第8話異伝2 始まりの始まり <中編>
トンネル内を歩き始めてから約30分ほど経過した所で、
「ふぅ……。だいぶ歩いて来たけど……そろそろ出口かなぁ?」
と、朔耶が言ってきた。声に若干元気がないので、どうやら少し疲れているようだ。
「初めて来たから、どのくらいの長さなのかわからんけど、まだ結構あるんじゃないか?」
「むぅ……。っていうか、このトンネル、思った以上に長いんだけど……」
「まあ、なにしろ山1つ貫いているからなぁ、このトンネル」
「まさか、無限に続いてるとかじゃないよねぇ?」
「それはないと思うが……」
なんだか、若干自信がなくなってきたぞ……
なんとなく無限に続いていない証拠を探したくなった俺は、正面に目を向ける。
と、50メートル程度先に、トンネルの側壁に取り付けられた白い蛍光灯付きの案内表示板が見えた。
「ふむ……。あそこに何か書いてありそうだな」
「え? どこ?」
「あそこだ、あそこ」
周囲をキョロキョロと見回す朔耶に対し、俺は指で案内表示板をさし示す。
「……あ、本当だ! ちょっと行ってみよう!」
そう言うやいなや、唐突に走り出しす朔耶。
それを追って、俺も走る。
到着した案内表示板には、『中間地点』と記されていた。……ここが中間なのか。
「ええっ!? こんだけ歩いたのに、まだ中間地点!? あううぅ……自転車で来れば良かったかも……」
案内表示板を見た朔耶が、地面に手をついてうなだれた。やれやれ……
「ま、逆を言えば、ここまで来たら戻るも進むも同じ距離だって事だな」
「むむぅ……。こうなったら出口まで行ってやるぅ……」
俺の言葉に対し、やる気があるんだかないんだか良く分からない声でそう返してくる朔耶。
そして、ため息をつきながら立ち上がった所で、
「……って、なんかこの先、ちょっと暗くない?」
と、そんな事を言った。……うん?
天井を見上げると、不自然な窪み――そこに照明が取り付けられていたと思しき跡――が見えた。いや、見えたと言っても、暗いのでなんとなく、ではあるが。
「……ああ。なぜだかよくわからんが、照明の間隔がここまでと比べて、少し長くなっているみたいだな。……というより、照明の数を減らした……のか?」
「あー、たしかになんか照明を取り外した跡っぽいのがあるね……。人通りのほとんどないトンネルだし、これで十分だって事なのかな?」
「まあ、維持するだけでも大変だしなぁ……。経費削減とかの理由でそうしていてもおかしくはないな。とりあえず、懐中電灯使うか?」
「うーん、少し暗いけど、懐中電灯をつけるほどじゃないような気もするなぁ……。でもまあ、この暗さなら、怪談話のネタに使われるのもよくわか――」
と、朔耶が言葉を最後まで言い切る事なく、足音が止まる。
なにかと思い俺が朔耶の方を見ると、その肩が震えているのがわかった。
「ん? どうかしたのか?」
「ソ、ソー兄、あ、あれ……」
そう言って正面を指さす朔耶。
「あれ?」
俺がそちらに顔を向けると、おおよそ100メートルくらい先に、白衣のようなものを着た人間……らしき者が立っているのが見えた。
「人間……だよね? 足、あるよね?」
と、やや震える声で問いかけてくる朔耶。……どうやら、幽霊である可能性を否定して欲しいらしい。
「ちょっと遠いからなんとも言えないが……。幽霊……ではないような気がするぞ」
多分違うと思うが、距離がある上に、照明の光量が足りておらず暗いため、はっきりさせる事が出来ない。
「あ、そうだ、懐中電灯を――」
朔耶がポシェットから懐中電灯を取り出そうとするが、その前にその白衣の何者かは壁へと近づいていき……そのまま壁の中へと消えてしまった。
「いや、もう遅い。壁の中へ消えちまった」
……って、まてまて! 自分で冷静に言っておいてなんだが、おかしいだろ! 壁の中へ消えていったってどういう事だよ!? まさか……本当に幽霊だとでもいうのか?
自分の発言に対し、心の中でツッコミと考察をしていると、朔耶が青い顔をしながら、
「ソ、ソソ、ソ、ソー兄ッ!? 消えたって! 消えたって言ったよねぇ!? 今!」
と、悲鳴に近い声をあげながら、俺の腕に思いっきりしがみついてきた。
そして、そのしがみついたままの状態で、震えながら言葉を続ける。
「や、やっぱり、あ、あれ、あれ……ゆ、ゆゆ、ゆ、ゆゆ、幽……霊っ!?」
朔耶の取り乱しっぷりを見て、むしろ逆に落ち着いた俺は、改めて考えを巡らせる。
たしかに壁の中に消えていくなど、普通はありえない。おそらく朔耶の部活の先輩たちも、この光景を見た事で幽霊の存在を確信し、恐怖を抱いたのだろう。
だが、俺としては幽霊っぽい感じがしなかったのが少し気になっている。もっとも、あれが幽霊ではなく人間だったとしたら、それはそれで怖いのだが。
なにしろ、こんなところで何をしているのか、とか、どうやって壁をすり抜けたのか、とか、そんな話になるからな。
……まあ、考えているだけじゃ結論は出ないしな。あそこを調べてみないと……
「――幽霊かどうかを決めるのはまだ早い。あの壁を調べてからだ」
「えっ? ええっ!? ううぅ……っ。ま、まあたしかに、ここで引き返したら先輩たちと何もかわらないし……。うぅ……でも……むぅ……あうぅ……」
――しばし苦悩していた朔耶だったが、最終的には調べたいという欲求の方が、怖いという感情を上回ったらしい。
そんなわけで、俺と朔耶はあいつが消えていったあたりまでやってきたのだが……
「なにも……ないね?」
「ああ……」
二人してあたりを見回すも、特に不自然なものはない。
「壁も普通な感じだよなぁ……」
そう言いつつ、俺は壁を軽く叩いてみる。
が、音から察するに、向こう側に空洞がありそうな気配はなかった。
「スイッチとか隠されていたりし――うわわっ!?」
俺の真似をするようにして壁を調べていた朔耶が、突然驚きの声をあげる。
見ると、朔耶の右手が肘の少し上くらいまで壁に埋まっていた。
「……って、あれ?」
俺が近寄るよりも早く、朔耶は首をかしげながら、壁の中から手を抜く。
そして、グー、パー、と幾度か手を開け閉めした後、再び壁に手を突っ込んだ。
すると、先程と同じく手が壁の中に埋まる。
「どうなってんの? これ」
わけがわからないといった顔で、そんな事を呟きつつ、壁に向かって手を出し入れする朔耶。
「もしかして、これがさっき消えた理由か?」
俺はそう言いながら、朔耶と同じように手を突っ込んでみると、やはりというべきか、壁に阻まれる事なく、あっさりと手が壁の中へと入り込む。
さっき壁を叩いた時はすり抜けなかったので、壁の一部分だけがこうなっているようだ。
「……まるで、昔のRPGにあった隠し通路みたいだね」
と、そんな事を言ってくる朔耶。……それ、昔は昔でも、かなり昔な気がするんだが……
まあ、朔耶の親父さんは、レトロゲームを集めるのが趣味だし、朔耶がプレイしていてもおかしくはないか。
それはそれとして、本当に隠し通路であるなら普通に手以外も通過出来るだろうと考え、物は試しとばかりに、壁に向かって歩いてみる。
「ちょっと、ソー兄!?」
朔耶の驚きの声が聞こえる。
それと、同時に俺の体は壁をすり抜け、壁の先――奥へと続いている長い直線の通路に足を踏み入れた。
そこは、ある意味当然だが、照明が設置されておらず、少々薄暗い。ただ、天井や壁自体が、ほんのりと光を発しているような気がするな……。なにせ、照明一つないというのに、『少々薄暗い』程度で済んでいるのだから。
そんな不可思議な通路の壁や天井は、やや緑がかった色をしたツルツルのもので、明らかにトンネルの壁とは異なる素材の物で作られている、というのが良くわかった。
おそらく、トンネルが作られた時期とは別の時期に作られた物なのだろう。
更にあたりをよく見てみると、その不可思議な天井や壁から、ところどころ水が染み出してきているのが見えた。ピチャッピチャッという水の滴るような音が奥から聴こえてくるので、奥の方へ行くほど、多くの水が染み出しているのではなかろうか。……掘る時に、水脈にでもぶち当たったのか?
……と、そんな事を考えていたら、
「ソー兄!? 大丈夫なの!?」
と、少し慌てた感じで朔耶が問いかけてきた。おっといけない。
「ああ。ちょっと濡れちゃいるが……大丈夫だ、問題ない」
俺がそう返事をすると、朔耶は嘆息しながら、
「……それ、逆に問題がありそうに感じるんだけど……」
なんて言葉を返してきた。いやまあ、たしかに「俺は、正気に戻った!」並に信用性のない言葉だけど……
って、なんの話だよ、これ……
前後編にするには、尺が長すぎたので、3編になりました……
次の話も異伝です。




