第12話 変化能力
「ほぇぇ、そんな事があったですか」
「そうそう、あの日あそこに行ったから、今ここにいるんだよねぇ」
「そうだな。……もっとも、あの時はまだこの世界に来る事になるだなんて、思ってもいなかったけどな」
肩をすくめてそう言いながら、ふと思う。
あの日、あの場所に行かなかったら今頃どうしていたのか、と。
普通な人生だったのだろうか?
いや……本来はこの世界に生まれるはずだったのが、地球に生まれた事で変化した因子とやらによってサイキックを得たのだから、あの日、あの場所で幽霊トンネルへ行かなくても、どこかでサイキックを得ていたんじゃなかろうか。
そう、あくまでも得るタイミングが違うだけで。
そんな事を考えていると、ふたりの声が聞こえる。
「あ、あそこで階段も終わりっぽいね」
「長かったのです」
思考を中断して、階段の下に意識を向けると、たしかに階段の終わりが見えていた。
ふぅ、ようやくか……
◆
階段を降り切ると、やたらと天井の高い通路に出た。
しかも、少し先で左右に分かれている。
「うーん……左と右、二手に分かれているけど、どっちが正解だろう?」
朔耶がそう言うと、分岐点に先行していたクーが、左の道を眺めながら、
「でも、左は通路の入口が壁の上の方にあるです。あそこまで私の身長の3倍以上――5メートル近くありそうなのです」
そんな風に言ってくる。
「ふむ……。よく見ると上の通路の入口部分に、スライド式のはしごが設置されているな。あれを降ろせば登れそうだが……」
分岐点に辿り着いた俺は、クレアボヤンスで左の通路を見ながらそう呟いた後、
「まあ、行くなら朔耶かクーをアスポートで上に転送して、はしごを下ろして貰えばいいか」
と、朔耶の方を見て言葉を続けた。
「あ、そうか。ソー兄のアスポートって、今はそんな事も出来るようになってるんだっけね」
そう言って腕を組みながら、ウンウンと頷くように首を縦に振る朔耶。
「――そもそも、リンさんはどっち行ったですかね?」
クーがもっともな疑問を口にする。
その言葉に、朔耶が顎に手を当てて首を傾げながら「うーん」と唸る。
と、そこで俺は、1つ気になった事を朔耶に尋ねてみる。
「そう言えば、テレパシーって完全に使えなくなったのか?」
「あ、うん。無理。っていうか、使えるならリンに対して使ってるよ」
「……まあ、それもそうか」
朔耶の言葉に納得し、そう言葉を返しながら右の通路をクレアボヤンスで確認してみる。
……ふむ、ルクストリアで見た事のある――というか、素材集めで倒した事のある害獣がいるな。
しかも結構な数だ。これと交戦せずにすり抜けるのは難しい気がするぞ……
という事は……リンが向かったのはこっちじゃなさそうだな。
「それにしても、テレパシーが召喚に変わっただなんて、改めて聞くとなんとも不思議な感じなのです」
「うん、そうだね。ただ……召喚に変わらなくても実の所、遅かれ早かれテレパシーは使えなくなっていた気もするんだけど、ね」
朔耶がクーの方を見て、そう言って返す。
……うん? 遅かれ早かれ使えなくなっていた? それはどういう意味なのかと問うと、朔耶は、
「こっちの世界に来た直後からテレパシーの有効範囲が狭くなってね。使っても上手くいかない事も多かったんだ。もしかしたらだけど、もうその時点で変化が始まっていたのかも……」
そんな風に答えてきた。
俺は朔耶のその回答に対し、疑問が頭に浮かぶ。
……俺のサイキックはこっちに来た時に強化された。
でも、朔耶のテレパシーは強化されたのではなく『変化』だ。
そして、室長は『特に変わっていない』感じだった。
この差は一体なんなのだろうか? と。
「あ、そう言えば私、こっちの世界に来た時に、おふたりのようなサイキックとは違う『異能』を得たですよ。しかも、あのはしごをおろすのに丁度良さそうな『異能』だったりするのです」
「「えっ!?」」
クーがさらっと告げてきた言葉に、俺と朔耶は驚きの声を上げる。
っていうか、思いっきり重なったな、今。
「――『変化』っ! なのですっ!」
クーがそう言い放った直後、クーの身体が金色の光に包まれ、一瞬にして人間から獣へとその姿を変えた。
「犬?」
「狼?」
俺と朔耶が、クーの変化した姿に対して異なる反応を示す。
なんというか、犬と狼の半々といった感じだろうか?
地球にウルフドッグというのがいるが、それが一番近い気がする。
「私自身も、犬なのか狼なのか良く分かっていないので、どっちも正解と言えるのです。ちなみに、私は間を取って犬狼って呼んでるです」
ふむ……なら、とりえあず俺も犬狼と呼ぶとするか。
「しかし大きいな……」
俺は犬狼化したクーを見ながら、そんな呟きを発する。
というのも、犬狼化したクーのその体躯は、犬や狼としてはかなり大きい。
……どころか、本来の姿――人間の姿よりも大きいのだ。
「えーっと……質量保存の法則は一体どこに?」
俺が口にしようとした事を朔耶が先に口にした。
まあ、普通に考えたら質量が増すとか意味不明だしな。
「う、うーん、それは私にも良くわからないのです」
首を傾げて悩むクー。
俺は手を左右に広げ、クーと朔耶を交互に見ながら言う。
「ま、なんだ? 魔法やら霊力やらが存在する世界だから、そこら辺は気にしてもしょうがないんじゃないかと思わなくもない」
「うーん、まあたしかにそうだね。シャルやロゼが霊力の刃とか生み出しているくらいだから、身体が大きくなっても別に不思議じゃない気もしてきたよ」
俺の言葉に頷き、そんな風に言ってくる朔耶。
「シャルロッテやロゼのあれと一緒にするのはどうかと思うが……根源的な部分で言えば、同じであると言えなくもない……か」
魔法が使えない状況下でも変化する事が出来るって点からしても、な。
「うんうん、そういう事そういう事。――えーっと……それで、その姿になった場合は何がどう変わるの?」
「あ、はいです。走るスピードやジャンプ力が大幅に上がるです。あと、壁も走れちゃったりもするですよ。なので、ああいった場所も――」
クーは朔耶の問いかけに、そう言って返すなり、壁に向かって疾走。
そして、そのまま駆け上がってみせる。おお、凄い。
「この通りなのですっ!」
元の人間の姿に戻りながら、ちょっと自慢げにそう言ってくるクー。
それに対して朔耶が、
「わっ、なんか凄い! ちょっと忍者っぽい!」
と、なんだか良くわからない驚きの言葉を返した。忍者っぽいって……
「さすがにそこまでではないです。忍術とか使え……あ、符を使えば、同じような事が出来るような気が……」
そんな事を言って何やら考え込み始めるクー。
「おーい?」
なにやら自分の世界に入り込んでしまったクーに向かって呼びかける俺。
「っとと! ご、ごめんなさいです! すぐにはしごを下ろすです!」
俺の声に気づいたクーが、慌てながらはしごを下ろしてくる。
――よし、これで登れるな。
「んじゃ、上に行くとするか」
朔耶に向かってそう言うと、
「オッケー! ……って、あれ? リンがどっちに行ったか分からないんじゃ?」
そんな事を言ってきた。
……あ、そうか、そう言えばクレアボヤンスで見た事をまだ話していないんだった。
「実はさっき、ちょろっと右の道の先をクレアボヤンスで確認してみたんだよ。そしたら、あっちには害獣の群れがいたんだが……パッと見た感じ、戦闘が行われた形跡はなかったんだ。つまり――」
「あ、なるほど。戦闘が行われた形跡がないという事は、リンがそっちへは行っていない可能性が高いという事でもあるわけだね」
最後まで言い終えるよりも先に、朔耶は俺の言いたい事を理解したらしく、そう言って返してきた。
俺は朔耶に対してその通りだと言って頷くと、はしごへと近づき、登る。
「でも、リンさんがこっちに来ているとして、どうやってこの壁を登ったです?」
朔耶が登ってくるのを待っている――アポートで引っ張っても良かったんだが、まあ大した距離でもないので普通に待つ事にした――と、クーがそんなもっともな疑問を口にする。
まあたしかに、このはしごは上がった状態になっていたから、不自然っていや不自然だよな。
「……実は、どちらの道でもない可能性もあったりするんだよ」
俺は腕を組んで、奥へと続く通路に視線を向けながらそう告げる。
「え? そうなのです?」
「ああ。なんというか……ここって、俺たちが気づいていないだけで、別の隠された道があってもおかしくはなさそうだろ?」
それこそ、幽霊トンネルやアルミューズ城にあったすり抜けられる壁とかな。
あれ、地球にもあった事を考えると、魔煌波がなくても作れるっぽいし。
「あ、なるほどです。たしかにここの造りからすると、隠し通路のひとつやふたつ、普通にあってもおかしくはない気がするのです」
クーが納得した所で、はしごを登り終えた朔耶が言う。
「まあ、仮に隠し通路があったとしても、見つけられなかった以上、今はこの道を進むしかないよね。探すのも大変だし」
「ま、そういう事だ」
俺はそう返事をすると、そのまま奥へと向かって走り出した。
そして、俺に続く形で、朔耶とクーの走る音が響く。
――さて、この先はどこへ繋がっているのやら……だな。
『へんげ』と『へんか』、漢字だとどちらも『変化』なので、紛らわしいですね……
一応、変化=へんげ、である方にはルビは振ってありますが……