
まあ、俺は魔法が使えなくても関係のない攻撃手段を持っているが、リンはあの一風変わった武器――というか、盾しかないしなぁ。
リンの方を見ながら心の中でそう呟いた所で、
「……ここがもし冥界なのだとしたら、魔法が使えるかもしれませんね」
と、そんな事を口にするセルマ。
「魔法、です? でも、幻燈壁が見えないです。魔煌波はなさそうなのです」
クーが外を眺めて幻燈壁が見えない事を確認しつつ言う。
「ええ、たしかにそうですね。ただ、ガルドゥークの異界録では冥界でも魔法を使っている描写があるので、もしかしたらと思いまして」
そうクーに返しながら、扇を取り出すセルマ。
そして、その扇を構えて魔法の発動準備に入った。
すると、即座に魔煌波生成回路が動作し始める。……おっ?
「――《銀杭の閃烈陣》っ!」
セルマがそう言い放った直後、どこからともなく4つの銀色の杭が床に落下、それぞれの杭と杭が白く光る線で繋がり方陣が生成された。
……そう思った直後、方陣から白い光が噴き出し、天井まで到達。
それからほどなくして光が消え、それと共に杭と方陣も消滅する。
「発動したのです!」
「ああ、発動したな。ところで今の魔法は……?」
俺は興奮気味のクーに同意しつつ、セルマの方を見て問う。
「強烈な閃光と音で、陣の中にいた者を昏倒させる魔法です。――昏倒しなくても、あらゆる感覚を短時間ですが奪う事が出来るので、集団を無力化するのに便利な魔法ですね。あ、方陣の外にいる人には少し強い光を感じるだけですのでご安心を」
なんていう説明をしてくるセルマ。
「えっと……スタングレネード?」
「――に、近いな。まあ、あれと違って範囲を絞って使えるのと、上手くいけば気絶させられるって所が違うけど。っていうか、範囲型の魔法としては発動がとてつもなく速いな、あれ」
俺は首をかしげる朔耶に対し、そう言った。
実際、魔煌波生成回路が起動し始めたと思ったら、もう発動準備が完了していたからな。
以前、アルミナでロゼの短剣を使って《翠風の裂刃》を放った事があったが、あれと同じくらいの速度で、なおかつ一定範囲に有効な魔法なのだから、かなり便利だろう。
「ま、素早く方陣の外へ出るか、方陣が見えた瞬間に目と耳を塞いで伏せれば回避出来ちまうから、慣れている相手にはあまり効かないけどな」
と、補足するようにリンが言ってくる。
なるほど……便利だけど欠点もあるのか。たしかに発動自体は速かったが、閃光が発生するまでは少し時間があったな。
「――それより、こっちに多数の足音が近づいて来てんぜ」
奥を見据えながら、そう警告を発してくるリン。
「たしかに、足音がするです!」
クーが耳をピクピクさせながら同意する。
「ようやく敵が現れたって感じだな。やれやれ、ファーストエンカウントまでが長すぎだろ」
俺はそんな風に言いつつ、霊幻鋼の剣の代わりにスフィアを呼び寄せる。
どうやら、冥界でも問題なくディアーナの領域へのアポート&アスポートは可能なようだ。
という事は『幽星の鏑矢』も問題なく使えそうだな。
こんな場所であれが使えないとかだと、かなりマズいからな……
そんな事を考えている間に、俺の耳にも足音が届く。
まあ、魔法が使えるのであれば、雑魚いくら来ようが一掃する事自体は容易いのだが、ここでスフィアを消耗しすぎるのは危険な気がするな。なるべく温存したい所だ。
という事で、リンたちの魔法にも期待するとしよう。
そう思いながら、俺は足音のする方へと視線を向け、敵の群れを待ち構えた――
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!
(といいつつ、1月1日にも更新していますが予約したのは前日なので(汗))
というわけで、1回空けての新年再スタートは……ラストダンジョンっぽい場所からです!
まあ、ラストダンジョンではないんですけどね!
それと、2章の登場人物紹介を現在作成していますので、
出来上がり次第投稿いたします(次の投稿日に時間をずらして投稿したい所です……)
とりあえず、3章直前(間章の一番下)に入れる予定でいます。
追記:本文と後書きに、誤った表記が幾つかあったので修正しました。