第11話 フォーリア公国・公都ルナルガント
ディアーナの話を聞き、ため息をついた俺を見たリンが、
「ど、どういう事だ?」
と、困惑しながら問いかけてきた。
「ざっくり言うと、ローディアス大陸全体が、謎の力で魔法や魔煌具が使えない上、異界の魔物がいつ這い出してきてもおかしくない、そんな状態になっているって事だな」
「な、なんだそりゃ!? いくらなんでも、無茶苦茶だろ!?」
「ああそうだな。無茶苦茶だ。だから非常にヤバい」
俺の話を聞いたリンが、青ざめた顔をしながら、ディアーナの方を見て問いかける。
「ディ、ディアーナ様! 公都へ降りる事は出来るのですか!?」
「地下神殿遺跡にもテレポータルで行けたから大丈夫だと思うぞ」
俺がリンに向かってそう言うと、ディアーナは頷き、
「そうですねー。テレポータルを開く事は出来ますがー、そんな状況なのでー、こちらへの連絡がー、難しくなりそうですねー。これを持っていってくださいー」
と、そんな事を言いながら、俺とリンに鏃のような形をした結晶を1つずつ渡してきた。
「これは?」
俺が結晶をしげしげと見つめながら尋ねると、
「それはー、『幽星の鏑矢』という代物でしてー、それを空に向かって放り投げるとー、私の所にー、合図が届く仕組みにー、なっていますー」
と、そう言ってくるディアーナ。
「なるほど……。ディアーナ様への合図に使うのですね」
リンが頷きながらそんな風に言う。
「向こうでー、それを使って貰えばー、私がー、皆さんたちのー、現在位置を特定して―、すぐにテレポータルをー、開きますー」
ディアーナが眼下――ルナルガントを指さしながら言う。
「わっ、それは便利だね!」
「これで、帰りも安心なのです」
朔耶とクーが、俺の代わりにそんな風に言う。
「とはいえー、かなり危険な状況なのでー、十分注意してくださいねー」
そう言いながら、手を動かし、テレポータルを開くディアーナ。
「――ディアーナ様、感謝いたします!」
リンがそう言うやいなや、テレポータルへと飛び込んでいく。
はやっ! 気持ちはわかるが焦りすぎだろ!
「って! ちょっと待て!」
そう呼びかけた所で止まるわけもないので、俺たちもリンの後を追ってテレポータルへと飛び込む。
すると、到着した先は円形の建物の中だった。
「うわっ、寒っ!」
「ここはどこなのです?」
朔耶とクーがそう口にする。
「ルナルガントのすぐ近くのー、見張り塔ですー。無人だったのでー、そこに繋ぎましたー」
という、後方からのディアーナの声を聞きながら、見張り塔の入口からまっすぐ伸びる足跡を確認する俺。
ふむ……雪が降っているとはいえ、そこまで強くはないし、すぐに足跡が消えてしまうような事はなさそうだな。まあ……だからといって、悠長に事を構えるわけにはいかないが。
「とりあえずー、その格好だと寒いと思うのでー、これを着てくださいー」
そう言ってフードの付いた大きめのローブを4着渡される。
3着が俺たちの分で、残りの1着がリンの分という事らしい。
早速、服の上から被るようにして着てみると、寒さをほとんど感じなくなった。
「わ、凄い。全然寒くない!」
クルッと一回転しながら、そう口にした朔耶に対し、
「防寒の術式をー、組み込んであるのでー、吹雪でも大丈夫ですよー」
なんていう説明をしてくるディアーナ。
吹雪でも大丈夫なのか……寒冷地では最高の代物だな。
「あれ? この大陸って、今魔法が使えないんじゃなかったんでしたっけ?」
そんな疑問を口にする朔耶。
俺はスフィアを呼び寄せ、魔法が発動出来ない事を確認しながら、
「魔法じゃないんだと思うぞ」
と、告げる。何しろ、アルミナで星霊術とかいうのを使っていたのを、この目で見ているしな。
「はいー、その通りですー。ローブに組み込んである術式はー、魔煌波に作用する魔法術式ではなくー、星霊術の術式でしてー、そのローブに織り込まれている―、アストラルの糸にー、作用しているんですよー」
朔耶の疑問にディアーナがそんな風に返してくる。
「星霊術です? それなら、私も少しだけ使えるです!」
「ん? そうなのか?」
クーの言葉に対して問いかける俺。
「はいなのです! というのも、エンピリアルグラフは星霊術の一種なのです!」
「ああ……あれも星霊術なのか……」
魔王がどうとかいう物騒な代物なのに、ディアーナの使う術と同じとはな……
「……っと、あまりここで話をしていると、リンに追いつけなくなりかねないな」
色々と気になる点はあるが、考えるのは後にして、俺はそう口にする。
「うん、そうだね。そろそろ行こう」
「です! 行くのです!」
ふたりが同意して頷いてくる。よし――
「「「ディアーナ様、ありがとうございました!」」」
ディアーナの方を向き、三人そろってお礼の言葉を述べる。
「どういたしましてー。あ、帰る時はー、鏑矢を使ってくださいねー」
そう言い残し、テレポータルを閉じるディアーナ。
テレポータルが閉じたのを見届けた俺たちは、見張り塔から出て早足で足跡を追って歩み始める。
本当は走りたい所だが、この雪深さでは走るのは厳しいので仕方がない。
うーむ……あまり遠くに行っていなければいいんだが……
◆
――足跡を追って行くと、ルナルガントを囲む城壁へと辿り着いた。
「向こうに城門があるけど閉ざされているね」
朔耶が雪を遮るように額に手を当てながら、そう告げてくる。
「多分だけど、魔煌具の類で開閉する仕組みなんじゃないか?」
と、推測を述べる。城門の大きさからして、手動じゃ厳しいだろうからな。
「あ、なるほど! 魔煌具が使えないから動かせないって事だね!」
両手をパチンと合わせながら、そんな風に言ってくる朔耶に対し、
「ああ。実際魔煌具が使えない事は確認出来たしな」
と、そう言いながらスフィアを戻す。
「となると……どこからなら入れるんだろう?」
「足跡を追っていけば分かるです。どうやらリンさんも城門の方へは向かっていないみたいなのです」
朔耶の疑問に対し、クーが足跡を指さしながら答える。
「ふーむ。むしろ城門のある方とは逆の方へ向かっているな。このまま後を追うとしよう」
俺はクーの言葉に頷くと、そう告げて足跡を追う。
……
…………
………………
城壁沿いに、おおよそ300歩くらい進んだ所で急に足跡が途切れた。
……む?
「おかしいのです。足跡がここで途切れているのです」
「んー? これ、足跡が城壁の方へ向いているな」
クーの言葉を聞きながら足跡を確認すると、足跡の向きが変わっており、思いっきり城壁の方に向いていた。これって……
「……こういう時って、そこに隠し通路の類があるパターン多いよねぇ」
壁の方を見ながら、俺が思った事をそのまま口にする朔耶。
「ああ、そうだな。ある意味定番だとも言える」
というわけで、足跡が途切れいている場所まで行き、壁に向かってクレアボヤンスを使ってみる。
――案の定、壁の向こう側に下り階段があるのが見えた。
「やっぱりというべきか、隠し階段があるな」
そう俺が告げると、
「でも、どうやって開けるです?」
「アルに壊してもらう?」
ふたりがそんな風に返してくる。
「まあ、急いでいるし壊したい所だが……普通にスライドした」
そう言いながら城壁の一部を横へとスライドさせる俺。
「ず、随分と雑な隠し扉だね。これじゃ誰でも簡単に出入り出来ちゃうよ」
「いや……多分、本来は施錠魔法の類で封鎖されているんだろう」
俺は朔耶の懸念に対し、そう答えると、うっすらと見える紋様を指さす。
「実際、ここにそれっぽい紋様もうっすら見えるしな」
「たしかに、魔法の術式のようなものが見えるです」
朔耶に代わって、紋様の部分に顔を近づけて確認しながらそう言ってくるクー。
「あ、そうか! さっきの城門と同じってわけだね!」
「魔法が使えない状態になっているから、施錠魔法も効果が失われているですね!」
納得がいった様子のふたりに対し、
「ああ、そういう事だ」
という言葉を返した所で、下へと続く階段がその姿を見せた。
「おおー、たしかにいかにもな感じの隠し階段っ!」
朔耶がそれを眺めながら、そんな感想を口にした。
「この先にリンさんがいるですか……」
そう呟くように言ってくるクーの方に顔を向け、そして告げる。
「おそらく……いや、足跡からして間違いないだろう。ってなわけで、行くぞ」
◆
「……なんだかこの隠し階段、大分古い感じがするです」
「あー、なるほどー。そう言われるとたしかに中世っていうより古代遺跡って感じかも」
階段を降りながらそんな感想を口にするふたり。
ふーむ、中世時代より更に古い感じの構造ではあるな。
もしかして公都は、なんらかの遺跡の上に作られた都市……なのだろうか?
「それにしても、思ったよりも暗さを感じない気がするんだけど……」
「そう言えばそうなのです。もう大分降りて来たですが、普通に見えるです」
そんな事を言うふたりに対し、俺は周りを見回し、
「天井、床、壁、全てがうっすらと光を放っているみたいだな」
そう言葉を返した所でふと気づく。っていうか、そもそもこの感じは……
「あれ? これって……もしかして『幽霊トンネル』と同じ……じゃ?」
「ああ。俺もそう思った所だ」
俺は朔耶の言葉に対して頷き、そう返す。
……そう、まさに『幽霊トンネル』と同じなのだ。
何故こんな所で? と、考え込んでいると、首を傾げながらクーが問いかけてくる。
「えっと……幽霊トンネル、とは何なのです?」
まあ、クーと出会うよりもずっと前――サイキックを得るきっかけとなった時の話だし、知っているわけがないよな。……っていうか、今まで話した事もなかったな。
ふーむ……。丁度いいっちゃ丁度いいし、ここらで話しておくか。
そう考えた俺は、クーに『幽霊トンネル』を話をし始めるのだった――
久しぶりに登場の『魔法の使えない場所』です。
まあもっとも、前回と違って規模がかなり大きいですが……